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第10話 就職の序章




 ガチャリ。

 カランカラン。


 お、貸し切りだ。

 遅れたから混んでないか心配だったけど、客が入ってなくてよかった。


『リゲルの宮』はランチメインのカフェらしい。

 昼になったら混むんだろうけど、朝食は提供してないみたいで、この時間帯はまだ空いてる。


 まだ客は入らないだろうと踏んで、奥で休憩していたと思われる店員があわてて出てきた。


「い、いらっしゃいませー! 何名様ですか?」


「すみません、本日は別件で」


「はい? そうなのですか?」


「実は、私たち、就職先を探してまして……。良ければここで、この2人を働かせていただけませんか?」


「……! わかりました。では、奥へどうぞ」




 店員が案内してくれたのは、客席の奥にある調理場の隅の方。


 そこには案内してくれた店員と同じ格好をした、4名の女性が居た。

 おそらく店員だろう。

 ひとまず男が居なくて安心だ。


 客が来たかもしれないと思ったのか、その4人は調理に取り掛かろうとしていた。

 しかし、ボク達の姿を認め、戸惑いを隠せずにいる。


 が、やがて品定めするようにボク達を観察してきた。

 中には厳しく睨んできている人もいる。


 これは、リアを店の前に待たせておいて正解だったかも知れないな……。

 リアが居たら、シュリに敵愾心を抱いた時点でブチギレるだろうから……。

 この前、村のおっちゃんも引っかき傷まみれになってたし……。


 面倒くさいことになってたのは間違いない。


 元々、こういうシュリを傷つけかねない輩がいるんじゃないかって、リアは店の中に付いてこようとしていた。

 けど、飲食の場にネコを連れ込むのは、あまり印象は良くないだろうと思って、リアには遠慮してもらうことにした。


 もちろんリアは猛反対だったけど、シュリがなだめると落ち着いてくれた。

 店員を怒らせて就職できなくなるくらいなら、リアにしつこく絡まれる方がよっぽどマシだ。


 ボク達を案内してくれた店員が、4名の内の1人に話しかける。


 話しかけられたのは、薄い栗色の髪の小柄な女性。

 他の4人がすごく若いから、相対的に年増に見えるけど、本人も若そうだ。


 その人となにやら小声でこそこそと話しつつ、チラチラとこちらに視線を送ってくる。


 そして何度かうなずき合った後、ボク達に話しかけてきた。


「うちで働きたいのは、あなたたち3人全員ですか?」


「いえ、ボク以外の二人です」


 ボクは他に試してみたい仕事場があるから、今回の就職はお預けだ。

 まあ、もしかしたら、ここでお世話になる時が来るかもしれないけど……そうはならないようにしたい。


 シュリが神妙な顔で、アイリスがニマニマしながら前に出る。

 ……うん、笑顔は大事だよね。


 ボクだって、店に入ったときから、ずっとエンジェルスマイルだし。

 ……けど、アイリスのはなんか違う気がする……。


「はじめまして、シュリです」


「アイリスでーす!」


「シュリさんに、アイリスさんですか。良い名前ですね。よろしくお願いします」


 エミリーと名乗った栗色の髪の店長は柔らかく微笑んで、シュリ、アイリスと握手した。


「私はエミリーです。ここの店長を務めさせていただいております。

 ちょうど繁忙期が迫っていて、人手が足りないという話が出ていたところなんです。良いときに来てくださいました」


 シュリとアイリスは、良いときに来たと言われ、グータッチしている。

 エミリーはそれを、微笑ましく見ていた。


「さて、お客さんが来るまでに話を終わらせたいので、早速本題に入りましょうか。

 猶予採用制のことは知っていますか?」


「はい。詳しく知らないんですが、大体のことはわかります!」


「そうですか。幼いのに、よく勉強されてますね」


「ありがとーございます! 後ろにいるプリムラちゃんが教えてくれたんですよー!」


「ふふっ、物知りなお嬢さんですね」


 エミリーがこっちを見て微笑んできたので、とりあえず微笑み返しておいた。


 人間に対しては、やっぱりこういう硬い笑顔しか向けられない。

 あんまりこの笑顔にいい思い出はないけど、それが天使の使命なんだから仕方ない。


「猶予期間は、明日からにしてもよろしいでしょうか? やはり、早く戦力になっていただきたいので……」


「りょーかいしました!」


「ました!」


「ふふ、良い返事ですね。

 ……これは、人(・)気(・)者(・)になりそうですね……」


「ん? なにか言いましたー?」


「いえ、何でもありません。……どうせ、始まれば分かることですしね。

 それでは、この書類にサインをしてください」


「はい!」


 アイリスはいまいち話に付いていけて無いけど、そこはシュリが代わりにやってくれている。


 ここにサインしてとか、明日の9時からよろしくとか、この服を着て来いとか、こういうふうに着ると良いとか。

 そういう細かいところは、全部シュリにお任せだ。


 やっぱりアイリスはこういうのはダメだな。

 けど、素の体力だけはあるから、ちょっとした戦力くらいにはなるでしょ。


 ま、せめて、明日の朝くらいは準備を手伝ってやろう。


 必要事項の確認が終わると、シュリとエミリーは世間話を始めた。


 ここはパンケーキカフェということもあって、主にお菓子について熱く話しはじめた。


「どこそこのミルクティーが美味しそうだった」とシュリが言えば、エミリーが「そこは創業何年で、ここが美味しくて、店員さんがどうだ」という答えが返ってくる。 


 シュリは色々教えてもらえて、エミリーもエミリーで、教えられる相手が居て。

 2人ともなんだか楽しそうだ。


 とりあえず、受け入れてもらえたってことでいいのかな……?


 ふと、店長の背中側の人を見る。

 店長の他4人はいつのまにか、また休憩の体勢に戻っていた。


 そのうちの1人はずっとこっちを見ていて、自然と目が合った。


 濃い茶髪で、目が細い、10代くらいの女の子。

 その人は、ボク達が調理場に入ってきたときにこっちを睨んできた人で、今もこっちを睨みつけて来ていた。


 ……完全に受け入れてもらうには、まだまだ先は長いかもな。




 カランカラン。


「「ありがとうございましたー」」


『リゲルの宮』を出ると、さっと黒い影が前を横切った。

 目にも止まらぬ早さでがシュリの肩に飛び乗ったそれは――言うまでもなくリアだった。


「おかえり、シュリ」


「うん、ただいまー!」


 無邪気にはにかみつつ、リアの鼻の上を撫でるシュリ。

 リアも嬉しそうで、されるがままにされている。


 ここ最近、シュリとリアの近くにいて分かったことがある。


 リアは本当にシュリが大好きだ。

 それは逆もまた然りではあるんだけど……それでも、リアのそれは異常だ。


 リアがシュリの付近から離れるのを見るのは、多分今日がはじめて。

 生まれてはじめてと言われても納得してしまいそうなくらい、この二人はずっとくっついているのだ。

 絶対に離れてやらないぞ、という強い意志を感じる。


 全く、好きと言うべきか、過保護というべきか。


 それが良いか悪いかはともかく、シュリとリアは、相棒という言葉が一番しっくり来る関係だ。

 ……どこかの誰かさんとは違って。


 シュリは楽しそうに、リアに店内でのことを報告している。


 例えば、店内が広かったこと。

 家具がオシャレだったこと。

 店長が優しかったこと。

 制服が可愛いということ。

 明日が楽しみだということ。


 シュリが生き生きと話すのを聞きながら、リアは笑顔で聞いている。


 リアは、シュリが店に入って離れざるを得なくなった時、ずいぶん不服そうだった。

 けど、今はそんな様子はまったくない。


 シュリが楽しそうならそれで良いということなのかもしれない。


 フォーローを入れた方が良いかとも思ってたけど、この分なら大丈夫そうかな。


「よし、じゃあ、ボクも行ってくる」


「うん、色々とありがとねー! 頑張ってきて!」


 よし、やる気が湧いてきた。




 ここは、ロステルの中で一番大きな国立公園、中央広場。

 目の前には見上げるほど高い王城がそびえ立っている。


 王城の次に目を引くのが、王城まで一直線に続く芝生の道。

 市民からは敬意を込めて、『王の道』と呼ばれている。


 そしてなにより、その側に植えられている木。

 なんと真四角に切り揃えられている。

 切断面はビシッと一直線に並んでいて、壮大だ。


 自然の姿から、ありえない形に整えられ、王城の引き立て役となっている街路樹。

 まるで、人間が自然を支配しているんだ、とでも言わんばかりだ。


 こういう極端なのは結構好きなんだよね。

 人間の感情が、美意識が読み取れて、なかなか面白い。


 『王の道』は、普段は王族のパーティーなんかで使われてるらしい。

 そうじゃないときは、観光地として親しまれてる。


 普通の公園みたいに、子どもたちが遊んでる……みたいなことはない。

 ボク含め、外国人ならたくさん来てるけどね。


 威厳ある王城を前にして、子どもたちでも……というより、その親が恐縮してしまうんだろう。


 まあ、今はこのグリーンカーペットには要はない。

 ここに来たのはついでだ。


 ……四半刻とかからない道のりを、半刻もかけて、男どもに接敵しないようにここまで来たんだ。

 神経を使って大変だった。


 ま、これくらいのご褒美があってもいいでしょ。


 ボクは『王の道』から東に戻る。

 中央広場には、なにも『王の道』だけがあるというわけじゃなくて、他にも重要機関がある。


 ボクもその一つに用があるんだけど……あっ、見えてきた。


 白塗りの壁に、国の機関であることを示す、青い屋根。

『王立総合市民相談所』


 住宅地区や商業地区の市民専用の場所だ。

 ここで取り扱っているのは、苦情の受付や戸籍関連の手続き、そして、王務員の就職だ。


 ボクは王務員に就職すべく、ここに来た。


 よし、頑張ろう!




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