第53話:平和という名の狂騒と、凹む式鬼
世界中を震え上がらせた『大粛清』から数日。
地球上のあらゆる国家、企業、裏組織に至るまで、神子神社——『真龍神子国』に楯突こうとする愚者は完全に姿を消した。
世界は皮肉にも、過去どの時代よりも静かで、恐ろしいほどの平和に包まれていた。
……だが、神子神社の境内だけは、別の意味で大荒れとなっていた。
「うぅ……僕、大変なことをしてしまった……手が、手がまだ震えてる……」
境内の端っこにある木陰で、式鬼は体育座りをして頭を抱え、ズーンと紫色のアラートが出そうなほどの重いオーラを放っていた。
国会本会議場でのあの凄惨な解体劇。
根が真面目で温厚な式鬼にとって、実際に生きている人間を手に掛けたショックは想像以上に大きく、完全にトラウマと化していたのだ。
そこへ、缶チューハイとスナック菓子の袋を持ったケントが歩み寄ってきた。
隣には、豪快に肉まんを頬張るザラと、イライラした様子でメイスを磨くレナも一緒だ。
「おいおい、いつまで凹んでんだよ、式鬼」
ケントは式鬼のとなりに腰掛け、缶チューハイを押し付けた。
「でも、ケントさん……! 僕は、人を……あの場でバラバラにしてしまったんですよ!?」
「あんなクソ野郎どものことなんて、気にする必要ないじゃない! むしろ一撃で片付けてやったんだから感謝しなさいよね!」
レナがメイスをバンと地面に叩きつけながら吐き捨てた。
「あたしなら、肉片すら残さないで微塵切りにして、煮込み料理の具にしてやりましたよ! 命があっただけ感謝しなさいって話です!」
「いや、死んでるから! レナ、お前のは助言じゃなくて追い討ちだからな!?」
ケントが間髪入れずに突っ込むと、式鬼はさらに青ざめて「煮込み……っ!?」と胃を押さえた。
「ははっ! おチビちゃん、そんな青い顔するんじゃないよ!」
見かねたザラが、式鬼の背中をバシバシと豪快に叩いた。息が止まりそうになる式鬼。
「人を斬った感触なんてねぇ、美味い酒飲んで、汗流してスクワットでも100回やりゃ吹っ飛ぶんだよ! ほら、立つんだ! 筋肉は裏切らないよ!」
「脳筋の発想ね……」
呆れ果てた声と共に現れたのは、セリーナだった。
彼女は温かい緑茶の入った湯呑みを式鬼に差し出し、優しく隣にしゃがみ込んだ。
「式鬼。あなたが手を汚してくれたおかげで、もっと大勢の無辜の人間が救われたのよ。あいつらがT湾や世界を巻き込んで起こそうとしていた惨劇を、あなたが未然に防いだの。胸を張りなさいとは言わないけれど、自分を責める必要はないわ」
「セリーナさん……」
包み込むようなセリーナの言葉に、式鬼の瞳にじんわりと涙が浮かぶ。
「まあ、ナマハゲの面を被って包丁振り回してた誰かさんよりは、ずっと格好が良かったわよ?」
「おいセリーナ、サラッと俺をディスるな」
ケントが不満げに眉をひそめると、一同からどっと笑いが起きた。
式鬼もまた、小さく鼻をすすりながら、ようやく少しだけ笑みを浮かべることができた。
その時——。
「気楽に笑い合ってないで、手伝ってくださいよぉぉぉッ!?」
社務所のほうから、悲鳴のようなちえの叫び声が響き渡った。
一行が境内の中庭へ移動すると、そこには山のように積み上げられた豪華絢爛な箱の山と、頭を抱えて泡を吹きそうなちえの姿があった。
「なんですかこの量は!? 世界中の王室や大財閥から『ナミ様への献出品』として、最高級のフルーツだの、見たこともない宝石だの、億単位の寄付金小切手が届きすぎて、神社の蔵に入りきらないんです!」
「へえ、美味そうなメロンじゃないか」
ザラが箱の一つから巨大な夕張メロンを取り出し、手刀で真ん中から真っ二つに割った。
「こら、勝手に開けるな!……まあ、貰えるもんは貰っとけばいいだろ。世界の連中も、機嫌取りに必死なんだよ」
ケントが笑いながらメロンの片割れを受け取り、縁側へと向かう。
縁側では、小さな巫女服を着たナミが、ちょこんと座っていた。
その膝の上には、すっかり大きくなって美女の姿となったヘルパンギーナが、ナミに頭を撫でられながら満足そうに目を細めている。
「あ、ケントお兄ちゃん! メロン?」
「おう。ちえが悲鳴上げてたから、先に食っちゃおうぜ」
「我にも食わせよ、ナミ。あーん、だ」
神として世界から恐れられる真龍ヘルパンギーナが、幼いナミに甘えるように口を開けている。
ナミはスプーンでメロンをすくうと、「はい、あーん!」と楽しそうにヘルの口へ運んだ。
その平和すぎる光景に、ちえは「もういいです……勝手にしてください……」と縁側にへたり込んだ。
かつて、異世界ノキアで絶望の淵に立たされ、命をかけた復讐劇を繰り広げたケントたち。
ノキアという故郷へ帰る道は閉ざされた。
だが、世界をひれ伏させ、大切な仲間を取り戻した今、ここ地球が彼らの新たな『居場所』となっていた。
「……なぁ、セリーナ」
「なに、ケント?」
「俺たち、これからどうする?」
縁側に腰掛け、空を見上げながらケントが尋ねる。
セリーナは、メロンを頬張るザラとレナ、ナミと戯れるヘル、そしてようやく笑顔を取り戻した式鬼を見つめ、穏やかに微笑んだ。
「そうね……まずは、みんなで旅行にでも行きましょうか。世界中、どこへ行ったって誰も文句は言わないんだから」
「そいつはいいや! 温泉行こうぜ、温泉!」
「あたしは高級なお肉が食べたいです!」
ザラとレナが目を輝かせて乗っかってくる。
地球最強の『真龍神子国』の、呆れるほど騒がしく、そして温かい日常。
そんな日常は、ポンコツトカゲの一言で変わるのだった。




