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第5話 白髪の頭痛




 ボクの仮説を確かめるために必要な質問。

 まあ、まずこれかな。


「シュリの天齢っていくつ?」


「シュリの天齢はねー、7歳!」


「「え!?」」


 天齢っていうのは、エキナセア様に産み落とされてから経過した年数に、7を足した年数。


 天使は、エキナセア様のお腹の中で7年過ごし、エキナセア様に教育を施され、その後地上に遣わされる。

 天齢は意識を持ってから今に至るまでの年数、と言い換えても良い。


 シュリの天齢は7歳。

 つまり、シュリは生後間もないってことだ。


「それで7歳……しっかりしすぎじゃない?」


 さっき普通に本読めてたよね……?

 漢文字もあったから、地上に降り立ってすぐだったら、ふつう読めないと思うんだけど……。

 え、アイリスよりも絶対賢いんじゃない……?


「え、ていうか1つ下の妹ってこと!?」


「うそ! そーなの!?」


 ボク達の天齢は17歳。

 エキナセア様は10年ごとに天使をお産みになるから、ちょうど一致する。


 シュリはアイリスと、「「やったー!」」と言って手のひらを合わせて喜んでいた。


 ボクはその間も考えを巡らせ、仮説が正しいか検証する。

 シュリは地上に来て間もない。

 これは、ボクの仮説が正しいならば、辻褄の合う話だ。


 ……いや、これじゃ判断材料が少なすぎる。

 ここで仮説は正しいQ.E.Dでは暴論にも程がある。

 もう少し、情報が欲しい。


「じゃあ次の質問。シュリの『浄化』の魔法に弱点はあるの? 反動とか、回数制限とか」


「んー? 別に撃っても何も辛くないし、何回でも撃てるよ」


「強くない……?」


 なんか、ボク達の魔法が霞むな……。

 ボク達の魔法って、結構弱かったのかな……?


「ねえシュリ。魔法の対象のことだったら、ある意味弱点と言えるんじゃないかな?」


「あ、確かにそうかも」


 リアから発せられた、魔法の対象という言葉に、ボクは妙に引っかかった。

 そしてその引っ掛かりは、すぐにボクの仮説へと繋がることとなる。


「その、シュリの魔法はね、対象が、と(・)あ(・)る(・)特(・)殊(・)能(・)力(・)を持つ悪魔に限定されるんだ」


「その特殊能力って?」


 不意に、シュリがこっちを見つめてきた。

 その目には、なにやら凄みのようなものがあって――。

 ボクはゴクリの喉を鳴らす。

 ボクは、世界を揺るがすような、そんな言葉を伝えられるような気がした。


「その特殊能力は、人間さんをロリコンにする能力だよ」


「!?」


 思わず吹き出しそうになった。

 真面目な話かと思って、ちょっとかっこいいかもって思ったのに……。

 ボクの期待返して……。


 あれ……?

 いや、シュリの目は、未だに真面目そのものだぞ……?

 さっきの凄みも消えてない。

 背筋が粟立つ。


「今、この世界はロリコンに溢れてる。プリムラちゃんが経験してきたのも、その問題の一つ。

 エキナセア様に聞いた話だと、ここよりももっと酷い場所は、山程あるみたい。

 『ロリコンが法を作り、ロリコンが裁いて、ロリコンがまつりごとをする、ロリコンの、ロリコンによる、ロリコンのための国さえある』って、エキナセア様、言ってたもん」


 思わず笑ってしまいそうなのをこらえながら、シュリの話を整理する。


 えと、ロリコンが、ロリコンで、ロリロリコン?

 だめだ、脳がロリコンで支配される……。


「それと、大規模な方の魔法は、もっと限定されるんだけどね」


「そ、そう」


 ボクは笑いをこらえて、相槌をうつことしかできなかった。

 もはやシュリの話が入ってこない。


 とりあえず、真面目に整理しよう。


 シュリの魔法は、いわばロリコン消滅魔法だ。

 ロリコンは、今世界規模で問題になってる社会現象。

 シュリは、そんな状況で産み落とされた。


 話に集中はできなかったけど、今の内容は重要だった。

 この情報は、ボクの仮説の裏付けになる。


 これは確信だ。

 間違いない。


 シュリは、四大天使様に直接遣わされた、特別な天使なんだ。


 ボク達みたいな、ちょっと人間に寄り添えるだけの天使じゃない。


「シュリは世界を救うための天使。そう、なんだよね?」


「世界を救う……か。シュリの使命はそこまで大それた物じゃないんだけどね……。

 ……や、でも、これだけは言えるよ」


 シュリは、更に力強く、ボクを見てきた。


「世界中に広がってる、人間さんをロリコン化させる悪魔を浄化する。それがシュリの役目だよ」


 シュリは決意のこもった目で、力強く微笑んだ。

 

 ――この子なら、成し遂げられる。

 そんな予感がした。


 シュリはすごいんだ。

 物語の中の勇者みたいな、救世主みたいな……。


 胸の奥から、熱が込み上げてくる。

 ……これはなんだ?


 ボクの心は、生まれて以来、一番熱くなっていた。

 ボクの口は、自然と、滑るように言葉を発した。


「その役目さ。ボク達――」


 リィィィイイイン!


 突如、鈴の音のような、いや、それよりも少し甲高い音がした。


「何!?」


 ボク達は、音が鳴った方、斜め上に、反射的に目を向ける。


 そこには、門が開いていた。

 人が一人通れるほどの、小さい門だ。

 金の門に囲われた中には、真っ黒な闇に幾千の光がきらめいている、星空のような光景があった。


 そして。

 その門の中から、誰かが出てきた。


 まず目についたのは、白だ。

 真っ白な短髪に、白装束。

 いや、装束には金糸で刺繍がなされている。


 次に目。

 黒い目だ。

 眠そうな目で、こちらを見下ろしている。

 首元には、目の色と同じ黒いチョーカーをつけていた。


 そして白い翼。

 金の輪、ハロー。


 天使だ。


 その天使が門をくぐり抜けると、門は閉じた。


「天使の母、エキナセア様に代わって申し上げます」


 その天使は、空に佇んだまま声を発した。

 透き通るような高い声だった。


 その天使の白髪が、ちょうど沈みかけた夕日に照らされる。

 ボク達はあまりの神秘的な光景と声に圧倒されて、声も出なかった。


「知識のプリムラ様。力のアイリス様。

 無(・)垢(・)の(・)シュリ様に協力し、シュリ様が世界を浄化する手伝いをしてください」


 ボク達は、はい、と返事する代わりに首肯した。


「次の浄化先は、ロステル。ここから東北東の街、ロステルでございます。

 そこに一人、上級悪魔が潜んでいるものと思われます。直ちに浄化してください」


 シュリはいつも通り元気に「うん、わかった!」と頷いた。


「ロステルでは、こちらに記載の住所に向かい、その地を拠点に活動すると良いでしょう」


 白髪の天使は、手に持っていた紙切れをシュリに握らせた。


「皆様のご健闘をお祈りしております。それでは、ご武運を」


 彼女はそう締めくくった。


 さっき感じた熱が、いよいよ最高潮に達する。

 この熱の正体が分かった気がした。


 これはシュリへの憧れであり、ワクワクだ。

 ボクはシュリがかっこよくて、憧れて、今、シュリと向かう世界浄化に、どうしようもないほどワクワクしているんだと思う。

 絶対に、成功させるんだ。

 浄化を。


 ボクは今一度、シュリに協力する申し出をしようと思って――空に浮いたままのそれに気がついた。


 さっきの白髪の天使は、空に浮いたまま、微動だにせず固まっていた。


 その顔からは汗がダラダラとたれていて、目の焦点が合ってない。

 え、なんかヤバそう……。


「あ、あの……大丈夫――」


 白髪の子は、空中でふらっとよろめき――ドサッ。

 地面に落ちて、地にへばりついた。


「「「大丈夫!?」」」


 駆け寄って、背中に手をやる。

 その子の背中はぐっしょりと汗が滲んでいて、熱を持っていた。

 呼吸も荒い。


 その子は、なにやらうわ言のように、「なんで魔法が発動しないの……?」と泣きそうな声でブツブツとつぶやいていた。

 やがて、ゆるゆると俯いた顔を上げる。


「ヒッ!?」


 白髪の子はボク達3人(+1匹)を認め、手足をジタバタ動かしてボク達と距離を取った。

 まるで今はじめてボク達に気づき、ボクが背中に手を当てていても気付かなかったとでも言うようだ。


「あ、あ……あぁ……」


 白髪の子は声にならない悲鳴を上げる。


「どこか悪いの……?」


 シュリは、おそるおそると言ったように話しかけた。

 なるべく怯えさせないよう、一挙手一投足に気を配らなければならない。


 なんか子ネコと対してるみたいだな……。

 あ、いや、こんなこと言ったら、本物のネコにボコボコにされる。

 猫パンチじゃなく、言葉で。


 シュリの、ネコの飼い主としての気遣いが功を奏したか、白髪の子は、やっと目の焦点が合って、こっちを見てくれた。


「大丈夫、でっ、です……あ、のっ、魔法の反動で……ずずず頭痛がひどい、だけなので」


「わかるッ!」


 思わずボクが叫ぶと、白髪の子は「ヒッ」と声を漏らして遠ざかってしまった。


「あ、ごめん……」


 ボクが慌てて謝罪した瞬間、グラリと視界が揺らいだ。


(あれ……?)


 ボクは即座にその場にしゃがみ込んだ。


「プリムラちゃん!?」


 シュリの心配する声に、ボクは短く「大丈夫」と返しておく。


 これはただの立ちくらみだ。

 頭痛になったときによくある症状だ。


 やっちゃったなー。

 こういう症状ほど、後からもう一回来るっていうの忘れてた。

 やっぱり長いこと使ってなかったらだめだね。

 無駄に心配させたくなかったんだけどな。


 ボクの突然の立ちくらみに、白髪の子まで驚いているみたいで、眠そうな目は見開かれていた。


「ボクも魔法の反動が頭痛で、君の気持ちも分かるつもりだよ」


 白髪の子はだんまりだ。

 それどころかちょっと震えてる。


「これさ、なんか上から押しつぶされたみたいな痛みと、内側の芯から来る痛みの2つあるよね。しかもさ、どっちも痺(しび)れるような痛みが来ることもあるし」


 なんでこんなときにこんな愚痴を言ったのかは、自分でも分からない。


 愚痴を言って、ストレスを和らげたかった?

 なんか違う。


 だれにも、本当に辛さをわかってもらえなかった、頭痛の理解者が、欲しかった?

 それも違う。


 けど、反射的にそんな言葉が出た。


 こんなので、何になる?

 勝手に動く口は止められない。

 ボクは自嘲した。


 けど。

 そんな自分でも笑っちゃうような愚痴だったけど。


 それは白髪の子の心に刺さったようで。

 白髪の子は、コクコクと頷いてくれた。


「ねえ、名前教えてよ」


「あ、クレマチス、です……」


 ボクはその日、頭痛仲間を手に入れた。




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