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第2話 天使の責務




 この子は、あの子ではない。

 シトリンではないんだ。


 それに気づいた瞬間、決壊した。

 ボクは声を上げて泣いた。


 その涙は、屋敷にいたときには出なかった涙だ。

 人間がいて、心置きなく泣くことなんてできなかったから。

 ここには人間がいないから。


 ボクにとっては、泣けることが救済だったのかもしれない。




「ボクはプリムラって名前です。お見苦しいところを見せてしまって、すみませんでした」


「もうだいじょうぶ? 痛いところ、なーいっ?」


「はい、もう大丈夫です」


 シトリン――によく似た天使は、大丈夫だと言っているのに、なおもボクの顔を心配そうに覗き込んできた。


 この子は本当にシトリンそっくりだな。

 外見だけじゃなく、声も。

 まだこの子がシトリンなんじゃないかっていう願望が拭えない。


 恩人にこんな妄想を押し付けてはいけない。

 それは分かってる。


 けど、でも、でも。

 分かっていても……。


 そんな自分が、愚かしい。


「それより、名前を教えていただけませんか?」


「うん! シュリはシュリだよー!」


「シュリさんですか。助けていただき、ありがとうございました」


「えヘヘ、無事でよかったよ」


 そう言ってはにかむシュリ。

 かわいい。


 こういうところまで、あの子に似てる。

 だめだ、この人に、死者の影を見ちゃ。


「シュリー? そろそろ行かないとだよ?」


(え、誰!?)


 周りには、シュリ以外には誰もいない。

 なのに声はした。


 シュリの、後ろ?

 いやでも人が隠れる場所なんて……。


 ピョコ。

 シュリの肩から、黒い影が生えてきた。


「ひょわっ!?」


 変な声が出た。


「そんな驚くことないでしょ……」


 黒い影――それはネコだったのだ。

 喋る、黒ネコだ。


 シュリの背中に張り付いていたのか、死角になってて見えなかった。


 その黒ネコは、怪しげな金色の目で、ボクのことをじっと見ていたが、やがてフッと力を抜いて笑った。


「やあ、僕の名前はダリア。リアって呼んでね」


 うわ出た僕(ボク)かぶり!

 今晩はネコの煮付けだ……。

 魚に食べさせたら、食物連鎖に終止符が打てるかな……。


 半分ガチの冗談はさておき、喋るネコなんて、見たことはもちろん、聞いたこともない。

 ボクが知らないだけで、結構ネコは喋るのか……?


「それよりシュリ、他の人も助けに行くよ!」


「らじゃ」


 シュリはすぐさま振り向いて、純白の翼で飛び立とうとした。

 すぐに、誰かの下へかけつけようとしていた。


 その姿を見てボクは悟った。


 あの黄金の光――ボクはあれで、救われたように感じた。

 そして実際、ついさっきまでボクのことを殴っていた兵士は、清らかな顔になって去っていった。


 こんな現象見たことない……けど、多分魔法なんだろう、とボクはそう思っていた。

 これで終わりなんだろうと、勝手に納得していた。


 でも違うんだ。


 この子はボクが殴られていたを見て、すぐさま駆けつけてきてくれた。

 だから、あの光で終わりじゃなくて、まだ助けに行かないといけない人がいるんだ。


 この子達は、迷いなく、人を助けられる。


 天使ってかっこいいなぁ。

 無性にそう思えた。


 …………。


 あれ、ボクも天使じゃね?


「ま、待ってください!」


「ん? どーしたの?」


 飛び上がる寸前で、シュリは振り返ってくれた。


 ボクは片膝を地面について、背中に力を込め、すぐにふっと抜く。

 すると、天使の証――純白の翼が背中から広がった。


 よかった。

 長らく使ってなかったから心配してたけど、なんとか成功した。


 翼といっしょに、頭にハローも出てきた。

 奴隷という立場にどれだけの間、身を置いていても、黄金の光は、色褪せていなかった。

 皮肉なものだ。


 ボクは膝をついたまま、シュリを見上げる。


「ボクも天使なんです! なにか手伝いをさせていただけませんか!」


 ボクの姿を見て、シュリは目を大きく見開いていた。

 黒ネコのリアも、眉をピクリと動かして、面白くなさそうにこっちを見てる。


 ボクの申し出が耳に入ってるか怪しいくらい、わかりやすく戸惑ってる。


 ……当たり前か。

 

 ボクだって、喋るネコのことを未だに信じられてない。

 ボクが逆の立場でも、たとえ明らかに天使の風体をしていたとしても、疑ってかかるはずだ。


 だから、すぐに信じてもらえないのは、当ぜ――


「もちろん! どんどん手伝ってよー! シュリ、まえから天使のおともだちがほしかったんだあ!」


 シュリは、そうやって満面の笑みを浮かべていた。


 やっぱり、この子も(・)純粋だ。

 純粋に、ボクを信じて、喜んでくれる。


 だからこそ、キラキラ輝いていて――


 危うい。


 その分、リアの方は面白くなさそうな顔を崩しておらず、まだ警戒してるみたいだった。


 シュリがどんどん行って、その分リアが警戒する。

 この二人は、そうやってバランスを取ってるのかも知れない。


 ボクのことを品定めするような目で見ていたリアは、風体からして天使だってことは信じてくれたのか、硬かった表情を崩して笑いかけてきた。


 でもボクは知っている。

 それはまだこっちを警戒しているときの目をしていた。




 それから、ボクはシュリといっしょに街中を飛び回った。


 あの光の魔法で、ほとんどの人は救うことができてるんじゃないか、と思っていたが、ボクの考えは甘かった。


 確かに、ちょっとくらいはそれで助かってるのかも知れない。

 けど、それは少数で、ボクもその少数の中のひとりに過ぎなかった。


 ボクみたいに偶然外にいた女の子もいたけど、その子は付き添いの男に、雇い主のもとに連れ帰られそうになっていた。

 付き添いの男もかなり混乱してたけど、やっぱり雇い主のもとに連れて帰らないといけない、とだけは思っていたんだろう。


 その子は僕たちが降臨したら、尻尾を巻いて逃げていった。

 天使っていうのは、意外と圧力のある存在だったらしい。


 そうだったのか……知らなかったな。


 他にも、ア(・)イ(・)ツ(・)みたいに、奴隷商人に閉じ込められてる女の子たちもいた。

 その子たちは、あの魔法で清らかになった自分自身に困惑する、マヌケな奴隷商人の監視のスキをついて助け出した。


 その子達は、親がいる子がほとんどだった。


 シトリンみたいな境遇の子があんなにいっぱいいたんだと思うと、寒気がした。

 その子達はみんな、ボクたちが手分けして親元に返してあげた。


 親のいない子は、ボクがまだ奴隷じゃなかったころ、評判が良かった孤児院に引き渡した。

 数年経って、情報の信憑性は薄くなってるけど、孤児たちの栄養状態は比較的良さそうだったし、問題ないと思う。


 そんなこんなで、街の人達の救出は、翌日の日が暮れるまで行った。

 もちろん寝ずにだ。


 奮闘した甲斐もあって、シュリが戻ってきたら、この街は悪魔の洗脳から解放されたと言っていいだろう。


 久しぶりに、天使としての責務みたいなものを全うしたという実感が湧いた。


 奴隷時代にこれだけのことがやれたらと思うと、ボクはあの子達のことを救ってあげられたんじゃないかと思うと、涙が出てきた。

 もう二度と、この街であんな悲劇は繰り返させない。


 絶対に。


「ふぁ」


 ひとまず一区切りついたと思うと、安心して眠くなってきた。


 いくら精神生命体だから、多少の無理はきくとは言え、眠いのは眠い。

 というか精神生命体だからこそ、寝れないのは致命的なんだ。


 でも、まだ最後に一仕事残ってる。


 お、ちょうどシュリも戻ってきた。

 肩にリアもくっついてる。


「お疲れ様です。こっちは終わりました。」


「うん、こっちも終わったよー。おつかれ〜。 ……ふぁあ」


 シュリは目をこすってあくびをしていた。

 かなり眠そうだ。


 ……こんな状況でアレを頼むのはちょっと気が引けるな……。


 いや、でもこれは、ボクにとってけじめみたいなものだ。

 早く行かなきゃならない。


「すみません、一つお願いしたいことがあるのですが……」


「んー? なにー?」


「実は一人、知り合いに奴隷として捕まっている人がいまして……」


「え!? そーゆーことならはやく言ってよー!」


「あ、いえ、あの子なら万が一もないので、優先順位が低かったんですよ」


「? どーゆこと?」


「ボクが助けたいのは、ボクのタッグ、天使アイリスです」


 それは、生まれた瞬間から隣にいた天使で――


 ボクを奴隷に叩き落とした天使だった。




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