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そうして旅人は自由に生きる~魔と法を巡る物語~  作者: 宿木ミル


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第22話【忍びない街】

 ある日の午前、霧がかかった道を歩いていた時。不思議な街に私は入っていった。

 不思議、といっても街の風貌が特別変わっているわけではない。

 見た目としては木造建築の素直な形の家がいっぱいある、シンプルな街になっている。

 違うのは……


「旅人さんかい? いつもご苦労様ねぇ。ほら団子をあげるよ。遠慮しなくていいさ。まだいっぱいあるからね」


 そう言われて団子を渡されたりすることだ。

 街を歩いているとお年寄りのおばあさんから、急にやってくるものだから困惑してしまう。


「あ、ありがとう」


 きっとおばあさんは善意からこういう行動をしているというのはわかる。

 わかるのだけれども……


「……結構、貰っちゃうのなんでだろ」


 団子を味わいながら、考える。

 今日、差し入れみたいなものを貰ったのはこれで10回くらいになる。

 団子、切り餅、饅頭、金平糖、他色々……

 やたらいっぱい食べ物を貰っているから、お昼は食べなくても大丈夫だと思えるくらいだ。


 渡してくる相手は老若男女自由だ。

 女の子に可愛いと言われて渡された金平糖、今日はうまくできたから食べてもらいたいという気持ちで届けられた切り餅、昔は自分も旅人だったと言いながら饅頭を渡してくれたおじいさん。様々な人がいた。

 とてもありがたいし、優しさを感じる。とても暖かい街だ。

 しかし、それでも、内心悩んでしまうことがあった。


(すっごい、断りにくい……!)


 そう、悩みは単純。断りにくいのだ。

 純粋な善意で渡してくるのは本当に素敵なことだと思う。

 裏表なく、優しさで人と接してくれるのもありがたいことだ。

 でも、だからこそ、悩んでしまう。

 もし、このまま食べ続けて断らないといけなくなった状況ができてしまった時どうすればいいか。

 頭の中で回答を作ることは簡単だ。「いいえ、入りません」とか「今は大丈夫です」と言えばいいのはわかってる。

 それでも、その言葉を口から発することを少しだけ恐れてしまう。

 相手の起源を損ねるのに申し訳なさを感じてしまうからだ。


「長居するのも、危険なのかな……」


 油断すると、大変な目に合いそうな気がする。

 そう思い、街から抜け出そうとした瞬間だった。


「あ、そのぉ……た、旅人さん、長旅でお疲れ、ですよね……? もしよろしければ、割引で宿を提供しますけれど……どうしましょうか……?」


 宿屋の店員が私に声を掛けてきたのだった。

 この街でよく聞けそうな『もしよろしければ』の言葉を口にしながら。

 おどおどした雰囲気の少女。一生懸命私に声をかけてきたのが伺える。


 ……断るべきだ。

 もし、街からすぐに出たいなら、断らないといけない。

 そう心はわかっている。

 それでも、店員さんは私に頑張って声を掛けてくれた。

 その気持ちを無下にするのは……なんだかモヤモヤする。


「そうだね、今日の宿はこの街にしようかな。案内してくれる?」


 だからか、私はつい了承してしまった。

 これが街の力かどうかはわからない。だけれども、不思議な影響がある『何か』が存在していることはわかっていた。


「あ、ありがとうございます……! えへへ、これで女将さんに褒められますっ」


 ……でもまぁ、笑顔が増えるのならそれはそれで悪くはないのかもしれないとは思ってしまう自分がいた。





 宿屋にたどり着いた私は、その様相を改めて確認する。

 木造建築のしっかりとした構造。廊下も木の板で作られていたり庭にはちょっとした小池が用意されていたりする。

 ……宿屋、というよりは旅館と言った方がいいのかもしれない。

 別世界の文化として和風と言うものが存在するけれど、その形式をなぞっている印象だ。

 休憩用の部屋も座布団が置かれていて、くつろぎやすい。

 お布団は自分で用意する仕組みになっているみたいだ。


「案外過ごしやすそうでほっとしたかも」


 断りにくいというちょっと不純な理由で入った宿だったけれど、安心して休憩できるのなら悪くない。

 受付でお金の確認をしたところ、膨大な価格なわけでもなかったから詐欺でもない。

 安全な宿、旅館と言えるだろう。


「さて、どうしようかな」


 とりあえず旅用の荷物を部屋の片隅に置いて考える。

 下手に外に出たらまた、色んな贈り物を渡されたりしそうな気がする。

 そう思うのは、自分の人柄がいいからとかそういう話ではなく、この街がそういう仕組みでできていると感じるからだ。

 街のルール……つまり法律でそういった形の手迎えとかを行うのを推奨しているのに違いない。

 そうなると、うかうか外を出歩くのも大変そうだ。


「……宿の中のロビーとかでのんびりしてようかな?」


 旅と言えば出会い。

 こういう旅館だからこそ出会えるなにかもあるかもしれない。

 そう思った私は、部屋に鍵を閉めて、ロビーに向かうことにした。





 静かな雰囲気が漂う旅館のロビー。

 外が見える大きな窓の付近には椅子と机が置かれていて、そこでのんびりできそうだ。

 私はそこまで移動して、椅子に座り、新しく人がやってくるのを待つ。

 こういう時は気ままに過ごすのが一番だ。


 少しの時間が立ったのち、飲み物でもそろそろ用意しようとした時、ちょっと変わった風貌の人に声をかけられた。


「お主、旅人でござるな?」

「そうだけど……あなたは?」


 顔に布巾を被った黒装束の男。

 いかにも和風といった風貌の存在に声をかけられたのだ。


「拙者は旅館にて暮らす忍者。名を旅之介と申す」

「え、えっと私はリベラ。リベラ・マギアロア」

「うむ、よろしく頼む」

「よろしく」


 挨拶を交わし、お互いに向かい合うように座る。

 突然現れた謎の忍者にどう対応するべきか、言葉に詰まっていたところ、彼が先に会話を始めてくれた。


「早速だが、リベラ殿。忍びないという言葉を聞いたことはないだろうか」

「忍びない……?」


 少し考える。

 最近はあまり使う機会はなかったけれども、言葉の意味は覚えている。


「確か……謙虚な感じの意味だったような気がする。精神的に堪えられないとか、そんな感じかな」

「うむ、おおよそその発想でよいであろう。ではリベラ殿に問おう。お主はこの街で、どれだけそのような思いを体験した?」

「どれだけって言われてもなかなかピンと来ないけど……」

「では、言い方を変えよう。断りにくいと感じた場面はいかようにあった?」


 その言葉を聞いて、再び思考を巡らす。

 えっと……「可愛いアナタにプレゼントしたいな」と言われて、ぐいぐい迫られてなし崩しになってしまったのがひとつ。

 「作りすぎちゃったから旅人に食べてもらいたいんだ」と言葉にされて、切り餅を食べたところ、結構な量食べてしまったのがふたつ。

 ちょっとした手伝いをしたところ、「偉いあなたには饅頭をたくさんあげるよ!」と言われてやっぱり多い量の饅頭を受け取ったりしたのがみっつ。

 どれも、うまく調整できるように断りたかったものの、うまく行かなかったものだ。

 これ以外にもいくつも思い浮かぶ。


「……たくさん?」


 だから、そうとした言葉にできなかった。

 思い当たる節が多そうな私に対して旅之介は頷きながら続けた。


「そうであろうな。この街は忍びない出来事で満ち溢れている」

「……街の法律の影響?」

「うむ、この街が忍びない街だからでござるな」

「忍びない街……」


 街の名前を知って、私が遭遇してきたことに対しての疑問が少し解消された。

 街そのものが忍びない出来事でいっぱいなのかもしれない。


「法律としては『優しさを忘れるべからず。善意を持って生きよ』というものでござるな」

「あれ、結構素直だし、なんか優しい感じ……?」


 マイナスイメージがあったわけではないものの、『忍びないこと』をそのまま街の法律にしていると考えていたから、そうでなかったことに驚く。

 そんな私に、一言付け加えるように旅之介が続ける。


「根本的に人の善意によって成り立っている街でござるからな」

「申し訳ないという気持ちがあるからこそ、忍びない街になっているということ?」

「左様。善意を悪意に変えるようなものがいてはいけないのだ」

「……もし、悪いことを考えてる人とかが出てきたら、どうする?」

「そういう時こそ、忍者たる拙者……旅之介の出番でござるよ」


 微笑みながらそう言葉にする彼。

 こういう街においてもトラブルというのはあるのは大変だ。


「善意を利用して儲けようとする悪しき輩は忍術を使って秘密裏にご退場願っているのだ」

「街の外まで追放するってこと?」

「うむ、まるで何事もなかったかのように去らせる。それが拙者の極意なり」


 あまり見ることは少ないけれども、忍者は凄い技術を持っているという噂だ。

 きっと彼もかなりの忍術を使えるに違いない。

 自信ありげに自身の役割を説明する旅之介の姿には仕事人のような雰囲気を感じさせられた。


「……ふむ、そろそろ喉が渇いてきたでござるな。拙者がお茶を用意しようか」

「折角だから私が行ってもいいよ。色んな話を聞けて楽しいし」

「ふむ、ロビーのお茶は自分で受け取っていい仕組み故、旅人たるリベラ殿でも用意できるとは思うが……よいのか?」

「ちょっと身体を動かしたいし、大丈夫だよ」

「ではお言葉に甘えよう。よろしく頼む」

「うん、行ってくる」


 立ち上がり、お茶と茶碗がある奥まで進んでいく。

 旅館のロビーの奥には気軽に用意できるように緑茶のティーバックが準備されていて、それにお湯を注ぐだけで完成するのだ。

 ふたり分の茶碗を用意し、緑茶を淹れ、私は旅之介のところに戻る。

 そして、私と彼のそれぞれの目の前の緑茶を置いた。


「火傷しないように気を付けて」

「ふっ、拙者は猫舌ではないので大丈夫でござるよ。だが、気遣い、感謝する」

「どういたしまして」


 椅子に座り、ゆったりと緑茶の味わいを堪能する。

 お茶独特の苦みが心を落ち着かせてくれて、安心感を覚えさせられる。

 いい味だ。


「うむ……やはり茶は良い。心まで癒される」


 旅之介も満足げにお茶を味わう。

 言葉を発することなく、しばらくの間お茶を味わったのち、私は彼に再び質問することにした。


「旅之介はこの街のこと、好き?」

「ふむ、その答えは単純でござるな」


 彼は自信を持って言葉にした。


「大好きでござる」


 はきはきとした声で、迷いなく答える彼の姿からは、本気で街が好きなことが伺える。


「理由を聞いても?」

「人の善意を信じられるから、でござるな」

「善意……」

「左様。断るのが忍びないと思えるくらい優しい人々が暮らす街。人々の笑顔も眩しいものなのだ」

「暮らしてて大変だとか感じたことはない?」

「まぁ、饅頭を食べすぎてしまった日もあったが……それで会話が弾むのなら後悔はしていないでござる」

「断りきれないこともあるんだね」

「善意で渡してくれる以上、断るのは忍びないものではあるからな」

「やっぱり忍びないんだ、忍びでも」

「うむ、忍びでもそう感じることはある」


 思わずクスっと来てしまった。

 私はどうにもこういう言葉遊びに弱い。


「でも、断るのがご法度ってわけでもないなら、断ってもいいんだよね」

「うむ、事情があるときはどんなに忍びなくても断るべきではあるだろう」

「……善意を無下にしちゃうかもって考えるとちょっと怖いけどね」

「ふふっ、リベラ殿。それは考えすぎでござる」


 旅之介が姿勢を整えて続ける。


「その時断って申し訳ないと思うのならば、次の機会を用意すればいいのでござる」

「お礼を返したりとかするのも良さそうだね」

「その通りでござる。人と人との繋がりは一日で途切れるものではない。人の優しさというものはたった一つの出来事ではそうそうなくなるものではないのだ」

「お互いに笑顔になれるくらいがちょうどいい、みたいな」

「そう、互いに支えあえるように忍びない悩みも共有していくべきだと拙者は考える」

「いいこと言うね、旅之介」

「この街に暮らす忍び故、多くの知識を得たのでござる」


 忍びない出来事というのはいっぱいある。

 せっかく特別なものを用意してくれたのに断らないといけないタイミング。

 今すぐ食べるべきおやつを受け取りたいけれど、お腹がいっぱいで受け取れない時。

 急ぎの用事で、友達と遊びに行けない瞬間。

 多種多様な出来事が私たちを悩ませている。

 でも、どんな時でも優しさがあるのなら、きっと乗り越えられる。

 相手を思いやれる気持ちがあれば、トラブルだって解決できる。


 『忍びない街』は人々の善意を導く街の法律がある街。

 きっと、これからも優しく人と接していくのだろう。


「なんだかもっと思いやりを持って行動していきたいって思えるようになったかも」

「リベラ殿は元々優しいと思うぞ、拙者は」

「そうだとしても、もっと善意を持っていきたいなって」

「うむ……それはいい考えでござるな。応援するぞ、リベラ殿」

「ありがとう、旅之介」


 思いやりの気持ちをもって、私にできることを行う。

 いつも意識していることだけれども、より一層気にしていきたい。

 そう、心から思える街の出来事だった。








 次の日の朝。

 旅館でしっかり朝食を食べたのち、街の外に移動する。

 忍びない街から出てすぐ、黒装束の忍者が私を待ち構えていた。


「旅之介、私の見送り?」

「ふふっ、よい旅の為の餞別でござるよ」


 そう言って彼はなにやら黒い球体を私に渡してきた。

 これは……なんなのだろうか。


「忍者の健康食でござる。栄養満点。今日のお昼におひとつ食べるといい」

「……わざわざ、それを私に来てくれたんだ?」

「どうでござろう? 断るのは『忍びない』かもしれないか?」


 悪戯っぽく笑う旅之介。

 ……なるほど、確かにこれは断りにくい。断るのは忍びない感じだ。


「これはまいっちゃうかも。いただくよ」

「ドッキリ大成功でござるな」

「ドッキリかはわからないけれど……この街らしい出来事だったかも」


 優しいからこそ、人と寄り添う。

 そんな雰囲気を改めて感じさせてくれた。


「旅を再開する前に、ひとつ聞いてもいい?」

「ほう、聞こうか」

「旅之介って『忍』なのに『忍びない』場所にいるのはどうしてかなって気になってた」


 私の言葉に対して、旅之介は大きく笑って返答した。


「ふっ、理由は簡単でござる」


 両手を広げて、彼はどうどうとした態度で言葉にする。


「『忍びない』なら、『忍ばなく』てもよいでござろう?」

「……ちょっと強引な言葉遊び?」

「それに『忍びなくても忍びあり』というのもかっこいいと思わんでござらんか?」

「つまり、堂々と忍者が旅館にいるのは隠れてないからってこと?」

「その通りでござる。のびのびと生きられる街だからこそ、安心するのでござる」

「……やっぱり、面白いね旅之介」

「そう言ってもらえて光栄でござる。ではまた、リベラ殿。よい旅を」

「旅之介もいい生活を!」


 手を振って私は新しい旅に出る。

 さて、次はどこにいこうか。

 新しく行くところでも思いやりは持っていきたい。


「人の善意にはしっかり甘えるのも大切だから」


 自由に、のんびり、でも人情は大切に。

 私なりのペースで進んでいこう。

 そう思えた街との出会いだった。

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