第76話 移住プロジェクト
騎士団が消えてから数日後。
コネグ領の領主館の大広間には、これからのことを話し合うために、各種族の代表が集まっていた。
人間からは、ニールとヴァルター辺境伯、それに地方の貴族たち。獣人からは、各地から逃げてきた者たちの代表。ドワーフからはエリンと、山から降りてきた一族の長。エルフからはシューメルと、森から来た一団の年長者。
大きなテーブルを囲んで、張り詰めた空気が流れていた。人間の貴族たちは青い顔で縮こまり、獣人の代表たちは、そんな人間たちを冷たい目で見ていた。ドワーフの長は腕を組んで目を閉じ、エルフの年長者は退屈そうに銃をいじっている。
ケントたちは、テーブルから少し離れた窓際に陣取っていた。レナがどこからか持ってきたティーセットを広げて、ケントと二人でのんびりお茶を飲んでいる。ミーナはケントの椅子の横に座って、尻尾をゆらゆらさせていた。
会議は、ニールの挨拶から始まった。だが、ニールが話し始めて間もなく、獣人の代表の席から、体格のいい男たちが何人か立ち上がった。
「待ってくれ。そもそも、何でここに人間がいる?」
男の一人が、ニールたちをじろりと睨んだ。
「俺たちを散々こき使ってきたのは人間だろう。これからは、俺たち獣人の国を作るんだ。人間の指図なんか受けねえ。こいつらは出て……」
そこまでだった。
男の首が、ごとりとテーブルの上に落ちた。隣にいた男たちも、何が起きたのか分からないまま、次々と床に崩れ落ちた。
いつの間にか、テーブルの脇にザラとセリーナが立っていた。ザラの大剣と、セリーナの双剣から、血が滴っている。
大広間は、水を打ったように静まり返った。残った獣人の代表たちは、椅子に座ったまま凍りついている。人間の貴族の一人は、そのまま気を失って椅子から転げ落ちた。
窓際では、レナがケントのカップに紅茶を注ぎ足していた。
「ケント様、お砂糖いります?」
「ああ、二つな」
ケントは紅茶を一口すすってから、カップを置いて立ち上がった。そして、大広間を見渡した。
「なんか勘違いしてるみたいだが、俺はお前ら獣人のお守りじゃないんだわ」
獣人の代表たちが、びくりと肩を震わせた。
「あの日、俺を守ろうとして、戦いの詩を歌ってくれた人たちには義理がある。だから助けた。けどな、ここに来て急に偉そうにしだす連中は、大嫌いだ。殴られてた奴が、殴る側に回りたいだけなら、侯爵と何が違うんだよ」
ケントは、ドワーフとエルフの席にも目を向けた。
「これは、ドワーフやエルフも同じだ。人間と一緒で、差別したい奴は出て行けよ」
エルフの年長者は銃をいじる手を止めて、肩をすくめた。ドワーフの長は目を開けて、ケントをじっと見てから、小さく頷いた。
誰も、何も言わなかった。
しばらくして、ニールがおずおずと口を開いた。
「しかし、ヴォルガン卿。今、国内は混乱の極みです」
ニールは、テーブルの上に積まれた書類に目を落とした。毎日のように増えていく、受け入れた者たちの名簿だった。
「あの力を見せられた以上、今すぐどうこうということはないでしょう。ですが、数ではやはり人間が圧倒的です。それに、ここに集まっている者は、もう十万人ほどになります」
ヴァルター辺境伯が、ニールの言葉を引き取った。
「わしの領地からも食料を運ばせておるが、それでも足りん。畑を広げようにも、この数ではな。食料のことを考えると、このままでは何年も持たんでしょう」
大広間が、再び静まり返った。
獣人の代表たちも、ドワーフもエルフも、互いに顔を見合わせた。十万人を食わせていく先のことなど、誰も考えていなかったのだ。
ケントは頭をかいた。
「あー、それについちゃ、考えはあるんだよな。さっきはああ言ったけど、投げっぱなしにするつもりはない」
「考え、と言いますと?」
ニールが身を乗り出した。大広間中の視線が、ケントに集まった。
ケントは、わざとらしく咳払いをした。それから、たっぷりと間を取ってから言った。
「地球とノキアへの、移住プロジェクトだ!」
大広間の全員が、ぽかんと口を開けた。
「……ちきゅう?」
「のきあ?」
あちこちから、聞き慣れない言葉を繰り返す声が上がった。
ドワーフの長が、低い声で聞いた。
「……そこには、酒はあるのか」
「ある。山ほどある」
ケントが即答すると、ドワーフの長は満足そうに頷いて、また目を閉じた。
エルフの年長者は、銃を置いて身を乗り出した。
「人間は多いの?」
「八十億くらいいる」
エルフたちの目が、一斉にぎらりと光った。セリーナが、窓際から冷たい声で付け加えた。
「攫ったら、その場で首を落とすわよ」
エルフたちは、そろって目を逸らした。
ケントは、呆れたように手を振った。
「いやあ、攫うどころか、お前らエルフなら順番待ちで、一晩に金貨三十枚は積む奴ばっかりじゃないかなあ。むしろ、会いたいって奴を断る方がめんどくさいわ」
エルフの年長者が、目を丸くした。
「……そうなの?」
「ちなみにな、ウチのミーナがもし彼氏募集したら、世界中から百万人は申し込みがあるね」
ミーナが、ぽかんと口を開けた。
「……嘘ですよね?」
「残念ながら、地球人ってそういうのが多いんだよ」
ザラが、腕を組んでしみじみと頷いた。
エリンが、少しそわそわした様子で身を乗り出した。
「わ、私たちはどうなんだ?」
「うーん、ボディガードの仕事は山ほどあるし、お前らみたいなのが好きな奴も多いんじゃないか? それに、真龍国って国の所属になるから、どこの国も手は出してこないしな」
ニールが、慌てて手を挙げた。
「お、お待ちください、ヴォルガン卿。その、ちきゅうという所へは、どうやって行くのですか?」
「俺たちの仲間に、世界を渡れる龍がいる。そいつと話が繋がるのが、早くて半年後だ」
ケントは、テーブルの上の名簿を指で叩いた。
「だから、その半年で準備する。誰がどこへ行くのか名簿を作って、種族ごとのすり合わせをして、向こうでどんな仕事をするかも決める。食料は、半年ならなんとか持つだろ?」
ニールとヴァルター辺境伯は顔を見合わせて、しばらく指を折って数えていたが、やがて二人そろって頷いた。
「……半年でしたら、なんとか」
ミーナが、ケントの袖をそっと引いた。
「ご主人様の故郷、ですか?」
「ああ。俺の生まれた星だ」
窓際では、レナが一人だけ、ぱちぱちと拍手をしていた。




