第42話:サイコ女神と剣神と破壊天使と、スベる魔王
午後八時。合衆国首都、ワシントンD.C.――ホワイトハウス正面玄関前。
神子神社からの直通ゲート『次元の揺らぎ』を抜けた俺たちは、夜の闇に浮かび上がる白亜の邸宅を前に立ち並んだ。
今回、ヘルはお留守番だ。日本全土の防衛と、神社の護衛としてバリアを任せている。
こちらの布陣は四人。スーツ姿の俺。漫画に出てくるような全身レザーのファンタジー女剣士姿のザラ。マリリン・モンローを思わせる白いドレスを纏ったレナ。そして、ワンショルダーのスリットが入ったボディコンシャスなドレスを着たセリーナ。
そんな俺たちに向けられているのは、無数の銃口だった。
「止まれ!」
ホワイトハウスを囲む鉄柵の内側には、完全武装のシークレットサービスや特殊部隊員が五十人以上、分厚い壁のように展開していた。
「……あのさ。放送見たろ? 大統領に会いに来たんだわ」
「動くなさもな――」
「もういいか、セリーナ?」
「ええ」
俺が声をかけると同時、セリーナが両手に『鬼椿聖の日本刀』を現出させ、警備のど真ん中へと突っ込んだ。
「なっ――」
常軌を逸したスピードに、警備陣が完全に翻弄される。
密集陣形の中央に飛び込まれたことで、彼らは同士討ちを恐れて引き金を引けない。その数秒の躊躇いが、彼らの命数だった。
凄惨な双剣の舞。
ある者は縦に、ある者は横に両断され、首が宙を舞う。五十人はいたはずの精鋭部隊は、瞬く間に細切れの肉塊と血の海へと変わった。
「ふふっ……」
セリーナは極めて妖艶な笑みを浮かべ、刃に付いた血を舌でペロリと舐めて嗤った。
鉄柵の外側に、たまたまホワイトハウス前から中継していたテレビカメラがあった。事の一部始終が、全世界に生放送で流れてしまっている。
カメラに気づいたセリーナが、ゆっくりとそちらへ歩み寄った。
キャスターやスタッフたちは、ガチガチと歯を鳴らし、完全に失禁して固まっている。セリーナは彼らの目の前まで行くと、パチンとウィンクし、口の端を上げてニヤリと嗤って踵を返した。
その時だった。
血の海と化した庭園の奥から、新たな集団が現れた。
十数体の戦闘兵器『ミソル』。そして、その奥に控える三人の男たち。彼らの肉体の内側からは、尋常ではない魔力のうねりが立ち上っている。
「チッ……」
ザラが大剣を担いで前に出た。
ミソルたちが一斉に襲いかかってくる。だが、今のザラにとってあんなものは相手にもならない。
ザラが一歩踏み込み、先頭のミソルを大剣で斬り捨てようとした――その瞬間。
(……この間の奴か)
ザラは、奥にいるパミル・セカンドたちから放たれる『気配』に気がついた。
パミル・セカンドの一人が手をかざし、ザラとミソルの間に『次元の揺らぎ』を展開させる。こちらの攻撃座標そのものを消し去る防御権能だ。
「もうお前の攻撃はつうじな……」
パミル・セカンドが勝ち誇ったように宣言した、その直後だった。
ゴフッ、と。
男たちが、突如として大量の血反吐をぶちまけ、その場に崩れ落ちた。
「一回見ればタネは分かるよ」
ザラは、大剣を構えた姿勢のまま冷たく吐き捨てた。
パミル戦での反省だ。相手が『次元の揺らぎ』で防ぐよりも早く、魔法剣士であるザラは、彼らの体内に直接座標を指定して魔法を発現させていた。
「防ぐ前にアタシに攻撃してりゃ、チャンスもあったろうに。戦いが下手過ぎる、実戦が足りないね」
防御を展開する前に内臓を焼かれ、絶望の中で息絶えるパミル・セカンドたち。
ザラは残った十数体のミソルを、大剣で撫でるように、あるいはただの重い鉄塊として叩き潰し、あっという間に全滅させた。
そして、返り血のついた大剣を肩に乗せ、腰に手を当てて、テレビカメラに向かってニヤリと笑った。
「じゃあ後はわたしがー」
続いて、レナがホワホワとした感じでカメラに言い残し、歩き出した。
彼女の手に二十トンの『戦車砲塔メイス』が握られる。
ズッ、ガァァァァァァァンッ!!
レナがメイスを振るうたびに、歴史あるホワイトハウスが粉砕されていく。
「こっちこっちー」
レナは、瓦礫の山となった大統領府の廊下を進みながら、テレビクルーを手招きした。テレビスタッフたちは完全に『無の顔』になって彼女の後を付いていく。
一階部分をほぼ粉砕しながら進むと、奥にひときわ頑丈な鋼鉄の扉が現れた。地下シェルターへの入り口だ。
レナが思いっきりメイスで殴りつけると、分厚い扉がベコッと大きくひしゃげた。
「レナ、もういいぞ。ご苦労さん」
「はーい、ケント様ー♡」
俺が声をかけると、レナはカメラに向かって愛嬌たっぷりに投げキスをした。
さて、俺の番だ。
(……やべえ、おれ何すりゃいいんだよ)
嫁たちの世界デビューが完璧すぎて、俺の心臓は嫌な汗でバクバク鳴っていた。
とりあえず、この扉を開けるか。
俺はひしゃげた鋼鉄の扉に手を触れた。
能力値1の『収納魔法』。だが、回数制限はない。対象を扉の極一部に限定し、連続で収納しまくればいい。
パラパラと鋼鉄が削り取られ、数秒後にはシェルターの扉は綺麗に消滅していた。
奥の部屋には、シークレットサービスやスタッフ、そして大統領が青ざめた顔で震えていた。
「さて、大統領。返事はどうしたかな?」
俺は、できる限り冷酷な声で尋ねた。
「ぎ、議会がまだ……」
大統領が震える声で答えた瞬間。
俺は無造作に手を伸ばし、大統領の右耳をブチッと引きちぎった。
「ぎゃああああああああっ!?」
「ふん。良いこと教えてやろう。議会で『反対したら消えるよ』って言ってやれよ。それで反対する奴は『消える』から」
悲鳴を上げる大統領を見下ろし、俺はさらに告げた。
「とはいえ、さっき日本から連絡が来たが……神子神社を狙って、在日米軍を動かしたって?」
「い、いえ!? その、間違いで……!」
「じゃあ今すぐ撤回命令出せ」
俺が凄むと、スタッフたちが震える手で慌てて手配を始めた。
「とはいえ、罰はいるよな」
俺は、大統領のもう片方の左耳もブチッと引きちぎった。
「あぎゃあああああああああっ!!」
「では、三日以内に送金するように」
俺はふと、背後で回っているテレビカメラに気がついた。
(やべえ、何すりゃいいんだ……!)
パニックになった俺は、床でうずくまる大統領の手に、引きちぎった右耳を持たせてスマホのような形に握らせた。そして自分も片方の耳をスマホのように持ち、耳に当てて、カメラに向かって引きつった笑顔を作った。
「じゃ、じゃあ……このスマホで連絡ちょうだいネ!」
静寂。驚くほどの静寂。
全世界規模での、ビックリするくらいのダダ滑りであった。
「……あちゃー」
ザラが額に手を当てて天を仰いだ。
「ケント君……」
セリーナが、昔に戻って生暖かく見つめている。子供のやらかしを見るような、痛々しい目線だ。
(滑ったケント様……アリよりのアリね!)
レナだけは、謎の変態性を発揮して身悶えしていた。
同じ頃、日本の神子神社。
モニター越しにその世界配信を見ていた安倍や三木、ちえは、全員揃って見なかったことにしていた。
そして、神社へ向かってきた米軍をアッサリと返り討ちにして防衛を果たした真龍・ヘルパンギーナは、隣にいるナミちゃんに、画面の中の俺を指差して真顔で説教をしていた。
「ナミ。ああいう大人になってはいかんぞ?」
「うんっ!」




