第82話 キャラが薄い
移住の日が、あと十日に迫っていた。
その夜、領主館の一室で、ケントたちは白龍が映す地球のニュースを眺めていた。
画面の中では、特区のテーマパークがほぼ完成していた。猫耳のカチューシャをつけた観光客の行列が、入り口の前に何キロも続いている。エルフの歓楽街の予約サイトは、開設から三秒で全日程が埋まったらしい。街頭の大型ビジョンでは、『ショタ皇帝と護り手のエルフ』の予告編が流れていた。
「……すげえことになってんな」
ケントが呆れたように言うと、ザラが腹を抱えて笑った。
「旦那の故郷の連中、ほんとに頭おかしいねえ」
セリーナは紅茶を飲みながら、静かに言った。
「でも、これなら移住した子たちも、向こうで困ることはなさそうね」
ケントは頷いてから、ふと腕を組んで考え込んだ。
「なあ。地球に移ってから半年したら、今度はノキアとも繋げるだろ」
「ええ。ヘル様の信仰がもっと深まれば、今度こそノキアへの道が開けるって話よね」
「そうなんだけどさ……」
ケントは、画面の中の熱狂を眺めながら、しみじみと言った。
「ノキアとも繋げるんだけど、インパクト薄くなったよねえ」
部屋の中が、しんと静まり返った。
「……言われてみれば、そうだね」
ザラが、真面目な顔で頷いた。
「獣人、エルフ、ドワーフの後に、ノキアの何を見せるんだって話だよ」
「櫻師範ならどうだい? 鬼だし」
ザラが言うと、セリーナが首を横に振った。
「エリンたちの後だとねえ。強いのは強いけど、筋肉の量でドワーフに負けてるわ」
隣でエリンが、得意げに力こぶを作ってみせた。
「可愛いゴブリンの椿ちゃんとかどうですかぁ?」
レナが手を挙げた。
「ゴブリンって言っても、椿ちゃん、見た目は普通の可愛い女の子ですよ」
「……地球人からしたら、肌の色がちょっと違うだけの女の子だな」
ケントが言うと、レナはしゅんとした。
ザラが、思い出したように手を叩いた。
「すぐパンツ見せるクロエとか……」
「それはただの痴女だろ」
ケントは、ばっさりと切り捨てた。
「薄いな。キャラが薄い」
全員が、うーんと唸って腕を組んだ。
しばらくして、ケントは考えるのをやめたように、椅子の背にもたれかかった。
「……シャルとデックスに丸投げだな」
「あの二人、泣くわよ」
セリーナが呆れたように言ったが、ケントは「王様と、その右腕だろ。何とかするさ」と、どこ吹く風だった。
◇
そして、移住の日が来た。
コネグ領の広場には、移住する者たちが全員集まっていた。獣人、エルフ、ドワーフ、そして人間。合わせて十八万人の人々が、広場から街の外の草原まで、ぎっしりと埋め尽くしていた。
ナルとネルは、手をつないで最前列に立っていた。獣人の老夫婦を匿っていた鍛冶屋も、エルフの娘を連れた未亡人も、その中にいた。
少し離れた場所には、皇帝とルーメルの姿もあった。皇帝は旅の荷物を背負い、ルーメルの手をしっかりと握っていた。
見送りに来たニールとヴァルター辺境伯が、ケントの前に進み出た。二人は、この国に残って、皇国を立て直すことになっていた。
「ヴォルガン卿。本当に、何とお礼を申し上げればよいか……」
「礼はいらねえよ。こっちはこっちで、ちゃんとやれよ」
ケントはニールの肩を叩いた。ニールは、目に涙を浮かべて頷いた。
ニールの後ろには、領主館で匿われていた獣人の子供たちが並んでいた。子供たちは、ニールと一緒にこの国に残ることを選んだのだ。
「コネグ様と一緒にいる!」
「この国を、獣人も住める国にするんだ!」
子供たちが口々に言うのを聞いて、ケントは少しだけ笑った。
「いい子たちじゃねえか。大事にしろよ」
「はい。……命に代えても」
ニールは、子供たちの頭を一人ずつ撫でながら答えた。
ヴァルター辺境伯が、杖をついたまま、ケントに深く頭を下げた。
「わしらの代で、この国がどこまで変われるかは分からん。じゃが、あの子らが大人になる頃には、少しはましな国にしてみせよう」
「期待してるよ、爺さん」
ケントの後ろには、セリーナ、ザラ、レナ、それにミーナ、シューメル、エリンが並んでいた。
ミーナは、ケントの袖を握る手に、少しだけ力を込めた。
「ご主人様、地球って、怖いところじゃないですよね?」
「お前を見たら、地球の連中の方が腰抜かすさ」
ケントがそう言うと、ミーナはほっとしたように笑った。
レナが空を見上げて、にこにこと声をかけた。
「トカゲちゃん、最後の大仕事ですよぉ。失敗したら、分かってますよねぇ?」
「ひ、ひぃっ! 命に代えてもやり遂げます!」
空の上では、白龍が大きく翼を広げていた。その背中では、スーが魔力を溜めて、白い光を放っている。
やがて、空の向こうから、別の光が差し込んできた。地球のヘルパンギーナが、こちらへ向かって道を繋いできたのだ。二つの光が重なって、広場の上空に、巨大な光の門が開いていった。
門の向こうから、懐かしい声が聞こえてきた。
「ケントさーん! 準備できてますよー!」
ちえの声だった。その後ろから、ナミの「おかえりー!」という声も聞こえてくる。
さらにその後ろから、少し不機嫌そうな声が続いた。
「ケント、早う来い。こっちは道を繋いでおくだけで疲れるのじゃ。それに、我の足はまだ痺れておる」
「お前、まだ正座させられてんのか」
ケントが呆れて言うと、門の向こうで、ちえの「ヘル様、余計なことは言わない!」という声が響いた。
ケントは、広場を埋め尽くす十八万人を振り返った。
それから、光の門を見上げて、にやりと笑った。
「さて。行くか、地球」




