Ⅱ 廃墟の街で目覚めた私
真っ暗な空間。ただ、漠然とした意識が存在していた悠久の時。
パリンと音が鳴った時に、私はゆっくりと目を覚ましていた。
「ん」
目を開いても見えるのは近くの物質のみ。
その周囲に散らばっているのは私を閉じ込めていたクリスタルの断片。
ふとその断片を手に取ってみると、そこからは微弱な魔力を感じ取れた。しかし、その魔力は自然と消えていっているようでもある。
どうやら、私を閉じ込めていたクリスタルは魔力が行き渡らなくなったことによって、その役割を終えたみたいだ。
「確認」
今、私が置かれている状況を分析していく。
魔力を辿り、情報をかき集める。
まず、現在地を知る。
私は『魔の法律』の力を行使することができる。
その能力を使うことによって、今いる街の情報を調べ上げることができるのだ。
周囲に魔力を展開。そして街に存在する独自の法律から街のことを分析していく。
しかし、目の前に広がる分析結果は想像していない答えだった。
「法律不在、街の存在もない?」
魔の法律に関与する情報はない。街としても認識されていないらしい。
……どうやら、特殊な空間にいるみたいだ。
簡単な仕組みの魔法を使い、明かりを照らしながら自分の目を使いながら周囲を調べていく。
「部屋……」
どうやら私が閉じ込められていた場所は、すでに人がいなくなった部屋のようだ。
部屋の中央にあったのが私を閉じ込めていたクリスタルで、それ以外は灰色に染まった瓦礫が散乱している。
ふと、形を保っていた机に手を触れようとした時、その机はまるで砂のようにパラパラと崩れてしまった。
「外は」
辛うじて形を保っていた扉を押しだし、その先の景色を見つめる。
夜空は青く月明りを照らしている。
しかし、その光の先に見えるのは廃墟となった街だった。
長い時間が立っているのだろう。瓦礫の山には蔦が這っている。
新しく人が住み着くこともなく、ただ放置され、自然の一部になりつつある街の姿がそこにはあった。
そこまで確認して、私は自分のことにようやく意識が向いた。
「情報整理」
自分自身の情報について分析していく。
私自身を構成する生体のルールを『魔の法律』の力で読み解き、調べる。
『体格女性』
確かに身体は女性らしい。
他人行儀ではあるものの、男性的な見た目ではないのは間違いない。
衣類も着用されていて、ワンピースと分類されるものを着ているみたいだ。
黒の単色で簡単な仕組みになっている。
『魔の法律の力の行使を行うことができる』
これは感覚として間違いない。
私はこの力を扱うすべを本能的に知っている。
『名前不在』
これも納得はできる。
その理由も存在するからだ。
『過去の記録不在』
私には過去に目覚めたという記録や記憶が存在しない。
つまり、名付けられることもなかったということだ。
さらに情報を分析しようとした瞬間だった。
『〇〇〇〇の街の執△△』
『存在の意義は×××××××××××』
「わからない?」
何回繰り返しても、その情報を引き出すことができなかった。
私自身の存在意義。そして、私がどんな存在であるかを証明する情報。それらが欠落している。
まるで切り取られたかのように、引き出すことができない。
それからいくつかの情報を引き出していっても自分に対しての有益な情報は得ることができなかった。
『社会的常識』は備わっている。法を逸脱しないように動ける思考はある。
『人間的な生活の仕方』についても理解はしている。人間らしく生きるは問題なく可能だ。
ただ、それでも、欠落した自分についての情報を読み解くことはできなかった。
「私は一体……」
記憶喪失。そんな言葉が頭を過った。
私が生きる理由、存在する意義といったものが思い浮かばない。
世界に投げ出されてしまったような静かな孤独感だけが私の心を支配する。
「どうすればいいのだろう」
漠然と廃墟となった街を調べていく。
しかし、有益な情報を掴むこともできなければ、自分についてを知るきっかけも存在しなかった。
ただ、月が照らすのは人がいなくなり、孤独に彷徨う私だけだ。
「……冷たい」
廃墟となった街には生きている音が聞こえることはない。
ただ、夜風が吹き抜けるだけだ。
行き場所が思い浮かばない。やるべきこともない。
ただ、私はここに居続けることになるのだろうか。
空を見上げ、月を眺める。
……私はルールを自分に課すこともなければ、食事を取らなくても生きていける。そういう存在だ。
漠然と理解している自分自身の仕組みと、不安定な状況にただ心が冷えていく。
そして、私はひとつのことに思いを寄せていた。
「自由とは、なんなんだろうか」
今の私の状況は『自由』といってもいいのかもしれない。
どんな法律にも縛られない。行くべき場所という目標が存在しない、枷がない状況。
情報を積み重ねると『自由』という言葉がふさわしいのかもしれない。
それでも、何故だか私の足は動かなかった
「……怖い」
なにをすればいいかわからない。
私の存在も曖昧で、まるで取り残されたみたいだ。
両腕を抱えて、座り込み、私は寒さを凌ぐ。
この寒さが現実的なものなのかすら曖昧になっている。
どうすればいい、どうすればいい。繰り返し頭に問いかけ、考えていた時だった。
「おや? なんでこんなところで女の子が蹲ってるんだい?」
生気を感じる、女性のはっきりとした声が聞こえてきた。
顔を上げて、その人物を見つめると鋭い目をしたドレス姿の女性がそこに立っていた。
「なにもかも、わからなかったから」
「あー、なんだったっけ……あぁ、モラトリアムってやつだね!」
モラトリアム。
やるべきことがわからない心的状態のことを指すこともある。
今の私の状態はそれに陥ってるのかもしれない。
気になった私は彼女に問いかける。
「どうすればいいと思う」
「そんなの決まってるさ。行動を起こせばいいんだよ」
「行動……」
目標も何もない私に何かできることはあるのか。
俯きそうになった時、彼女は私の手をとって言葉にした。
「暗い気分の時はもう、ぱーって動いちゃった方が楽なのさ! ほら、アンタ。アタシの仕事を手伝いな!」
「仕事、手伝い」
労働力として私を使う。
それは悪くない選択だろう。
客観的判断に基づき、静かに立ち上がる。
「了解した」
「なんだか機械的だねぇ。ま、いいか。アタシはブバルディア。魔法少女ブバルディアさ」
「魔法、少女?」
彼女の容姿を改めて確認する。
少女という名乗るにはあまりそぐわないような成熟した女性らしい姿をしている。
表現としては相応しくないように思えるが、彼女はそれでもはきはきと言葉にしていた。実に謎だ。
「どうしたんだい?」
「……なんでもない」
それなりに事情があるのかもしれない。そう思って今は聞かないことにする。
「さぁ、仕事を始めようじゃないか!」
そう宣言する彼女の後ろを私は漠然と付いていくのであった。




