第66話:エルフとは戦うな
ホテルに戻ると、裏庭の方から、ものすごい金属音が響いてきた。
覗いてみると、ザラとドワーフのエリンが、大剣と大槌を打ち合わせて本気の立ち合いをしていた。二メートルを優に超えるエリンの一撃を、ザラが歯を見せて笑いながら受け止めている。地面が揺れるたびに、見物していた獣人の子供たちが歓声を上げていた。
「アンタ、なかなか強いじゃないか! 面白いね!」
「お前こそ、人間にしてはやるな!」
最後は二人とも同時に武器を取り落として、地面にひっくり返った。そのまま空を見上げて、声を揃えて大笑いしている。いつの間にか、すっかり意気投合したらしかった。
「……仲良くなるの早えな、あいつら」
ケントが呆れて呟くと、隣のセリーナがくすりと笑った。
「ザラは、殴り合った相手とはすぐ仲良くなるもの。あなたの時もそうだったでしょう?」
「俺の時は、あいつが白目剥いてぶっ倒れただけだぞ」
一方、ロビーの隅では、レナとエルフのシューメルが顔を寄せ合って、何やらコソコソと話し込んでいた。子供の姿のシューメルが何か耳打ちするたびに、レナが「えぇー!?」「それはすごいですねぇ」と目を輝かせている。
ケントが通りかかると、二人はぴたりと口を閉じて、揃ってニッコリ笑った。
「なんだよ」
「なんでもないですよぉ、ケント様」
ケントは嫌な予感がしたが、ミーナのことや特区のことで頭がいっぱいで、深くは考えなかった。
◇
日が暮れてから、見張りを白竜と交代したスーが、ケントの部屋に戻ってきた。
「ミーナ、さっき少しだけ目を覚ましてたよ。水を飲んで、またすぐ寝ちゃったけど」
「そうか。熱は?」
「まだ高い。でも、なんだか体の形が少しずつ変わってきてるみたい。ナルが言ってた通りなら、明日か明後日には終わると思う」
「……分かった。ありがとな、スー」
ケントはほっとして、スーの頭を指先で撫でた。
◇
その夜は、レナと床を共にする番の日だった。
ケントがベッドに入ってしばらくすると、毛布の端から、小さな影がもぞもぞと潜り込んできた。顔を出したのは、子供の姿のシューメルだった。
「何やってるんだよ! 子供は自分の部屋で寝ろ!」
ケントが慌てて追い出そうとすると、反対側からレナが顔を出して、シューメルとニヤリと目を合わせた。
「ケント様、この子これでも百八十歳なんですよ」
「百八十歳いいい!? その見た目で!?」
「言ったでしょ、私の方がずっと年上だって」
シューメルはつまらなそうに口をとがらせた。
「それに、『お礼はしてあげる』とも言ったわよね。……で、あなた、どういうのが好みなんだっけ?」
ケントが答える前に、シューメルの体がふわりと淡い光に包まれた。光が消えると、そこにいたのは、長い髪にすらりと伸びた手足をした、細身で大人のエルフの美女だった。
「エルフはスレンダー美人しか認めない派閥、だったかしら?」
「なっ……!?」
大人の姿になったシューメルは、ケントの首元に顔を寄せて、すうっと息を吸い込んだ。
「……あなた、すごく良い匂いがするわ」
そしてケントは、生まれて初めての夜を過ごすことになった。
◇
翌朝。
食堂に現れたケントは、げっそりとやつれていた。目の下は落ちくぼみ、足元もおぼつかない。壁に手をつきながら、ようやくテーブルまでたどり着いた。
「……どうしたんだい旦那? そんな疲れた顔、戦でも見たことないよ!?」
「大丈夫なの、ケント!?」
ザラとセリーナが慌てて駆け寄ったが、ケントは焦点の合わない目のまま、二人の肩にぽんと手を置いた。
「ザラ、セリーナ……これだけは言っておく」
「な、なんだい」
「エルフとは戦うな。勝てん」
そう言い残すと、ケントは朝飯に手もつけずに、ふらふらと部屋へ戻っていった。
呆然とその背中を見送るザラとセリーナの後ろで、朝飯のパンをかじっていたエリンが、のんびりと言った。
「ああ……あのエルフに『可愛がられた』んだな」
「可愛がられた?」
首を傾げる二人に、エリンはパンを飲み込んでから説明した。
エルフという種族は、自分たちだけではほとんど数が増えない。だから他の種族と交わって子を残すし、交わること自体が、エルフにとっては食事のようなものなのだという。
普段は子供のような姿をしているが、それは相手を選ばないための姿で、いざとなれば相手が一番好む姿に化けることができる。
大人のエルフにも、人間の美女にも、それこそドワーフの美女にもなれるらしい。
「見た目の良いゴブリンみたいなものだ。本人たちに言ったら殺されるがな」
そのうえで、エルフの交わり方には三つの段階があるのだという。一つ目は、種族の本能を満たすためだけのもの。
二つ目は、本能を満たしつつ、相手にも満足を与えるもの。
そして三つ目が『可愛がる』だった。これはエルフが相手に本気で好意を持ち、その匂いを心から良いと感じた時にしか起きない。
ほとんどエルフ同士の間でしか聞かない話で、人間相手にそうなったという話は、エリンも見たことはないらしい。
「長く生きて、経験も山ほど積んだエルフに本気で可愛がられるんだ。人間には、とてつもない経験だと言われている。……つまりお前たちの旦那は、あのエルフにえらく気に入られたということだ」
セリーナはしばらく黙っていたが、やがて恐る恐る聞いた。
「……ちなみに、レナは?」
エリンは肩をすくめた。
「スパイスのつもりで引き入れたんじゃないか、まだ起きてこないがな」
一拍置いて、ザラがテーブルを叩いて爆笑した。笑いすぎて椅子から転げ落ちそうになっている。
その隣で、セリーナは額を押さえて、がっくりと肩を落とした。
「……また増えるの……」




