第46話:崩壊する覇権と白日の下
ハワイ諸島の完全消失と、北米西海岸を襲った絶望的なメガツナミ。
そして、世界中に響き渡った魔王の冷酷な通告。
『あの作戦に関わったすべての関係者とかかわりあうな。家族ともだ。食料も売るな、病院も受け入れるな、離婚してなきゃ子供を学校にも行かせるな』
その言葉は、合衆国という国家の全土に、絶対的な感染毒となって広がっていった。
「おい……聞いたか? 相手は神でも悪魔でもない、ハワイを瞬時に蒸発させる化け物だぞ」
「関係者と関わるだけで、俺たちの家族まで食料も医療も拒絶されて餓死させられるんだ……!」
全米各地で、かつてない規模の狂乱とパニックが巻き起こった。
昨日までWASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の老紳士たちに媚びを売り、その膨大な富と権力に平伏していた者たち——米軍の将校、警察幹部、連邦議員、そして民間軍事会社(PMC)の兵士たち。
彼らは一瞬で悟った。
自分たちがどれほど忠誠を尽くそうと、あの東洋の魔王の前ではWASPの金も権力も何の盾にもならない。そして、このままWASPに従い続ければ、自分たちだけでなく、大切な家族全員が地球上から排斥され、地獄の苦しみを味わうことになるのだと。
「……家族を守るぞ」
最初に動いたのは、WASPの地下要塞を警護していたPMCの兵士たちだった。
「隊長! どこへ行く!? 契約違反だぞ!」
「うるせえ! 俺にはワシントンに妻と娘がいるんだ! あの化け物に『家族もろとも死ね』と言われて、誰がお前ら老いぼれの道連れになるかよッ!」
ババババババッ!!
凄惨な発砲音が地下通路に響き渡った。
雇われていたはずの最鋭の兵士たちが一斉に銃口を反転させ、自分たちに指示を出していたWASPの末端役員や研究員たちを次々と射殺し始めたのだ。
それだけに留まらない。
米軍の各部隊はワシントンからの全命令を拒否。警察機構は完全に崩壊し、街には「WASP関係者のリスト」を手にした暴徒と化した市民があふれ返った。
「WASPの隠れ家はどこだ! 奴らを差し出さなきゃ俺たちが殺される!」
「あいつらのせいだ! あいつらが日本の神子神社を怒らせたからだ!」
全米規模の凄惨な内戦の勃発。
昨日まで世界を陰から支配し、高みの見物を決め込んでいたWASPの老紳士たちは、自分たちが飼い慣らしていたはずの「アメリカそのもの」によって、狩られる側に叩き落とされた。
深度五百メートルの対核地下シェルター。
重厚な密室に潜んでいたWASPの最高幹部たちは、外から聞こえる凄まじい爆発音と怒号に、顔を真っ白にして震えていた。
「な、なぜだ……!? 米軍は何をしている! PMCの増援はどうした!?」
「だ、ダメです! 警護部隊が反乱を起こしました! 外部の米軍も我々を拘束するために突入してきます!」
「馬鹿な……! 我々はアメリカの真の支配者だぞ!? 奴らは我々の金で飯を食っていたのではないのか!?」
白髪の老人が金切り声を上げた、その瞬間。
ドドォォォォンッ!!
シェルターの防圧扉が、熱切断トーチと爆薬によって力任せに吹き飛ばされた。
硝煙の中から踏み込んできたのは、血と汗に塗れた米軍の特殊部隊と、憤怒に目を血走らせたPMCの兵士たちだった。
「ひ……ひぃぃっ! やめろ! 金ならいくらでも——」
「黙れ、老いぼれが!」
将校が一歩踏み出し、老人の髪を掴んで力任せに床へ叩きつけた。
「お前たちの身勝手な実験とプライドのせいで、ハワイが消え、西海岸が呑まれたんだ! これ以上、俺たちの家族を巻き込んでたまるかッ!」
「離せ! 無礼者! 私は——」
「カメラを回せ! 世界中に生中継しろ!」
兵士たちが、カメラのレンズをWASPの老紳士たちに向けた。
白日の下に引きずり出された「世界の黒幕」たち。
彼らは何百万人という市民が見つめる中、生中継のカメラの前で、昨日まで下等生物と見下していた自国の兵士や民衆の手によって、次々と首を跳ねられ、惨めな悲鳴を上げながら処刑されていった。
「神子神社へ伝えろ! 黒幕は全員処刑した! だから……だから俺たちの家族には手を出すなァァァッ!」
将校がカメラに向かって、血吐くような悲鳴を上げて叫ぶ。
その生中継の映像を、日本の神子神社の社務所で、ケントは冷ややかな目で見つめていた。
「……フン。自業自得だな」
ザラとレナを奪った元凶たるWASPは、魔王が自ら手を下すまでもなく、己が作り上げた覇権国家の狂気に呑み込まれて全滅した。
そして。
崩壊したワシントンの瓦礫の中。
WASPという後ろ盾も、米軍という盾も、国家という庇護もすべてを失い、完全に孤立無援となった二人の姿があった。
金髪の男、エドワード。
そして、冷ややかな青い瞳の女、レイチェル。
「……どうするのよ、エドワード」
レイチェルの声が、微かに震えていた。
周囲を囲むアメリカ兵たちも、市民たちも、もはや誰一人として彼女たちを味方とは見ていない。全員が「この二匹のバケモノさえいなくなれば」という殺意の視線を向けている。
ケントが、画面の向こうの二人に向けて、静かに通告した。
「……さて。黒幕の片付けは終わった」
ケントの目が、妖しく光る。
「次はお前たちだ、生きたオーパーツ」
逃げ場を完全に失った二人の前に、絶対の絶望が迫っていた。




