第77話 粋がるバカは連れていかない
会議の翌日、国中の空に、またケントの顔が映し出された。
『よう。今日は殺すとか消すとかの話じゃねえから、安心して聞け』
国中の人々が、びくびくしながら空を見上げていた。
『コネグ領に集まってる獣人、エルフ、ドワーフ、それに一緒にいる人間たちは、半年以内に別の世界へ移住する。向こうには仕事もあるし、誰にも奴隷にされない。行きたい奴は、コネグ領まで来い』
そこで、ケントは少し考えてから付け加えた。
『それと、人間でも、今まで獣人やエルフを陰で守ってきた奴がいるなら、来ていいぞ。俺が自分で話を聞いて決める』
放送が終わってから数日のうちに、コネグ領の門には、また人の列ができた。
今度は、人間の姿も混じっていた。
最初にやってきたのは、背中の曲がった村の鍛冶屋だった。後ろには、獣人の老夫婦がおどおどと隠れるように立っている。
「十年、うちの屋根裏に住まわせておりました。役人に見つかったら殺されるので、ずっと隠しておったんです」
次にやってきたのは、エルフの子供の手を引いた未亡人だった。
「この子は、森で倒れていたのを拾ったんです。近所には、自分の娘だと言い張って育ててきました。耳は、いつも頭巾で隠させて」
エルフの子供は、女の服の裾をぎゅっと握ったまま、ケントを睨みつけていた。
「この人、私のお母さんだから。連れてかないなら、私も行かない」
それから、太った中年の商人もやってきた。
「うちの店では、獣人の奴隷にも給料を払っておりました。そのせいで、周りの商人からは馬鹿にされて、取引を切られたこともあります。……もう、この国で商売を続ける気はありません」
ケントは、一人一人の話を黙って聞いていた。そして、全員に向かって頷いた。
「お前らも来い」
隣で名簿をつけていたニールが、恐る恐る聞いた。
「よ、よろしいのですか、ヴォルガン卿? 人間を連れていくことに、反発する獣人もいるかと……」
「俺は人間が嫌いなんじゃねえよ」
ケントは、次の列に並んでいる人々を眺めながら言った。
「粋がるバカが嫌いなだけだ。種族なんて関係ねえ」
◇
それから、移住の準備が本格的に始まった。
領主館の会議室では、ニールとヴァルター辺境伯、それに各種族の代表たちが、毎日のように顔を突き合わせていた。
決めなければならないことは、山ほどあった。
向こうで、誰がどんな仕事をするのか。種族ごとに違う倫理観を、どうすり合わせるのか。種族をまたいだ結婚は認めるのか。生まれた子供は、どちらの種族として扱うのか。
「混血の子なんて、うちでは普通よ。そもそも、他の種族としか子供ができないんだから」
エルフの年長者があっさり言うと、獣人の代表が顔をしかめた。
「獣人は、同じ獣人同士で番うのが当たり前だ。人間と番った者は、昔から村を追い出されてきた」
「強ければ何でもいい」
ドワーフの長は、そう言って酒をあおった。
ケントは窓際で、レナが淹れた紅茶を飲みながら、その様子を眺めていた。
「好きにやらせとけ。揉めるのは、まじめに考えてる証拠だ」
ザラが笑った。
「旦那が会議に口出さないなんて、珍しいねえ」
「俺が決めたら、それしか正解がなくなるだろ。自分たちで決めた方が、向こうで揉めねえんだよ」
その代わり、ケントは地球のことを聞かれれば、何でも答えた。
会議の合間には、ケントの部屋の前に、質問をしに来る者たちの列ができた。
「ちきゅうでは、獣人はどんな仕事ができるんですか?」
「犬の獣人なら、警察で犯人を追いかけたり、山で迷子を探したりできる。猫の獣人なら、店で客の相手をするだけで行列ができるぞ」
「ドワーフは?」
「強い奴を守る仕事がいっぱいある。あと、地球の酒は種類が多いぞ。毎日違う酒を飲んでも、一生かかっても飲み切れねえ」
ドワーフの長が、その答えを聞いて目の色を変えたのを、ザラは見逃さなかった。
名簿の整理は、ミーナが手伝っていた。文字と計算ができるミーナは、獣人たちの名前と家族構成を、一人ずつ丁寧に書き写していった。
「ご主人様、この人たちは家族で行きたいそうです。こっちのおばあちゃんは、娘さんが売られた先の街で亡くなっていて、一人だそうです」
「一人の奴は、近所同士でまとめてやれ。向こうで寂しくならねえようにな」
「はい!」
ミーナは嬉しそうに頷いて、また名簿に向かった。
◇
もちろん、全員が納得したわけではなかった。
ある日、広場で獣人の若者たちが騒ぎ出した。
「人間と一緒に、別の世界に行くなんてごめんだ!」
「向こうに行ったら、また人間に使われるに決まってる!」
エルフの一部も、それに乗っかった。
「人間なんて、攫うものでしょ。何で一緒に暮らさなきゃいけないのよ」
ケントは面倒くさそうに広場に出ていくと、騒いでいる連中を見回した。
「じゃあ、お前らは来なくていい。この国に残れ」
それでも、若者たちは止まらなかった。
「ふざけるな! 俺たちを助けたんなら、最後まで俺たちの言うことを聞け!」
叫んだ若者の首が、次の瞬間には地面に転がっていた。セリーナが、静かに双剣を鞘に戻した。
残った連中は、ザラが首根っこを掴んで、次々と街の門の外へ放り出していった。
「出て行きな。二度と戻ってくるんじゃないよ」
◇
その夜、ケントは城壁の上で、星を眺めていた。
隣に座ったミーナが、ケントの袖をそっとつまんだ。
「ご主人様は、獣人の味方じゃないんですか?」
「違うな」
ケントは、星から目を離さずに答えた。
「俺はどの種族の味方でもねえんだよ。前に進みたい奴の味方なだけだ」
ミーナはしばらく考えてから、尻尾をゆらりと揺らして笑った。
「……それ、ご主人様らしいですニャ」




