第50話:スワロフスキーの空と、帰還する魂
*これは最終回ではございません。
混乱させてスイマセン!明日から別章で連載続きます!
「——どっちか一つなら、可能性はあると言ったのだ」
白銀の髪を風に揺らし、神々しいまでの美貌を持った真龍、ヘルパンギーナは静かにそう告げた。
驚きで目を丸くするケントとセリーナを見下ろし、彼女は淡々と、だがどこか自慢げに胸を張る。
「我は学習し、成長する存在。お前たちのそばにいた時、我はあの騒がしい二人の『魂の根源』とやらをバックアップとして保存しておいたのだ」
「なっ……お前、ザラとレナの魂を持ってるのか!?」
「いかにも。いつか生まれ変わった時に再生できるかはわからなかったが……なんだかんだで、あの二人は嫌いではなかったからな」
彼女の口から出た言葉に、ケントは息を呑んだ。
ヘルパンギーナは続ける。
以前の彼女であれば、魂の根源があっても、ノキアの時の記憶と自我を持たせたまま完全な人間の肉体を創り出すことは難しかった。
もし無理にやろうとすれば、ケントやセリーナの命という莫大な『リソース』を代償にする必要があり、それでは本末転倒だから黙っていたのだと言う。
「だが、今は違う」
ヘルパンギーナは視線を空へ向けた。
「今、この星中から我に対する凄まじい量の『信仰』が流れ込んできている。これだけのリソースがあれば、誰の命も削らずに、お前たちを触媒としてあの二人を完全な肉体と共に再構築することが可能だ」
さらに、と真龍は目を細めた。
本来、真龍という存在は『揺蕩うもの』であり、自らの意思で世界を超え、帰還することなど考えられてもいない。
だが、この地球全土から集まる異常なまでの信仰リソースを全て注ぎ込めば、その『理』すらも超えて、ノキアへの帰還の道を開くことができるかもしれない、と。
「ノキアへ帰るか、あの二人を取り戻すか。……どちらを選ぶ?」
神のごとき威厳で問いかけるヘルパンギーナ。
だが、その問いに対する二人の答えは、一秒の逡巡すらなかった。
「「あの二人と会いたい」」
ケントとセリーナは、全く同じタイミングで、全く同じ言葉を即答していた。
少しの迷いもないその言葉に、ヘルパンギーナは小さく口角を上げると、「よかろう」と頷いた。
数日後。オーストラリア中央部。
地球上で最も真龍の波動に近いとされる巨大な一枚岩、『ウルル』の頂上に、彼らの姿はあった。
事前に神子神社の名代としてちえがアボリジニの長老たちに話を通し、聖地での儀式の許可と協力を得ていた。
そしてこの日、ウルルを取り囲むように無数のカメラが設置され、これから行われる「真龍の儀式」が全世界に向けて生中継されようとしていたのだ。
『——世界中の、皆様へ』
マイクの前に立ったのは、神子神社の小さな巫女、ナミだった。
緊張で少し震える手でマイクを握りしめ、彼女は世界中のカメラに向かって深く頭を下げる。
『どうか、皆さんの祈りを、力を貸してください。私たちの大切な家族を、呼び戻すために……!』
その真摯な願いは、電波に乗って世界中のモニターへ届けられた。
憎悪や狂信から始まった真龍への信仰が、今、純粋な「祈り」として一つの場所へと収束していく。
すると、奇跡が起きた。
世界中の空から、淡い光の粒子がウルルの上空へと集まり始めたのだ。
それはまるでスワロフスキーのクリスタルで出来たような、七色に輝く極彩色のオーロラ。
オーストラリアの空にあるはずのそのオーロラは、なぜか物理法則を無視して、日本からでも、アメリカからでも、世界中すべての空から見上げることができた。
「始めるぞ」
真龍の姿へと顕現した巨大なヘルパンギーナが吠える。
直後、触媒となるケントとセリーナの体が光に包まれ、ヘルの体内へと一時的に吸収されていった。
二人が祈りを集めるアンテナとなり、膨大なリソースがウルルの一点へと凝縮されていく。
「今じゃ! ナミ!」
ちえの叫びを合図に、ナミは大きく息を吸い込んだ。
「ザラお姉ちゃん! レナお姉ちゃん!! 戻ってきてーっ!!」
一生懸命に覚えたての祝詞と共に、ナミが小さな両手で大麻を大きく振った。
その瞬間。
ウルルの頂上が、世界を白く染め上げるほどの強烈な光に包まれた。
数秒後。
ゆっくりと光が収まっていったウルルの頂上に、四つの人影が立っていた。
ヘルの体内から排出され、元の服を着たまま再構築されたケントとセリーナ。
そして——。
「あれ? アタシ、斬られたような……」
首のあたりをさすりながら、不思議そうに辺りを見回す褐色の肌の女性、ザラ。
「いったーい! 腹立ちますね、あのクソ女どこいきました!?」
存在しない傷跡を気にするように腰を押さえながら、キレ気味に周囲を睨みつける銀髪の女性、レナ。
あの時、ノキアの王城で散ったはずの二人が、たしかにそこで息をしていた。
全く変わらない、騒がしくも愛おしい二人の姿に、ケントの瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
「おかえり……っ、お前ら……!」
ケントは泣き笑いの顔で、二人に歩み寄った。
だが、感動の再会に浸るケントとは裏腹に、当の二人は事態が全く飲み込めていなかった。
「な、なに泣いてるのさ旦那!? 夢でも見たのかい?」
「そうですよ! ケント様を泣かしたの誰です!?」
レナは慌てたように周囲を見回し、背後に佇む巨大な真龍へと鋭い視線を向けた。
「……ははぁん。さては、あのちょっとでかくなったトカゲですか?」
どこから取り出したのか、レナの手には愛用のメイスが握られている。
感動の涙を流すケントを庇うように前に出る二人。
その姿を見て、セリーナは感動の涙を引っ込め、重大すぎる「ある事実」に気づいて頭を抱えた。
「……あんたたち。ちょっと落ち着きなさい。はいこれ」
「ん? なんだこれ。バスローブ?」
「着なさい。今すぐ」
顔を引きつらせるセリーナに、二人は首を傾げる。
「貴方達、全裸で世界中に生中継されてるわよ?」
「「はああああああああああ!?」」
二人の絶叫が、ウルルの頂上に響き渡った。
ケントたちは生きたままヘルの体内に吸収され再構築されたため服を着ていたが、ザラとレナは一度死んでおり、魂の根源から『肉体だけ』を一から再生したため、生まれたままの姿だったのだ。
しかも、ご丁寧に全世界のカメラが、最高画質で彼女たちの美しいプロポーションを捉え続けている。
「あっはっは! そりゃマズいな! ごめんな、変なのみせちまって!」
ザラは豪快に笑い飛ばし、カメラに向かってウインクを飛ばしながらバスローブを羽織った。
——ちなみに、この日を境に、全世界の思春期の男の子たちの性癖が『健康的なマッチョなお姉さん』へと書き換えられるという、新たな社会現象が起きることになる。
一方のレナは、真っ赤な顔でバスローブを羽織るなり、怒りの矛先を上空の真龍へと向けた。
「おりてこいトカゲぇぇぇッ!! 服くらい一緒に再生しろこのポンコツがァァァッ!!」
レナが全力で投げつけたメイスが、ヘルの硬い鱗にカァンッ!と虚しい音を立てて弾き返される。
人類がひれ伏す絶対神に向かって、バスローブ一丁でメイスを投げつける狂犬っぷり。
この日、『あの真龍様をトカゲと呼んだ美少女』として、レナは世界中の狂信者たちから新たな崇拝対象として神格化されることとなるのだが、それはまた別の話である。
「ほんと……お前ら、全然変わってねぇな……」
全裸放送事故という前代未聞の事態に腹を抱えて笑いながら、ケントはウルルの空を見上げた。
ノキアには帰れなかった。
だが、一番取り戻したかったものは、すべてここにある。
「……よし。地球で、一からやり直すか」
ケントの晴れやかな言葉に、セリーナも、ザラも、レナも、そしてナミも、最高の笑顔で頷いた。
七色の光が降り注ぐウルルの空の下、彼らの新たな——そして途方もなく騒がしい地球での日常が、幕を開けようとしていた。




