第3話 最悪の笑顔
小さな村の畑仕事を手伝った後。
ボク達は、とある田んぼの前で、怪しげな集団を見かけた。
明らかにガラの悪そうな男たちの集団だった。
数は10以上。
ボク達はとっさに物陰に隠れて、様子を伺った。
思い当たるところがあったからだ。
そして、予感は当たった。
男たちは小さな女の子達を数人、誘拐しようとしていた。
それは巷で噂の人さらい集団に違いなかった。
女の子達は目と口を塞がれていて、歩くのが遅い者は、無言でムチで打たれていた。
「助けに行かなきゃ!」
「待って。この人数差じゃ負けるに決まってるでしょ。ボク達もまとめてさらわれるのがオチだよ」
「で、でも……」
「アンタ、魔法もさっき使っちゃったでしょ」
「う……」
この子はやる気満々だけど、ボクの言葉を聞いて尻込みしていた。
この子が魔法を温存していたら、この状況をひっくり返せるかも知れなかったが、魔法はさっき使ってしまった。
勝率はゼロだ。
そんなことは、考えなくても分かることだ。
でも、この子は行きたくて行きたくてウズウズしているように見えた。
本当に顔に出やすい子だ。
でもどうする?
ここで助けに行くことはできないけど、みすみす見過ごすこともできない。
あとは、尾行してアイツらの拠点を突き止めて、後で助けに来ることくらいか。
うん。それがいい。
とりあえず、移動するまで待とう。
「ねえ、いまからコイツらを尾行――」
あれ、あの子が消えた?
どこに――
「らぁぁあああああああ!」
ボクの目の前で、あの子は金髪を揺らして、ガラの悪い連中に突っ込んでいっていた。
え?
嘘でしょ?
なんでそんな無謀な……?
「せぇい!」
「うわ!? なんだ!?」
あの子が連中の一人に拳を突き出すと、男は驚きながらもそれを軽々と避けた。
あの子も身体年齢は10歳前後なんだから、そうそう攻撃を当てられるわけじゃない。
しかし、人さらいの男は、捕えていた女の子から離れてしまっていた。
あの子は男がある程度距離を取ったのを見ると、悠長にも女の子の目隠しと猿轡を取り始めた。
ちょ、あのバカ!!
敵陣の真ん中でそんなことしてる暇ないだろ!
なんで10人に囲まれてるってのを自覚してないんだよ!!
目隠しは相当きつく縛ってあるらしく、あの子は女の子の目隠しを取るのに手こずっていた。
そのせいで、後ろからやってくる男に気づいていない。
「後ろ! 後ろ見て後ろ! 早く!」
気づいたら、ボクは物陰から出て叫んでいた。
あの子はボクの声に気づいて、後ろを振り向いた。
しかし、もう遅い。
次の瞬間、あの子は男の拳にふっとばされていた。
「あ……? え……?」
ボクはその後、すぐに意識が途絶えた。
思えば、これが悪夢のはじまりだった。
気づけば奴隷にされていて、見知らぬ貴族に売られてて。
あっという間にあの生活だ。
あの子――アイリスとも、売られた後にはぐれてしまった。
正直、思うところはある。
アイリスが勝手に突っ込んでいったせいで、ボクまで捕まったようなものだから。
アイリスがもっとうまく立ち回ってくれていたら、あんな奴隷生活を送らなくて済んだのに、と。
……でも、アイリスの気持ちは分かる。
だって、ボク達天使は人間を正しく導くのが使命。
あの現場の人間の振る舞いは正しくなかったから、助けに行かなければならないというのは確かにそうなのだ。
でも、さ。
アイリスは知らないと思うけど、アイリスが助けた女の子も死んじゃったんだよ?
ちょうど一年前くらいに、ボクの目の前でさ。
やっぱり、あの時ボクたちがうまくやっていたら、救えた生命があったんだよ……。
それを踏みにじったっていうのはさ……。
それに……。
捕まった後でも、アイリスの魔法だったら、あの子達も救えたんじゃないの……?
いや、やめよう。
あの子のことは、ボクが一番分かってる。
なにせ、生まれたときからずっと一緒だったんだから。
あの子は考えなしに突っ込んでいって、人助けをするようなやつだったんだから。
助けに来なかったのは、何か理由があったんだろう。
あの時のことに関しては、ボクにも非はあったし。
だから、許そう。
そんなことを考えていると、アイリスが囚われているだろう場所についた。
本当は二度と来たくなかった場所――あのブタの屋敷だ。
「ごめんくださーい!」
シュリが、屋敷の戸を叩く。
ボクは物陰から、隠れてシュリの姿を見ていた。
ボクは嫌われものだったし、一日越しに戻ってきても、悪いことしかないと思ってのことだ。
「はい、なんでしょうか?」
屋敷の中から出てきたのは、見覚えのあるメイドだった。
メイドはシュリのことを見ると、ポカンと口をあけて固まっていた。
やっぱ、そういう反応に鳴るよね。
シュリはあまりにもシトリンと似すぎてるから。
しかもシュリは翼もハローも隠してないから、明らかに人間じゃないっていうのが分かる。
このメイドからしても、あまりにも衝撃的なんだろう。
このメイドは落ち着きがあって、クールな人だったから、少なくともボクはめったにこんな顔をするのは見たことがない。
シュリが空から降りてきた時、ボクもこんな顔をしていたのかも知れない。
よし、ここまでは作戦通りだ。
会話の主導権を握ったシュリが、畳み掛ける。
「天の使いとして申し上げます。今すぐに、ここに囚われている奴隷を解放し、私たちに引き渡しなさい」
「え、えっと、本当に天使様……なのですか?」
「ええ、そうですよ」
シュリがニコリと笑いかけると、メイドは気圧されて、冷や汗をダラダラと流していた。
これも見たことがない顔だ。
「しょ、少々お待ちください……。わたくし個人では、どうすることもできませんので……」
「わかりました。それでは、ここの責任者をお呼びいただけますか?」
「は、はい……」
メイドは奥に引いていった。
責任者――あのブタを呼びに行ったんだろう。
にしても、あのメイドにこんな一面が見られるなんて、思ってもみなかった。
屋敷ではずっと気持ち悪いと、冷酷に罵られてたから、ちょっとだけ胸のすくような思いがした。
ありがとう、シュリ。
数分待つと、屋敷がにわかに騒がしくなった。
ちょっと、緊張してきた。
あのブタは、あの魔法を受けて、少しは更生したんだろうか。
ひそかにソワソワしていると、やがて扉が開いて、この屋敷の主――ブクブクに太ったブタが出てきた。
(……ッ)
大丈夫、大丈夫……。
こいつも、更生したはず……。
でもやっぱり、二度と見たくなかった。
けど、さすがに中身は変わってるよね……?
「おお、これは……!」
ブタはシュリを上から下まで、舐め回すように見た。
その視線すべてがいやらしくて、口の端によだれが溜まっている。
…………。
いやいやいやいや。
シュリの魔法が効いてないわけないんだから。
シュリがシトリンに似てる……って驚いてるだけかも知れない――
いや、この目つきからしてそれはない。
これはあいつの生まれつき……。
そう、生まれつき、そういう振る舞いなんだよ。
そしたら魔法でも解決できない。
だから、こいつも実は更生して――
「ねえねえ、君ぃ〜? 僕の屋敷で働かな〜い? 時給も二倍にしとくし、悪いようにはしないからさ。ね? 良いでしょ?」
…………。
……。
………………。
こういうときは深呼吸……深呼吸……。
すぅ………はぁ………すぅ………はぁぁぁぁ。
ハッ。
危ない危ない。
危うく角煮にするところだった。
やっぱり、こいつの顔は二度と見たくなかった。
心底、お亡くなりになっていただきたい。
しかもムカつくのが、こいつも人間だから、丁重に接しないといけないことだ。
ボクも何度も何度も煮え湯を飲まされた。
シュリ、なんとかその苦痛に耐えて……。
「えっ、きもちわるい。いいから奴隷解放してよ!」
え、嘘でしょ!?
もしかして我慢できなかった!?
いや我慢できなくてしかるべしだけど、流石にそれはまずいんじゃ!?
あのブタでさえ、餌を待ってるみたいに口開けて呆然としてるよ!?
「シュリはおまえみたいなところで働いたりしないんだから。いいから奴隷になってる子のところに案内してよ。この――」
「ぶたぁ!!」
「わ、わっかりましたぁ! すぐにメイドに案内させますので、しばしお待ちをぉ」
そう言って側にいたメイドさんになにやら耳打ちすると、あいつは足早に奥に引いていった。
…………。
え?
本当に何が起こった?
どこから突っ込めば良い?
シュリは余裕で使命を無視できてるし、ブタは罵られたのに素直に話を聞いたし……。
え?
困惑していると、シュリがこっちを向いて親指を立てていた。
…………。
……ま、いいか。
シュリはメイドに案内されるまま、庭にある、地下へ続く階段の前にいた。
「ご主人様からは、好きにしてくださって良いと言われております。
それでは、失礼いたします」
メイドはペコリと頭を下げると、屋敷に戻っていった。
入れ替わるようにして、物陰に隠れていたボクはシュリと合流する。
シュリと合流できなかったらどうしようかと思っていたが、迂闊なものだ。
「ありがとう、うまくやってくれて」
「えへへ」
シュリの元気な笑顔を見ていたら、ボクも思わず笑ってしまう。
おかげでボクは、変に緊張しないでいることができていた。
地下へと続く階段を降りる。
通路はかなり複雑で、迷いはしないものの、目的地までは遠そうだった。
「にしても、シュリはなんで使命に反することができたの?」
「ん? 使命?」
「そう。人間に対しては、暴言を吐いたり足蹴にしたりせずに、丁重に接しないといけないってやつ」
「え、うそ!? そんなきまりあったの!?」
「知らなかったの!?」
「う、うん……。もしかしてシュリ、殺されちゃう……?」
「い、いや……殺されることはないと思う……けど……」
ボクが曖昧に濁すと、シュリは露骨に大きなため息をついた。
断言はできないけど、ボクのことを助けに来なかった天使たちが、わざわざ仲間を殺すためにやってくるとも考えづらい。
多分、大丈夫……だよね?
「あ、そうそう。あのブタ、シュリのことをいやらしい目で見てたけど、魔法が効いてないの?」
「んー? さあ?」
「一応僕が補足しとくよ」
首をかしげるシュリの肩から、リアがピョコリと出てきた。
「たまにいるんだよ。魔法の後でもおかしいやつが」
「どういうこと? 魔法が外れてたりとか、そもそも効きづらい人がいるとか?」
「いや、別の人にも至近距離で撃ったこともあるけど、おかしいままだったから、外れてるってことはないと思うよ。
効きづらいっていうのは否定できないけど、でも、なんとなく憑き物が落ちたっていう感じがあるから……」
「つまり、魔法自体は効いてるけど、洗脳どうこうの前にブタの性癖が終わってたってこと?」
「……端的に言うと、そういうことだね」
じゃあ、あのブタは、どちらにせよ救いようがなかったってことか……。
ますますクズだな……。
「あっ、なにか気配がするよー!」
やっと着いたか。
長い通路だったけど、ついにアイリスとご対面か。
二年越し? 三年越し?
緊張してきた。
心臓がバクバク鳴っている。
通路を抜けたその先には――牢屋に囚われたアイリスの姿があった。
白かった肌は泥だらけになっていて、金髪の髪はボサボサ、服もボロ雑巾みたいな物を着せられていた。
酷いものだった。
でもそれ以上に。
ボクはアイリスのことが、不気味で不気味で仕方がなかった。
アイリスは、静かに満面の笑顔をたたえていただから。
……確かに、アイリスはよく笑っていた。
奴隷になる前、ボクが辛いとき、その笑顔に助けられた事もあった。
でも、なにかが違う。
そうじゃない。
寒気がした。
やがて虚ろな目はこちらの姿を写し取り、アイリスはボクがいることに気づいた。
「……え、あぇ……?」
「アイリス、助けに来たよ」
ボクは冷や汗を流しながらも、表情でそれを悟られないように、なるべく自然体を心がけた。
心なしか、アイリスの顔が晴れる。
それがもともと満面の笑顔だったのに、なぜそう感じたかはわからない。
ボクが檻の前でアイリスに話しかけている間に、シュリはメイドにもらった鍵で檻を開けてくれた。
ガチャリ、と音がしたとたん、アイリスが外に出てきて、ボクの胸に飛び込んできた。
「……久しぶり」
「うん、久しぶり!」
アイリスは声色からして、元気いっぱいだった。
――怖い。
さっきまで牢屋の中だったとは思えない。
いくら天使でも、肉体は無限でも、精神は疲弊するのに。
無意識にボクのアイリスを抱きしめる力が強くなる。
その瞬間、アイリスの顔色に影が差した……ような気がした。
けど、アイリスの顔はずっと笑顔だ。
「牢屋の中では、さみしくなかった?」
「ぜんぜん! 兵士の人は優しくしてくれるし、ご飯は美味しいしで、なにもふじゅー? なことはなかったよ。むしろ楽しかったくらい!」
大丈夫、大丈夫。
不自由っていうのがいまだ良くわかっていないほどの頭が悪いのは、以前と変わってない。
なんなら鶏と牛を勘違いしてたことさえあるくらいだ。
でも。
むしろ楽しかったくらい?
はあ?
正気か?
じゃあ何か?
真上でボクが、何人もの同僚の死に苦しんでる間、こいつはのうのうと楽しんでたってことか?
身を呈して守ろうとしたやつが、死んだ瞬間にも?
ボクの力が更に強くなる。
そんなわけない、と思うと同時に、自分の胸の中にいる存在が気持ち悪くて吐きそうだ。
いやいや、冷静に、冷静に。
まずこの子は上で何があったか知らないんだ。
だからきっと、何かの間違いだよ。
うそに決まってる。
「たまに、すごい悲鳴が上から聞こえてきたんだけどね、あたしは笑顔でいられたよ!」
……ッ!!
……さない。
っるさない。
ゆるさない。
ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない!!!
こいつは、人が死んでるのに、笑顔で、悦しんでた!!!
ずっと、頼れる相棒だと思ったのに。
ずっと、その笑顔に助けられてたのに。
ずっと、さみしがってると思ってたのに。
たすけにいかなきゃ、って思ってたのに。
再開したら許そうって、思ってたのに。
こいつは、こいつの魔法なら、助けられた生命を! あえて助けず、悦しんでた!
ふざけるな! ゆるさない!
こいつは、天使の誇りの欠片もないただのクズだ!
もう、こんなやつ、ボクの相棒なんかじゃない。
ただの敵だ。
もう、誰も信じられない……!
ボクはなんとか怒りを抑えようと、胸の中にいる気持ち悪い存在をめいいっぱい抱きしめた。




