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記憶の記録  作者: とも
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17/17

第17話 放課後まで

 木曜日。


 朝。


「黒瀬」


「何」


「眠い」


「寝ろ」


「学校だぞ」


「じゃあ起きろ」


「冷たくない?」


「どうしろってんだよ」


 西野大地は机に突っ伏した。


 まだホームルームまで十五分。


 教室には半分ほどしか来ていない。


 窓が開いている。


 五月の風。


 少しだけ湿っている。


 湊は鞄から英語の教科書を出した。


「黒瀬」


「何」


「十二秒二」


「……」


 湊は教科書を閉じた。


「お前さ」


「うん」


「昨日もそれ言ってたよな」


「昨日は出すって言った」


「今日は?」


「出す」


「同じじゃねえか」


「今日は違う」


「何が」


「昨日より本気」


「毎日本気度上げてどうすんだよ」


 西野が顔を上げる。


「黒瀬は?」


「何」


「四分十八」


「今日は千五百走らないだろ」


「言っとくだけ」


「言霊?」


「そう」


「それ俺の」


「権利ないだろ」


「ある」


「どこに」


「発案者」


「そんな制度ねえよ」


 隣から。


「朝から何の話してるの?」


 佐伯美咲。


「記録」


 西野。


「言霊」


 湊。


「全然分かんない」


「西野が十二秒二出したいらしい」


「まだ出てないの?」


 西野が止まった。


「……佐伯」


「何?」


「黒瀬より刺さる」


「え?」


「何でもない」


 湊は笑った。


     *


 ホームルーム。


「文化祭のクラス委員を決めるぞ」


 担任が言った。


「早くないですか?」


 誰か。


「準備は早い方がいい」


「文化祭いつですか」


「九月」


「早すぎません?」


「高校生は気づいたら九月になる」


「怖いこと言わないでください」


 教室が笑う。


 黒板。


 文化祭実行委員。


 男子一名。


 女子一名。


「やりたい人」


 沈黙。


「……」


 誰も上げない。


「高校生らしいな」


 担任。


「先生やってください」


「俺は教師だ」


「じゃあ山下」


「何で俺!?」


 前の方。


 山下颯太が振り返った。


「黒瀬!」


「俺何も言ってない」


「今笑っただろ」


「笑っただけ」


「じゃあ黒瀬やれよ」


「嫌」


「即答!」


 担任が腕を組む。


「五分待つ」


「長い」


「立候補がなければ推薦」


 教室がざわつく。


 湊は嫌な予感がした。


「黒瀬」


 西野。


「何」


「やれば?」


「嫌」


「向いてそう」


「どこが」


「指示出すの」


「出さない」


「文句言うの」


「委員に一番いらないだろ」


「映画上映しようぜ」


 湊が止まる。


「……」


「食いついた」


「映画?」


「教室で」


「著作権」


「現実的!」


「普通に無理だろ」


 隣。


 佐伯が手を挙げた。


「はい」


 担任。


「女子、佐伯」


「え?」


 湊が見る。


「やるの?」


「誰もいないし」


「すご」


「何が」


「自分からやるの」


「そんな大げさなこと?」


「俺絶対嫌」


「知ってる」


 佐伯は前へ出た。


 黒板。


 女子。


 佐伯美咲。


「男子は?」


 また沈黙。


 西野が。


 ゆっくり。


 湊を見る。


「やめろ」


「何もしてない」


「その顔やめろ」


「黒瀬でいいと思う人」


「おい」


 西野が手を挙げた。


「はい!」


「待て!」


 一人。


 二人。


 三人。


「ノリで上げるな!」


 山下も。


「黒瀬いいじゃん」


「お前まで!」


 佐伯が前から笑っている。


「佐伯!」


「私何もしてないよ」


「止めろ!」


「黒瀬くん、頑張って」


「もう決まったみたいに言うな!」


 担任。


「黒瀬、人気だな」


「違います!」


「嫌か?」


「嫌です」


「そうか」


「はい」


「じゃあ無理にはやらせない」


「先生!」


「何だ」


「好きです」


「気持ち悪い」


 教室が笑った。


 結局。


 山下がじゃんけんに負けて男子委員になった。


「何で俺……」


 席へ戻りながら呟く。


「頑張れ、颯太」


 湊。


「下の名前で呼ぶな!」


「この前呼べって言ったじゃん」


「今だけ腹立つ!」


     *


 二時間目。


 体育。


 バスケットボール。


 体育館。


 ボールの音。


 靴が床を擦る。


 笛。


「黒瀬!」


「はい!」


 パス。


 受ける。


 右。


 一人。


 左。


 二人。


 その間。


 味方が走る。


 湊はボールを床へ一度。


 相手が寄る。


 その瞬間。


 横。


 パス。


「ナイス!」


 レイアップ。


 入る。


「黒瀬、やっぱ上手えな!」


「まあ」


「まあ?」


「ちょっと」


「絶対ちょっとじゃない」


 湊は笑った。


 次。


 守備。


 相手が来る。


 一歩。


 二歩。


 切り返し。


 身体が動く。


 止める。


「くそ!」


 ボールがこぼれる。


 拾う。


 前。


 走る。


 体育館の端から端。


 息は上がる。


 でも。


 嫌ではない。


 むしろ。


 楽しい。


     *


 試合終了。


「黒瀬」


 クラスの男子。


「何」


「やっぱバスケ部来いよ」


「行かない」


「何でだよ」


「今陸上部」


「でもバスケの方が好きなんだろ?」


「うん」


「じゃあバスケやればいいじゃん」


「……」


 湊はタオルで顔を拭いた。


「そう単純でもない」


「何が?」


「分かんない」


「本人も分かってないの?」


「うん」


「変なの」


「俺もそう思う」


     *


 体育館を出る。


 廊下。


「黒瀬」


 西野が追いつく。


「何」


「楽しそうだった」


「バスケ?」


「うん」


「楽しかったから」


「陸上の時より?」


「そりゃ」


「即答」


「だってバスケ好きだし」


「……」


「何」


「いや」


「何だよ」


「それでも陸上部なんだなって」


「そうだけど」


「不思議」


「俺が一番そう思ってる」


     *


 昼。


 購買。


「あと一個!」


 西野。


「何が」


「焼きそばパン!」


「いらん」


「俺いる!」


 走る。


「廊下走んな!」


 教師。


「すみませーん!」


「謝りながら走るな!」


 湊は普通に歩く。


 その横。


 佐伯。


「行かないの?」


「今日は弁当」


「西野くん一人で戦ってるよ」


「毎日何かと戦ってるな」


「黒瀬くんもでしょ」


「俺?」


「タイム」


「……」


「違う?」


「まあ」


「似てるね」


「似てない」


 即答。


 佐伯が笑った。


「本人いないのに」


「関係ない」


     *


 教室。


「取った!」


 西野が戻ってくる。


「うるさい」


「ラスト一個!」


「よかったね」


 佐伯。


「ありがとう」


「何で佐伯に言うの」


「祝ってくれたから」


「俺も言っただろ」


「黒瀬は棒読み」


「よかったね」


「今も!」


 三人。


 机を寄せる。


 そこへ。


「入っていい?」


 山下。


「文化祭委員」


 湊。


「その呼び方やめろ」


「座れよ」


 西野。


「最初からそう言え」


 四人。


 昼。


「文化祭何やるんだろ」


 山下。


「まだ決めないでしょ」


 佐伯。


「映画」


 湊。


「まだ言ってる」


「喫茶店」


 西野。


「普通」


「お化け屋敷」


 山下。


「西野無理じゃん」


 湊。


「無理」


「客側じゃなくて驚かす側なら?」


「自分たちも暗いじゃん」


「そこ?」


「暗い場所が嫌」


「短距離やってるのに」


「また意味分かんない理論!」


「逃げ足速い」


「幽霊から逃げ切れるか!」


「十二秒二出せば」


「まだ出てない!」


 山下が。


「十二秒二って何?」


 一瞬。


 西野が静かになる。


「百メートル」


「西野、そんな速いの?」


「まだ十二秒三」


 湊。


「言うなよ!」


「十分速くない?」


 山下。


「陸上部だと普通くらい」


「へえ」


 西野は焼きそばパンを一口。


「でも」


「何」


「十二秒切る」


 湊が見る。


「いつ?」


「三年までに」


「ずいぶん先だな」


「二年以上ある」


「長」


「二年以上もある」


 以前。


 聞いた言葉。


 湊は少し笑った。


「何」


「いや」


「何だよ」


「変わんねえなって」


「何が」


「西野」


「入学してまだ一か月ちょいだぞ」


「それもそう」


     *


 五時間目。


 英語。


「黒瀬」


 小声。


「何」


 西野。


「competition」


「大会」


「important」


「重要な」


「improve」


「改善する、上達する」


「record」


「記録」


「……」


「何」


「全部陸上っぽい」


「英単語に罪はない」


「record」


「記録」


「十二秒二」


「それはまだ記録じゃない」


「今日記録になる」


「しつこい」


     *


 放課後。


 グラウンド。


「黒瀬!」


 一ノ瀬澪奈。


「何ですか」


「今日さ」


「はい」


「一年の教室の前通った」


「だから?」


「楽しそうだった」


「何が」


「昼休み」


「見てたんですか」


「たまたま」


「怖」


「何でよ!」


「二年生が一年の教室覗いてる」


「通り道!」


「本当に?」


「本当!」


「で、何が楽しそうだったんですか」


「普通に喋ってたから」


「喋りますよ」


「最初もっと一人でいそうだった」


「俺を何だと思ってたんですか」


「一匹狼」


「痛い人みたいに言わないでください」


「違ったね」


「一人は好きですけど」


「寂しくない?」


「別に」


「へえ」


「先輩は?」


「私は一人も好きだし、みんなも好き」


「欲張り」


「いいでしょ」


     *


 今日。


 短距離。


 百メートル計測。


 長距離。


 軽いジョグ。


「何で俺ら今日は楽なんですか」


 湊。


「昨日追い込んだろ」


 久米先生。


「そうでした」


「忘れるな」


「走ったことは覚えてます」


「内容は?」


「きつかった」


「雑」


     *


 湊たちは。


 トラックの外側。


 ゆっくり走る。


 一ノ瀬。


 安藤。


 藤原。


 湊。


「今日百見る?」


 一ノ瀬。


「西野?」


「うん」


「見ます」


「友達思い」


「違います」


「まだそこ否定するの?」


 安藤。


「友達は認めました」


「じゃあいいじゃん」


「親友じゃないだけです」


「細かい」


 藤原。


「大事です」


     *


 ジョグ終了。


 短距離。


 一本目。


 西野。


「黒瀬!」


「聞こえてる」


「見てろ!」


「早く走れ」


「応援は!?」


「十二秒二!」


「雑!」


 スタート地点。


 西野。


 前を見る。


 さっきまで。


 あれだけ喋っていたのに。


 静かになる。


 湊も。


 少し黙る。


「位置について」


 腰。


 上がる。


 音。


 西野が飛び出した。


「……」


 速い。


 最初。


 今までより。


 少し。


 前へ出ている。


 五十。


 六十。


 七十。


 最後。


 身体が少し硬くなる。


 それでも。


 ゴール。


 久米先生。


 時計。


「十二秒二!」


「……」


 西野が。


 数歩進んで。


 止まった。


「え?」


「十二秒二!」


 一瞬。


 無音。


 次。


「っしゃあああああ!」


 両手。


 上。


「出た!」


「うるさ!」


 橘美琴。


 高跳びマット。


「出た!」


 西野は湊を見る。


「黒瀬!」


「分かった!」


「十二秒二!」


「聞こえた!」


「出た!」


「だから分かったって!」


 西野が走ってくる。


「見た!?」


「見た」


「速かった!?」


「まあ」


「まあ!?」


「前半は」


「後半は!?」


「ちょっと力んでた」


「何で普通に分析すんの」


「見てたから」


「でも十二秒二!」


「よかったな」


「おう!」


 満面の笑み。


 湊は。


 思わず笑った。


     *


「次十二秒一」


 湊。


「早い!」


「明日」


「今日くらい喜ばせろ!」


「喜んでるじゃん」


「一緒に!」


「何で俺が」


「友達!」


「……」


「ほら」


「よかったな」


「もっと!」


「おめでとう」


「棒読み!」


「面倒くせえ!」


     *


 少し離れたところ。


 安藤が笑っていた。


「仲いいな」


「よく言われます」


「親友?」


「違います」


「そこだけ異常に速いな」


     *


 練習後。


 部室。


「十二秒二」


 西野。


「一回」


 湊。


「何が」


「今から言った回数数える」


「何で」


「うるさくなるから」


「ならない」


「十二秒二!」


「二回」


「待って、今のも?」


「当然」


「厳しい!」


 着替え。


 汗。


 制汗剤。


 誰かの靴。


 ロッカーの音。


 いつもの匂い。


「黒瀬」


 城戸蓮。


「何回目?」


「二です」


「何の話?」


「西野の十二秒二」


「ああ」


 城戸が西野を見る。


「よかったな」


「はい!」


「十二秒二です!」


「三」


「黒瀬!」


 部室に笑いが起きる。


     *


「今日どっか行く?」


 西野。


「何で」


「記念」


「昨日もコンビニ行った」


「今日記録出た」


「自分で買え」


「冷たい」


 橘。


「アイスなら行く」


「何でいるんですか」


「聞こえた」


 一ノ瀬。


「私も行く」


 夏目。


「じゃあ私も」


「増えた」


 湊。


「黒瀬は?」


「……」


 少し。


 考える。


「行く」


「即答じゃん」


「暑いから」


「理由つけないと来れない病?」


 一ノ瀬。


「違います」


     *


 コンビニ。


「高い」


 湊。


「記念」


 西野。


「二百八十円」


「昨日から決めてた」


「本当に買うんだ」


「十二秒二だから」


「四回」


「今のも!?」


 一ノ瀬が笑う。


 橘は。


 棒アイス。


 夏目は。


 お茶。


 安藤。


 パン。


 湊。


 いつものソーダ味。


「黒瀬それ好きだな」


 安藤。


「安いんで」


「味じゃないの?」


「味も」


「どっちが先?」


「値段」


「夢がない」


     *


 店の外。


 夕方。


 まだ。


 明るい。


 五人。


 六人。


 適当に立つ。


「一ノ瀬先輩」


 西野。


「はい」


「先輩って一年の時どれくらいだったんですか」


「千五百?」


「はい」


「五分くらい」


「今四十七ですよね」


「うん」


「十三秒」


「そうだね」


「すげえ」


「一年かけてだけどね」


「俺も一年で」


 西野。


「十一秒台」


「十二秒切るんじゃなかった?」


 湊。


「十一秒台は十二秒切ってる!」


「確かに」


「何で今気づくの」


「十一秒九?」


「もっと!」


「十一秒八」


「もっと!」


「十一秒七」


「刻むな!」


 みんな笑う。


     *


「黒瀬は?」


 夏目が聞く。


「何ですか」


「三年の時どうなってたい?」


「……」


 アイス。


 一口。


「別に」


「何も?」


「まだ入ったばっかですよ」


「じゃあ目標」


「今は」


「うん」


「四分十五」


 安藤が。


「藤原のベスト」


「はい」


 少し離れた藤原。


「聞こえてるぞ」


「抜きます」


「言うねえ」


「先輩が速くなればいいじゃないですか」


「前にも聞いたなそれ」


「便利なんで」


 安藤が笑う。


「その先は?」


 夏目。


「四分十五出したら」


「……」


 湊は止まる。


 考えたことがない。


「その時考えます」


「全国とかは?」


 一ノ瀬。


「遠い」


「大学でも陸上とか」


「やらないです」


 即答。


 一瞬。


 みんなが黙る。


「そんな即答?」


 一ノ瀬。


「はい」


「三年間やるかも分かんないのに?」


「大学はもっと分からない」


「でも速くなったら?」


「それとこれ別じゃないですか」


「……」


「好きじゃないし」


 湊は。


 普通に言った。


 誰も。


 すぐには返さなかった。


 でも。


 重い空気にもならない。


「じゃあ高校でやめる?」


 安藤。


「さあ」


「さあ?」


「まだ一年の五月ですよ」


「それもそうか」


 安藤が笑う。


「俺ら先の話しすぎ」


「陸上部って先の話好きですよね」


 湊。


「記録って先にあるからじゃない?」


 一ノ瀬。


「次の大会、次のベスト、来年」


「へえ」


「黒瀬は違う?」


 湊は。


 溶けかけたアイスを見る。


「明日のことくらいしか考えてないです」


「明日は?」


 西野。


「お前の十二秒一」


「やっぱ陸上じゃん!」


「お前が毎日言うからだろ!」


     *


 駅まで。


 西野と湊。


「黒瀬」


「何」


「十二秒二」


「五回」


「少なくない?」


「途中数えるの忘れた」


「意味ねえ!」


「もうどうでもいい」


「俺は嬉しい」


「知ってる」


「今日さ」


「うん」


「昼に山下に言われた時」


「何を」


「十二秒三でも速いって」


「うん」


「ちょっと嬉しかった」


「そう」


「でも」


「何」


「十二秒三じゃ嫌だった」


「……」


「変だよな」


「別に」


「普通の人から見たら速くても」


「うん」


「自分では遅い」


「あるだろ」


「バスケでもあった?」


 湊は。


 少しだけ。


 歩く速度を落とした。


「……あった」


「何」


「別に」


「聞きたい」


「また今度」


「何で」


「長くなる」


「電車まだ来ない」


「そういう問題じゃない」


「じゃあ大会終わったら」


「覚えてたら」


「覚えてる」


「お前、英単語忘れるくせに」


「そういうのは覚える」


「何でだよ」


     *


 駅。


 改札。


「じゃあな」


「おう」


「明日」


 西野。


「十二秒一?」


「違う」


「何」


「学校」


「当たり前だろ」


「またな」


「うん」


     *


 夜。


 机。


 数学。


 英語。


 文化祭の話。


 校外学習。


 大会。


 全部。


 まだ先。


 なのに。


 少しずつ。


 予定が増えていく。


 スマホ。


 佐伯。


『明日の面接緊張する』


 湊。


『遅刻すんな』


『西野くんと同じこと言ってる』


「……」


『あいつ何て送った』


『遅刻だけはするな』


『最悪』


『似てるね』


『似てない』


 送信。


 すぐ。


『そこも同じ』


「……」


 湊はスマホを伏せた。


 数学。


 一問。


 分からない。


「……」


 またスマホ。


 西野。


『十二秒二』


「六回目」


『うるさい』


 送る。


 返信。


『今日だけ許せ』


 湊は少し笑った。


『今日だけな』


     *


 十二秒二。


 四分十九。


 八点。


 三点。


 焼きそばパン一個。


 文化祭委員二人。


 アイス二百八十円。


 高校に入ってから。


 数字が増えた。


 でも。


 たぶん。


 今日を思い出す時。


 十二秒二だけを思い出すわけではない。


 朝。


 眠そうな西野。


 文化祭委員を押しつけ合ったこと。


 体育でバスケをしたこと。


 昼に四人で笑ったこと。


 コンビニの前でアイスを食べたこと。


 そういうものも。


 同じ一日の中にあった。


 湊は数学の答えを見る。


「……違うじゃん」


 消しゴム。


 全部消す。


 もう一度。


 明日になれば。


 西野の十二秒二も。


 今日ほど騒がれなくなる。


 そして。


 また別のことで、


 きっと騒ぐ。


 高校生活は、


 そうやって進んでいく。

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