第56話 属性過多な黒猫少女とケントの熱弁
「とりあえず、落ち着いてから話を聞こうか」
倒れた馬車と山賊の死体が転がる惨惨たる現場で、ケントたちは救出した猫耳の少女を木箱に腰掛けさせ、改めて向き合っていた。
少女は依然として身を縮こまらせていたが、命の危険がないと悟ったのか、ぽつりぽつりと小さな声で語り始めた。
それによれば、彼女はノピアにおける『奴隷』であり、山賊に襲われる前は別の街へ売られていく最中だったのだという。
「……奴隷、ですか……」
「こんな小さい子を……売買するなんて……」
少女の口から語られた事実に、セリーナとレナが胸を痛めるように表情を曇らせた。ザラも険しい顔で腕を組んでいる。
「ケント君、ひどいと思わないかしら? こんな理不尽な扱いがまかり通ってるなんて……」
振り向いたセリーナからの問いかけ。だが、ケントの反応は予想外に冷ややかに澄んでいた。
「……理不尽だが、俺たちの価値観だけで一概に切り捨てることはできないな」
「え……?」
「ノピアでも、俺たちのいたノキアでも、さらには俺の故郷の地球だって、何千年も当然のように存在していたシステムが奴隷制だ。地球だって、ほんの百六十年ほど前まで大国のアメリカですら普通に使われてたんだぞ」
静かなケントの言葉に、セリーナたちは言葉を詰まらせた。
「セリーナなんかは俺を人間として庇ってくれたし、ザラもレナも人を不当に虐げるようなタイプじゃない。でもさ、ノキアの街中で魔法能力値が低い人間が、実質的に奴隷みたいに扱われてたのは何度も見てきたろ?」
「それは……」
「もちろん俺だってこんな制度は好きじゃないし、大反対だ。だけど、この世界の歴史や仕組みを何も分かってないうちに、俺たちだけの考えを正義だと言って振りかざすのはダメだ。……奴隷だからこそ、路頭に迷わずに生き延びられたって側面だってあるはずなんだからな」
ケントの現実的かつ冷徹な正論に、女性陣はぐうの音も出ず黙り込む。
すると、それまで下を向いていた猫耳の少女が、静かに口を開いた。
「……はい。お兄さんの言う通りです。私も親が奴隷でしたから、こうして生きてこられました。いつかこうして買われていく時、少しでも良い場所で買ってもらえるようにって、前のご主人様には文字や計算の教育まで受けさせてもらえたんです……」
当事者である少女からの思いがけない言葉。
その生々しい現実に、場はいよいよ重く静まり返った。
ケントはそっと歩み寄ると、少女の頭に優しく手を置いた。
「そうか……大変だったな」
そして、どこまでも穏やかで優しい、包み込むような笑顔を向け――。
「……それでな? 君たちの仲間に……犬耳はいるのかな?キツネは? ウサギちゃんは(゜Д゜)!? ……」
「「「……は?」」」
一瞬で凍りつく空気。
急激にオタクの目になったケントに対し、一同の表情が盛大に引きつった。
「……旦那、それはちょっと……」
「ケント君。ちょっとコッチに来なさい」
「……ケモ耳つけて獣のように扱われる……イケる!」
ザラが引いた目で固まり、セリーナが暗黒の笑みを浮かべて正座を促し、レナだけが何かに目覚めかけていた。
少女もまた、怯えたように身を引いて目を伏せる。
「……あなたも、そういう目で私を見るんですね……」
「ほらー!」と言わんばかりの冷たい視線を一斉に向けてくる女性陣。
ケントは滝のような汗を流しながら、慌てて手を振った。
「あ! いや、そういう意味じゃないんだ! いや、あるっちゃあるのか?! 違う、聞いてくれ! 俺の故郷の地球には、獣人って存在がいないんだよ!」
「獣人が……いない?」
「ああ! 物語や絵本の中にしか存在しないんだ! そして……大人気なんだよ! もし君がそのままの姿で地球に行ってみろ、あまりの可愛さに『結婚してくれ!』って奴らで街が埋め尽くされるぞ!」
「……飼うんじゃなくて、ですか?」
「……地球で『猫耳少女を飼う』なんて口にしてみろ! ブチギレた奴らに一瞬で殺されるわ! 俺だってそんな奴いたら真っ先に殺すし!」
血走った目で熱弁を振るうケントに、ザラたちはただ呆れるしかなかった。
「……地球にそういう嗜好の奴がいるのは知ってるけどさ、そこまでかい旦那……」
「……いまの地球で真龍に逆らう奴なんて一人もいないが、こいつらは向かってくるぞ。獣人をいじめようもんなら、死を覚悟して爆弾持って突っ込んでくるレベルだ……!」
「そ、そこまで……」
「ただな! その中にも細かく派閥があるんだよ! ケモ度や動物の種類とかな! ちなみにこの子は最大派閥であろう『ケモ度低め、猫耳尻尾の黒猫美少女』だからな! この子のために命を懸ける奴なんて星の数ほどいるぞ!」
一気に捲し立てるケントの熱量に押し切られたのか、少女は目を丸くしてパチパチと瞬きをした。
そして、何かを決意したようにコソッと呟く。
「……あの、新しいご主人様でよろしいでしょうか?」
「ご主人?! いやいやいや! 君を奴隷にするつもりなんてないぞ!?」
「じゃあ……私をどこでお売りになるおつもりですか? 私、計算もできますし、乗馬もメイドもできます! できましたら……娼館以外で売っていただけると助かるのですが……っ」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始める少女。
「あ、いや、売るとかそういうことじゃなくて……! なあ、ひょっとしてこういう場合って、俺たちに所有権があるってことなのか?」
焦るケントが後ろを振り向くと、セリーナが申し訳なさそうに頷いた。
「……ええ。ノピアの法は分らないけど、こういう無法地帯での拾得物は『手に入れた者の所有物』になるのが一般的ね。この子を野良奴隷として解放したところで、別の悪党に捕まったら即座にその奴隷に逆戻りなんじゃないかしら」
「その方が言う通りです!……おねがいですっ! 私をご主人様にしてくだ……ううん、私をご主人様の奴隷にしてください! なんでもしますから……っ!」
必死に縋り付いてくる少女の切実な瞳。
「な、なんでも……? ……ゴクリ」
「旦那!」 「ケント君!」 「ケント様!」
「ち、違う! お前たち誤解するな! 俺はただ純粋に耳と尻尾をだな……!」
弁明しようとしたケントの腕に、ふわりと柔らかい感触が絡みついた。
見れば、少女のしなやかな黒い尻尾が、まるで命を持っているかのようにケントの手首へとしがみついていた。
少女はウルウルとした瞳でケントを見上げ、あざとくも切なげに微笑む。
「……ミーナと言います。どうぞ触ってください……『ご主人様』」
「……っ!!」
その破壊力に、ケントの理性は一瞬で吹き飛んだ。
デレデレに緩みきった顔で、絡みつく尻尾を大事そうににぎにぎと揉み始める。
「……ああ! 任せろミーナ! 俺が全力で守ってやるからな!」
「はいっ、ご主人様!」
「「「はぁぁぁぁぁ……」」」
鼻の下をこれでもかと伸ばすケントの姿に、女性陣の深々とした溜め息が重なった。
こうして――ノピアに到着早々、一行に『奴隷・猫耳・黒猫・美少女(腹黒)』というあまりにも属性が渋滞した新たな仲間(?)が加わったのだった。




