第20話 一週間前
月曜日。
「黒瀬」
「何」
「眠い」
「知ってる」
「何で」
「顔」
「また顔」
西野大地は机に突っ伏した。
「昨日映画行ったから」
「お前も行っただろ」
「俺はそのあと動画見た」
「何時まで」
「一時半」
「馬鹿じゃん」
「短距離の」
「また?」
「スタート」
「好きだな」
「うん」
即答。
湊は。
少しだけ西野を見る。
「何」
「いや」
「何だよ」
「そうやって即答できるの、すごいなって」
「何が」
「好きって」
「……」
西野が顔を上げる。
「黒瀬は?」
「何」
「陸上」
「嫌い」
「そこだけは即答なんだ」
「うん」
「じゃあバスケ」
「好き」
「それも早いじゃん」
「……」
「できるじゃん」
「何が」
「好きって言うの」
「種目による」
「面倒くせえ」
「お前に言われたくない」
*
朝のホームルーム。
「今日から中間考査一週間前」
担任。
教室。
一斉に。
「うわあ」
「来た」
「嫌だ」
「静かにしろ」
担任が試験範囲表を掲げる。
「部活動は原則一時間程度。大会前の部は顧問判断」
西野。
小声。
「一時間」
「喜ぶな」
湊。
「だって早く帰れる」
「勉強するんだろ」
「……」
「何その間」
「する」
「遅い」
*
担任。
「それと」
もう一枚。
「文化祭のクラス企画について、委員は今週中に案を三つ出せ」
山下颯太。
「今週!?」
前から。
「聞いてない!」
「今言った」
「急!」
佐伯美咲が笑う。
「頑張ろう」
「佐伯は楽しそうだからいいけど!」
「颯太」
湊。
「何」
「映画」
「まだ言ってる!」
「一案」
「却下されそう」
「出すだけ出せ」
「お前手伝えよ!」
「委員じゃない」
「お前のせいで俺やってんだろ!」
「じゃんけんに負けたお前のせい」
「冷たい!」
*
一時間目。
英語。
「今日の小テスト」
教師。
「十問」
西野が。
静かに目を閉じた。
「祈るな」
湊。
「言霊」
「答案に効かないだろ」
「効け」
*
五分後。
「回収」
答案。
前へ。
*
十分後。
「返すぞ」
「早」
「その場で採点した」
湊。
八点。
「……」
まあ。
西野。
「……」
紙を伏せる。
「何点」
「言わない」
「見せて」
「嫌」
「三?」
「違う」
「四?」
「……」
「四だ」
「見るな!」
「見てない」
「何で分かる!」
「顔」
「また顔!」
*
教師。
「西野」
「はい」
「四点」
「先生!」
「前回三点だったな」
「はい」
「伸びたな」
「ありがとうございます!」
「喜ぶな。赤点圏だ」
教室が笑う。
西野は。
笑いながら。
答案を見る。
「一個上がった」
「よかったな」
湊。
「うん」
「次五点」
「目標低」
「先生が言ってた」
「じゃあ六」
「強気」
*
昼休み。
四人。
机。
湊。
西野。
佐伯。
山下。
「企画案」
山下。
「本当に考えて」
「映画」
湊。
「一個目それでいい?」
「いいよ」
佐伯。
「え」
山下。
「通るかは別として」
「じゃあ書く」
一つ目。
教室上映会。
「二つ目」
西野。
「お化け屋敷」
「お前暗いの無理じゃん」
「受付やる」
「また逃げる」
「適材適所!」
「じゃあ書く」
二つ目。
お化け屋敷。
「三つ目」
佐伯。
「喫茶店」
「普通」
湊。
「普通でいいじゃん」
「普通って言葉好きだね」
「誰のせい」
「俺?」
「一ノ瀬先輩じゃない?」
西野。
「何で知ってる」
「黒瀬よく言うから」
「何を」
「一ノ瀬先輩が普通って」
「言ってたから」
「先輩の話多いな」
山下。
「お前まで何」
「別に」
「その言い方禁止」
佐伯が笑う。
*
「そういえば」
佐伯。
「バイト」
「結果来た?」
湊。
「まだ」
「遅」
「まだ一営業日くらいだから」
「落ちてない?」
「やめて」
「黒瀬」
西野。
「不安煽るなよ」
「いや」
「佐伯、受かるよ」
「何で」
「映画好きそうだから」
「面接ってそこだけじゃないでしょ」
「でも」
西野。
「無料で見れるか聞いたんだろ?」
「何で知ってるの!?」
佐伯。
「黒瀬!」
「……」
「言ったの?」
「少し」
「最低!」
「面白かったから」
「やっぱ笑ってた!」
「少し」
「もう!」
山下。
「何の話?」
「何でもない!」
佐伯。
*
午後。
体育。
今日は。
バレーボール。
「バスケじゃない」
湊。
「残念そう」
西野。
「少し」
「やっぱ好きじゃん」
「バスケはね」
「素直」
「そこは」
*
チーム分け。
湊。
西野。
別。
「黒瀬!」
「何」
「負けねえ!」
「バレーで?」
「何でも」
「競技違うぞ」
「今日同じ!」
「確かに」
*
試合。
湊。
レシーブ。
下手。
ボール。
後ろへ。
「黒瀬!」
「無理!」
西野。
向こうで笑う。
「下手!」
「うるさい!」
*
次。
西野。
サーブ。
ネット。
「……」
湊。
「下手」
「うるさい!」
「短距離なのに」
「関係ない!」
*
終わり。
「引き分け」
西野。
「何が」
「俺ら」
「どっちも下手だっただけ」
「次バスケなら」
「勝つ」
「自信」
「そこは」
*
放課後。
グラウンド。
「今日は一時間」
久米先生。
「やった」
湊。
「喜ぶな」
「でも一時間」
「大会前だから質上げるぞ」
「嫌な予感」
一ノ瀬澪奈。
「黒瀬、今日は千を一本」
「一本?」
「よかったじゃん」
「タイムは」
久米先生。
「二分五十二」
「……」
「顔」
「速い」
「一本だから」
「そういうことか」
*
アップ。
少し。
風。
昨日より。
暖かい。
安藤直人。
「黒瀬」
「はい」
「今日五十二」
「聞きました」
「行く?」
「行きます」
「俺も」
「先輩も?」
「うん」
「藤原先輩は」
「五十くらい」
「……」
「追う?」
「追います」
「即答」
*
スタート。
藤原。
安藤。
湊。
一ノ瀬。
他。
最初。
四百。
六十八。
「……」
速い。
でも。
つける。
六百。
一分四十三。
藤原。
少し前。
安藤。
その後ろ。
湊。
「……」
残り四百。
安藤が。
上げる。
湊も。
「黒瀬!」
安藤。
「はい!」
「来い!」
「言われなくても!」
残り二百。
藤原。
前。
安藤。
湊。
三人。
最後。
湊。
安藤の横。
「っ」
ゴール。
「二分五十!」
藤原。
「二分五十二!」
安藤。
「二分五十二!」
黒瀬!
久米先生。
「ほぼ同時!」
「……」
湊。
息。
大きい。
でも。
笑う。
「同じ」
安藤。
「ですね」
「負けなかった」
「俺も」
「引き分け」
「次は勝ちます」
「俺も」
*
一ノ瀬。
三分十九。
ゴール。
「……」
肩。
大きく上下。
「一ノ瀬先輩」
湊。
「ん?」
「どうでした」
「遅い」
「設定は?」
「三分十五くらい」
「四秒」
「うん」
「……」
「何」
「いや」
「言って」
「最近ちょっと」
「遅い?」
「はい」
一ノ瀬が。
少しだけ。
黙る。
「そうだね」
「……」
「でも」
笑う。
「大会で出ればいいから」
「そうですね」
「うん」
「俺も」
「何」
「練習で速くても、大会で遅かったら意味ない」
「……」
「ですよね」
「まあ」
一ノ瀬は。
少しだけ笑った。
「そうだね」
*
その顔が。
ほんの少し。
いつもと違った。
でも。
湊には。
何が違うのか。
分からなかった。
*
短距離。
西野。
スタート練習。
タイム。
一本。
「十二秒三!」
「遅くなった!」
西野。
「〇・一だろ」
湊。
「〇・一でかい!」
「知ってる」
「昨日二だったのに!」
「毎日ベスト出るわけないだろ」
「……」
「何」
「黒瀬がまともなこと言ってる」
「失礼」
*
練習終了。
午後五時。
「早」
湊。
「まだ明るい」
夏目。
「帰って勉強だね」
「映画」
「昨日見たでしょ」
「漫画」
「勉強」
「……」
「顔」
「先輩まで」
*
校門。
「黒瀬」
西野。
「何」
「今日どうする」
「帰る」
「ファミレス」
「行かない」
「勉強」
「家でやる」
「珍しい」
「昨日やったから」
「昨日映画見た」
「勉強もした」
「半分」
「十分」
*
そこへ。
「黒瀬くん」
佐伯。
校門横。
「何してるの」
「委員会」
「終わった?」
「今」
「山下は?」
「先生に捕まってる」
「かわいそう」
「黒瀬!」
遠く。
校舎から。
「聞こえてるぞ!」
「地獄耳」
*
「バイト」
湊。
「まだ」
佐伯。
「通知来るたび見る」
「緊張してる?」
「そりゃ」
「何で」
「受かりたいから」
「映画無料」
「それもある」
「やっぱり」
「でも」
「何」
「働いてみたい」
「映画館で?」
「うん」
「好きだから?」
「たぶん」
「……」
「何」
「みんな好きなものあるなって」
「黒瀬くんもあるでしょ」
「バスケ」
「映画」
「うん」
「漫画」
「まあ」
「じゃあ十分じゃん」
「何が」
「好きなもの」
「……」
「陸上が入ってないだけで」
「入らない」
「知ってる」
佐伯が笑う。
*
スマホ。
佐伯。
「!」
「何」
画面。
止まる。
「……」
「来た?」
「うん」
「結果?」
「うん」
西野も。
覗かないように。
でも。
気になる。
「開けろよ」
「待って」
「何で」
「怖い」
「開けないと変わらないだろ」
「分かってる」
佐伯。
深呼吸。
「……」
タップ。
読む。
数秒。
「……」
「どう」
湊。
佐伯。
顔を上げる。
「受かった」
「お」
「マジ!?」
西野。
「受かった!」
佐伯。
笑う。
「よかったじゃん」
湊。
「うん!」
「映画無料」
「最初そこ!?」
「大事」
「おめでとう!」
西野。
「ありがとう!」
*
「初出勤いつ」
湊。
「来週の土曜」
「大会の翌日?」
「大会いつ?」
「金曜」
「そうなの?」
「たぶん」
「たぶんって」
「曜日あんま見てない」
「大会出る人が?」
「時間しか見てない」
「黒瀬くんらしい」
「それ便利に使うな」
*
帰り道。
三人。
佐伯。
西野。
湊。
「バイトしたらさ」
西野。
「何」
「俺ら映画行った時」
「うん」
「佐伯いるかもな」
「勤務中なら」
「話しかけていい?」
「忙しくなければ」
「ポップコーン大盛り」
「有料」
「友達割」
「ない」
「まだ?」
「永遠にない」
湊。
「でも」
「何」
「映画館で知ってる人働いてるの変な感じ」
「そう?」
「うん」
「何で」
「学校の人が学校の外にいると」
「……」
「変じゃない?」
佐伯。
「黒瀬くん、部活の人と映画行ってるじゃん」
「それは」
「学校の外」
「……」
「慣れた?」
「少し」
*
分かれ道。
「じゃあね」
佐伯。
「うん」
「初出勤頑張れ」
湊。
「まだ来週」
「言っとく」
「早い」
「言霊」
西野。
「俺の!」
「それ黒瀬にも取られてる」
「みんなで使えばいいじゃん」
「じゃあ」
佐伯。
「中間、赤点取らない」
西野。
「それ言霊?」
「うん」
「強い」
「言え」
湊。
「赤点取らない!」
「もっと」
「七十点!」
「急に高!」
「言霊!」
「便利だな」
*
夜。
机。
試験範囲。
数学。
英語。
社会。
大会の日程。
スマホ。
全部。
湊の視界に入る。
千メートル。
二分五十二。
安藤と同着。
一ノ瀬。
三分十九。
西野。
十二秒三。
佐伯。
バイト合格。
自分。
英語八点。
「……」
数字。
多い。
学校にいると。
毎日。
何かしら。
数字がつく。
点数。
タイム。
順位。
金額。
時間。
でも。
佐伯が。
「受かった」
と言った時の顔には。
数字はなかった。
西野が。
四点を見て。
「一個上がった」
と喜んだ時も。
別に。
大した点ではなかった。
湊は。
数学の問題を解く。
一問。
正解。
「……」
ちょっと嬉しい。
次。
間違い。
「くそ」
消す。
*
スマホ。
西野。
『英語やってる』
『えらい』
『五点取る』
『低い』
『六』
『まだ低い』
『七』
『刻むな』
数秒。
『黒瀬は四分十八』
湊。
少し笑う。
『お前は十二秒一』
『言霊』
『言霊』
*
大会まで。
あと少し。
テストまでも。
あと少し。
でも。
その間にも。
明日は来る。
授業も。
昼休みも。
部活も。
文化祭の話も。
たぶん。
くだらない会話も。
全部。
先に進む。
湊は。
大会の日程表を。
教科書の下へ入れた。
今は。
数学。
「……」
走るより嫌かも。
そう呟いて。
もう一問。
解いた。




