第55話 ノピアへの不時着と「にゃ?」
「……で? ここは一体どこなんだよ」
見渡す限りの見覚えがない乾燥した街道のど真ん中で、ケントは額を押さえながら低く唸った。
その視線の先にいるのは、先ほどケントたちを唐突な空間跳躍に巻き込んだ張本人――白く光る鱗を身に纏った、生まれたばかりの幼い竜である。
竜は首を傾げ、どこか他人事のようなつぶらな瞳でケントを見つめ返すと、テキトーに呟いた。
「んー? ノピアー?」
「……ノピア、ねえ」
知能も意識もまだ出来上がっていないような、あまりにもいい加減な返答。
どこからどう見ても、自分たちがどこに飛んだのかすら正確に把握していない顔だった。
ケントをはじめ、セリーナ、ザラ、レナ、そしてケントの肩に乗っていたスーの全員の目が、冷ややかな殺意で一瞬だけ細められる。
(((((……ヘルのポンコツトカゲ野郎!!)))))
言葉には出さずとも、5人と一匹の心が完全に一つになった瞬間だった。
だが、この幼い白竜を叩き潰しても、何も解決するわけでもない。ケントは深いため息を吐くと、パンと手を打った。
「はぁ……まあいい。とりあえず現状の確認だ。魔法や身体の動きに異常がないか確かめるぞ」
そう言ってケントは、手のひらを前方へ向け、初歩的な火炎魔法を放とうとした。
――しかし。
ボッ、と小さな火花が散った瞬間、その炎は空気に溶け込むように霧散し、そのまま跡形もなく消え去ってしまった。
「……不発か? いや、魔法自体は出てるんだが……」
ケントの首傾げに応じるように、肩の上でスーが静かに告げる。
『ケント、ここは魔素が不自然なほど濃い。外に向かって魔法を放っても、空気中の魔素にぶつかって一瞬で拡散してしまう。身体の内部か、直接触れている距離じゃないと魔法が通らない状態になっている』
「なるほど、魔素が濃すぎて魔法が拡散するのか……」
ザラが自身の身体強化魔法を起動させてみる。全身を包む微かな力強い光は、何の問題もなく輝いていた。
「内側を強化する身体強化なら問題なさそうだな」
「大気がドロドロだから魔法が遠くまで飛んでいかないってことか。だが……座標指定ならどうだ?」
ケントは意識を集中させ、数メートル先の空間――何もない空気の『座標』を直接指定する。
瞬間、空気抵抗を無視して指定座標に小規模な衝撃波が直接出現し、鋭く弾けた。
「……よし、やっぱり座標指定なら使えたわ。魔力の中を進むのがきついだけで、直接位置を指定して出現させる魔法なら問題ない」
「なら私にも問題ないわね。座標指定なら使えるわ」
セリーナが何でもないことのように頷く。
「アタシも大まかな位置を指定するくらいならできるぞ」
ザラも腕を組みながら言った。二人とも座標指定の感覚をすでに掴んでいる。
そんな中、一人だけ顔を引きつらせていたのはレナだった。
「……うげぇ。あたし座標指定の練習サボってたんだけど……これはマジで渋々練習しないとダメなやつじゃん……」
不満そうにぶつぶつと文句を言うレナを横目に、ケントはスーを見上げた。
「スー、上空めいっぱいまで上がってくれ。どこかに街や人里がないか確かめたい」
スーは了解して即座に空中高く舞い上がり、周囲を一回視したのち、素早くケントの元へと戻ってきた。
『街道の向こうで、馬車が山賊に襲われてるわ!』
「襲撃か……」
「馬車ってことは、助けたら街の場所とか情報をもらえるんじゃないかしら?」
セリーナの発案に、ケントも即座に頷いた。
「よし、向かうぞ!」
身体強化で脚力を底上げした一行は、街道を爆走した。
ものの数分で現場に到着する。
――しかし。
「……チッ、全滅じゃねえか」
現場に辿り着いた時には、すでに勝負は決していた。
豪華な馬車は倒され、周囲には護衛や商人の死体が転がっている。そして、その遺品や荷物を楽しそうに漁っている粗暴な山賊どもがいた。
せっかくの情報源を潰されたことに、ケントの額にピキリと青筋が浮かぶ。
「……チッ! お前ら、面倒を増やしてくれやがって……!」
ケントは思考より先に座標を指定した。山賊の一人の『体内』へ直接、爆鳴気を発生させる。
ドンッ!と重苦しい破裂音が内部から響き、山賊が血を吐いて崩れ落ちた。防具も皮肉も関係なく、内側から直接粉砕する容赦のない一撃。
「ハァッ!」
「死ねぇ!」
続いてザラが身の丈ほどもある大剣を横一文字に振るい、二人まとめて胴体から真っ二つに切り裂く。レナもまた巨大なメイスを叩きつけ、山賊の頭蓋骨を木っ端微塵に粉砕した。
一瞬にして血の海と化す襲撃現場。生き残った数人の山賊が「ひ、ひぇぇ!?」と悲鳴を上げたその時――。
「ちょっと! みんなやめなさーーーーーい!!」
セリーナの叫びが響き渡った。
血煙の中でケントたちが手を止め、振り返る。
「なんだよセリーナ、助けるのか?」
「あなたたち、どっちが町かとか、ノピアってどこか、ノキアって知ってるかとか情報取ってから殺して!」
「「「あッ!」」」
怒りに任せて全滅させかけるところだった三人(と一匹)は、間抜けな声を上げた。
その後は早かった。
恐怖で腰を抜かしていた山賊の生き残り数名を縛り上げ、手際よく取り調べを開始する。
「ひ、ひぃぃ! 喋る! 何でも喋るから助けてくれ!」
「ここは……ここは『ノピア皇国』だ! この街道を真っ直ぐ半日ほど進むと、コネグという子爵が治める領地に出る!」
死体袋に変貌した仲間たちの姿を見た山賊たちは、一切の出し惜しみなく情報を吐き出した。
通貨の単位、距離感、ノピアにおける大まかな地理――。セリーナはそれを淡々と聞き終えると、
「そう、ありがとう」
そう優しく微笑んだ。
次の瞬間、ジャキン――と鞘から疾風のごとく抜かれた日本刀の双剣が、美しく銀色の閃光を描いた。
一切の抵抗を許さず、首筋を真横から一閃。
山賊全員の首が、一瞬で同時に宙を舞った。
コロン、と転がる首。
双剣を静かに鞘へと納めるセリーナの姿に、ケント、ザラ、レナの三人はひっそりと顔を見合わせ、引きつった顔で固まった。
(((やっぱりセリーナ怖ぇよ。逆らわないどこう)))
心の中で完全に意見を一致させた三人は、気を引き締め直して山賊の遺品整理や、散らばった荷車の中身を捜索し始めた。ノピアの通貨や使えそうな道具を回収していく中、ケントは荷馬車の奥に積まれていた大きな木箱――鉄格子が嵌められた『檻』に目を留めた。
「おい、大丈夫か?」
ケントが檻の鍵をぶち壊し、中から引き出すと、そこにいたのは見た目12〜3歳ほどの少女だった。
少女は怯えたように身を縮めていたが、そっと顔を上げる。
その頭頂部にはぴんと立った『猫耳』があり、お尻からはしなやかな『尻尾』が伸びていた。
「おい、この子……尻尾があるぜ?」
「猫みたいな耳もありますぅ……」
「……こんなの見たことないわ。ひょっとして、世界が違うんじゃ……」
セリーナの言葉に、一同はしんと静まり返った。
未知の種族。世界が違うかもしれないという重い事実。その場の緊張感が急速に高まっていく。
そんな重苦しい空気の中――ケントはおもむろに目を瞑った。
そして静かに口を開く。
「……みんな、落ち着けよ。まずはこの子に話をきいてみようじゃないかにゃ?」
「「「にゃ?!」」」
一斉に響き渡る驚愕のハモり。
「ケ、ケント……? あなた今なんて……?」
「な、何も言ってないぞ!『話を聴いてみようじゃないか』と言っただけだ!」
必死に顔を背けるケントだったが、その耳は真っ赤に染まっていた。
そう――ケントが目を瞑っていたのは、決して深刻な事態に頭を抱えていたからでも、冷静さを保とうとしていたからでもない。
(獣人キタコレ!イヤッフウゥゥゥゥ!! 本物の猫耳! 本物の尻尾!触りてぇ! ヤバい、ニヤけ顔が止まらん、抑えろ俺の表情筋ーーー!!)
胸の中で渦巻くオタク的歓喜を隠し通すため、必死に目を瞑っていただけだったのだ。
そして耐えきれずに漏れ出た心の声が、語尾の「にゃ?」となって盛大に漏れ出たのである。
「……ケント。あなた、まさか……」
「ち、違う! 濡れ衣だ! とにかくこの子に話を聞くぞ!!」
焦って誤魔化すケントの横で、救出された猫耳の少女は、呆然とした様子で彼らを見つめていたのだった。




