第6話 旅天の天使
その後、クレマチスは少しだけボクに気を許してくれたみたいで、色々と教えてくれた。
たどたどしくて、落ち着きのない口調だった。
けど、クレマチスがボクに何か伝えたい、っていうのが伝わってきて、話し方でイライラするようなことはなかった。
むしろほっこりするくらいだ。
まずクレマチスが教えてくれたのは、クレマチス自身のこと。
クエマチスは、旅天のクレマチスと呼ばれているらしい。
彼女の魔法は『虚空門』
年頃の男の子が好きそうな、ちょっとクサい名前だ。
からかいついでにそう言ったら、自分もそう思ってるって落ち込んでいた。
魔法の能力は、空間と空間をつなぐ、虚空門を開くというもの。
転移だ。
門を開く場所に制限はないらしくて、やろうと思えば宇宙へだって行けるらしい。
すごく強い魔法だ。
だけど、だからこそ、その分反動がきつい。
虚空門を開くのには、開く場所の座標計算がいる。
まあ、考えてみたら当たり前のことだ。
ここに行きたいなー、っていう漠然とした気持ちで魔法なんて使ったら、変なところに門を開いてしまいそうだ。
近くだったら、自力でどれくらいの位置で開けばいいかっていうのは分かるらしいけど、遠かったらそうはいかない。
もちろん、見えないくらい遠い場所を目測なんてできやしない。
それを可能にするのが、魔法だ。
膨大な桁の計算を勝手にやってくれて、そのとおりに魔法で門を開いてくれる。
すごく便利だ。
だが、問題は、その計算がどこで行われるのかということ。
計算が行われる場所は、クレマチス本人の頭脳なのだ。
魔法が、ちゃっかりクレマチスの頭脳を借りて、一瞬で計算を終える。
するとどうなるか。
まあ、そりゃ頭痛になるよね、ということだ。
しかも、その魔法の制限は他にもある。
まず、虚空門はクレマチスと、その所持品しか通れない。
たとえば、門を開いて、シュリを適当な場所に飛ばす、みたいなことはできないってことだ。
ちょっと残念。
さらに、『虚空門』には回数制限もある。
その回数は、1日2回。
一回行って帰ってきたら、もうその日は使えないっていうことだ。
ちょっと使い勝手は悪いかもしれない。
けど、制限が多くても、やっぱり便利なものは便利だ。
瞬間移動が不便なはずはない。
エキナセア様は、今のボク達に対してのように、クレマチスを毎日毎日、いろんな天使に伝言を頼んでいるらしい。
ちょっと失礼な言い方をすると、便利な伝書鳩扱いなのかも知れない。
ま、それで言うとボクは便利な辞書扱いなわけだけど。
そんな伝書鳩みたいな役割のクレマチスには苦手なことがある。
それは、誰かと話すことだ。
これは伝言役としては致命的。
けど、クレマチスもなんだかんだ100年ほど生きてる天使。
何回もやってたら、うまい伝言の役割くらい編み出す。
実際クレマチスは、伝える内容を丸暗記して何度も練習することで、なんとかしているらしい。
シュリにも過去何度か、伝言をしたことがあるんだとか。
ただ、それは裏を返せば決まった内容しか話せないということ。
クレマチスはなんと約100年、伝言以外でほとんど他人と話していないらしい。
それはなんと、エキナセア様に対してもそうらしい。
エキナセア様は伝言してほしい内容を紙に書いて渡すだけで、そこに会話が生まれることはめったに無い。
や、それはなにも、エキナセア様がクレマチスを見捨てたわけじゃない。
うまく話せないから、気を遣ってくれたんだと思う、というようなことをクレマチスは言っていた。
結局、クレマチスは話すのが苦手でも、クレマチスは役目を果たす事ができた。
そのせいで、クレマチスはコミュニケーションというものを忘れたらしい。
今回もそれで良かったはずだった。
別に話すのが苦手でも、一方的に、練習した内容を伝えるだけだから。
今回も、来れたのは来れた。
けど、帰れなかった。
結果、さっきみたいなことになってしまった。
こんなときは、早いところ原因を突き止めておいたほうが良い。
二度と繰り返さないように。
手始めに、今日おかしなことがなかったかと聞いてみた。
するとクレマチスは、無言で唸りはじめ、やがて何かに気づいたように、「あっ」と声を漏らした。
彼女曰く、そう言えば今日の朝、背中が痛くて起きた、と。
寝ている場所もズレていて、だいぶ足元の方に移動した、と。
……あっさりと原因がわかってしまった。
寝ている間に、誤って魔法を発動してしまったのだ。
『虚空門』の回数制限は2回。
ここへ来るのに1回使うと……もう今日は使えない。
そりゃ魔法が発動できないというわけだ。
それが分かると、彼女は顔を赤くして凹んだ。
寝ている間に、魔法を間違えて発動しちゃうっていうのは、天齢が若い天使がよくするミスだ。
それを100年経った今でもやってしまったことが、恥ずかしかったらしい。
ボクとしては別に恥ずかしい、ってほどのことでもないと思うんだけど、違うみたい。
なんにせよ、クレマチスは明日になるまで帰れないってことだ。
それと、任務内容についても聞いておいた。
具体的には、さっきシュリに対して言っていた上級悪魔とは何か、と。
クレマチスは、「シュリの方が詳しいと思うけどね」と前置きしてから、快く説明してくれた。
まず、悪魔には上級、中級、下級にランク分けされる。
上級悪魔は、天使と同じように人形を取り、魔法を使う。
見た目は人間と全く同じで、見分けはつかない。
再生能力が高いのも、天使と同じだ。
その魔法は感情に作用するものが多くて、強力なので、くれぐれも気をつけてほしいと言われた。
ボクは悪魔と会ったことはなかったけど、悪魔と言われるとこの上級悪魔を想像していた。
次に中級悪魔。
中級悪魔も人形を取るけど、明らかに人間じゃないと分かるらしい。
姿形は、東の国の物語に出てくる、鬼をイメージすればいいと言われた。
背丈は人間の2倍くらいで、肌の色は赤だったり、青だったり、緑だったり。
額には角が生えていて、筋骨隆々。
確かに鬼と同じだ。
中級悪魔は、暴力に任せてボク達天使の邪魔をしてくるらしい。
けど、天使には再生能力があるから問題ないと言われた。
……本当だよね?
なんか上級悪魔よりも怖い気がするんだけど……。
最後に下級悪魔。
これは粒子状のもので、目には見えない。
空気中に漂っていて、どこにでもいるらしい。
「君の口の、中にも……いる、だろうね」と言われてゾッとした。
クレマチスにはホラーの才能があると思う。
でも、下級っていうくらいだから、そんなに警戒しなくてもいいのかな、と思っていたら、それは大間違いだった。
なんと、下級悪魔こそが世界ロリコン化の原因らしい。
下級悪魔の粒子は、一部がロリ因子を持っている。
下級悪魔は空気中にうようよいるので、人間はそれを知らず知らずのうちに体に取り込んでしまう。
それはゆっくりと人間を蝕み、徐々にやがて人間はロリコンになる。
体内の下級悪魔の濃度が高くなればなるほど、その度合はひどくなるんだとか。
シュリの魔法は、ロリ因子を持つ下級悪魔を消滅させることによって、人間を浄化しているらしい。
じゃあシュリは、各地を巡って下級悪魔を消滅させればいいということか。
クレマチスにそれで合ってるかどうか聞くと、半分は合ってると言われた。
つまり半分は間違いってことだ。
そんなに簡単にはいかないらしい。
厄介なことに、下級悪魔のロリ因子には、一つ一つに結界がはられている。
それがある限り、シュリの大規模魔法では消滅させられない。
例の更生ビームでなら、火力が高いから消滅させられるけど、それではキリがない。
ボク達は、まず結界をはがしてから、大規模魔法で一気に下級悪魔を消滅させる必要があるのだ。
結界には核というものがある。
その核は、結界一つ一つに強いつながりを持っている、いわば司令塔みたいなものらしい。
そしてその核を破壊すれば、それに対応した結界ははがれ、大規模魔法が通る。
なので結界の核を破壊すれば良いのだが……それが問題なのだ。
核は、中級、上級悪魔の体内に埋め込まれていて、厳重に守られているからだ。
核は埋め込まれた時点で体内に溶け込み、埋め込まれた悪魔と一体化する。
だから、その核のある部分だけを破壊する……とかではダメらしい。
ちゃんと殺さなければ、核は破壊されない。
核を破壊するのが一番大変ということだ。
エキナセア様はシュリ一人には荷が重いと判断したらしく、ボク達を同行させるという考えに至ったという。
とにかく、ボクとアイリスの役目は、中級、上級悪魔を倒す手伝いだ。
だが、そこで一つ問題が生じる。
エキナセア様は活動の拠点こそ用意してくれたが、お金は用意してくださらなかったらしい。
「マジか……厳しくない?」とも思ったが、何もエキナセア様が不親切というわけではない。
シュリ1人分のお金はもともとあるのだが、ボク達が飛び入りで仲間になったから、その分がないらしい。
シュリ一人なら、3ヶ月くらいなら、働かなくても大丈夫らしい。
つまり、僕たち3人(1匹は除外)で、1ヶ月しか持たないということだ。
ボク達の役割は悪魔の討伐の補助だけだけど、街から追い出されてしまえばそれは叶わない。
お金がないのは死活問題だ。
クレマチスには、働いて稼いだほうが良いと言われた。
悪魔の討伐以外に、仕事もしないといけない。
なにかと忙しくなりそうだが、俄然、やる気が出てくるというものだ。
まとめると、ざっくりやることは3つ。
1、お金を稼ぐ。
2、中級、上級悪魔を倒す。
3、シュリに浄化してもらう。
大体やることが分かったところで、話は一段落ついた。
気づいたらあたりはすっかり夜になっていて、月が爛々と輝いていた。
アイリスとシュリは、はじめの方こそボク達が話すのを聞いてた。
けど、途中から飽きたのか、いつの間にか二人で遊んでいた。
子どもか。
……子どもか。
ボクはアイリスに、これからすべきことを共有しておいた。
おこちゃまでも分かるように、要点を絞って、丁寧に説明してやった。
でも、アイリスのことだからなあ……。
信用はしないほうが良い。
不安は残るけど、今日はとりあえず休もう。
宿でも取るか、とも思ったけど、そこでクレマチスはあることを助言してくれた。
「夜に移動しちゃったほうが良いんじゃない?」と。
世界の希望とも言えるシュリは、悪魔側にとって不都合極まりない。
目立っていると、いつどこで悪魔が仕掛けてくるかわからない状態になって、とても穏やかな状態とは言えない。
目立たないほうが良いのは確かだ。
けど、ボク達の移動方法は飛翔だから、まあ目立つ。
その分、昼にやるより、夜のほうがまだマシ、ということだ。
睡眠に関しても、多分大丈夫。
睡眠は天使にとっても大事な、精神回復の行為だ。
けど、本来肉体に依存しない天使は、睡眠しなくても大丈夫だ。
人間みたいに、何日も寝なかったら死ぬ、とかはない。
でも、睡眠不足で精神が乱れることもあるから、しっかり注意するつもりだ。
ボク達は広場を出て、裏路地に入り、誰もいないのを確認すると、翼を広げて飛び立った。
リアは飛べないから、シュリの肩にしがみついてる。
完全に目立たないようにするのは無理だけど、最大限できることはしたつもりだ。
空高く、空高く。
ボク達は人間の目につかないように、なるべく高く飛ぶ。
上空から見た街は、小さく見えた。
こんなちっぽけな場所で、ボクは何をやっていたのか。
でも、こんなちっぽけな場所でも、ボクはいろんな経験をしたんだ。
たくさん苦しんだんだ。
たくさん屈辱をうけたんだ。
たくさん、たくさん、たくさん……。
ボクはちっぽけな世界の中でも、たくさんの、大きな物語が眠っていると、そう突きつけられた気がした。
翌朝。
ボク達は未開拓の草原に降り立ち、休憩をすることにした。
そして、クレマチスとはここでお別れだ。
「「せーのっ、また会おうね!」」
と息を合わせて言ったのは、アイリスとシュリ。
朝から何か練習してると思ったら、これだったらしい。
リアはシュリの肩の上で、尻尾を左右に揺らし、みゃあんと鳴いた。
クレマチスとリアは、特に話す理由もないからか、一度も話してなかった。
だからこれが、リアなりの別れの表現なのだろう。
「いろいろ教えてくれて助かったよ。頭痛には気をつけて」
自分でも驚くくらい、そっけない別れの言葉が出た。
そんなボクの言葉でも、クレマチスはフッと笑ってくれた。
「う、うん。ありがとう。ま、また、すぐ、あ、会えると思う」
クレマチスはそんなことを言っていたけど、そんなことはないと思う。
だってクレマチスの能力は、とても便利だから。
多分エキナセア様の鳩として、奔走することになるだろう。
クレマチスの『虚空門』は、往復で1日1回しか使えないから、すぐというわけにはいかないはずだ。
でも、シュリが生きている限り、シュリという救世主に伝言に来てくれるはずだ。
いつかは来てくれる。
それまでは、少しさみしくなる。
けど、次来たときも、決められた伝言だけじゃなくて、こうやって話したい。
クレマチスが『虚空門』を発動した。
空間に歪みができて、金の円形の門できる。
門の中からは、星空みたな光景が広がっていた。
クレマチスは、最後に一度だけ振り返り、眠そうな目でこっちを見た。
――ちゃんと、心からお別れしなくていいの……?
ボクの心が、そう叫んでいるような気がした。
そう思うと、ボクの喉は突き動かされた。
「ありがとう、またね! ……ね、姉さん!」
うぅ……顔が熱い。
きっとボクは、耳まで真っ赤になってるんだろう。
姉さん、なんて言うなんて、ボクらしくない。
でも、エキナセア様から生まれた天使なんだから、間違いじゃない。
間違いじゃないんだけど……さ……。
なんでこんなこと言っちゃったんだろ……。
ボクらしくない……。
おそるおそる、クレマチスの顔を見る。
笑われてしまっただろうか。
ボクの目に入ってきたクレマチスの顔は、確かに笑っていた。
でも、ボクが思ってたような顔じゃなくて……。
心底嬉しそうな顔で、満面の笑みで。
「うん、またね!」
と言ってくれた。
ボクの熱かった心は温かくなった。
クレマチスが虚空門をくぐる。
彼女の体が完全に門の向こうに消えると、虚空門は霧散した。
恥をかいて、良かった。
そんなボクらしくない感情が、ボクの心を支配した。




