第72話 トカゲでございます
侯爵が皇帝の玉璽を押した勅命を出したという噂は、数日のうちにコネグ領にも届いた。
『陛下の勅命により、皇国騎士団はこれより反逆者コネグの討伐に向かう』
門の前に集まった人々の間に、目に見えて動揺が広がっていた。獣人たちは不安そうに身を寄せ合い、ヴァルター辺境伯と一緒に来た地方貴族たちも、青い顔で何事か話し込んでいる。
領主館の中庭でその様子を眺めていたケントは、大きく溜め息をついた。
「普通に皇都を吹き飛ばすって言ってるのに、なんで暗殺なんてまどろっこしいことすんのよって話だよな」
「向こうからすれば、毒の方が手っ取り早いんでしょうね」
セリーナが呆れたように言うと、ケントは頭をかいた。
「……よし。もう一回放送する。今度は顔を見せてやる」
ケントは空に向かって声を張った。
「おい白竜! 降りてこい!」
屋根の上から、白竜がぱたぱたと降りてきた。
「お呼びでありますか、我が主!」
「今度は映像付きで、国中に流してくれ」
「え、映像付きは、ちょっと難しいとグエッ!!」
白竜が最後まで言い終わる前に、横から伸びてきた手が、その小さな体を鷲掴みにした。
レナだった。レナはにこにこと笑ったまま、白竜をギリギリと締め上げていく。
「出来るかって聞いてるんじゃないのよ?『やれ』って言ってるように聞こえないかしら?」
「し、しかし、魔力が……」
「ほう?」
レナの笑顔が、すっと冷たくなった。
「この世界は、魔力が濃すぎて魔法もまともに飛ばないくらいなのに、足りないと? じゃあ私があげるから、たんとおあがり♡」
レナは白竜の口に二本の指を突っ込むと、自分の身体強化の魔力をどくどくと流し込み始めた。
「も、もう大丈夫でありま……」
「遠慮すんなよ? ああん?」
レナは容赦なく、さらに魔力を注ぎ込んでいく。白竜の目が白黒して、小さな体がぷるぷると震え出した。
「お、おいレナ、ちょっとかわいそうじゃ……」
実は女性陣の中では一番優しくて、たまに白竜に果物とかあげているザラが、見かねて止めに入ろうとした、その時だった。
白竜の体が、まぶしい光を放った。レナがぱっと手を離すと、光に包まれた白竜の体は、みるみるうちに膨らんでいった。
光が収まると、中庭には十メートルほどもある、白い鱗の龍がいた。
白龍は長い首をもたげて、ケントたちを悠然と見下ろした。
「ようやく、龍となれたわ」
その声は、さっきまでの白竜とは別人のように低く、偉そうだった。
「ご苦労だった、『人間』」
ケントたちが呆気に取られて見上げていると、次の瞬間、白龍の巨体が地面にめり込んだ。
土煙が晴れると、そこにはレナが立っていた。手には、二十トンを超える愛用の戦車砲塔メイスが握られている。レナは冷めた目で、地面に埋まった白龍を見下ろした。
「おいトカゲ? お前、何勘違いしてる?」
「き、貴様、我は白龍……」
ドカン。
バキン。
グシャ。
ドチュ。
レナは一言も喋らずに、砲塔メイスを白龍に叩き込み続けた。
中庭にいた誰も、何も言えなかった。ニールとジョーンズは抱き合って震え、ミーナはケントの背中に隠れて耳を伏せている。
エリンが、隣のザラに小さな声で聞いた。
「お、おい……あいつ、戦士じゃないんだろ?」
「ああ。レナはね、アタシらと一緒に生きて、一緒に死ぬために、必死に頑張ってああなったんだけど……」
「だけど?」
「龍を見ると、トカゲって言って殴りかかるんだよ」
エリンは、しばらく黙ってレナの背中を見ていた。
「……お前ら、みんなおかしいよ」
やがて、音が止んだ。
レナは白龍の首根っこを掴むと、地面の穴からずるずると引きずり出した。白龍の白い鱗はあちこちがへこみ、目には涙が浮かんでいる。
「おい。お前は誰か、言ってみろ?」
「み、皆様の僕である、下賤なトカゲでございます……」
「うん」
レナは、元のにこにこ顔に戻って頷いた。
「分かったら、言われたことやれ」
「は、はいぃ……!」
白龍は涙目のまま空へ舞い上がると、大きくなった権能を目いっぱいに使って、皇国全土の空に光の膜を広げていった。
国中の空に、ケントの顔が大きく映し出された。
こうして白龍は、ケント専用の『プロパガンダ放送局』になった。
『よう。ノキア王国のケント・フォン・ヴォルガンだ』
空いっぱいに映ったケントは、つまらなそうに頭をかいていた。
『普通に皇都を吹き飛ばすって言ってるのに、なんで暗殺なんてまどろっこしいことすんのよ? お前ら、これでも侯爵がやったと思わずにコネグと敵対するなら、全員死ね。三日後に、侯爵の領都は消す。その様子は、こうして見せてやる。それでもコネグにつかないなら死ね』
そこでケントは、ふと考え込むように首を傾げた。
『……いや、エルフやドワーフや獣人に差別意識がある奴に来られても、迷惑だなあ……。差別意識のある奴らは、みんなそこの領地から出てくんな。見つけたら殺すわ』
ケントは、最後にひらひらと手を振った。
『とりあえず、侯爵の領都は三日後に消すから、死にたくなきゃいなくなれ。じゃあな』




