第51話:真龍神子国の誕生と、世界への最後通牒
奇跡の帰還から数日。
世界は、かつてないほどの巨大な混乱の渦中にあった。
人類の常識を覆す『真龍』の存在、そして全世界に中継されたウルルでの奇跡。
それらは人々に新たな信仰を植え付けただけでなく、各国の権力者たちに「新たな利用価値」を見出させてしまっていた。
例えば、某国で行われた大統領選挙。
あろうことか負けた陣営が「真龍様は我々を支持している! この選挙結果は無効だ!」と暴動を扇動し始めた。
また別の国では、選挙前から「我々は神子神社から直接の指示と加護を得ている」と公言する政党が現れ、大混乱を引き起こしていた。
さらに厄介なのは、神子神社のお膝元である日本の政治家や企業だった。
「我々は神子神社と極秘のパイプがある」「真龍の恩恵を独占している」と海外に向けてマウントを取り、他国に対して不当な契約や条約を強引に呑ませようとする事態が多発していたのだ。
「——もう、限界です……! なんですかこの書類の山は!」
神子神社の広間。
ドサリ、と分厚い書類の束を机に叩きつけ、ちえが頭を抱えていた。
その目の前には、ケント、セリーナ、復活を果たしたザラとレナ、そしてナミとヘルパンギーナの姿がある。
「うちの名前を勝手に使った詐欺まがいの商法に、政治利用、あまつさえ『神子神社公認』を騙るカルト教団まで……! 放っておいたら、世界中が戦争になりかねません!」
悲鳴を上げるちえに、ケントは腕を組んで深く頷いた。
真龍という圧倒的な力。それを自分たちの都合よく利用しようとする人間の強欲さは、ケントの予想を遥かに超えていた。
「わかった。今後の世界秩序にどう関わっていくか、俺たちの方針をバシッと決めちまおう」
ケントの言葉に、全員の視線が集まる。
「まず大前提として、神子神社及びヘルパンギーナは、世界の政治には一切関わらない。これを大々的に発表する」
「い、いいんですか? それだと、すでに名前を使っている連中が……」
「だから、こう続けるんだ」
ケントはニヤリと、悪戯っぽく笑った。
「『今現在、無断で神子神社の名を使って活動している国家・企業については、一ヶ月以内の申請を命じる。申請がない場合、または虚偽と判明した場合は——実力行使を行う』ってな」
その過激な提案に、ちえが息を呑む。
だが、横で聞いていたレナが、メイスを肩に担ぎながら嬉しそうに牙を剥いた。
「いいですねぇ! ぶっ飛ばしていいってことですよね!?」
「ああ。さらに『その実力行使の際、我々に協力しない国家や企業は、神子神社と真龍の敵対勢力とみなす』と世界に向けて布告する」
「完璧だね。それなら、コソコソとうちの名前を使ってる連中も、一発で炙り出せるってわけさ」
ザラも腕を鳴らしながら、ケントの提案に同意した。
真龍の力を見せつけられた今の世界において、「敵対勢力とみなす」という言葉は、いかなる核兵器の脅威よりも重い。
「わかりました……! その方針で、世界へ向けて公式声明を出します!」
ちえは覚悟を決めたように頷き、ふと疑問に思ったようにケントたちを見た。
「それで……ケントさんたちの立ち位置はどうしましょう? 何か役職を用意した方が動きやすいかと……」
ちえの問いに、ケントは少しだけ考える素振りを見せ、ナミの頭をポンと撫でた。
「ヘルパンギーナの巫女である、ナミちゃんの『近衛』くらいにしとこう」
「……じゃあ、トップはナミちゃんですか?」
ちえが目を丸くする。いくら真龍に愛されているとはいえ、まだ幼い子供である。
「だな。本人が大きくなって嫌がったら、架空の次代にでも引き継がせりゃいいよ。ヘルもそれでいいだろ?」
ケントが振り返ると、ヘルパンギーナはナミの隣で満足げに腕を組んでいた。
「うむ。我はナミと一緒に生きていければ文句ない」
絶対的な神の如き存在が、一人の少女にデレデレである。
だが、これが最も平和で、最も誰も逆らえない強固な組織図だった。
こうして、神子神社とその近隣一帯は、世界中のいかなる干渉も受けない完全な不可侵領域——『真龍神子国』という独立国家として宣言されることとなった。
宗教上のトップ(象徴)は、ナミ。
行政のトップ(実務)は、ちえ。
そして、いざという時の実力行使を担当する近衛部隊が、ケントたちである。
国として成立したことで、巡礼者の受け入れや事務手続きなど、膨大な業務が発生したが、それらは神子たちの「身内」で固めることになった。
元々、神子神社の神子たちは、その特異な異能のせいで親族から気味悪がられ、疎遠になっている者が多かった。
しかし、『真龍神子国』の国民(関係者)になれるという圧倒的な特権と恩恵を知った親族たちは、こぞって態度を急変させた。
「あの子は昔から自慢の娘だったのよ!」
「ずっと心配してたんだぞ!」
手のひらを返したような親族たちの擦り寄りに、ちえやケントは呆れ果てた。
しかし——当の神子たちは、現金な理由であったとしても、再び家族と繋がりを持てたこと、そして親から感謝され、必要とされたことに、涙を流して喜んでいたのだ。
彼女たちが笑って過ごせるなら、それでいい。
ケントたちは余計な口出しをせず、ただ神子たちのささやかな幸せを温かく見守ることにした。
——そして。
運命の『一ヶ月後』。
真龍を利用したことを申請する、国家や企業へのタイムリミット。
泣いても笑っても、宣告した『締め切り』の朝がやってきたのだった。




