第23話 木曜日
木曜日。
朝。
「黒瀬」
「何」
「八点」
「まだ受けてない」
「今日こそ」
「昨日七だったもんな」
「成長曲線」
「そんな綺麗に伸びるか」
「伸ばす」
「陸上みたいに言うな」
「黒瀬も四分十八狙ってるじゃん」
「それはそれ」
「同じ」
「違う」
「何が」
「分からん」
「認めろ」
西野大地は。
満足そうに英単語帳を開いた。
湊は。
その横顔を少し見る。
数日前まで。
三点。
四点。
それだけだった。
今は。
八点を狙っている。
目標としては。
別に高くない。
でも。
西野にとっては。
高い。
「黒瀬」
「何」
「見すぎ」
「見てない」
「顔」
「お前まで」
*
佐伯美咲。
「おはよ」
「おはよ」
「おはよう!」
西野。
「元気」
「八点の日だから」
「毎日記念日みたい」
「黒瀬も大会近いから似たようなもん」
「俺は毎朝宣言してない」
「四分十八」
「言うな」
*
ホームルーム。
「文化祭」
担任。
「喫茶店で決定したので、委員は来週までに仮の役割分担を作れ」
「また仕事増えた!」
山下颯太。
「委員だぞ」
「聞いてない!」
「何度目だそれ」
教室。
笑い。
佐伯は。
横で。
小さくメモを取っている。
「佐伯」
湊。
「何」
「結構ちゃんとやるね」
「委員だから」
「楽しい?」
「まだ」
「まだ?」
「でも」
佐伯。
少し笑う。
「準備してる感じは好き」
「……」
「何」
「いや」
「また?」
「中学の文化祭思い出した」
「楽しかった?」
「本番より準備」
「やっぱり」
「何が」
「黒瀬くんっぽい」
「便利に使うなって」
*
一時間目。
英語。
「小テスト」
西野。
姿勢。
いい。
「珍しく背筋伸びてる」
湊。
「八点の日」
「宗教みたい」
「言霊」
「それも宗教っぽい」
*
開始。
十問。
湊。
順番に。
書く。
西野。
止まる。
書く。
また止まる。
でも。
前より。
明らかに。
空欄が少ない。
*
「返すぞ」
教師。
湊。
九点。
「また九」
「安定してる」
佐伯。
「一個ミス」
「何」
「発音」
「珍しい」
「人間だから」
「それ前も言った」
「便利」
*
西野。
答案。
固まる。
「何点」
湊。
「……」
「八?」
「……」
西野。
ゆっくり。
紙を見せる。
八。
「おお」
「出た!」
西野。
「八点!」
「声」
「先生!」
「見えてる」
「昨日七!」
「知ってる」
「一個!」
「そうだな」
「次九!」
「急に欲出てきたな」
「はい!」
教師。
少し笑う。
「その調子で本番取れ」
「はい!」
*
湊。
「西野」
「何」
「本当に一個ずつ上がってる」
「だろ」
「怖い」
「何で」
「このまま十超える?」
「十一」
「満点越えるな」
*
二時間目。
数学。
教師。
「中間では途中式も見る」
西野。
「黒瀬」
「何」
「途中式」
「書け」
「面倒」
「点落とすぞ」
「じゃあ書く」
「素直」
「八点男だから」
「英語関係ない」
*
昼休み。
四人。
湊。
西野。
佐伯。
山下。
「文化祭」
山下。
「役割」
「もう?」
湊。
「担任に言われた」
「大変そう」
「手伝え」
「嫌」
「即答!」
「暇なら」
「それ手伝うやつの言い方じゃない」
佐伯。
「じゃあ黒瀬くん」
「何」
「厨房」
「何で」
「黙って作業できそう」
「俺料理できない」
「運ぶ」
「それなら」
「やる?」
「暇なら」
「また」
*
「西野くんは?」
佐伯。
「接客!」
「意外」
「得意そう」
山下。
「声でかいから」
「いらっしゃいませー!」
「うるさい」
湊。
「でも向いてる」
「黒瀬は裏方」
「何で」
「無愛想」
「お前」
「でも」
佐伯。
「黒瀬くん、客に話しかけられたらちゃんと答えそう」
「普通に答える」
「怖くはないか」
「何だと思ってる」
「面倒くさい人」
「それ便利に使うな」
*
「山下は」
西野。
「委員」
「役割じゃない」
「全部」
「地獄」
*
午後。
体育。
今日は。
バスケットボール。
「よっしゃ」
湊。
声。
出た。
一瞬。
止まる。
西野。
見る。
「何」
「いや」
「何だよ」
「楽しそう」
「バスケだから」
「素直」
「そこは」
*
チーム。
湊。
西野。
別。
「黒瀬!」
「何」
「今日勝つ!」
「無理」
「始まってない!」
「じゃあやってみろ」
「言ったな!」
*
試合。
湊。
ボール。
持つ。
目。
前。
ディフェンス。
一人。
右。
味方。
左。
空いている。
パス。
シュート。
決まる。
「ナイス!」
「黒瀬!」
クラスメイト。
「今の見えた?」
「見えるだろ」
「俺見えない」
「そりゃ」
*
次。
西野。
ドライブ。
速い。
「速」
湊。
でも。
ボール。
大きい。
湊。
横から。
触る。
ボール。
こぼれる。
「うわ!」
「短距離」
「関係ない!」
「速いだけ」
「うるさい!」
*
湊。
ボール。
前。
西野。
追う。
「待て!」
「競争じゃない」
「バスケ!」
「じゃあ守れ」
「くそ!」
湊。
一歩。
二歩。
シュート。
入る。
「っしゃ」
*
試合終了。
湊チーム。
勝ち。
「黒瀬」
西野。
「何」
「楽しそう」
「楽しい」
「……」
「何」
「やっぱ即答」
「バスケはね」
「それで陸上行くんだもんな」
「うん」
「変」
「知ってる」
*
着替え。
クラスメイト。
「黒瀬、ほんとバスケ部入ればよかったのに」
「もういいよ」
「もったいない」
「……」
湊。
少しだけ。
手を止める。
「何が」
「上手いのに」
「上手かったらやらないと駄目?」
「いや」
「じゃあ」
「そういう意味じゃないけど」
「うん」
「……」
クラスメイト。
「でも好きそうじゃん」
「好きだよ」
「じゃあ何で」
「分からん」
相手。
笑う。
「自分でも?」
「うん」
「変」
「それも知ってる」
*
放課後。
グラウンド。
「今日は」
久米先生。
「大会前だから刺激だけ」
湊。
「いい響き」
「四百、三百、二百」
「一本ずつ?」
「一本ずつ」
「最高」
「全部速いぞ」
「……」
「顔」
「嫌な後半」
*
アップ。
安藤直人。
「黒瀬」
「はい」
「今日楽しそうだったな」
「何が」
「体育館」
「見てたんですか」
「通った」
「バスケ」
「うん」
「好きなんだ」
「好きです」
「即答」
「またそれ」
「分かりやすい」
「陸上は聞かないでください」
「嫌い?」
「はい」
「分かりやすい」
*
四百。
設定。
六十二。
「速」
湊。
「一本だから」
安藤。
「藤原先輩は」
「六十」
「……」
「追う?」
「追います」
「やっぱり」
*
スタート。
藤原。
安藤。
湊。
他。
最初。
百。
速い。
でも。
今日は。
一本。
二百。
湊。
安藤。
横。
「……」
三百。
藤原。
前。
湊。
少し。
上げる。
「黒瀬!」
久米先生。
「設定!」
「はい!」
でも。
もう。
遅い。
ゴール。
「六十!」
湊。
「……」
「二秒速い」
「やっちゃった」
「やっちゃったじゃない」
*
安藤。
六十一。
「黒瀬」
「はい」
「また」
「すみません」
「嬉しい?」
「少し」
「やっぱり」
*
三百。
四十四。
二百。
二十八。
終わり。
息。
整う。
湊。
時計。
見る。
「四百六十」
「うん」
一ノ瀬。
「速いじゃん」
「でも設定六十二」
「怒られるやつ」
「怒られました」
「嬉しそう」
「速かったんで」
「ほら」
「走るのが好きじゃないです」
「はいはい」
*
一ノ瀬。
今日は。
四百。
七十一。
「……」
時計。
見る。
少し。
眉。
寄る。
久米先生。
「澪奈」
「はい」
「力入りすぎ」
「はい」
「大会前だから、今焦っても仕方ない」
「……はい」
湊。
少し離れたところで。
聞く。
一ノ瀬。
普段通り。
笑っている。
でも。
返事だけ。
少し。
短かった。
*
練習後。
午後五時。
「図書室?」
西野。
「今日も?」
湊。
「八点男」
「関係ない」
「今日は九目指す」
「明日」
「今から」
「熱心」
*
図書室。
今日。
四人。
湊。
西野。
安藤。
一ノ瀬。
昨日と同じ。
「毎日同じメンバー」
湊。
「嫌?」
一ノ瀬。
「嫌じゃない」
「じゃあいいじゃん」
「それ便利ですね」
*
一時間。
静か。
西野。
英語。
安藤。
数学。
湊。
現代文。
一ノ瀬。
数学。
「黒瀬」
小声。
「何ですか」
「ここ」
「数学?」
「うん」
「分かる?」
「多分」
「教えて」
「安藤先輩の方が」
「今別の問題してる」
「……」
「無理ならいい」
「やります」
「負けず嫌い」
「違います」
*
問題。
見る。
考える。
「……」
一ノ瀬。
「分かる?」
「ちょっと待って」
「はい」
一分。
二分。
「これ」
湊。
式。
「多分こう」
「何で」
「ここを先に」
「……」
「で」
「……」
「どう」
一ノ瀬。
見る。
「分かった」
「本当?」
「多分」
「先輩それ多い」
「黒瀬も」
*
西野。
隣。
英単語。
小声。
「improve」
「上達する」
「record」
「記録」
「ordinary」
「普通の」
「competition」
「大会」
「perfect」
「完璧な」
「……」
湊。
「十点?」
「明日」
「九じゃなかった?」
「欲出た」
「教師に言われた通り」
*
六時。
図書室。
閉館。
「帰れー」
司書。
「先生毎日それ」
一ノ瀬。
「毎日いるからだ」
「確かに」
*
外。
西野。
「コンビニ」
「帰る」
湊。
「え」
「今日は家で飯」
「俺も」
安藤。
「俺も帰る」
一ノ瀬。
「珍しい」
「失礼」
*
校門。
四人。
「じゃあ」
安藤。
「また明日」
「はい」
一ノ瀬。
「黒瀬」
「何ですか」
「今日」
「何」
「バスケ」
「見てたんですか」
「少し」
「何でみんな見るんですか」
「体育館横通った」
「安藤先輩も同じ」
「楽しそうだった」
「楽しかったです」
「陸上より?」
「はい」
即答。
「……」
一ノ瀬。
少し。
笑う。
「本当に迷わないね」
「そこは」
「じゃあ」
「何ですか」
「大会で勝っても」
「うん」
「バスケの方が好き?」
「多分」
「……」
湊。
少し考える。
「いや」
「何」
「好きなのはバスケ」
「うん」
「でも大会で勝ったら嬉しい」
「……」
「別じゃないですか」
一ノ瀬。
少しだけ。
目を細める。
「そっか」
「はい」
「うん」
*
西野。
「何の話?」
「お前は聞かなくていい」
「何で!」
*
帰り道。
湊。
西野。
二人。
「黒瀬」
「何」
「今日体育」
「うん」
「負けた」
「うん」
「悔しい」
「バスケで?」
「うん」
「短距離なのに」
「関係ない!」
「また」
「でも」
西野。
「バスケは好きじゃない」
「うん」
「でも負けたら悔しい」
「……」
「黒瀬と同じ?」
湊。
少し。
「近いかも」
「じゃあ分かる」
「何が」
「好きじゃなくても勝ちたい」
「……」
「単純じゃん」
「お前に言われると腹立つ」
「何で!」
*
夜。
机。
湊。
今日。
英語九点。
西野八点。
体育。
バスケ。
四百。
六十秒。
図書室。
文化祭。
数字。
会話。
全部。
一日の中。
「……」
スマホ。
佐伯。
『文化祭、役割仮で作った』
『早』
『黒瀬くん厨房補助』
『勝手に入れるな』
『暇ならって言った』
『暇なら』
『じゃあ仮』
『仮なら』
『西野くん接客』
『向いてる』
『山下くん全部』
『かわいそう』
*
続けて。
『大会って来週だよね』
『うん』
『何時だっけ』
『10時50分くらい』
『ちゃんと覚えた』
『前から』
『嘘』
『少し』
『行けたら行く』
『うん』
湊。
少し止まる。
『別に無理しなくていい』
送る。
すぐ。
『それ来てほしい人の言い方?』
「……」
湊。
『遠いから』
『はいはい』
*
スマホ。
置く。
数学。
開く。
でも。
さっき。
一ノ瀬に言った言葉。
好きなのはバスケ。
勝ったら嬉しいのは陸上でも。
別。
「……」
思えば。
当たり前かもしれない。
好き。
得意。
勝ちたい。
続けたい。
全部。
一緒じゃない。
でも。
学校では。
そういうものが。
毎日。
同じ場所に置かれる。
バスケ。
陸上。
テスト。
文化祭。
映画。
友達。
明日。
湊は。
問題集を開いた。
「……」
今日は。
走るより。
バスケの方が楽しかった。
でも。
四百六十秒も。
少し。
嬉しかった。
それで。
いい気がした。




