第35話【屋台が街】
暑い日の、夜空が煌めく時間帯。
旅をしている私は少し寂しい気持ちになったりする。
「こういう時、気軽に雑談しながら食事が取れたらいいんだけどね」
私は自由に旅を続けている。
他に付き人はいない、一人旅だ。
ひとりで行きたい場所を選べるのは一人旅の特権ではある。しかし、誰かと会話したくなった時に気軽に話ができなかったりするのは悩みとも言えるだろう。
少なくとも今の私は会話を楽しみたいような気分だ。
「気分的に……うん、街に入ってこってり人と話すというよりは通りすがりの人と話したいような感じ」
偶然出会った見ず知らずの人と、他愛もない話をしたい。そんな感じの気分だ。
ほどよいトーンの会話を、まったりと楽しみながら食事を堪能する。
……ちょっと贅沢かもしれない。けれどもそういう少しの落ち着いた時間を私は求めているのだ。
「まぁ、夜も更けてしたし状況次第では今日も野宿にはなるけどね」
ちょっとした願望を胸に抱きながら、のんびりと街道を歩いていく。
そこそこ旅の備蓄はあるし、食料には困らない。野宿にする方向性でも考えてはいる。
野宿はほぼ確定と言ってもいいだろう。近くに街がある様子はないし、広い草原が周囲には広がっているだけなのだから。
ただ、夕食をいい感じにとりたいという気持ちはなかなか強くなってしまっている。
「少し歩いた先になにかあったりするといいけど」
そう思いながら、私はのんびりとしたペースで街道を前に進んでいくのだった。
左右に草原がある街道を進んでいった先。
私はある光景を目にした。
「あれは……屋台?」
そう、人力で動かす屋台のお店が街道付近に出てきた。
屋台の前には席が4つあり、その内の3つは人が座っている。
ひとつ空席ということは、私も屋台で何かを味わうことができるということだろう。
気になって屋台の看板を見つめてみると、そこには『ラーメン』という表記がされていた。
「ラーメンかぁ、なかなかいいかも」
ラーメン。製法は別世界から伝わってきたというのが、この世界において一般的な解釈とされている。
濃厚なスープに麺、そして様々な具材で作られた麺料理は人気が高く、様々な街で見かける印象だ。
伝えられた製法の違いによって味に差異が生まれるのも特徴のひとつで、過去にふらっと立ち寄った街で味わったラーメンでは一般的な醤油を使うもの以外にも、チーズやトマトを使うものも存在していた。
……総じて、ラーメンは文化的な違いが発生しやすい料理だと思っているところもあるので、私は結構好きだったりする。
こういうところで、ラーメンの屋台が見つかったというのもきっとなにかの縁なのだろう。
私は屋台に近づいて、旅荷物が邪魔にならないようにしながら席に座る。私が吸われた場所は屋台の左端の席だ。
屋台の店主は壮年の男性。さっさっ、と麺の水を切っている姿はその道を歩いてきたという存在感を感じる。
「いらっしゃい、嬢ちゃん。屋台『まちまち』に足を運んでくれてありがとよ」
「普段はこのあたりでお店をやってるの?」
「いいや? そんなことはないさ。決まった場所でお店を開くことはない。いつだって俺がやりたいと思った場所でお店を開いてるだけさ」
メニューを私に手渡しながらも、豪胆に笑う店主。
なかなかに自由人の気質を感じる。そういう姿はなかなか好みだ。
メニューを確認して、私は良さそうだと思ったものを即答する。
「ええっと、醤油のチャーシュー麺をひとつ」
「あいよ! ちゃちゃっと作ってやる!」
店主は振り向き、私の分のラーメンを作成し始める。
「キミぃ、女の子なのにこってりとしたものを食べるんだねぇ」
のんびりと待とうとした私に話しかけてきたのはお姉さん、という印象が強い女性だった。
私よりも身長が高い女性は少し紅潮した様子で話しかけてきている。酔っぱらっているのかもしれない。
「旅人だからね。エネルギーも必要なんだ」
「いいねいいねぇ、パーって食べちゃうその精神! あたしも結構こってり系好きなんだぁ」
「そうなの?」
「そうそう! 今日だってラーメン二杯食べちゃったしぃ!」
「えっ」
けろりとそう言葉にするお姉さんの言葉を聞いて、思わず彼女のお腹を見てしまった。
あまり太ってる印象はない。むしろ、すらっとしているのが見て取れる。
「よくないぞぉ? 太ってるんじゃないかぁって感じの目で見るのは」
「い、いや、そういうのじゃなくて。私はちょっと二杯食べたら破裂しそうだなぁって思っちゃって」
「あはは、それは違いないかも! キミがアタシみたいなことしたら胃もたれ間違いなしだ!」
笑って気分を良くしたのか、お姉さんはお酒のおかわりをお願いしていた。
説明しずらいけれども、こういう感じの独特な熱というのだろうか。不思議な距離感は悪くない。
「……では、ここで一曲。グルメお姉さん革命」
右端の席に座っていたいかにも吟遊詩人な風貌をしている男性がギターを持って、音楽を弾いていく。
「ラーメン二杯は普通の男にもしんどいが、彼女はそうでもないのです」
「お酒のおかわりも増え続けて今日は五杯目、でも彼女はまだ元気」
「エネルギッシュなお姉さん、きっと彼女は革命的な美食家」
「おぉ、グルメお姉さん革命」
ギターの旋律を奏でながらも自由に音を奏でる吟遊詩人。
フリーテンポの弾き語りからは、決まったルールが存在しないように聞こえる。
語りたいこと、話したいことを歌っているというのがよくわかる演奏だった。
「ふっふっふ、アタシは革命児だー!」
さらに気分を良くしたお姉さんは立ち上がり、うおーと吠えていた。
なんていうか、自由で元気な空間だ。やっぱりこういう瞬間もいいかもしれない。
「ほら、できたぞ。旅人さん。醤油のチャーシュー麵だ」
店員さんは盛り上がる人たちを優しく見守りながらも、私にラーメンを提供してくれた。
「ありがとうございます。……いつももこんな感じだったり?」
「その質問に対しては、ここの屋台の名前を持って返そうか。『まちまち』だ」
「まちまち……」
「店を開いた場所、タイミング、そして訪れてくれた人によって様相は変わってくものさ。今日はやけに陽気かもしれねぇな」
そう言葉にする店主は嬉しそうにしていた。
「陽気最高っ!」
「では、陽気最高の歌を奏でようか」
「うんうん、やっちゃって!」
「では……」
再び吟遊詩人が自由に歌を歌いだす。
その歌を耳にしながら、私はラーメンを味わうことにした。
「いただきます」
まずは麺をすすってみる。
……いい感じのさっぱりさだ。そこまで味がくどくなく、それでいてスープの味わいが麺に絡まっている。
ほうれん草、メンマも味わってみたところ、バランスのいい味わいが感じられて美味しい。
そこそこしっかり食べたところで、チャーシューを味わってみると、口の中で溶けるような肉の食感が味わえて、これもまた美味しかった。
「うん、なんだか元気になる味かも」
しっかりと味わうことを意識していくと、気が付いたころにはもうラーメンを食べきってしまっていた。
いい感じの満足感だった。
「もう少しお店でゆっくりするんだったら何か飲み物を出すぜ」
「じゃあ、お茶をお願いしようかな」
「あいよ」
食べ終わった容器を片付けてもらい、お茶を貰う。
ゆっくりしようとした時、お姉さんにまた話しかけられた。
「キミは旅人なんだよねぇ?」
「うん、自由に色々歩いてる」
「大変じゃなぁい? 美容とか気をつけてる?」
「ま、まぁ、お風呂とかは入れなくても身体は拭いたりしてるかな」
「うんうん、そういうのは大事よ? キミ、可愛いんだから」
「あ、ありがとう」
あまり可愛いと言われる機会はないので、急に言われると嬉しいやら恥ずかしいやらで顔が熱くなってしまう。
そんな私をお姉さんは微笑みながら見つめていた。
「旅は一喜一憂。気分だって不安定になりがちな人生だもの。悲しいことがあったって、楽しまなきゃ損なのよぉ」
お酒の氷をカランカランと動かしながらお姉さんが言葉にする。
「アタシの隣に座ってた子もね。今日なんだか失敗しちゃってたみたいで、落ち込んでたから応援してたのよ?」
「……そうだね。僕も確かに疲労困憊していた」
いままで静かにしていた、お姉さんの右隣にいた若い男性のお兄さんが気恥ずかしそうに口を開いていた。
「でも、人生はそれだけじゃないってことに色々気が付かされてちょっと再起してきたんだ」
「よっぽどのミスをしなければ、まだ巻き返せるのよ? だから、なんとかなるっ!」
「それ、三回目くらいですよ」
「え? そうだっけ? でもいいのよぉ! 大切なことは何回でも言っちゃうんだから!」
「ふふっ」
穏やかな雰囲気もありながら、どこか陽気な感じも感じられる空間。
それがこの屋台なのかもしれない。
「旅人さん、僕が偶然この屋台に入って感じたことなんですが……」
「うん」
「それぞれの人の思いやる気持ちって、暖かいんですね」
「きっと、それはそうだね」
私も彼の言葉に真摯に答える。
「みんな誰しもがひとりぼっちじゃない。どこかで支えてくれる存在がいて、見ず知らずの人だって助けてくれることもある。この世界はきっと暖かい気持ちで溢れてるんだよ」
私は心からそれを信じている。
時に悲しいことがあるかもしれないし、失敗とかもあるかもしれない。だけれども、きっと生きていればいいことはある。
素敵な縁だって繋がっていくはず。
そのひとつひとつを大切にしていきたい。私は心からそう思う。
「そうそう、だから人生楽しんじゃおう!」
「うまいもんを食って、寝て、明日を迎える。そうすりゃ人間、元気に生きれるってものさ」
「そう、それはまさしくサイクルの歌……奏でていこうではないか」
ギターの音が響き渡り、賑やかな音が響き渡っていく。
その中でみんなは笑顔の姿を見せていた。
少人数のちょっとした空間の屋台。
きっと、この様相が見られるのは今日だけで、他の日には別の人が賑わったりするのだろう。
でも、その度にきっとまた別の姿を見せて、みんなが楽しく過ごしていけるのだろう。
厳格なルールがない、みんなが笑顔になる空間。
そういうのもきっと私が普段赴いている『街』の形になる。
人が行き来して、生活の一部になる。文化が心を豊かにしていくという空間を、私はいつまでも大切にしたい。
煌めく夜空にひとつの屋台。
その中では優しい笑顔が満ち溢れていた。




