第73話 攫われた皇帝
放送を終えた夜、領主館の一室で、ケントたちは皇帝の扱いについて話していた。
「あんなガキ、殺せばいいだろ」
ケントがあっさりと言うと、ザラもセリーナも当然のように頷いた。
「侯爵の言いなりになってた皇帝なんて、生かしておく理由がないわね」
「皇都を消す時に、一緒に消えてもらえばいいんじゃないかい?」
その時、部屋の隅で黙って話を聞いていたシューメルが、意を決したように前に出てきた。
「……お願い。殺さないで」
シューメルは、ケントに向かって深く頭を下げた。いつもの生意気な態度は、どこにもなかった。
「婆ちゃんは、人間なんて見下してるの。人間の皇帝なんて、本当ならどうなったって知らないって顔をする人なのよ。その婆ちゃんが、銃を抱えて寝ないで守ってる子なの。きっと、何か理由があるんだと思う」
ケントはしばらく黙ってシューメルを見ていたが、やがて面倒くさそうに頭をかいた。
「……分かったよ。攫ってくる。殺すかどうかは、その後で決める」
「ありがとう……!」
シューメルは顔を上げて、ほっとしたように笑った。
◇
その夜のうちに、ケントたちは白龍の背に乗って皇都へ飛んだ。ケント、セリーナ、ザラ、レナ、それにスーとシューメルの六人だった。
皇城の上空に着くと、スーが先に一人で降りていった。小さな体で窓の隙間から中に忍び込み、皇帝の寝室までの道を確かめてくる。
「寝室は三階の奥。扉の前に近衛兵が八人いるよ。廊下にも何人か」
「眠らせられるか?」
「任せて」
スーが廊下をふわふわと飛んでいくと、すれ違う近衛兵たちが、一人、また一人と、その場に崩れ落ちていった。眠りの魔法をかけられた兵士たちは、立ったまま壁にもたれかかったり、床に転がっていびきをかいたりしている。
ケントたちは、眠りこける兵士たちをまたぎながら、寝室の前までたどり着いた。
扉を開けると、薄暗い部屋の奥の寝台に、若い皇帝が横たわっていた。まだ顔色は悪く、浅い息をしている。
その枕元の椅子には、見た目が十二歳くらいのエルフが座っていた。膝の上にはリボルバーが置かれている。
ルーメルだった。
ルーメルは、部屋に入ってきたケントたちを見回した。そして、その後ろにいる孫の顔を見つけて、目を細めた。
「……シューメル。あんた、人間に飼われてるって噂は本当だったのね」
「か、飼われてなんかない! 婆ちゃん、話を聞いて! この子を殺したりしないから、一緒に……」
シューメルが言い終わる前に、ルーメルが動いた。
膝の上のリボルバーを掴むと同時に、一番近くにいたレナの腕を掴んで引き寄せ、その頭に銃口を押しつけようとした。
だが、銃口がレナに届くことはなかった。
ルーメルの両手が、手首から先ごと、床に落ちていた。
いつ抜いたのかも分からない双剣を手に、セリーナが静かにルーメルの前に立っていた。
「レナに銃を向けないで」
ルーメルは、自分の両腕の先を見つめたまま、声も出せずに固まっていた。床に落ちた手は、まだリボルバーを握ったままだった。
ザラの大剣やレナのメイスでは、この狭い部屋ではルーメルごと叩き潰すことになる。スーの魔法でも、引き金を引かれるのを止められるとは限らない。殺さずに止めるには、セリーナが斬るしかなかった。
「婆ちゃん!!」
シューメルが悲鳴を上げて、ルーメルに駆け寄った。スーもすぐに飛んできて、血を止める魔法をかける。だが、手を生やし直すことはしなかった。
「血は止めたよ。……でも、それ以上はしない」
スーは冷たく言った。
ルーメルは、両腕を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「……鍛冶も、薬も、もうできないわね」
シューメルは、ルーメルにしがみついて泣いていた。
ケントは何も言わずに、寝台の皇帝を毛布ごと担ぎ上げると、白龍の背に放り投げた。シューメルも、ルーメルを抱えて白龍の背に乗った。
◇
コネグ領の領主館に連れてこられた皇帝は、床に座らされると、すぐに喚き始めた。
「ちょ、朕は何も知らなかったのだ! すべて侯爵が勝手にやったことで、朕は何も……! 獣人のことも、毒のことも、侯爵が、侯爵が……!」
皇帝は泣きながら、同じことを何度も繰り返した。
「朕はまだ若いのだ! 政のことは、侯爵に任せておけばいいと言われて、それで……! 朕は悪くない! 朕は――」
ケントたちが黙って聞いていると、ケントの隣にいたミーナが、すっと前に出た。
「うるさい!」
ミーナの拳が皇帝の顔面を捉えた。皇帝は床を転がって、壁にぶつかって止まった。
ミーナは尻尾の毛を逆立てて、皇帝を睨みつけていた。
「何も知らなかった? 私たちが首輪をつけられて、売られて、殴られてる間、あなたは何をしてたんですか! 知ろうともしなかったくせに!」
皇帝は鼻血を押さえたまま、震えていた。
ケントが、ゆっくりと皇帝の前にしゃがみ込んだ。
「お前さあ」
その声は、これまで誰も聞いたことがないくらい、低く冷えていた。
「皇帝なんだろ? 知らなかったで済むと思ってんのか。お前のせいで、あのエルフの婆さんは両手をなくしたんだぞ。この期に及んで覚悟もねえなら、死ねよ」
ケントの手のひらの上で、空気がチリチリと鳴り始めた。
「だ、旦那、待ちな!」
ザラが慌ててケントの腕を掴んだ。シューメルもケントの背中にしがみつき、ニールが皇帝とケントの間に体を割り込ませた。
「ヴォルガン卿、どうか……! この方を殺せば、侯爵の罪を証言できる者がいなくなります!」
「お願い、ケント……! 婆ちゃんの両手は、この子を守るためになくなったのよ……! ここで殺したら、婆ちゃんが何のために……!」
ケントはしばらく皇帝を見下ろしていたが、やがて舌打ちをして、手のひらの空気を消した。
「……次に言い訳したら、殺す」
それだけ言うと、ケントは部屋を出ていった。
皇帝は床にうずくまったまま、声を殺して泣いていた。




