第79話 彗星より重大なお知らせ
地球。
真龍神子国から、一つの予告が世界中に出された。
『三日後、真龍神子国より、全世界に向けて重大なお知らせを発表いたします』
たったそれだけの短い告知だった。だが、その一文で世界は凍りついた。
真龍神子国が、世界に向けて何かを発表する。それは、これまでの経験からすれば、どこかの国が消えるか、どこかの権力者の首が飛ぶか、そのどちらかを意味していたからだ。
ニュース番組は、連日その話題で持ちきりになった。
「専門家の間では、巨大な彗星が地球に衝突するのではないかという見方も出ています」
「いや、真龍様が地球を去られるのではないか、という説もあります」
「また粛清が行われるのではないかと、各国政府は警戒を強めています」
アメリカの大統領府では、閣僚たちが青い顔で会議を繰り返した。ヨーロッパの首脳たちは、自分の国が何か真龍国の機嫌を損ねるようなことをしていないか、慌てて調べ直した。どこかの国の議員たちは、一斉に海外へ逃げ出そうとして空港で足止めされた。
神子神社の社務所では、ちえが電話の山に埋もれていた。
「ですから! 誰も粛清しません! 彗星もぶつかりません! 当日まで内容は言えないんです!」
ちえは受話器を叩きつけると、天井を見上げて溜め息をついた。
「……これ、逆に面白くなってきたわね」
◇
そして、発表の日が来た。
世界中のテレビ局が、神子神社からの中継に切り替えた。街頭の大型ビジョンの前には人だかりができ、各国の首脳たちも、執務室のモニターの前で固唾を呑んでいた。
カメラの前に現れたのは、ちえだった。
いつものスーツ姿のちえは、真面目な顔でカメラに向かって一礼した。
「真龍神子国の行政を預かっております、百田ちえでございます。本日は、全世界の皆様に、重大なお知らせがございます」
世界中が、息を止めた。
ちえは、ゆっくりと後ろのスクリーンを指さした。
「まずは、こちらをご覧ください」
スクリーンに映し出されたのは、猫の耳と尻尾が生えた、黒髪の美しい女性だった。続いて、犬の耳を持つ子供たちが、楽しそうに走り回る姿。見た目は十二歳くらいなのに、腰にリボルバーを下げた少女たち。そして、二メートルを超える筋肉の塊のような、大男と大女たち。
世界中の街頭で、どよめきが起きた。
「こちらは、真龍神子国の近衛であるケント・松本が、現在滞在している異世界の住人の方々です」
ちえは淡々と説明を続けた。
「彼らは、その世界で長い間、差別や迫害に苦しんできました。真龍神子国は、彼らのうち約十八万人を、この地球に受け入れることを決定いたしました」
スクリーンに、獣人、エルフ、ドワーフの姿が、次々と映し出されていく。
「なお、移住者の方々は全員、真龍神子国の国民となります。手を出した場合、その方には死んでいただきます。国家であっても例外ではありません」
ちえは、さらりとそう言ってから、にっこりと笑った。
「そのうえで、移住者の方々のための特区を設けます。一つは日本国内に。もう一つは、先だって大きな被害を受けたアメリカの、核兵器の爆心地に作ります。放射能は、真龍様のお力ですべて取り除きます。特区には、異種族の皆様と触れ合えるテーマパークも併設する予定です」
一瞬、世界中が静まり返った。
そして次の瞬間、世界は沸騰した。
◇
会見が終わってから数分後には、世界中の旅行会社のサーバーが落ちた。
「異種族テーマパーク」「猫耳」「エルフ」「ドワーフ」という言葉が、世界中のネットの検索ランキングを埋め尽くした。日本のアニメやゲームのファンたちは、泣きながら街頭で抱き合っていた。
アメリカの大統領は、会見の直後に神子神社へ電話をかけてきた。
「ミス・モモタ! 爆心地を、特区にしていただけるというのは本当ですか!」
「本当ですよ。その代わり、建設には全面的に協力していただきます」
「もちろんです! 何でもいたします!」
東京のとあるアパートでは、四十代の独身男性が、テレビの前で正座したまま泣いていた。
「猫耳が……本物の猫耳が、来る……生きててよかった……」
アメリカの田舎町では、小さな女の子が両親の腕を引っぱっていた。
「パパ、ママ! ドワーフさんに会いに行きたい! 熊を持ち上げてるところ見たい!」
テレビのスタジオでは、ベテランの男性アナウンサーが、原稿を読みながら声を詰まらせていた。
「し、失礼しました……私、子供の頃からずっと、エルフに会うのが夢でして……」
神子神社の縁側では、正座から解放されたヘルパンギーナが、ナミと並んでテレビを見ていた。
「のう、ナミ。人間というのは、なぜこうも耳と尻尾が好きなのじゃ」
「ヘルちゃんも尻尾あるじゃん。みんな好きだよ?」
ナミがそう言ってヘルの尻尾を撫でると、ヘルは満更でもなさそうに、尻尾をぱたぱたと振った。
そして、その中継を、遠く離れたノピアのコネグ領でも、ケントたちが白龍の映像越しに眺めていた。
「……ちえ、ノリノリだな」
「楽しそうねえ、あの子」
セリーナが、紅茶を飲みながら微笑んだ。
日本とアメリカの予定地では、すぐに建物の建設が始まった。重機と作業員が集められ、昼も夜も工事の音が鳴り止まなかった。
ちえは社務所の窓から、その光景を報じるニュースを眺めて、満足そうに頷いた。
「さて……本番は、ここからよ」
ちえは縁側に顔を出すと、ナミに尻尾を撫でられているヘルパンギーナに声をかけた。
「ヘル様。アメリカの爆心地の放射能、ちゃんと全部消せますよね?」
「当然じゃ。我を誰だと思っておる」
ヘルパンギーナは胸を張ってから、少しだけ声を小さくした。
「……その代わり、もう正座はなしじゃぞ」
「消せたら、考えておきます」
ちえはにっこり笑って、また社務所に戻っていった。




