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『転生したのに転移で地球に戻っちゃった?! しかも何故43歳?! 王国の魔法革命児 〜爆鳴の鬼と呼ばれた男Ⅱ』  作者: だい
宮司になった社畜、魔王と呼ばれだす

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第36話:黒船と、そろばん勘定

合衆国、バージニア州ラングレー。中央情報局本部、地下会議室。


リチャード・コールマンは、正面の巨大なモニターを眺めながら、退屈のあまり何度目かのあくびを噛み殺していた。


『――俺は、知り合い以外の人間は、ただ気分で生かしてやってるだけなんだよ』


映っているのは、極東の島国で撮影された例の映像だ。返り血に濡れた東洋人の男が、カメラ越しにこちらを睨みつけている。背後では放送局のビルが根こそぎ消し飛び、赤い霧と粉塵が舞い上がっていた。


(またこれか)


コールマンは足を組み替えた。この二週間で、彼はこの映像を数え切れないほど見せられている。そのたびに情報部の連中は、まるで悪魔の実写映像でも上映するかのように声を潜めるのだ。


「……分析結果を」


議長席の男が促すと、指名された分析官が喉を鳴らしてから資料をめくった。


「第一に、あの破壊は爆発物ではありません。衛星も地上センサーも、事前の質量移動を一切捉えていない。強いて言うなら、あの場の大気そのものが一瞬で爆薬に変質したとしか」


「馬鹿な。そんな兵器は我が国にも存在しない」


「ですから兵器ではなく、個人の能力です。しかも射程と規模の上限が、いまだに確認できておりません」


分析官の指が、微かに震えているのがコールマンの席からも見えた。


(震えているのか、こいつは)


「第二に、六本木で失われたクレスト・キャピタル日本支部。現地資産、要員、システム、すべて消滅。所要時間は確認できた限りで四十分以下。生存者ゼロ。……交戦記録すら残っていません。誰も戦えていないからです」


「第三に、先行量産型ミソル部隊。あれだけの開発費をかけた個体が、数分で全滅しました。しかも記録によれば、殺したのは男ではなく、同行していた女たちです」


会議室が、重い沈黙に沈んだ。


「……結論を」


「軍事的解決は、割に合いません。あれは敵対国ではなく天災に近い。ハリケーンに艦隊を差し向ける国はありません」


(――くだらん)


コールマンは、腹の底で吐き捨てた。


天災だと? ふざけるな。ハリケーンは銀行口座を持たない。ハリケーンは従業員に給料を払わない。ハリケーンは、外国の政府と契約書を交わしたりしない。


あの東洋の化け物どもは、そのすべてをやっている。つまり、あれは天災ではない。ただの、身の程を知らない新興企業だ。


そして、身の程を知らない新興企業を叩き潰すのは――軍隊の仕事ではなく、彼のような人間の仕事だった。


「……議長。その役目、私にいただけますか」


コールマンが手を挙げると、室内の視線が一斉に集まった。彼は、この部屋で唯一の、震えていない男として立ち上がった。


「銃が効かないのは分かりました。ですが、金は効きます。必ず」


---


二週間後。東京。


葵神商事本社の応接室に通されたコールマンは、案内された瞬間、まず室内の質素さに拍子抜けした。


(これが、年間五千億を吸い上げていると言われている組織の本丸か)


高価な調度品の一つもない。出迎えたのは、地味なスーツを着た若い日本人の女だ。眼鏡の奥の目つきだけは悪くないが、せいぜい経理部長といったところだろう。


「わざわざご足労いただき、恐縮です」


丁寧に一礼する女――百田ちえと名乗ったそれに、コールマンは値踏みするような視線を返し、勧められる前にソファへどっかりと腰を下ろした。


ただ一つ、気に障るものがあった。


向かいの上座に、すでに一人の男が座っていたのだ。


映像で見た、あの男。松本賢人。神子神社の宮司。 だが実物は拍子抜けするほど普通の中年男で、こちらに視線すら向けず、黙って茶を啜っている。斜め後ろでは日本人の男が胃の辺りをさすりながら直立し、若い女が青い顔でメモ帳を握りしめていた。


(……無視か。舐められたものだ)


「単刀直入に言おう」


コールマンは、鞄から分厚い書類を取り出し、テーブルに投げるように置いた。


「合衆国政府は、貴社および貴社が実質支配する宗教法人『神子神社』を、国際的な脅威として認定する準備を進めている」


「ほう」


相槌を打ったのは女だけだった。男は湯呑みを置きもしない。


「クレスト・キャピタル関連資産の全面凍結。取引のある日本国内企業への二次制裁。国連を通じたテロ組織指定の働きかけ。我々がその気になれば、貴社の口座は明日にでも死ぬ。日本という国そのものを、国際社会から締め出すこともできる」


言い終えて、コールマンは相手の反応を待った。


この手の交渉で、彼は一度も外したことがない。どんな独裁者も、どんなマフィアも、金の流れを止めると言われた瞬間に必ず顔色を変える。血を流さずに首を絞められる。それが文明の力だ。


だが、女は微笑みを崩さなかった。


「なるほど。ご丁寧なご説明、ありがとうございます」


眼鏡の位置を、中指でそっと押し上げる。


「ですが、それをやると、コールマンさん。御国の方が、いくつか困ったことになりますよ」


「……ほう?」


「まず経済制裁について。当社が治安維持を受託している地域は、現在この国で唯一、重大犯罪の発生率が統計上ほぼゼロの地域です。半年前まで無法地帯だった県が、今では深夜に女性が一人で歩ける。その結果、何が起きているかもご存知でしょう」


女がタブレットを操作すると、壁のモニターに一枚のグラフが表示された。


資本流入の推移。コールマンは、その内訳の欄を見て、喉の奥が詰まるのを感じた。


「海外の機関投資家と富裕層の資金が、この地域に流入し始めています。その中には、御国の年金基金も、御国の大手保険会社も含まれている。ここを潰せば、真っ先に焼け死ぬのは御国の金です。……それでもよろしいですか?」


(……調べている。こちらの資金の出所を、ここまで)


「それに、テロ組織指定の件ですが」


女は、テーブルの書類には指一本触れずに続けた。


「クレスト・キャピタルの背後関係。そして先の『第四課』による人体実験――被験体の大半が日本国民であり、その資金と技術指導に御国の諜報機関が関与していたという証拠。あれ、全部は処分していないんですよ」


コールマンの背中を、嫌な汗が伝った。


第四課の件は、本国でも一部の人間しか知らない。それを、この女はまるで天気の話でもするように口にしている。


「……脅すつもりか」


「いいえ、ただのビジネスのご提案です」


女は、氷のような微笑みを浮かべた。


「同盟国の国民を、同盟国の領土で、勝手に切り刻んで培養液に漬けていた。国際世論が好きそうな話じゃありませんか?」


「それから、もう一つだけ。制裁で我々を干上がらせるおつもりなら、それも結構です。我々は困りません。神子への対処能力を持つ組織は、現在この地球上で我々だけですから。御国が買ってくださらないなら、買ってくださる別のお客様を探すだけです。……例えば、海を挟んで西側の大陸にも、北の半島にも、喉から手が出るほど欲しがっている方々がいらっしゃるでしょう?」


コールマンは、自分の膝の上で指が固まっているのに気づいた。


想定していたどのシナリオでもなかった。相手は怯えもせず、激昂もせず、ただ淡々と、こちらの手札を一枚ずつ裏返して見せている。


血を流さずに首を絞めるつもりで来た男が、いつの間にか、自分の首に縄がかかっていることに気づかされていた。


だから、つい――口が滑った。


「……大した口だ。だが所詮は、野蛮な化け物と、そいつが囲っている女どもの上前をはねているだけの――」


カタン。


音は、それだけだった。


男が、湯呑みをテーブルに置いた。ただ、それだけだ。


なのに、コールマンの全身は、氷水を浴びせられたように硬直していた。


背後で、ドサリ、ドサリと二つの音がした。特殊部隊上がりの護衛が、銃に手を伸ばそうとした姿勢のまま、膝から崩れ落ちた音だった。


何が起きたのか分からない。撃たれてもいない。触れられてもいない。


ただ、目の前の中年男が、初めてこちらを「見た」。


それだけで、コールマンの本能は、自分がすでに死んでいると理解していた。喉が動かない。舌が乾く。膀胱の辺りが冷たい。四十年生きてきて、こんな感覚は一度もなかった。


(ああ――違う。天災じゃない)


震える思考の底で、彼はようやく理解した。


天災には、悪意がない。


「……失礼」


裏返った声で、それだけ絞り出すのが精一杯だった。


男は、何も言わなかった。ただ緩く笑って、また茶を啜っただけだった。


「コールマンさん。お時間ですね」


女が、何事もなかったかのように立ち上がる。


「本日のご提案、本国へ持ち帰ってご検討ください。こちらはいつでも、ビジネスとしてのお付き合いを歓迎いたします」


膝の震える護衛を引きずるようにして、コールマンは応接室を出た。


エレベーターの中で、彼は自分の手のひらがぐっしょりと濡れているのを見て、生まれて初めて、神に祈りたいような気分になった。


---


ドアが閉まった後、応接室には気の抜けた空気が残った。


安倍さんが糸の切れた人形みたいにへたり込み、沙織ちゃんが大きく息を吐く。私は、二人を横目に確認した書類の束を、そのままシュレッダー行きの箱に放り込んだ。


「……松本さん。今の、絶対わざとですよね」


沙織ちゃんの引きつった声に、彼はきょとんとした顔で首を傾げた。


「ん? 茶飲んだだけだけど」


嘘だ。


この人は、自分の圧力が他人にどう届くかを、正確に理解した上で使っている。会社員時代、無能な上司を演じていた頃から、この人はずっとそうだった。


――巫女の皆さんは、彼を「ケント」と呼ぶ。


松本賢人ではなく、ケント。最初は異世界での愛称か何かだと思っていた。


でも、最近になって思う。あれは愛称ではなくて、たぶん、正しい名前なのだ。


葵商事の会議室で私を助けてくれた「松本さん」は、もういない。大同新聞をメイスで挽き肉にして、全国放送で「気分で生かしてやってる」と言い放ったあの日に、たぶん死んだのだと思う。


残ったのはケントという、ノキアで魔王と呼ばれた男だけだ。


(……それでも、私はこの人を選んだんだけど)


「ちえちゃん? どうした、難しい顔して」


「いえ。……採算の計算をしていただけです」


私は眼鏡を押し上げて、この人には見えない角度で小さく息を吐いた。


正直に言えば、交渉には勝った。カードはすべて通ったし、あの特使は震えて帰った。


でも、経営者としての勘が、うるさいくらいに警報を鳴らしている。


あれだけの大国が、たった一人の交渉人を叩き返されただけで、大人しく引き下がるだろうか。


(……引き下がらない。絶対に)


---


二年前。合衆国、某所の地下軍事研究施設。


その日、主任研究員のコワルスキーは、いつも通りの退屈な計測記録を取っていた。


「経過は安定。細胞の定着率も規定値内。……次の段階に進める」


彼がそう告げた、直後だった。


拘束具に固定された被験体――エヴァンス軍曹の身体が、ありえない速度で膨れ上がり始めた。


「ぐ、があああああああああっ!!」


(またか)


コワルスキーは、内心で舌打ちをした。人造神子技術『ミソル』の適合実験。被験体が制御を失い、肉の風船のように膨張して破裂する事故は、もはや日常茶飯事だ。掃除の担当者にまた恨まれる。


「拘束具が保たない! 区画を封鎖しろ!」


けたたましい警報。逃げ出す部下たち。コワルスキーも扉へ走りかけ――そこで、足が止まった。


膨張したエヴァンスの腕が、拘束台の脇に置かれていた「あれ」に触れたのだ。


半世紀以上前、政府がとある先住民の聖地から接収し、以来ずっと「用途不明・反応なし」と記録され続けてきたクリスタル。どの計測器にも一度として反応を返さず、いつしか誰も気に留めなくなり、実験区画の隅で埃をかぶっていた、ただの石ころ。


その表面に、膨張した指先が触れた瞬間。


暴走が、止まった。


「……は?」


風船のように膨れ上がっていた肉体が、まるで凪いだ海のように静止する。


コワルスキーは、自分の目を疑った。今しがたまで人体組織の崩壊指数を振り切っていた計器が、すべて正常値に戻っている。そんなことは、ありえない。細胞は一度壊れたら戻らない。それが生物学の大前提だ。


エヴァンスは、ゆっくりと身を起こし、震える手でクリスタルを握りしめた。


その顔に浮かんでいたのは、痛みでも恐怖でもなかった。


恍惚だった。


「……見える。ああ、そうか。そういうことか」


「エヴァンス軍曹? 何を言っている」


「これだ。これが、答えだ」


嫌な予感がした。コワルスキーは、初めて研究者としてではなく、生物として危険を感じて叫んだ。


「待て、それは未確認のオーパーツだ! 勝手に触るな、離せ!」


エヴァンスは、その制止を一瞥もしなかった。


クリスタルを口に運び――そのまま、丸呑みにした。


直後、部屋を純白の光が満たした。


音は、しなかった。


代わりにコワルスキーが感じたのは、何者かの巨大な『意志』とでも呼ぶべきものが、施設全体を静かに押し包む感覚だった。壁が軋み、計器という計器が一斉に焼き切れる。逃げようと思った。思っただけで、指一本動かせなかった。


彼はその時、生まれて初めて、神という単語を比喩ではないものとして理解した。


やがて光が収まった時。


引き千切られた拘束具の中心に立っていたのは――十二歳ほどの、少年だった。


「……我は、神を理解した」


少年は、誰に言うでもなく、静かに告げた。あどけない顔立ちに、狂気じみた確信の光だけが宿っていた。


「すべてを、我がアメリカに」


コワルスキーは、その場に膝をついた。自分たちが何を作ってしまったのか、理解する頭がなかった。


計画名――『パーフェクト・ミソル』。


のちに関係者が、畏れと親しみを込めてこう呼ぶ存在である。


『パミル』、と。


---


コールマンが屈辱的な交渉決裂を本国に報告した、その日の夜。


ハリス大尉にとって、この地下区画への「報告業務」は、軍歴の中で最も気の重い任務だった。


「――交渉は、失敗した、だと?」


ソファに腰掛けて窓の外の夜景を眺めたまま、少年はこちらを一瞥もしない。


「は……。相手側は、こちらの制裁カードを一切意に介さず……」


「くだらん」


パミルが、くるりと振り返った。


無邪気な笑顔だった。同年代の子供が、誕生日の朝に浮かべるような。だからこそ、ハリスの背筋は凍りついた。


「東洋の島国の、まがい物の神。あんなものに我が国が譲歩するなど、あってはならん。……案ずるな。我が行けば、それで済む話だ」


(まずい)


「し、しかし! 貴殿の出動は、上層部がまだ許可を――」


「許可?」


声が、わずかに低くなった。


同時に、ハリスの足元の床が、音もなく円形に消え失せた。


切断ではない。破壊でもない。そこにあったはずのコンクリートが、削られた形跡も、破片も、粉塵も残さず、「最初から無かったこと」になっていた。爪先が数センチずれていたら、自分の足も同じようになっていただろう。


「ひっ……」


「私は神を理解した者だ。我が国の意志こそが、我が意志。それ以上の許可が、どこに要る」


ハリスは敬礼すらできず、ただ首を縦に振った。


その夜。


一機のSR-71ブラックバードが、いかなる記録にも残らぬまま、静かに極東の島国へと針路を向けた。

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