第47話:十メートルの密室と十日間の公開処刑
崩壊したワシントン、無数の屍が転がる瓦礫の広場。
WASPの最高幹部たちが自国の兵士や暴徒に引きずり出されて絶命した後、残された二人の「生きたオーパーツ」を、怒りと恐怖に狂ったアメリカ兵たちが取り囲んでいた。
「くっ……! 寄るな、下等生物共がッ!」
金髪の男、エドワードが顔を歪めて叫ぶ。
その身体の輪郭がぐにゃりと歪み、彼自身の体内に秘められた高次次元空間が周囲の位相を喰らい始めた。
「逃がすかッ! 撃てぇぇぇっ!」
兵士たちが一斉に銃撃を浴びせるが、放たれた弾丸はエドワードの周囲で屈折し、虚無へと消えていく。そのまま彼は、空間の歪みの中へとその身を滑り込ませて逃走を図った。
「ケント、追わなくていいの?」
傍らに立つセリーナが、腰の剣に手をかけたままケントを仰ぎ見た。
「ああ、いいんだ。どこへ逃げようと、世界中がお前を殺そうと目を皿にしている。恐怖で狂いそうになりながら逃げ回らせておけばいい。……本番はあっちだ」
ケントの冷ややかな視線は、逃げ遅れた——あるいは、逃げる必要すらないと高を括っていた女、レイチェルへと向けられていた。
パートナーであるエドワードに置き去りにされたというのに、レイチェルは不敵な嘲笑を浮かべ、胸を張っていた。
「ふん、逃げられたからって私を囲むつもり? 愚かなサルの群れね」
レイチェルが鼻で笑う。
「私の権能は『ベクトルの完全支配』よ! 運動、熱、衝撃——私に向かうあらゆるエネルギーの指向性を100%反転・反射する! 私に触れられる者など、この地球上に存在するはずがないでしょうがッ!」
絶対的な自負。
どんな攻撃であれ、自分に向かうベクトルが存在する限り、それをそっくりそのまま相手へ跳ね返して自滅させる。それが彼女が神を自称する根拠だった。
だが、ケントは激昂することもなく、ただ静かにセリーナへ視線を送った。
「セリーナ、例のやつだ」
「了解」
セリーナが取り出したのは、かつてハーンが誇った最高峰の防護魔道具——『絶対防御の宝珠』だった。
本来なら装着者を外敵の攻撃から守るための道具だが、その上に空から舞い降りた白銀の真龍ヘルパンギーナが、黄金の瞳を怪しく光らせて息を吹きかける。
概念の書き換え。
【内側からのあらゆるベクトル・運動・エネルギー・物質を100%遮断し、内部へ完全に反照する】
「何をしたの……!?」
レイチェルが胸騒ぎを覚えた瞬間。
彼女を中心に、直径十メートルにおよぶ巨大な『透明な球体』が急速に立ち上がり、彼女を空間ごと完全に閉じ込めた。
「なんなのよこれぇッ! 吹き飛びなさいッ!」
パニックに陥ったレイチェルが、自らの周囲のベクトルを爆発的に増幅させ、球体の内壁へと叩きつけた。直撃すれば高層ビル群すら一瞬で粉砕する超高圧の衝撃波。
しかし——
ドゴォォォォォォンッ!!!!!
「きゃあああああぁぁぁっ!?」
球体の外には、風のソヨとも届かなかった。
彼女が放った巨大な衝撃波は、反転した球体障壁の内壁で100%反射され、そのままレイチェルに向かって跳ね返った。
「な、なんですって……!? 反射するわッ!」
レイチェルは即座に権能を発動し、跳ね返ってきた衝撃波を再び壁に向かって反射した。
壁が跳ね返す。レイチェルが反射する。
壁が跳ね返す。レイチェルが反射する。
球体の内部で、超高圧の衝撃波が超高速で往復する——悪夢のような『無限ピンポン』が始まった。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!
「な、なにこれ……!? 終わらない……!? エネルギーが減衰するまで、ずっと反照し続けるの……!?」
レイチェル自身の物理攻撃が減衰しないため、彼女は己の能力を使って永久に反射運動を繰り返させられる破目になった。
生きたオーパーツである彼女の肉体はダメージを受けない。だが、絶え間なく押し寄せる衝撃と超音速の反射音が、彼女の全神経を容赦なく削り取っていく。
数分後。
ようやくエネルギーが自然減衰し、球体内の反照が収まりかけた。
「はぁっ……はぁっ……! や、やっと……終わっ……」
レイチェルが膝をつき、絶望的な息を吐き出した、その絶妙なタイミングで。
「ほい」
セリーナが、球体の内部に座標を設定して『風魔法』を撃ち込む。
「あ」
微かな風のベクトルが、結界の内壁に触れた瞬間——
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!!
「ぐっぁぁぁぁぁぁぁッ!? また始まったぁぁぁぁっ!」
壁が返す。レイチェルが反射する。
再び巻き起こる無限反射の嵐。
「こういう事だ」
ケントが冷ややかに球体を見上げた。
「息が整いそうになったら、風でも、気でも、土でも、火でも、爆鳴気でも、何でもいいから少しずつ放り込めばいいのさ」
「こうやって定期的に小突き続ければ、あいつは永遠に反射を強制されて一秒も寝られないって事ね」
セリーナが不敵に笑う。
不眠不休。食事なし。
そして、逃げ場のない直径十メートルの球体の中で、水と土が混ざり合い、徐々に水位を上げていく。
当然、トイレなど存在しない。
排泄をその場でするしかなく、やがて襲い狂う猛烈な喉の渇きに耐かねたとき、彼女は自らが流した排泄物が混ざり込んだ泥水を、自らの手で掬って飲まなければ生きていけない。
「ちえ、聞こえるか?全世界に配信をつなげ」
「全ライン、生中継を開始しました」
ケントが、カメラのレンズに向かって冷酷に通告した。
「世界中よく見ておけ。神を気取って俺の大切なものを奪った女が、自分の能力に首を絞められ、自らの汚物に塗れて惨めに壊れていく十日間をな」
「やめてぇぇぇぇッ! 見ないで! 世界中に見せないでぇぇぇぇっ!」
プライドを完全に打ち砕かれたレイチェルの絶叫が、球体の中でむなしく反照した。
世界中の人々が、スマートフォンやテレビの画面を通じて、その「公開拷問」を絶句しながら見守った。
一日目。レイチェルは狂ったように無限反射を繰り返し、疲弊で白目を剥きながらも絶叫し続けた。
三日目。球体の底に泥水が溜まり始め、睡眠を一切奪われた彼女の顔は幽鬼のようにやつれ果てた。
五日目。極限の空腹と喉の渇き、そして排泄の限界を迎えた彼女は、全世界が見つめるカメラの前で失禁し、狂乱の末に己の汚物交じりの泥水に顔を突っ込んで啜った。
八日目。首まで濁った泥水に浸かった彼女は、濁った瞳で「ごめんなさい、生きててごめなさいたすけて」と、声にならない口パクで許しを乞い続けた。
そして——十日目。
溜まりきった泥水の中に、完全に動かなくなった女の死体が、ぷかぷかと浮いていた。
「神」を自称し、ザラとレナの命をあざ笑った「生きたオーパーツ」の、見る影もない惨めな末路。
世界中が静まり返る中、ケントがカメラの前に立った。
その瞳には、十日間を経ても一切薄れることのない、底なしの漆黒の殺意が燃え盛っていた。
ケントは冷酷な眼光で画面の向こうの全人類——そして、狂乱に陥っているアメリカ国民を見つめ、静かに言い放った。
『……さあ、アメリカ国民よ。次はカウントダウンだ!』
ケントの低い声が、地球上のあらゆるスピーカーから響き渡る。
『逃げたあの金髪の男——エドワードを、今から24時間以内に捕獲するか殺せ。……できなければ、アメリカという国家そのものを地球上から消去する』
残された時間、二十四時間。
国家消滅の恐怖に狂った全米を舞台に、最後の地獄の幕が切って落とされた。




