第3話:アメックスゴールドの悲劇と、平和な世界のファミレス
現代日本において、半裸に近いファンタジー装備の美女三人を連れて外を歩くのは、社会的な自殺行為に等しい。
俺は「絶対に出歩くな」と三人に厳命し、一人で近所のユニクロへと走った。
目的は、とりあえず現代に馴染むための最低限の服と、彼女たちの女性用下着の調達である。異世界で長年夫婦として連れ添ってきた俺は、三者三様の完璧なスリーサイズを完全に把握していた。
しかし、四十三歳の中年太りのおっさんが、真剣な顔で女性下着コーナーを徘徊し、年齢も体型も全く違う三人分のブラジャーとショーツ、さらにはセットアップの服をカゴに放り込んでいく姿は、店員から見れば完全に異常者だっただろう。
レジ打ちをしてくれたパートの女性店員が、軽蔑と、どこか畏怖の入り混じった目で俺を見ていたのを忘れない。きっとあの店舗では、俺は『妄想で三人の女を囲う謎の勇者(あるいはヤバいパパ活おじさん)』として語り継がれることだろう。
ともあれ、無難な服に着替えさせることには成功した。
ただの量販店の服だというのに、中身が絶世の美女となれば、まるでパリコレモデルのように見栄えがする。俺はそんな三人とともに、電車に乗って隣町の大きなデパートへと向かう。
電車に乗ったザラが興奮した。そしてセリーナに叱られてた。
俺とレナは他人の振りをしていた。
デパートは、俺にとってまさに地獄だった。
華やかなブティックに足を踏み入れた瞬間、店員たちは目の色を変えて彼女たちに群がる。次から次へと新作の服を勧められ、試着室から出てくるたびに、俺の妻たちは輝くような笑顔を向けてくる。
「ケント、この服、すごく動きやすくて良いわ。似合うかしら?」
「旦那! これ、アタシの肌の色に合ってるだろ!」
「ケント様ぁ! このフリフリ、すっごく可愛いですぅ!」
周囲の客の視線を釘付けにするほどの美貌で、こんな風におねだりされて、断れる男がこの世にいるだろうか。いや、いない。完璧な反語の美しさだ。
俺は震える手で財布から楽〇カードを取り出す。
『――申し訳ありませんお客様。こちらのカード、限度額を超えるようでして……』
店員の申し訳なさそうな声が、死刑宣告のように響き渡る。
そうか、50万円では足りないのか……
俺は脂汗を流しながら、財布の奥底に封印していた一枚のカードを引き抜く。見栄だけで持っている、年会費の高いアメックスのゴールドカードである。リボ払いや分割がしづらい、漢の『一括払い専用』凶悪兵器だ。
決済完了のサインをしながら、俺の心は血の涙を流す。
総額百万円超え。バツイチの俺にとって、前の妻と別れた時の『離婚の弁護士費用』以来となる、人生最大級の超高額出費。これらはすべて、来月の俺の銀行口座に一括で直撃するのだ。
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「ふふっ。地球の服って、布地が少なくて防御力は皆無だけど、可愛らしいわね」
「ああ、軽いのは良いね! これならいつでも戦えるってもんだ」
デパートの連絡通路を歩きながら、ご機嫌な様子のセリーナとザラ。
俺の両手には、引き千切れそうなほどのブランド物の紙袋がぶら下がっている。
「……おいザラ、少し荷物持ってくれよ」
「ん? ああ、悪い悪い。貸しな」
ザラは俺から紙袋の山を受け取ると、人通りの多い連絡通路のど真ん中で、躊躇いなく左腕の『収納の腕輪』を起動した。
シュンッ! という小さな音とともに、大量の紙袋が虚空へと吸い込まれ、一瞬にして消滅する。
「おまっ……!!」
俺が声を上げるより早く、セリーナとレナがザラの首根っこを両脇からガシッと掴み上げた。
「ちょっとザラ! こんな人目の多い場所で、魔法のアイテムを使わないでって言ったでしょ! 目立ったらどうするの!」
「そうですぅ! ケント様に迷惑がかかったらどうするんですか、この筋肉ダルマ!」
「い、痛い! わかった、わかったから引っ張るんじゃないよ!」
防犯カメラや周囲の客から見れば、とんでもない規模のイリュージョン万引きである。俺は他人のフリをして、足早にその場を離れた。
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服を買い終えた帰り道。
俺たちは遅めの昼食をとるために、駅前のありふれたファミリーレストランに入った。
テーブルに並べられたのは、チーズインハンバーグ、ミラノ風ドリア、山盛りのフライドポテト、そして色とりどりのドリンクバー。
「「「おいっっっっしい!!!」」」
一口食べた瞬間、三人の瞳が見開かれた。
異世界の食事も悪くはなかったが、現代日本の食品メーカーが心血を注いだ化学調味料と旨味の暴力は、彼女たちの舌を瞬く間に虜にしてしまったらしい。
スーもポテトの端っこを両手で抱えながら、幸せそうに齧り付いている。
しかし、食事の手を進めながら、セリーナがふと店内を見回して呟いた。
「……ねえ。このお店、女性や小さな子供ばかりね」
「本当ですね。荒くれ者の傭兵や、武器を持った護衛なんて一人もいません」
レナがドリンクバーのメロンソーダをストローで吸いながら同意する。
彼女たちの言う通り、平日の昼下がりのファミレスは、主婦や学生、子供連れの家族で賑わっていた。怒号も、血の匂いも、命のやり取りも一切ない、完全なる平和の象徴。
「日本って国は、本当に戦争がないんだねぇ……」
ザラがハンバーグを切り分けながら、ポツリと漏らした。
その言葉に、三人の間にしん、とした沈黙が落ちる。
メイドとして家事ができるレナはともかく、セリーナもザラも、基本的には戦闘に特化した脳筋だ。魔王の妻として、剣と魔法で荒事を解決して生きてきた彼女たちは、この底抜けに平和で、暴力が不要な日本という国で『自分たちに何ができるのか』を思い悩んでいるようだった。
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2DKのマンションに帰宅した俺は、すぐに寝室のパソコンを開く。
メーラーを立ち上げると、未読メールの通知が滝のように流れ込んでくる。今日、突発的な有給を使ったことで、俺の担当していた業務の確認メールが山のように溜まっていたのだ。
無言でキーボードを叩き、残業モードに入った。
「……なんか、どの世界に行っても仕事ってのは追いかけてくるんだねぇ」
着替えたザラが、ベッドにごろんと寝転がりながら苦笑した。
「まあな。でも、あの姿で無一文で地球に放り出されるより、とりあえず仕事と戸籍が残ってるのは助かるよ。嫁が三人に、妖精とトカゲまで養うんなら、もっと頑張らなきゃなあ」
カタカタとキーボードを叩きながら俺が言うと、部屋の隅に置かれた段ボール箱の中から、不満そうな声が聞こえた。
「……トカゲじゃないもん」
「だってアンタ、神話の『真龍』って割には、日本語が話せる以外になんの役にも立たないじゃないのさ」
ザラが冷たい目を向けると、イグアナサイズの真龍はビクッと体を震わせた。
俺はタイピングの手を止め、椅子を回してその小さな生き物を見下ろす。
「そういや、なんでお前はそんなに小さくなってるんだ? ていうか、俺たちが地球に転移したのって、絶対にお前絡みだよな?」
ピタッ、と。
トカゲの動きが完全に止まり、明らかに目を逸らした。
その様子を見たレナが、音もなく背後に回り込み、むんずとトカゲの首根っこをつまみ上げる。
「……キリキリ吐けよ、お前。アタシたちからケント様との異世界イチャイチャライフを奪った落とし前、命で払ってもらうよ?」
「ひぃぃぃっ!?」
極道の取り立てよりも恐ろしい形相で迫るレナを前にして、トカゲは涙目でブルブルと震え上がった。
こうして、ポンコツトカゲの口から、俺たちが地球へと強制送還された理由が語られることになるのだった。




