第58話 母のガチギレの理由
隊員の上半身が吹き飛んだ衝撃冷めやらぬ広場で、残された兵士たちが狂乱の悲鳴を上げた。
「ひ、ひぃぁぁぁッ!? 分隊長が――」
「や、やれ! コイツらを殺せぇぇッ!」
錯乱した兵士たちが一斉に武器を抜いて襲いかかってくる。だが、ケントたちは微動だにしない。
「やれやれ、手足が勝手に動いちまうね」
ザラが空間収納から背丈ほどもある無骨な大剣を引き抜き、旋風のごとき横薙ぎ一閃。迫る兵士二人を鎧ごと叩き潰した。
同時に、レナも収納から巨大な金属メイスを取り出すと、軽々と振り回して迫る兵の頭脳を破砕していく。
「ヒッ……化け物——」
逃げ出そうとした残りの兵士の首筋を、セリーナが収納から抜き放った流麗な双剣で瞬時に切り裂いた。
ほんの数秒。領兵たちは、独りを除いて全滅していた。
そんな惨劇の渦中、ケントは静かに腰の剣を抜いた。
「ひ……ひぃ……っ!」
唯一、足の甲を爆鳴気で吹き飛ばされて地べたをのたうち回っていた隊長の男へ、ケントは悠然と歩み寄る。
「く、来るな! 死ねぇッ!」
男は必死の形相で落ちていた剣を拾い上げ、地を這うような態勢からケントの喉元へ突進した。
その振りの速さと、伝わってくる筋力は、普通の兵士の域を明らかに超えていた。
(へえ……)
ケントは冷徹な目のまま、最小限の動きでそれを受け止める。ズン、と重い衝撃が両腕に伝わった。
「こいつら、結構強いよな旦那」
大剣の血を払いながら、ザラが感心したように声を上げる。
「ああ。外に向かって魔法を放出できない分、この世界の奴らは体内の『身体強化』が異常に発達してるらしいな」
ノピア特有の戦闘理論を身をもって検証したケントは、ふっと興味を失ったように目を細めた。
「まあ……だから何だって話だが」
パンッ、と乾いた破裂音が響く。
男の残ったもう片方の足の甲が、内側から弾けて肉塊と化した。
「ぎゃあああああああッ!?」
「静かにしろ」
転がり回る男の首根っこを掴むと、ケントは広場の中央に立つ子爵の石像へ男を叩きつけ、ロープでガチガチに括り付けた。
そして、その股間をみて憐みの眼を向ける。
パァンッ!!
「ぐがぁぁぁぁぁぁッ……!!???」
男は泡を吹いて白目を剥き、股間を血で染めて絶叫した。周囲で遠巻きに見ていた住人や冒険者たちが、あまりの惨状に息を呑んで戦慄する。
ケントは広場全体へ響くように冷たく言い放った。
「明日、ここの領主の首を獲る。……子爵に知らせたい奴は、今すぐ領主館へ走れ」
誰も声を発することすらできない。絶望的な恐怖が広場を支配していた。
そんな中、ケントの視線がふと一角に止まった。
そこには、ほとんど裸同然の淫らな服を着せられ、首輪と鎖で繋がれた異種族の女性たちと、それを引いていた凶悪な面の傭兵グループが固まっていた。
ケントはゆっくりと、その傭兵たちへ向けて歩みを進める。
「な、なんだお前は! 俺たちに何か文句でもあるのか!?」
威嚇するように剣を抜く傭兵に対し、ケントは至極冷淡に呟いた。
「奴隷がどうこうっていうこの世界のシステム自体に、いちいち口を挟むつもりはねぇよ。……だがな、俺の目の前で不快な真似しやがったら、ただじゃおかねえ」
「は、はあ!? こ、これは俺たちが金払って買った奴隷だ! 所有物をどう扱おうが、アンタに関係ねえだろ!」
「ふーん……」
ケントはチラリと背後の黒猫少女を見やった。
「ミーナ。確かこの国の奴隷法でも、所有者には最低限の衣食住と生活の保障義務があるんだったよな?」
「は、はいっ! 法律上はそうなっています! ……ただ、街の兵士も領主も誰も訴えを聞いてくれないので、今じゃ完全に形骸化してますけれど……」
「そうか」
ケントは傭兵の言葉を無視し、鎖に繋がれた犬耳の女性の前で屈み込んだ。
「なあ、アンタ」
「ひっ……!」
「そんな全裸同然の格好させられて、首輪つけられて街を歩くのは……アンタの希望か?」
「え……?」
「もし違うんなら、声を上げろ。俺が助けてやる」
突然差し伸べられた救いの手に、犬耳の女性は目を見開いた。
背後では、ザラたちが「また始まったよ」と言いたげに(ノ∀`)アチャーという顔をしながらも、楽しそうにニヤリと笑っている。
女性の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「た、たすけて……おね命です、助けてください……っ! 私、娘に……娘に会いたいんです……っ!」
『娘』——その一言が広場に落ちた、次の瞬間だった。
ドスッ、シュバッ!!
「ぐぁあっ!?」
ケントが手を出す間もなく、セリーナが目にも留まらぬ踏み込みで傭兵たちの前へと肉薄し、双剣を一閃させた。
両足を同時に切り飛ばされた傭兵たちが、血の海に転がってのたうち回る。
セリーナの纏う雰囲気が、一瞬で絶対零度の殺気へと変貌していた。
「……娘? お前たち……どこでこの人を買ってきたの?」
般若のような冷酷な笑みを浮かべるセリーナ。
その背後で、ケント、ザラ、レナ、そしてミーナの四人が身を寄せ合い、ヒソヒソと小声で緊急会議を始めていた。
「ヤベーよ……娘がいる親を引き離すとか、セリーナのガチギレスイッチが入っちまったぞ……」
「こうなったらもう誰も止められねぇよ。どうするよ旦那?」
「やっぱりセリーナ様……怒ると一番怖いです……」
身を縮こまらせるミーナが、不思議そうにケントの服を引っ張った。
「あ、あの……どうしてセリーナ様は、あんなにお怒りなんですか……?」
「ああ……セリーナにも生き別れの娘がいるんだよ。元の世界にいた、俺の元婚約者なんだがな」
「えっ!? 娘さん!? セリーナ様って、見た目二十代半ばくらいかと……」
「いや、確か実年齢はアラフォ——」
「ケント!!」
「はいいいいいいっ!??!?」
鼓膜が破れるほどの鋭い一喝に、ケントは直立不動で叫び返した。
セリーナは血塗られた双剣をシャキンと納めると、氷のような笑顔で振り返った。
「コイツら、闇商人からこの人たちを買ったらしいわ。……まずはその闇商人のアジトを潰しに向かいましょう!」
「お、おう! 任せろ!」
冷や汗をダラダラ流しながら頷いたケントは、隣のミーナの耳元へ口を寄せ、消え入るような小声で囁くのだった。
「(……ミーナ、いいか? 命が惜しかったら、あの人の前で『年齢』の話は二度とするなよ……)」
「(は、はいぃ……っ!)」
『原作で心を壊されて退場するモブに転生したけど、推しのメイドがクソ女だったし、作者の設定がガバガバなので好きに魔法いじって好きに生きる ~ショボい魔法しかないと笑った連中、全員ザマァ~』
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