第8話 王都の市場
王都ロステルに着いたボク達を出迎えたのは、巨大な城壁だ。
白くて清楚な印象のある城壁だけど、見上げるほど高くて、圧倒的な存在感を放っている。
前に見たときと変わらぬ美しさと存在感が、そこにはあった。
シュリは「すごい……」と、あっけに取られていた。
アイリスはまるではじめて見たみたいに、「かっこいい!」って目を輝かせていた。
この記憶喪失。
王都ロステルは西、北、東の三方が山に囲まれていて、南側には大きな河川が流れている。
ボク達も来たときにちらっと見えたけど、対岸が見えないくらい大きな川だった。
ロステルは地理的に、戦闘にも流通にも秀でていると言える。
更にその街をぐるっと囲んでいるのが、今目の前に広がってる城壁。
上から見ると円形の形をしていて、図形的な美しさがある。
円形を取ることによって、さらに籠城にも向くらしい。
……というのが、道中『バベルの図書館』で確認した、ざっくりした外観だ。
中の情報を念入りに確認してるから、外側のことはぼんやりとしか分かってない。
知識のプリムラとしては、耳が痛い……。
ボク達が今いるのは南側の門。
ロステルの中で一番大きい正門だ。
ドラゴンでも通るのかと思うほど大きい。
この世にドラゴンなんていないわけだけど、それくらい大きい。
オーベスト大陸随一の人口と繁栄を誇るロステルには、人の移動が絶えない。
ここの門は移動の主要となる場所だ。
しかもちょっとした観光地みたいにもなっていることもあって、人でごった返している。
巨大な門なのに、すこし窮屈に感じるくらいだ。
門の前にはフルフェイスの兵士がじっと立ってこっちを見つめている。
でも、特に検問なんかはしてなくて、自由に通ることができる。
ロステルの方針は楽市楽座。
通行料を取らず、好きに商業や産業をさせることで、より繁栄するようにするっていう制度だ。
その反面、通行料でお金が取れず、犯罪者を招き入れてしまいかねない。
その分、治安が悪くなっていて、実際、北部には川を隔ててスラム街が存在する。
だがしかし、治安の悪さを加味しても余りあるくらい、ロステルは繁栄している。
ここまで人が多いのも納得できる。
ボク達は特に目立つこともなく、門を通過することができた。
門を通過すると、いち早く目に飛び込んでくるものがある。
サフォーク王国の王城だ。
青と白を貴重とした、優雅で清楚な城だ。
ロステルのどの建物よりも、頭一つ抜けて高い。
王城は円形の街の中心にあって、どこから見ても真ん中に位置するように見える。
まさに王国のシンボルって感じだ。
アイリスなんか、王城を見た瞬間に『七色の希望』で走って行きそうになっていた。
王城をバックに、まず足を踏み入れることになるのが、商業地区。
楽市楽座のおかげか、いろんな国の人が集まって、各々好きなように商売を営んでいる。
オーベスト大陸では見かけないような紋様のツボだったり、別大陸の言語で書かれた書物なんかが散見された。
ボクとしては、こういう知的好奇心が刺激されるような場所が、ちょっと楽しかったりする。
あっ、あれ、古代遺跡から見つかった勾玉のサンプルなんじゃ……。
細かい文字の入れ具合とか、精巧に再現されてる。
当時の技術でそこまでのことができたか、検証してみたいな……。
うう……気になる。
でも、こんなところで油を売っているわけにもいかない。
ボク達は食料や日用品といった、最低限必要なものだけを買い、クレ姉が教えてくれた拠点に向かうことにした。
ここは物価が高くて、路銀も使い切ってしまった。
ちょうどいい頃合いだったかもしれない。
目指す場所は一つ。
向かうは東、住宅地区だ。
商業地区は思ったよりも広かった。
歩いても歩いても、商人たちの商魂たくましい喧騒が聞こえてくる。
図書館好きのボクとしては、静かだったらもっと良かったのにな、と思うところだ。
アイリスはうるさいだけだからやめてほしい。
一刻は歩いたかというところで、町並みが変わった。
そこは飲食店の多いゾーン。
ロステルの南東あたりで、実はまだ商業地区だ。
飲食店の前では、若い女性がにこやかに客入れをしている。
まだうるさいとはいえ、さっきよりも断然静かだ。
アイリスの方がうるさい。
この辺の市場価格を知っておくのも大事だと思って、試しに店頭でメニューをのぞいてみると、結構安い値段のものが多かった。
シュリはいろんなメニューを覗いていて、心なしか楽しそうだ。
お金ができたら、シュリといっしょに来てみたいな。
そう言えば、南西のあたりにも同じような飲食店エリアがあるらしい。
けど、そっちは西の貴族区画に住む貴族達の御用達。
気を失って、そのまま死んでしまうくらい高い。
それに比較すると、こっちは庶民向けで安い。
……一文無しのボク達にとっては、どっちも冗談抜きで死ぬほど高いんだけどね。
そしてまた半刻ほど歩くと、ガラリと町並みが変わってきた。
2階建ての建物が立ち並び、たまに5階建てくらいの大きな建物も見えるエリア。
正真正銘、住宅地区に入ったのだ。
ただ、やはり流石は大陸一の都市というべきか。
住宅の一つ一つが白塗りだったり、シックな木造だったりして、とても上品だった。
アイリスは「ヒヨコさんみたいな色だね!」と言ってたけど、それを言うなら鶏だと思う。
鶏の毛色より、よっぽど美しいと思うけど。
住宅地区はキレイに区画整備がなされていて、等間隔に商店街や公園が挟まっていた。
道には雑草もほとんど生えておらず、動物がくたばってたりすることもない。
ものすごい手の入れ様というべきか、住民の意識が高いと言うか。
全体的に美意識が高かった。
住宅地区に着けば、拠点まであと少し――というわけでもない。
むしろ、そこからが本番と言っても過言ではなかった。
なにせ、住宅地区が王都の中で一番広いのだ。
クレ姉に指定された住所は、ここから更に北の方。
住宅地区が始まるのが西南西くらいからだから、まだまだだ。
ボク達はそこから更に一刻ほど北上して、やっと拠点に着いた。
ロステルに着いたのが正午。
到着したときにはもう日が落ちようとしていた。
拠点はシンプルな一戸建て。
田舎の方では見かけないような白塗りの家だけど、このあたりでは珍しくない。
大きさも小さすぎず、大きすぎず。
普通の家としか言いようがない。
クレ姉は、くれぐれも目立たないようにと言っていた。
そういう意味では、この家は確かに最適の拠点だ。
家に入る時、小さい階段でつまずいた私に向かって「この階段壊そうか?」と嬉々として聞いてくるアイリスを無視しつつ、扉に手をかける。
掃除してなさそうだし、クモの巣が張ってたり、埃っぽかったりするかもな……と思いつつ、扉を開ける。
クモの巣――ない。
ほこ――1つとしてない。
ボクの予測能力――絶望的にない。
拠点はキレイそのものだった。
「きれいな場所だねー!」
「うん、掃除が行き届いてるみたいだね。
エキナセア様の配下……もしかしたらクレ姉とかが、手入れしてくれたのかも」
「やささささしい人だね」
「さが4つくらい余計だよ」
アイリスは相変わらずだけど、まさかここまで掃除が行き渡ってるとは思わなかった。
それで確か、クレ姉の話だったら、ダイニングテーブルの上に――。
あった。
拳くらいのサイズの巾着袋。
中身はもちろん――お金だ。
実際覗いてみると、巾着袋の中には、親指の第一関節くらいの大きさの銀貨がいくつか入っていた。
「1、2、3、……30枚?」
「6枚ね」
いつの間にか、アイリスがボクの横から巾着袋の中を覗き込んでいる。
シュリもアイリスの反対側から、巾着袋を覗き込んでいた。
全く、アイリスはいつになったらまともに数を数えられるのやら。
前も、どう考えても2つのりんごを、ドヤ顔で1つって言ってたし。
脳みそスカスカでしょ。
「6枚って少ないね」
「いや、そんなことない。この銀貨はサフォーク大銀貨って言って、1枚10万ライトだから、全部で60万ライト。銀貨の枚数は少ないけど、大金だよ」
「うー、頭こんがらがってきたぁ……」
「そうだねー、一番シンプルなパンケーキが1枚2000ライトだとするとー」
「するとー?」
「大体300枚くらい食べれるね!」
説明を面倒くさがったボクに代わって、シュリが説明をしてくれた。
本当に天齢7歳とは思えない賢さだな……。
それに対してシュリはというと……。
「わっかんないや!」
……はぁ。
もういいよ。
嫌気が差したから、今日は体を拭いて寝ることにした。




