第70話 集う者たちと、皇城の毒
放送から五日が経った。
コネグ領の街の門の前には、毎日のように長い行列ができていた。
最初にやってきたのは、近くの村々の獣人たちだった。荷車に家財道具を積み、子供の手を引いた家族が、何十組も門をくぐってくる。中には、主人の家から逃げてきたのか、首輪をつけたまま着の身着のままで駆け込んでくる者もいた。
門の脇では、ナルとネルがほかの獣人たちと一緒に、大鍋で作った温かいスープを配っていた。ナルは門をくぐってくる一人一人に、「もう大丈夫ですからね」と声をかけている。
三日目の夕方、門番をしていた獣人の衛兵が、真っ青な顔で領主館に駆け込んできた。
「ド、ドワーフが……! 山から、ドワーフの群れが降りてきました!」
ケントたちが門に駆けつけると、そこには二メートルを超える筋肉の塊が、二十人ほどずらりと並んでいた。男たちはみんな頭をつるりと剃り上げ、岩のような筋肉で体が膨れ上がっている。女たちも、エリンと変わらないくらいの大女ばかりだった。
ドワーフたちは担いできた大熊や大猪を、門の前にどさどさと放り出した。
先頭に立っていた男が、腕を組んでケントを見下ろした。
「エリンはどこだ」
ケントが答える前に、後ろからエリンが出てきた。男はエリンを見ると、ニヤリと笑った。
「お前が人間に飼われたと聞いて、ぶん殴りに来た」
「飼われてなどいない。ここの連中は面白いぞ」
エリンは顎で、ケントの隣にいたザラを指した。
「特に、あの女だ」
ドワーフたちの目が、一斉にぎらりと光った。ザラは肩をぐるぐると回しながら、嬉しそうに前に出た。
「何人まとめてでもいいよ!」
結局その日は、日が暮れるまで門の前で殴り合いが続いた。最後は敵も味方もなく地面にひっくり返って、そのまま門の前で酒盛りになった。
「……門番の仕事にならねえな」
ケントがぼやくと、セリーナが「楽しそうだからいいじゃない」と笑った。
四日目には、森からエルフたちがやってきた。
見た目は子供ばかりの一団だった。全員が腰にリボルバーを下げ、背中には大きな荷物を背負っている。
迎えに出た獣人の衛兵が、緊張した顔で声をかけた。
「あの、街に入る前に、武器をお預かりして……」
その途端、先頭のエルフがにっこり笑って、衛兵の眉間に銃口を向けた。
「やだ」
衛兵が固まったところへ、シューメルが慌てて飛んできた。
「あ、あの子たちは大丈夫だから! 撃たれなきゃ撃たないから! たぶん!」
「たぶんって何だよ」
ケントは頭を抱えてから、エルフたちに向き直った。
「いいか。街の中で他種族を攫うのだけは禁止な。……合意なら、まあ……」
最後の方だけ、急に声が小さくなった。セリーナが横から冷たい目でケントを見た。
そして五日目。今度は、馬車の列がやってきた。
先頭の馬車から降りてきたのは、放送を聞いて窓枠を握りしめていた、あの白髪の老伯爵だった。後ろの馬車からも、ほかに数人の地方貴族が降りてくる。
さらにその後ろには、幌馬車や荷馬車が長い列をなして続いていた。幌がめくられると、中から獣人たちが次々と降りてきた。それぞれの領で匿われていた者や、侯爵の目を逃れて隠れていた者たちだった。
老伯爵は、出迎えたニールの前まで杖をついて歩いてくると、深々と頭を下げた。
「辺境伯のヴァルターと申す。コネグ殿、よく言ってくれた」
「へ、辺境伯閣下!? お、おやめください!」
ニールが慌てて頭を上げさせようとしたが、ヴァルターは頭を下げたまま続けた。
「わしらは皆、侯爵のやり方に腹を据えかねておった。だから、こっそり獣人たちを匿うくらいのことはしてきた。だが、表で声を上げる勇気だけは、どうしても出なかった。……若いお主に、先を越されてしもうたわ」
顔を上げたヴァルターの目は、少し潤んでいた。
少し離れてその様子を見ていたケントは、ニールのそばに歩み寄って、その背中をばんと叩いた。
「ほらな。アンタと同じこと思ってた奴、ちゃんといただろ?」
ニールは何も言えずに、ただ何度も頷いた。
門の前には、獣人とドワーフとエルフ、そして人間の貴族たちが入り混じって集まっていた。セリーナがその光景を眺めながら呟いた。
「たった五日で、ずいぶん賑やかになったわね」
「まだまだ増えるぞ。期限は来月一杯だからな」
ケントはそう言って笑った。
◇
時は戻って、放送があった日の夜。
皇城の謁見の間で、皇帝に問われたバーデン侯爵は、すぐに表情を取り繕っていた。
「陛下、すべて反逆者のでっち上げにございます。あのような者の言葉に惑わされてはなりません」
侯爵は穏やかな笑みを浮かべて、皇帝に一礼した。
「お疲れでしょう。温かいお茶でもお飲みになって、今夜はゆっくりお休みください」
侯爵が下がると、入れ替わりに若いメイドが、銀の盆にお茶を載せて入ってきた。盆を持つ手が、かすかに震えている。
皇帝はぼんやりとしたままカップを受け取り、一口飲んだ。
次の瞬間、皇帝の手からカップが滑り落ちた。
床で陶器が割れる音が響き、皇帝は胸を押さえて玉座から崩れ落ちた。
「へ、陛下……!?」
メイドが悲鳴を上げた。その時、扉の陰で待っていたバーデン侯爵が飛び込んできて、剣を抜くなり、メイドを斬り捨てた。
「おのれ、コネグの差し向けた刺客か!」
床に倒れたメイドは、何かを言おうとして侯爵を見上げたが、そのまま動かなくなった。
侯爵は、騒ぎを聞いて駆けつけてきた近衛兵たちに向かって叫んだ。
「陛下が毒を盛られた! 私の医者を呼べ、すぐにだ!」
だが、近衛兵たちが走り出すより早く、謁見の間に小さな人影が飛び込んできた。
見た目は十二歳くらいの、エルフの少女だった。腰にはリボルバーを下げ、肩からは薬草の匂いがする革の袋を提げている。その日は、亡き前皇帝の剣の手入れのために、たまたま皇城に呼ばれていた、前皇帝お抱えの鍛冶兼薬師だった。
「ルーメル様!」
近衛兵の一人が声を上げた。エルフは返事もせずに皇帝のそばに膝をつくと、その口元に顔を寄せて匂いを嗅ぎ、顔をしかめた。
「……灰毒草ね。人間って本当に、こういうのが好きよね」
ルーメルは腰の袋から小瓶を取り出すと、皇帝の口をこじ開けて、中身を流し込んだ。
「何をする! 下がれ、亜人風情が!」
侯爵が剣を向けて詰め寄ったが、ルーメルは振り向きもしなかった。皇帝の顎を片手で支えたまま、もう片方の手でリボルバーを抜き、銃口をぴたりと侯爵の眉間に向けた。
「黙ってて。前の皇帝には恩があるの。この子を死なせたら、あの人に顔向けできないわ」
侯爵は剣を握ったまま、その場で動けなくなった。
しばらくして、皇帝がひゅうひゅうと苦しそうな息をしながら、かろうじて息を吹き返した。ルーメルは額の汗を袖で拭うと、周りの近衛兵たちに言った。
「命は繋いだけど、まだ分からないわよ。今夜が山ね」
ルーメルは、リボルバーの銃口を侯爵に向けたまま続けた。
「それと、私がこの子を見てる間は、誰も近づけないで。特に、そこの侯爵様の医者はね」
近衛兵たちは顔を見合わせると、黙って皇帝とルーメルを囲むように立った。
侯爵は剣を握ったまま、ぎりりと奥歯を噛みしめた。そして近衛兵たちに背を向けると、謁見の間を出たところで、待たせていた部下に低い声で命じた。
「……皇都中に触れを出せ。コネグの刺客が、陛下に毒を盛ったとな」




