第78話 繋がった地球
移住の名簿が固まってきた頃、ケントは白龍を広場に呼び出した。
「最後の仕事だ。移住する奴ら全員の心を、お前の権能で見てくれ」
「こ、心でございますか?」
白龍は、恐る恐るケントを見下ろした。広場には、移住を希望する者たちが、種族ごとに分かれて集まっていた。
「差別する心が全くない奴なんて、どこにもいねえよ」
ケントは、集まった者たちを見渡しながら言った。
「人間を恨んでる獣人もいるし、獣人を見下してた人間もいる。それでいい。ただ、それを乗り越えて、前向きにやっていきたいって願いがあるかどうか。そこだけ見てくれ」
「か、かしこまりました!」
白龍の体から、柔らかな光が広がっていった。光は広場に集まった者たちを、一人ずつ包み込んでいく。
人間に背中を鞭打たれた痕のある獣人の男が、光の中で目を閉じた。男はしばらく拳を握りしめていたが、やがてゆっくりと、その拳をほどいた。
獣人の老夫婦を匿っていた鍛冶屋は、光の中で、照れくさそうに頭をかいていた。
エルフの子を娘として育ててきた未亡人は、光の中で、隣のエルフの子の手をぎゅっと握っていた。エルフの子も、目を閉じたまま、その手を握り返していた。
光の中で、ほとんどの者がほっとしたような顔をしていた。ほんの一握りの者だけが、光に弾かれるようにして、その場に膝をついた。
弾かれた者の中には、獣人の大柄な男がいた。男は膝をついたまま、悔しそうに地面を叩いた。
「なんでだ! 俺は人間に、十年も鎖で繋がれてたんだぞ!」
白龍が、申し訳なさそうに首を縮めながら答えた。
「そ、その……この者の心の奥には、向こうへ行ったら、今度は自分が人間を鎖で繋いでやろうという願いがございまして……」
男は、何も言い返せずに黙り込んだ。
逆に、光に包まれたまま残った者の中には、かつて獣人を「獣」と呼んで育った人間の若者もいた。若者は、隣に立つ犬獣人の娘をちらりと見て、気まずそうに頭を下げた。娘は少し驚いた顔をしてから、小さく頭を下げ返した。
ケントは、膝をついた者たちを見て言った。
「お前らは残れ。恨んでてもいいけど、前に進む気がねえ奴は連れていけねえ」
◇
ノピアに来てから、三か月が経った。
その夜、領主館の中庭で寝そべっていた白龍が、突然がばっと首を持ち上げた。
「わ、我が主! 繋がりました! 母上と……ヘルパンギーナ様と、繋がりました!」
「本当か!?」
ケントたちが中庭に飛び出していくと、白龍の前の空中に、ゆらゆらと光の膜が広がっていた。
「思っていたより、ずっと早く道が開きました。この国で我に祈る者が増えたのと、向こうの世界では、ほとんどすべての人間がヘルパンギーナ様の信者になったそうで……」
光の膜の向こうに、見覚えのある景色が映り始めた。神子神社の広間だった。
そこには、ちえがいた。その前では、なぜかヘルパンギーナが正座させられていて、その隣でナミがヘルの頭をよしよしと撫でていた。
ちえはケントの顔を見るなり、目に涙を浮かべた。
「ケントさん! 無事だったんですね! ……ちなみに、ヘル様には三か月間、毎日正座してもらってます」
「……足が痺れた」
ヘルパンギーナが小声で言うと、ナミが「よしよし、がんばったね」と頭を撫でた。
「お、おう。悪かったな、ちえ。心配かけた」
ケントは頭をかいたが、すぐに気を取り直して、隣にいたミーナの肩を掴んで画面の前に引っ張り出した。
「ちえ、見ろ。こういう獣人が八万人いる」
「ね、猫耳……!? 本物ですか!?」
「本物だ。ほかに、エルフが三万人、ドワーフが三万人、人間が四万人だ」
続いてケントは、子供の姿のシューメルを画面の前に立たせた。
「これがエルフだ。シューメル、化けろ」
シューメルが光に包まれて、すらりとした大人のエルフの美女に変わった。ちえの口が、ぽかんと開いた。
次に、エリンが腕を組んで前に出た。二メートルを超える筋肉の塊に、ちえは画面越しに後ずさった。最後に、ニールがぺこぺこと頭を下げながら挨拶をした。
「でな、ちえ」
ケントは、もったいぶって腕を組んだ。
「異世界特区を作ってな。獣人さんが店員で、ドワーフが警備で、人間は細かい仕事をやって、一大テーマパークにする。どうだ!」
ちえの目が、すっかり円マークになっていた。
「いけますよおおおおお! わはは、貰ったー!」
ちえはひとしきり画面の前で跳ね回ってから、ふと気づいたように身を乗り出した。
「……正直、一番需要がありそうなのは、エルフの店員さんだと思うんですけど」
「……店員どころかなあ」
ケントは、エルフの生態について一通り説明した。他の種族としか子供ができないこと。交わることが食事に近いこと。相手の好みの姿に化けられること。
ちえはしばらく黙っていたが、やがて眼鏡の奥をきらりと光らせて、電卓を叩き始めた。
「……日本と、アメリカに作りましょう。アメリカは今、産業がガタガタですから、観光で立て直すしかないんです。観光客、すごいことになりますよ」
「だろ?」
ケントが得意げに頷いた。
だが、ちえは電卓を叩く手を止めると、急に真顔になった。
「で」
画面の向こうから、ちえがじっとケントを見つめた。
「そこの猫ちゃんが、尻尾をケントさんの腕に絡ませてて、エルフとドワーフがケントさんにくっついてる件は?」
ケントの腕には、いつの間にかミーナの尻尾が巻きついていた。両脇には、大人の姿のシューメルと、エリンがぴったりとくっついている。
「……いや、これはだな」
ケントの額から、冷や汗が流れ落ちた。




