第43話:アメリカの昏き心臓と無邪気にはしゃぐ猿たち
アメリカの首都ワシントンD.C.。
テレビのニュース画面では、ホワイトハウスでの前代未聞の失態――松本賢人による大統領への脅迫と、全世界に生中継された「謎の耳スマホ」の映像が、形を変えながらも世界中を駆け巡っていた。
表向きの政治家やメディアはパニックに陥り、コメンテーターたちが「国家の威信が失墜した」「日本に屈服した」とヒステリックに叫び立てている。だが、それらの喧騒はすべて、表層の波に過ぎなかった。
都心の喧騒から遠く離れた、歴史ある古風な洋館の地下。
分厚い防音ガラスと重厚なマホガニーの扉に閉ざされた密室で、チェスの駒が静かに動かされていた。
そこに集まっているのは、選挙という茶番で選ばれる道化どもではない。アメリカ合衆国建国以来、金融、軍需産業、そして国家の根幹を裏から牛耳ってきた真の支配者層――WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)の最高幹部たちだった。
「……最近、サルどもが随分と派手にはしゃいでいるらしいな」
白髪を綺麗に整えた老紳士が、ワイングラスを傾けながら低く呟いた。
その言葉に、向かい側に座る冷徹な眼差しの男が鼻で笑う。
「うむ。あの道化のトランプどもに預けていた、出来損ないの実験体共――ミソルだのパミルだのを叩いたとかで、狂喜乱舞しているそうだ。いかにも浅ましいことだな」
「あの国のボス猿……日本の首相や、調子に乗っている神子神社の連中は?」
「制御できない癖に、『我が国の戦力が』などとほざいているらしい。自分たちが飼われてることすら忘れて、キーキーと吠えることしか能がない下等生物の悲しい性だ」
部屋の空気が、冷ややかな嘲笑の色を帯びる。
老紳士はグラスをテーブルに置き、わずかに顎をしゃくった。
「では?」
「そろそろ、我々が直接手入れをしなければならん。猿に100億ドルもの莫大な富を与えるなど、バナナ代には多すぎるわ。調子に乗らせすぎた」
老人のその一言で、部屋の隅に控えていた二人の人物が微動だにせず一礼した。
一人は黄金色の髪を美しく束ねた長身の男。もう一人は、冷ややかな青い瞳を宿した均整の取れた美女。どちらも人間離れした美しい容姿を持ちながら、その全身からは、周囲の空気を凍りつかせような圧倒的な殺気と、命を命とも思わない選民思想の澱が漂っていた。
「聞いたな?」
老紳士が、冷徹な声で告げる。
「関係者をすべて消せ。見せしめだ。一般人に見られても構わない。あの程度の猿どもに、我々の慈悲を見せる必要などないのだからな」
「――御心のままに」
男女は深く一礼すると、音もなくその部屋を後にした。
世界を裏から支配する者たちの冷酷な遊戯が、いま、静かに動き出そうとしていた。
*
一方その頃、日本。
世界中を揺るがしたホワイトハウス襲撃事件から数日後。
東京・神子神社の関連施設の一角で、松本賢人は両手を広げて大の字になり、豪勢なソファーに沈み込んでいた。
「よーし! アメリカから巻き上げた莫大なお金が、続々と口座に振り込まれてるぜーっ! これぞまさに濡れ手で粟、大勝利ってやつだな!」
世界配信での大ダダ滑り事件によって心に深い傷(黒歴史)を負ったケントだったが、男のロマンである「札束の暴力(莫大な賠償金)」を目の前にして、その精神力は驚異的なスピードで回復を遂げていた。
テーブルの上には高級腕時計や特注のカスタムカーのカタログ、さらにはゲームや趣味のグッズが山のように積み上げられており、まさに「買い物三昧」の真っ最中である。
「ケント様、少しは落ち着いてくださいませ……。いくらお金が入ったからといって、そんなに次から次へと趣味のものを買い漁るのはどうかと思いますよ」
呆れたような、しかしどこか甘い笑みを浮かべながら、側近のちえが書類の束を片手にため息をついた。
だが、そのちえの表情は決して暗くない。むしろ、その手腕は絶好調だった。
「何言ってんだ、ちえ。勝者の余裕ってやつだよ。それに、お前だって稼ぎまくってんだろ?」
「私は私で、忙しいんです。ほら、見てください」
ちえが提示したタブレット画面には、『神子財団(仮)』の設立と、その大々的な社会貢献事業のニュースが映し出されていた。
これまでの騒動や、神子神社と敵対勢力の戦闘によって被害を受けた一般市民やインフラの復旧支援はもちろんのこと、日本各地で発生した自然災害の被災地に対する莫大などん底からの救済資金の提供など、矢継ぎ早にクリーンな支援活動を打ち出している。
「ほう……? なんか急に聖人みたいなことやってんな、ちえ」
「当然です。暴力と恐怖だけで支配するのは三流のやり方です。私たち『神子神社』が世界を圧倒する武力を持つと同時に、国家が救えなかった人々を救済する唯一無二のセーフティネットとして機能すれば……民衆は自然と私たちを『神』として崇め、頼るようになります。結果として、私たちのイメージアップは完璧に完了し、政府も海外の機関投資家も、私たちに逆らう口実を完全に失うのです」
不敵に微笑むちえの姿は、もはや完璧な政商のそれだった。
その横で、ザラが大剣のメンテナンスをしながら鼻を鳴らす。
「ふん、面倒くさい回りくどいことをするもんだねぇ。力でねじ伏せればそれで終わりじゃないのかい?」
「ザラさんは少し黙っていてください。暴力は外交の最終手段であって、最初に見せるものではありません。……もっとも、ケント様がホワイトハウスで余計な『スマホ芸』を披露しなければ、もっとスマートに終わっていたのですが」
「ぐっ……! それは言うな、ちえ! あれはこう、場の空気を和ませようとした高度な高等戦術というか……!」
「あんな見事な大滑り、歴史の教科書に載せたいレベルでしたよ」
茶化すちえと、顔を真っ赤にして言い訳するケントのやり取りに、レナが「ケント様の変態的な滑り芸も、愛おしいです……♡」と謎の方向で感動の涙を流している。
何とも平和で、いつもの賑やかな日常がそこにあった。
――彼らが、ほんの一瞬前まで油断していたその代償に気づくまでは。
*
成田国際空港。
喧騒に包まれる国際線の到着ロビーから少し離れた特別レーンに、一機の見慣れない超大型プライベートジェットが滑らかに滑り込んできた。
アメリカの最高峰技術と富の粋を集めたその機体からは、一般の乗客の姿は一切見えない。
タラップが静かに下ろされ、そこから降りてきたのは、先日、ワシントンの地下密室で指令を受けた金髪碧眼の男女だった。
男――エドワードは、周囲を一瞥もしない傲岸不遜な足取りでタラップを降りる。
その隣で、女――レイチェルは、ふっと小さく眉をひそめ、上品な細い鼻にしわを寄せた。
「……ねえ、エドワード。なんだかこの国の空気、変な匂いがしない?」
「匂いかい?」
「ええ、なんだかこう……ソイソースの匂いがするわ。不快だわ、まったく」
レイチェルの言葉に、エドワードはフッと冷笑を浮かべ、肩をすくめてみせた。
「仕方ないさ。サルどもは自分たちの不潔な食文化が世界に蔓延していることにも気づいていないんだからね。味覚音痴のサルに、上質なワインや料理の味が分かるはずもない」
「貴方はいつも日本人に甘いというか、興味がないのね」
「まさか。犬や猫と同じだと思えばいいのさ。自分でトイレができる分、猿どもはいくらか『飼いやすい』だろ?」
二人は心底くだらなそうにクスクスと笑い合うと、待ち受けていた米国大使館所属の漆黒の最高級リムジンへと乗り込んだ。
運転手が畏まった態度でドアを閉め、車は静かに、しかし底知れぬ殺意と圧倒的な特権階級の暴力性を孕んだまま、東京の夜の首都高へと走り出していく。
日本の平和な日常の裏側で、真の「絶望」が、音もなく静かに牙を剥こうとしていた。
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*ヒューマンドラマや愛の物語、切ない話だけ集めました
『夜の終わりに胸を刺す、人間と愛の物語 ~風の通り道、そして「月が綺麗ですね」』
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