第4話 天使の魔法
「おまたせ」
アイリスを助け出した後。
ボクは屋敷の裏口から侵入して、屋敷に残してきた荷物を回収してきた。
シュリがブタを玄関におびき出してくれたおかげで、メイドの目をかいくぐり、誰にもバレずに完遂することができた。
天使的には、人間の屋敷に侵入するのはあまり良くなかったかも知れない。
けど、所持品の回収だけなら問題ないでしょ。
天使に人間の法は通用しませーん。
それにしても、あのブタは、確かに性格が変わっていた。
や、でも、嫌悪感の酷いロリコンには変わりない。
前まで他人のせいにしてたロリコンだったのが、罵倒されて喜ぶロリコンになった感じ?
……どっちにしろひどいな……。
救いようがない……。
ま、何はともあれ、これで二度とブタとも会うことはない。
……本当にこの屋敷では色々あった。
恫喝された。
ムチで打たれた。
軽蔑された。
気持ち悪がられた。
絶望した。
同僚が死んだ。
同僚が死んだ。
同僚が死んだ。
同僚が死んだ。
同僚が死んだ。
同僚が死んだ。
同僚が死んだ。
つくづく、奴隷世界の現実を知った。
最後に振り向いて、空の向こうに行ってしまったあの子達に静かに祈りを捧げ、ボク達は屋敷を後にした。
「さて、と。そろそろいいかな」
ボク達は、街の広場の隅の方にまで移動してきていた。
ここは寂れていて、あたりに人はほとんどいない。
秘密の話をするにはうってつけ、ってわけだ。
「聞きたいことは山ほどあるんだけど……まず自分たちから名乗ることにしようか」
「はいはーい! あたしの名前はアイリス! 力のアイリスだよ!」
食い入るように一番手を名乗り出たのは、ボクの一生涯の同僚、アイリス。
いちいち仕草が大げさで声が大きいのは、前から変わっていない。
そして私はこのアイリスのことが――憎くて憎くてたまらなかった。
こいつが少しでも動けば、少しでも話せば、少しでも笑えば、腹のそこから嫌悪感が湧き上がってくる。
「あたしのしめーは、力で人間を正しく導くこと! んで、魔法はねー、……な、なー……なくなれにんげんさん?」
「『七色の希望』ね」
「あ、そうそうそれそれ。この魔法はね、なんかね、ドーン! ってなって、バーン! ってなるんだよ!」
「……一時的に肉体が強化される、っていう認識でいいよ」
アイリスがいちいち、とんちんかんな話をするから、その度に説明しないといけない。
そのせいで、隣にいるだけで、かつてボク達が二人で各地を巡っていたときのことを思い出した。
あの頃と変わっていないように見えるアイリスだけど……心根はすっかり変わってしまった。
ボクはそんなアイリスが大っ嫌いだ。
「えっと、その魔法は制限なしで使えるのかな?」
黒ネコのリアが聞いてくる。
シュリはよそ見して、ポヤーとしてる。
リアがシュリの頭脳、ブレーンなんだろう。
「いや、『七色の希望』には2つ、制限がある。
1つ、1日に3回しか使えない。2つ、強化した部位が虹色の光を纏う」
「……1つ目はともかく、2つ目は…………あ、そうか。どこから攻撃が飛んでくるか見え見えだもんね」
「うん。普通に避けられる」
強化した部位が光る、っていうのは思いのほか不便だ。
例えば、拳で攻撃しようってなったとき、『七色の希望』を使って拳を強化するとする。
すると、拳は光る。
拳が虹色に光るアイリスを前にした相手はどうするか。
まあ、警戒するよね。
『七色の希望』の効果時間はせいぜい20秒もないくらいだから、アイリスはとりあえず突っ込む。
さて、この後どうなる?
まあ、避けられるよね。
魔法名が『七色の希望』のくせに、『七色』の部分が弱点なんだから、笑うしかない。
いや、重いものを運んだり、速く走ったりする分にはいい。
人間にもキレイって言われるだけで、むしろプラスなくらいだ。
けど、戦闘になると弱点でしかない。
実際、ここぞというところで避けられたことは何度もあった。
さて、アイリスの自己紹介は終わったし、次はボクの番だ。
「そして、ボクは知識のプリムラ。魔法は『バベルの図書館』。効果は……実際見てもらったほうが良いか」
ボクは回収してきた荷物から本を取り出す。
『隷属の歴史』という本だ。
「これの冒頭を読んでみてくれる?」
「おー?」
シュリは不思議そうな顔をしながら本を手に取る。
シュリは肩に乗っているリアにも見えるように、本を傾けて呼んでいた。
二人はゆっくりと上下に目を動かし始めた。
ネコも本は読めるらしい。
……読めないやつアホ天使も約一名いるのにな。
『隷属の歴史』は、その名の通り、奴隷文化の歴史について書いてるんだけど……それは今はどうでもいい。
「まあ、読み込まなくていいから。ちょっと一回返して」
シュリは素直にすぐに返してくれた。
返ってきた本に軽く目をやった後、目を閉じる。
そして魔法を使う。
魔法っていうのは手足みたいなものだ。
僕たちがどうやって手を動かしてるかよくわからないように、魔法はどう使うものなのかっていうのはよくわからない。
そして、手足がそうであるように、魔法を使おうとするのに複雑な意識はいらない。
目を閉じて暗くなっていた視界が、ぼんやり明るくなってきた。
こうなったら成功だ。
まあ、失敗したことはないけど。
ここは図書館だ。
本棚は、先が見えないほどずらりと並んでいる。
ボクは一番手近にあった本を手に取り、再び目を閉じて魔法を使う。
そして次の瞬間、視界に明るい光が差し込んできた。
シュリとリア、アイリスがこちらを覗き込んできている。
現実世界に戻ってきたのだ。
「ただいま」
「「お、おかえり?」」
途端、ボクの手元にあった本が熱を帯びた。
と言っても、そんなに熱いわけじゃない。
せいぜい熱のある人の肌くらい。
ふつうに持ってることはできる。
それをシュリに手渡す。
「はい。熱いから気をつけてね」
シュリが「あちあち」と言いながら受け取る。
そんなに熱いわけじゃないと気づくと、手元は安定し始めた。
「え!?」
表紙を見るや否や、シュリの表情は変わった。
すぐにページをめくる。
「すごい……すごいすごーい!」
「なるほど、本を具現化する魔法か」
「そのとおり。そして『バベルの図書館』の対象は、この世に存在する本すべて。2000年以上前の、今ではもうない本も対象になる……。ボクの使命は、この魔法で、人間に正しい知識を伝えること……ッ」
ボクの視界がぐらつき、一瞬視界が真っ暗になった。
思わずへたり込んでしまう。
「大丈夫!?」
「うん。この魔法の反動は、強烈な頭痛だからね。四半刻もすれば治るから」
「ほんとー? 辛かったら言ってね?」
この優しさ、アイリスにも見習ってほしい。
……いや、ずっと前に、心配しすぎてうるさいから、心配するなと突き放したんだっけ。
……。……まあいいや。
そんなことより。
「そんなことより、次はそっちのことについて説明してよ。あんな規格外の魔法、気になるじゃん」
「規格外の魔法?」
そういえば、こいつには説明してなかった。
……説明したくない。
顔を見ただけで、嫌悪感が湧き上がってくる。
でも、これじゃボクが赤子みたいに拗ねてるだけだ。
「シュリの魔法は――」
「いや、ここはシュリが説明するよー。シュリね、浄化の天使? みたいに言われてるんだよー。
魔法が『浄化』だからかな。で、魔法は二種類」
言葉を切って、シュリは右手の人差し指と親指を立てる。
右腕を包み込むように左手を添え、人差し指の先を広場の小さな木に向けた。
「更生ビーム!」
シュリがそう叫ぶと、人差し指から金色の光が直線上に放たれた。
シュリの人差し指の先に木はあって、シュリはそれに狙いを定めてたみたいだったけど、金色の光は真上に飛び、やがてスッと消えた。
???
金色の光が、見たことないくらい速く飛んでった?
シュリはなにやら「また失敗だよー……」とうめいていて、リアはそれを優しくなだめていたが……ボクには一瞬、なにが起きたか理解できなかった。
さすが魔法だ。
あれにはどんな効果があるんだろうか。
アイリスは憎たらしくも、「ピカピカー! もっかいもっかい!」とねだっていた。
単純で憎いなあ。
シュリはサービスで数回追加で撃つと、説明を続けた。
「これはね、当たったら、憑いてる悪魔を消し去るんだよー」
は?
え、え?
ちょ、ちょっと待って。なにそれ。
悪魔って、殺す魔法存在したの?
悪魔と天使の戦争って、それこそ2000年前から続いてるんだよね?
天使が何柱も犠牲になってるって聞くし……。
そんな魔法あれば、もうすでに戦争が終わっててもおかしくなくない……?
あ、いや、さっきの魔法、そんなに範囲広くないのか。
じゃあ簡単に戦争を終わらせられるってわけでも――
「あともう一つ。さっきの魔法の広範囲版だねー」
?????
つよくない?
え、え?
革命じゃない?
勝ったじゃん。
「それこそ、この街を包むくらいの光だから、結構大規模だと思うよー」
この街を包む?
あっ、あれか。
あの金色の光。
ボクを救ってくれた光だ。
たしかに、さっきシュリが使った魔法と似た色だった。
「ねえねえ、なにそのすごそうな魔法?」
「そっか、アイリスちゃんは見てなかったんだね。また見せてあげるよー!」
「うん! やくそくそね?」
「約束のことかな?」
大規模な悪魔殲滅魔法。
そんなものがあれば、悪魔と天使の戦争は終わる。
だが現状はそうではない。
「ねえ、その魔法に弱点はあるの?」
「もちろんあるよー!
対象が決まってて、悪魔の中でもロリ因子を持ってる悪魔しか、浄化できないんだよね」
まてまてまてまて。
ロリ因子って何?
……いや本当に何?
「あ、ロリ因子っていうのは造語なんだけどね、それを持ってる悪魔が人間に憑くと、ロリコンになるんだよ」
ボクの困惑が表情に出ていたのか、シュリが補足を入れてくれた。
なるほど。
ボクがいた屋敷でロリコンが多かったのは、そういうことね。
たしか、この現象は世界的な問題になってるんだったっけ。
そしてあの光に包まれた後、ボクを殴りつけていた兵士は、憑き物が落ちたように、善良な人間へと変わっていた。
あ、だから『更生』ビームか。
なら、この子は…………。
……もしかして…………。
……いや。
これは仮説だ。
けど、この仮説が真実なら?
ボクは今、思ったよりも重要な転換点に立っているのかも知れない。
世界を照らしていた太陽は沈み始め、空の色は橙へと移り変わり始めた。




