第48話:太陽の焔と無限の悲鳴
レイチェルが自らの汚物に沈み、惨めな悲鳴と共に動かなくなってから数分後。
死体と化した女を眼下に見下ろしたまま、ケントはゆっくりと生中継のカメラへ顔を向けた。
その瞳には、熱い憤怒など欠片も存在しなかった。ただどこまでも深く、暗い、底なしの静かな殺意だけが揺らめいている。
『……さあ、アメリカ国民よ。次はカウントダウンだ』
ケントの冷たい声が、世界中のスマートフォン、テレビ、街頭ビジョン、ラジオのスピーカーを通じて地球全土に響き渡る。
『逃げたあの金髪の男——エドワードを、今から二十四時間以内に捕獲するか殺せ。……できなければ、アメリカという国家そのものを地球上から消去する』
冷酷無比な最終通告。
その瞬間、合衆国全土は過去に例を見ないほどのパニックと絶望の渦へと叩き落とされた。
「エドワードを探せ! どこに隠れている! 奴を殺さなければ、俺たち全員が消されるんだぞッ!」
「逃がすな! 家族を守るんだ! アメリカ中のあらゆる穴ぐらを探し出せッ!」
国家の全機能が崩壊する中、暴徒と化した国民、警官、米軍の生き残りたちが血眼になってエドワードの行方を追った。
国家消滅のカウントダウンが刻一刻と刻まれていく恐怖。何十万人という人間が狂気の中で捜索網を広げ、ついに潜伏先が特定された。
ニューヨーク、地下鉄の地下線路網。
人間大の質量であり、かつ俊敏に動くエドワードは、複雑に入り組んだ地下網に身を潜めていた。
だが、居場所が判明したところで問題が生じた。
エドワードは高次次元空間を操る生きたオーパーツだ。生身の人間や通常の兵器で彼を捕獲、あるいは殺害することなど原理的に不可能だった。
残り時間はすでに一時間を切っていた。
アメリカという国家が消される——その極限の恐怖に正気を失った合衆国政府と米軍幹部は、正気とは思えぬ絶望的な決断を下した。
「通常兵器では届かない……! 捕まえられないのなら、あの領域ごと蒸発させるしかない!」
「だが、そこはニューヨークだぞ!? まだ二千万人以上の市民が——」
「国家が消滅するよりマシだッ! 撃て! 撃てぇぇぇッ!」
合衆国政府は、自国の最大都市であるニューヨークに向け、核ミサイルの発射ボタンを押した。
数分後。
まばゆい熱線とキノコ雲がニューヨークの大地を裂いた。
二千万人を超える自国民の命を一瞬で惨殺し、焦土へと変える合衆国の自爆劇。爆風と放射線が都市を壊滅させ、かつて世界の中心と呼ばれた街は、一瞬にして地獄の廃墟と化した。
だが——核の爆炎が収まった瓦礫の底で、エドワードは生きていた。
身体の周りに展開した次元空間によって核の熱と衝撃を虚無へ逸らし、ボロボロになりながらも彼は生き延びていたのだ。
「はぁっ……はぁっ……! 狂ってやがる……自分の国に核を落とすなんて……!」
瓦礫を押しのけ、血まみれの手で這い出そうとするエドワード。
その頭上から、静かな影が降り立った。
白銀の真龍ヘルパンギーナ。
巨大な龍の爪が、一切の抵抗を許さず、虚無の壁ごとエドワードの肉体をサクッと掴み上げた。
「な……離せ! 離せぇッ!」
逃げ場を完全に失ったエドワードは、そのまま空へと連行され、ケントの前に引きずり出された。
ケントは世界中に向けられたカメラの前で、暴れるエドワードを冷徹な目で見下ろした。
逃げ場のない焦土の真ん中で、全世界の人間が配信画面を食い入るように見つめている。
「……さて、終わりだエドワード」
ケントの声が静かに響く。
「お前にはこれから、太陽へ行ってもらう」
「な……太陽……!?」
エドワードが顔を蒼白にする。
だが、即座に己の能力を思い出し、虚勢を張るように歪んだ笑みを浮かべた。
「ハ、ハッ! 無駄だ! 私の体内には無制限の次元空間が存在する! 太陽の熱だろうが重力だろうが、エネルギーである限り私の次元が全て吸収し、相殺する! 私は絶対に死なんッ!」
どれほどの高質量、超高エネルギーであろうと、次元の壁で防ぎ切る。それがエドワードの絶対的な自負だった。
「防げるさ。お前が耐えようとする間はな」
ケントの瞳に、漆黒の殺意が宿る。
「だが、人間大の質量で太陽の真ん中に放り込まれれば、相殺しきれなかったエネルギーはお前の自我を少しずつ削り落としていく。……それまでにどれだけの時間がかかると思う?」
「なに……?」
「一瞬で終わらせるつもりはない。お前にはこれから、三つの『概念書き換え』を施す」
ケントはエドワードの顔を掴み、世界中のカメラに向かって、宣告するように淡々と言葉を紡いだ。
「一つ。『適応・麻痺』の消去」
エドワードの目が見開かれる。
「太陽の超高熱と桁外れの重力に対し、お前の肉体と魂から慣れや麻痺の感覚を完全に奪う。何万年経とうが、常に『生まれて初めて経験する初撃の激痛』として、お前の脳と魂を焼き続ける」
「ひっ……! や、やめろ……!」
「二つ。『体感時間』の引き延ばし」
ケントの冷ややかな声が、エドワードの精神を絶望で叩き切る。
「現実の時間での一秒を、お前の脳内では数万年レベルにまで引き延ばす。永遠に終わらない苦痛の渦の中に、お前を閉じ込める」
「やめろぉッ! 頼む、やめてくれぇッ!」
「そして三つ。『自己防衛エネルギー』の激痛変換」
ケントの指が、エドワードの額に深く食い込む。
「お前が存在を維持しようと抗えば抗うほど、お前の体内に潜む次元空間の防衛エネルギーが、そのままお前の全神経を内側から引き裂く激痛へと変換される。生きようと抵抗すること自体が、お前を終わりのない地獄へ叩き落とす仕組みだ」
「あ……ああぁぁぁぁぁッ!!」
狂乱し、許しを乞うエドワードの悲鳴。
ケントは一瞥もくれず、傍らに立つヘルパンギーナへ静かに短く告げた。
「……持っていけ」
「うむ」
ヘルパンギーナが真龍の威光を放ち、エドワードの全身にその三重の概念を刻み込んだ。
そして、そのまま空間転移で宇宙へ——そして太陽の灼熱の渦に向かって一直線に投げ飛ばした。
「嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
宙を切り裂いて飛んでいくエドワードの叫び。
ケントは空を見上げたまま、冷たく命じた。
「ヘル、あいつの思念波を拾え。音声へと変換して、世界中のFM放送の電波に乗せろ」
「承知した」
ヘルパンギーナが爪をかざすと、地球上のあらゆるFMラジオ、そして電波受信機器から、恐ろしいノイズと共に「生々しい声」が流れ始めた。
『あぁぁぁぁぁぁぁッ!? 熱い! 熱い熱い熱いッ!! 痛い痛い痛い痛い痛いッ!! 助けてくれぇぇぇッ!!』
太陽の核へと呑み込まれたエドワードの思念波。
現実の時間でわずか一秒。だが、彼の体感時間では数万年におよぶ「生まれて初めての激痛」が、絶え間なく脳と魂を焼き尽くしていた。
抵抗すれば次元エネルギーが己の神経を引き裂き、防ごうとすれば激痛が増幅する。
慣れることも、感覚が麻痺することもなく、絶え間ない激痛の嵐が、世界中のラジオから四六時中流れ続けた。
一日が過ぎ、一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎても、その悲鳴は途絶えなかった。
全米、そして世界中の人々は、ラジオから昼夜問わず流れ続けるエドワードの狂乱の声を聞きながら、震え上がっていた。
『殺してくれぇッ! 頼むから殺してくださいぃッ!! 生きててごめんなさい! ごめんなさいごめんなさいぃッ!!』
神を気取り、ザラとレナの命をあざ笑った男が、泥を啜るように生にすがり、殺してくれと泣き叫ぶ声。
そして——現実時間で二ヶ月が経過した頃。
『殺し……て……ごめんな……さ……』
ノイズの混じるラジオの奥で、哀れな泣き声は徐々に細くなり、やがてぷつりと途切れた。
体感時間にして幾千、幾万年という永劫の拷問の末、エドワードの意識と存在は完全に崩壊し、太陽の焔の中へと静かに溶けて消滅した。




