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記憶の記録  作者: とも
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16/18

第16話 一秒

 木曜日。


「黒瀬」


「何」


「十二秒二」


「出たの?」


「今日出す」


「まだかよ」


「予告」


「毎朝それ聞いてる」


「言い続ければ出る」


「願掛け?」


「言霊」


「練習しろ」


 西野大地は机に突っ伏した。


「してるよ」


「じゃあ寝るな」


「眠い」


「昨日何時に寝た」


「一時」


「何してたの」


「動画」


「馬鹿じゃん」


「短距離のフォーム見てた」


「……」


 湊は少し黙った。


「ちゃんとしてるじゃん」


「だろ?」


「何か腹立つ」


「何で!?」


「もっと馬鹿でいてほしい」


「親友に何求めてんだよ」


「違う」


「そこは即答なんだ」


     *


 朝のホームルーム。


「来月の校外学習について」


 担任がプリントを配った。


「班を決める」


「また?」


 誰かが言う。


「またって何だ」


「入学してから班決め多くないですか」


「高校生活とは班を決めることだ」


「そんな嫌な定義あります?」


 教室が笑う。


「四人一組。行き先ごとに分かれてから自由に組め」


 ざわつく。


 湊はプリントを見る。


 博物館。


 企業見学。


 そのあと自由行動。


「黒瀬」


 西野。


「一緒な」


「早」


「駄目?」


「別に」


「やった」


「あと二人」


「佐伯」


「勝手に決めんな」


「本人いるじゃん」


 左を見る。


 佐伯美咲が聞いていた。


「私はいいよ」


「決定」


 西野。


「あと一人」


 佐伯が教室を見る。


「山下くんとか?」


「誰?」


 湊。


「え」


「黒瀬」


 西野が顔を覆う。


「同じクラスだぞ」


「顔は分かる」


「またそれ」


「名前が」


「黒瀬くん、人の名前覚えるの苦手すぎない?」


 佐伯。


「必要になったら覚える」


「ひどい」


「西野は覚えた」


「俺は?」


「うるさいから」


「理由!」


 前の方から。


「聞こえてるぞ黒瀬!」


 男子が振り返る。


「あ」


「俺が山下!」


「今覚えた」


「遅えよ!」


 教室が笑った。


     *


 四人。


 湊。


 西野。


 佐伯。


 山下。


 班決定。


「行き先どうする?」


 山下。


「映画館」


 湊。


「ない」


 佐伯。


「企業見学で映画会社とか」


「ない」


「じゃあ水族館」


 西野。


「それもない」


「何があるんだよ」


「プリント読んで」


 佐伯が呆れる。


「科学館、新聞社、食品工場、美術館」


「食品工場」


 西野。


「試食ありそう」


「そこ?」


「大事」


「黒瀬は?」


「美術館」


 三人が見る。


「何」


「意外」


 山下。


「何で」


「黒瀬って美術館行くんだ」


「行かない」


「じゃあ何で」


「静かそうだから」


「理由そこ?」


「あと涼しそう」


「観る気ないじゃん」


「行ったら観る」


 佐伯が笑う。


「私、美術館でもいいよ」


「じゃあ二票」


「俺食品」


 西野。


「俺科学館」


 山下。


「割れた」


「じゃんけん」


 西野が言う。


「こういう時こそ話し合おうよ」


 佐伯。


「高校生らしく」


「じゃあ多数決」


 湊。


「話し合いを捨てるの早い」


     *


 結局。


 美術館。


「何で負けた……」


 西野。


「多数決」


「二対二だったじゃん」


「最後山下が寝返った」


「科学館より近かった」


 山下。


「距離かよ!」


「大事」


「湊と同じ理由じゃん!」


「湊?」


 湊が見る。


 山下。


「何」


「名字じゃなくていいだろ」


「急だな」


「同じ班だし」


「じゃあ山下も下の名前で呼ばないと不公平じゃん」


「俺、颯太」


「今覚えた」


「お前本当に!」


     *


 二時間目。


 数学。


 中間考査範囲。


 黒板いっぱい。


 式。


 文字。


 西野の顔が死んでいた。


「黒瀬」


「何」


「陸上だけの学校ない?」


「あるかもな」


「行きたい」


「授業あるだろ」


「じゃあ駄目」


「高校諦めるな」


「大会とテスト近いのずるい」


「何がずるいんだよ」


「身体と頭、両方疲れる」


「人間そういうものだろ」


「黒瀬」


「何」


「冷たくない?」


「昨日一時まで動画見てたやつに言われたくない」


     *


 昼休み。


「これ」


 佐伯がスマホを見せる。


「何」


「映画館の面接、明日」


「おお」


「緊張する」


「何で」


「面接だから」


「走るわけじゃないじゃん」


「黒瀬くんの基準、全部陸上になってない?」


「なってない」


「じゃあ面接経験ある?」


「ない」


「なら分からないでしょ」


「確かに」


「素直」


「何聞かれるんだろ」


 西野が入ってくる。


「志望動機」


「それは考えた」


「長所」


「一応」


「短所」


「……」


「ない?」


「あるけど言いたくない」


「何」


「飽きっぽい」


「バイト向いてなくない?」


「だから言わない」


「嘘つくの?」


「言い方を変えるの」


「どうやって」


 佐伯は少し考える。


「好奇心旺盛」


「強い」


 湊。


「何が」


「変換が」


「黒瀬は短所何?」


 西野。


「面倒くさい」


「自覚あるんだ」


「お前らが毎日言うから」


「長所は?」


「……」


 湊は止まる。


「負けず嫌い」


 佐伯。


「それ長所?」


「使い方による」


 西野。


「じゃあ短所も負けず嫌い」


「同じじゃん」


「使い方による」


 三人で笑った。


     *


 放課後。


「黒瀬」


 久米先生。


「はい」


「今日は千五百の刺激入れるぞ」


「刺激?」


「六百、四百、三百、二百」


「減ってくんですね」


「その代わり速くなる」


「聞きたくなかった」


「大会前だからな」


「まだ結構ありますよね」


「お前にとってはな」


「先生にとっては?」


「もうすぐ」


 一ノ瀬が横から入る。


「ほら」


「何ですか」


「私と同じ」


「陸上好き側の時間感覚怖いんですよ」


「黒瀬もそのうち」


「なりません」


「言い切る」


     *


 アップ。


 スパイク。


 履く。


 もう。


 最初ほど違和感はなかった。


「慣れた?」


 安藤直人。


「少し」


「一万二千円」


「何で知ってるんですか」


「一ノ瀬」


「情報共有されすぎじゃないですか?」


「黒瀬の一万二千円は有名」


「嫌な有名人」


「でも似合ってるよ」


「スパイクが?」


「うん」


「褒め方あります?」


「じゃあ速そう」


「それは嬉しい」


「単純だな」


     *


 六百。


 設定。


 一分四十二。


「最初から速い」


 湊。


「大会ならもっと速い」


 藤原。


「聞きたくない」


「嫌ならゆっくり走っていいぞ」


 久米先生。


「嫌です」


「ほら」


 一ノ瀬。


「何」


「扱いやすい」


「それ前も言われた!」


     *


 スタート。


 藤原。


 安藤。


 湊。


 少し後ろ。


 一ノ瀬。


 百。


 二百。


 速い。


 でも。


 以前より。


 身体がついてくる。


「……」


 三百。


 安藤が前。


 藤原が少し先。


 湊。


 つく。


 四百。


「六十八!」


 久米先生。


「残り二百!」


 安藤が上げる。


「……っ」


 湊も。


 並ぶ。


「黒瀬!」


 安藤。


「まだ!」


 何がまだなのか。


 分からない。


 でも。


 抜きたい。


 残り百。


 湊が一歩前。


 ゴール。


「一分四十!」


「速い!」


 久米先生。


「黒瀬! 上げすぎ!」


「……」


 湊は息を整える。


「安藤先輩が」


「俺のせい?」


 安藤が笑う。


「前いたから」


「前いたら全部追うの?」


「はい」


「犬みたい」


「誰が犬ですか」


     *


 四百。


 六十三秒。


 三百。


 四十六秒。


 二百。


 二十九秒。


 終わり。


「……」


 湊はトラック脇に寝転がった。


「無理」


「起きろ」


 藤原。


「死にました」


「喋ってる」


「幽霊です」


「橘みたいなこと言うな」


 遠く。


「呼んだー?」


 高跳びのマットから橘美琴。


「呼んでない!」


 数人が笑う。


     *


「黒瀬」


 安藤が隣に座った。


「はい」


「今日速かったな」


「先輩も」


「最後全部負けた」


「……」


「何その顔」


「嬉しい」


「正直すぎるだろ」


「勝ったんで」


「まだ練習だけどな」


「練習でも」


「そっか」


 安藤は水を飲む。


「俺さ」


「はい」


「去年の今頃、四分三十くらいだったんだ」


「前言ってましたね」


「うん」


「一年で六秒?」


「それくらい」


「……」


 湊は黙った。


 一年。


 六秒。


 自分。


 体育。


 四分二十六。


 数週間。


 四分十九。


「黒瀬は早いな」


「何がですか」


「伸びるの」


「始めたばっかだからじゃないですか」


「それもある」


「じゃあ」


「でも」


 安藤は笑う。


「羨ましくないって言ったら嘘かな」


 湊が見る。


「……」


「悪い意味じゃないよ」


「分かってます」


「本当?」


「はい」


「ならいい」


 少しだけ。


 風。


 トラックの砂。


 スパイク。


 誰かの声。


「先輩」


「何」


「俺が抜いたら」


「うん」


「悔しいですか」


「そりゃ」


 即答。


「でも」


「はい」


「黒瀬が遅くなるより、俺が速くなればいいし」


「……」


「そう思ってる」


「強いですね」


「全然」


 安藤が笑う。


「そう思わないと、結構しんどいだけ」


「……」


 その言葉だけ。


 少し。


 残った。


     *


「黒瀬!」


 反対側。


 西野。


「見てろ!」


「何」


「百!」


「また?」


「今日出す!」


「十二秒二?」


「そう!」


「毎日言ってる!」


「今日は本当に!」


 短距離組。


 スタート。


 湊はその場に座ったまま見る。


「位置について」


 静か。


 音。


 西野。


 出る。


「……」


 いい。


 素人の湊にも。


 少し分かる。


 昨日より。


 速い。


 最後。


 ゴール。


「十二秒二!」


 久米先生の声。


「……」


 西野が止まった。


「え?」


「十二秒二!」


「っしゃあああああ!」


 グラウンドに響いた。


「うるさ!」


 橘。


 西野が拳を上げる。


「黒瀬!」


 こっちへ走ってくる。


「出た!」


「聞こえた」


「十二秒二!」


「聞こえたって」


「出た!」


「分かった!」


「俺出た!」


「分かったから!」


 西野が笑う。


 本当に。


 ものすごく嬉しそうだった。


「……よかったな」


 湊。


「おう!」


「じゃあ明日十二秒一」


「もう!?」


「目標更新」


「ちょっと喜ばせろよ!」


「今日だけ」


「短!」


     *


 練習後。


 部室。


「十二秒二」


 西野。


「もう何回聞いた?」


 湊。


「九回」


 近くの先輩。


「数えてたんですか」


「うるさいから」


「ひど!」


「黒瀬は四分十九何回言った?」


「……」


 湊。


「結構」


「同類」


「違う」


 西野。


「同類だろ」


「違う」


「似てる」


 また。


 二人。


「似てない」


 同時。


 部室が笑いに包まれる。


     *


「今日コンビニ行こうぜ」


 西野。


「何で」


「十二秒二記念」


「お前が奢る?」


「何で?」


「記念だから」


「黒瀬が奢って」


「もっと何で」


「親友だから」


「違う」


「今日くらいいいじゃん!」


     *


 結局。


 コンビニ。


 湊。


 西野。


 安藤。


 一ノ瀬。


 夏目。


 五人。


「西野、何買う?」


 一ノ瀬。


「アイス」


「記念に?」


「はい」


「じゃあ高いやつ」


 湊。


「黒瀬が買って」


「嫌」


「一口あげる」


「いらん」


「じゃあ二口」


「もっといらん」


 安藤が笑う。


「黒瀬って西野には当たり強いな」


「こいつがうるさいから」


「愛情」


 夏目。


「違います」


「即答」


「最近そればっか!」


     *


 店の外。


 西野は。


 二百八十円のアイス。


「高」


 湊。


「記念だから」


「昨日まで二百円超えたら高いって」


「黒瀬がな」


「俺は今日もそう思う」


「大会で一位取ったら買うんだろ?」


「考えるって言った」


「逃げた」


「まだ大会出てない」


「一位取れそう?」


 安藤が聞く。


「分かんないです」


「予選は?」


「通りたい」


「決勝は?」


「行けるなら」


「決勝行ったら?」


「……」


 湊は少し考える。


「一位取りたい」


「出た」


 一ノ瀬。


「何ですか」


「結局そこ」


「出るなら勝ちたいじゃないですか」


「分かるけど」


 安藤は笑う。


「俺も出るからな」


「知ってます」


「負けないよ」


「俺も」


 軽く。


 笑いながら。


 言う。


 でも。


 その言葉は。


 数週間前とは少し違った。


 安藤のタイム。


 走り方。


 顔。


 声。


 もう。


 ただの数字ではない。


     *


 帰り道。


 一ノ瀬と夏目は途中で別れた。


 安藤も。


 残り。


 湊。


 西野。


「黒瀬」


「何」


「十二秒二」


「十回目」


「数えてた?」


「今から」


「嬉しい」


「知ってる」


「〇・一秒だぞ」


「短距離だとでかいんだろ」


「でかい」


「俺の七秒とどっちがすごい?」


「競技違う」


「逃げた」


「違うって!」


「じゃあ勝負できないな」


「大会で順位」


「種目違う」


「じゃあどっちが上まで行くか」


 西野が言う。


「……」


 湊は少し考える。


「いいよ」


「負けた方」


「何」


「高いアイス」


「お」


「どう?」


「二百円まで」


「高くない!」


「二百五十」


「三百」


「高い」


「ケチ!」


「じゃあ二百八十」


「細か!」


「今お前が食ってるやつ」


 西野は棒だけになったアイスを見る。


「じゃあこれ」


「決まり」


「絶対な」


「うん」


     *


 駅。


「じゃあ明日」


「おう」


「十二秒一」


「もういいって!」


「言霊」


「じゃあ黒瀬は?」


「何」


「四分十八」


「……」


 湊は少し笑った。


「四分十八」


「出た」


「言霊」


「真似すんな」


「お前発信だろ」


     *


 夜。


 机。


 英単語。


 数学。


 校外学習のプリント。


 大会の日程表。


 全部。


 散らばっている。


 湊は数学を解く。


 二問。


 三問。


 分からない。


「……」


 スマホ。


 佐伯。


『面接の服って制服でいいと思う?』


 湊は返す。


『いいんじゃない』


『適当』


『高校生だし』


『西野くんにも聞く』


『あいつに聞くな』


『何で』


『今日十二秒二出して頭それしかない』


 数秒。


『おめでとうって言っといて』


『自分で言え』


『じゃあ送る』


 その直後。


 西野から。


『佐伯に褒められた』


「早」


『よかったな』


『黒瀬嫉妬?』


『寝ろ』


 スマホを伏せる。


「……」


 数学。


 また。


 問題。


 その横。


 大会の日程。


 目に入る。


 安藤。


 四分二十四秒八。


 自分。


 四分十九秒八。


 差。


 約五秒。


 でも。


 今日。


 六百では勝った。


「……」


 大会なら。


 どうなる。


 湊はシャーペンを止めた。


 ほんの少し前まで。


 四分二十六が速いのかどうか。


 検索していた。


 今は。


 誰に勝ちたいか。


 誰に負けたくないか。


 名前が浮かぶ。


 藤原。


 安藤。


 西野。


 一ノ瀬。


 種目も。


 性別も。


 学年も違う。


 それでも。


「……」


 数字の向こうに。


 少しずつ。


 人が見えるようになっていた。


 スマホ。


 また通知。


 西野。


『十二秒二』


「十一回目」


 湊は笑う。


『四分十八』


 送り返す。


 すぐ。


『負けねえ』


 湊は画面を見る。


「俺も」


 声に出した。


 それから。


 数学の問題へ戻った。


 答えは、


 見事に間違っていた。

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