第41話:ヘルの概念書き換えと安倍ちゃんの世界デビュー
午後五時。神子神社の社務所。
無事にアメリカ本土への直通ゲートを開く手段を確保した俺たちは、そのまま今後の戦略会議に入っていた。
相手は世界最強の軍事国家だ。大統領の首を物理で狙えるようになったとはいえ、相手の手札を知り、こちらの防御を固めておくのに越したことはない。
「で、ヘル。お前、結局のところ今の状態でどこまでできるんだ?」
俺が麦茶をすすりながら尋ねると、ヘルはドロップを舐めながら偉そうに腕を組んだ。
「ふむ。そもそも我ら真龍とは、各地の次元や世界に存在する『真理』そのものじゃ。かりそめの肉体が滅びようと、次元を超えて再誕を繰り返す。この地球がある宇宙でも、本来ならどんなことでもできるのじゃが……」
「が?」
「いかんせん、今はリソースが分散しておってな。いつか他の我と一体になるまでは、大したことはできん。だいぶ地球の魔素も使えるようになったが、まあ『転移』と『変化』と『飛行』、あとは『劣化ブレス』くらいかのう」
「それはそれで大したもんだけどな」
ザラが苦笑する。実際、パミルのようなチートを破る転移能力だけでも破格だ。
「俺らが持ってる障壁みたいな、物理的なバリアはどうだ? アメリカの軍事攻撃を弾けるか?」
「うむ、この神社くらいなら大丈夫じゃぞ」
ヘルが胸を張るが、俺は少し考え込んだ。
「神社くらいかぁ……。アイツら、逆ギレして核兵器とか撃ってこないよなあ」
「かくへいき?」
ヘルだけでなく、ザラ、レナ、セリーナも不思議そうに首を傾げた。魔法が存在しないこの星の兵器など、彼女たちにはピンとこないらしい。
「ちえちゃん、ちょっと映像出してやってくれ」
「はい。……これが、過去に行われた核実験の記録映像です」
ちえちゃんがタブレットを操作し、社務所の大型モニターに映像を映し出した。
カウントダウンと共に、砂漠のど真ん中で閃光が弾ける。数千度の火球が膨張し、爆風がすべてを薙ぎ払いながら、天を突くような巨大なキノコ雲が沸き上がった。
「「「な、な、なんじゃこりゃあ!?」」」
ノキア組とヘルが、一斉に目玉が飛び出そうなほど目を見開いた。
「我の全力のブレスに近いではないか!? 魔法もない星で、どうなっとるんじゃ!」
ヘルがモニターに張り付いて叫ぶ。
沙織ちゃんが、少し青ざめた顔で補足した。
「恐ろしいのは威力だけじゃありません。爆発した後に残る『放射能』という毒が、数十年単位で土地を汚染して、生き物を死に至らしめるんです。もし東京に一発でも落ちれば、この国は終わります」
その説明に、さすがの嫁たちも深刻な顔で黙り込んだ。
いかに俺たちの個人の戦闘力が高くても、日本全土を物理バリアで覆うことは不可能だ。報復で国ごと焼き払われては元も子もない。
だが、モニターをじっと見つめていたヘルが、ぽつりと呟いた。
「……なんじゃ。ただの物理現象ではないか。なら、その『うらん』とやらの『概念』を書き換えてしまえばいいんじゃ」
「概念?」
「うむ。ちえに聞いたが、この世界だと物質の性質を決めるのは『陽子』の数じゃろ? その『うらん』とか『ぷるとにうむ』とやらの陽子を、少し増やしてやれば爆発もしまい?」
ヘルは、煎餅をかじりながらあっけらかんと言い放った。
「物理的に弾くのは魔力を食うが、飛んできた特定の物質の『概念』を書き換えるだけなら造作もない。この国くらいなら、今の我の力でも全部覆えるし、領空に入った瞬間に陽子を増やしてただの鉄屑に変えてやれるぞい」
……沈黙が落ちた。
「……あのさ、ヘル」
俺は、引きつった顔で尋ねた。
「ひょっとしてお前、その気になれば、この星の空気の陽子を弄って世界を滅ぼせるんじゃないか……?」
「うむ、いつでも滅ぼせるぞ?」
悪びれもせず、真龍はニカッと笑った。
「じゃが、お主らが死んだら我も死ぬしな。それにナミやちえや三木、神社の皆のことは好きじゃから、滅ぼさんし、ちゃんと守ってやるわい!」
規模がデカすぎて、全員が完全にドン引きしていた。
しかし。
ただ一人、レナだけはヘルの首根っこをガシッと掴んだ。
「お前、その位で調子に乗ることが許されると思ってんのか? あん?」
「ひぃっ!? な、なぜ怒られるのじゃ!?」
「当たり前だ! その位で覗きの件がチャラだと思うなよ?!」
「ヘルちゃん虐めないでー!」
ギャーギャーと騒ぐレナとヘルをナミちゃんが止めに入るという、いつもの光景。
良くも悪くも、レナには星の存亡より『ケント様との生活』の方が大事らしい。頼もしい限りだ。
「まあ、これで日本への核攻撃の心配はなくなったわけだ」
俺はパンパンと手を叩いて、全員の注目を集めた。
「憂いもなくなったことだし、きっちりとワシントンに行って、あの大統領から迷惑料を回収してこよう。ちえちゃん、例の声明文と映像の準備は?」
「はい、完了しています。いつでも世界中のネットワークに割り込めます」
「よし。要求はこうだ」
俺は指を折って数え上げた。
「一つ、今回の襲撃を止められなかった連中の処分と、ペンタゴン(国防総省)を更地にすること。二つ、迷惑料として百億ドル(約一兆五千億円)を直ちに支払うこと。三つ、ケジメとして大統領の『耳』を物理的に置いていくこと」
「良いねぇ。悪役っぽくなってきたじゃないか」
ザラが楽しそうに笑う。
「支払いが遅れるごとに、アメリカが保有する原子力空母と潜水艦の動力を一つずつ航行不能にしていく。また、この混乱に乗じて日本に手を出そうとした国のトップは、例外なく俺たちが殺しに行く。……これを、世界に向けて宣言する」
「完璧ですね。では、実務トップの『彼』に配信を始めさせましょう」
ちえちゃんがキーボードを叩く。
*
その数分後。
世界中のテレビ局の電波がジャックされ、すべてのニュース番組の画面が、一つの不気味な映像に切り替わった。
『――合衆国政府、ならびに全世界の国家元首に告ぐ』
薄暗い和室の中央。
葵神商事の実務トップ――安倍ちゃんが、カメラの前に立っていた。
彼はスーツ姿だが、その顔には九州の『にわか面(半面)』を、無駄におどろおどろしくアレンジした和紙製の怖い仮面を被っている。
『我々、神子神社並びに葵神商事は、我々への度重なる理不尽な干渉に対し、相応の報復を行う』
低く加工された声で、百億ドルの請求と、ペンタゴンの更地化、空母の無力化という人類史上最悪の脅迫が、世界中に響き渡る。
だが、世界中の首脳を最も震え上がらせたのは、声明の内容以上に、安倍ちゃんの背後に直立する『護衛たち』の姿だった。
それは、ヘルの魔力で限界までブーストされ、禍々しいオーラを放つ筋骨隆々の『青面金剛(式鬼)』たちだ。彼らの手には、身の丈ほどもある極悪な大剣や戦斧が握られている。
そして、その式鬼たちの顔は、どれも恐ろしく歪み、微かに震えていた。
――世界には、それが「今すぐにでも暴れ出したくてウズウズしている、血に飢えた修羅の形相」にしか見えなかった。
(ひ、ひぃぃ……早く終わってくれ……怖いよぉ……)
(なんで僕たち、こんな恐ろしい剣を持たされてるの……)
実際には、気が弱い式鬼たちが、ヘルの魔力にあてられて泣きそうになっているのを必死に我慢しているだけの「半泣き顔」なのだが、映像フィルターと仮面の男の相乗効果により、彼らは地獄から這い出た最悪のテロリスト軍団として全世界の歴史に刻まれることとなった。
「おっ、安倍ちゃん頑張ってんじゃん。式鬼たちもいい顔してるな」
俺は社務所のテレビを眺めながら、バリッと煎餅をかじった。
「さて、それじゃあ世界中がパニックになってる隙に、デリバリーのお届けと行くか」
俺は立ち上がり、ヘルの開いた『次元の揺らぎ』――星条旗のはためくホワイトハウスの正面玄関へと、ゆっくりと足を踏み出した。




