第34話:魔王の降臨、そして『生かされてるもの』
翌日、昼下がり。
東京、霞が関からほど近いオフィス街の歩道は、本来の穏やかな喧騒を失い、無数のフラッシュの瞬きと、怒号のようなマイクの突きつけによって異様な熱を帯びていた。
「松本社長! 昨晩のクレスト・キャピタル本社への襲撃は、葵神商事の指示によるものですか!」
「民間人に数百名単位の犠牲者が出ています! あなた方の組織は正義の味方からテロ集団に成り下がったのですか!」
「政府はあなた方の武装解除を要求しています、見解を――!」
群がるハイエナのように押し寄せる数十人の報道陣。六本木で起きた凄惨な虐殺事件の容疑者に対し、彼らは恐れるどころか、視聴率と正義感を盾に猛烈な勢いで詰め寄っていた。最新鋭のカメラレンズや、各局のロゴが入ったマイクが、容赦なく歩道を歩く二人の人物に突きつけられる。
彼らは安全な『報道という特権階級』に守られていると、心の底から傲慢に信じ切っていた。
だが、神子神社のトップである松本賢人は、高級スーツのポケットに両手を突っ込んだまま、ひどく退屈そうに歩みを進めている。彼を取り囲むマスコミの質問など、最初から一文字も耳に入っていない。その後ろには、レナがあくびを噛み殺しながら続いている。
どれだけマスコミが喚き散らそうが、賢人は無言を貫いた。ただ、目の前にそびえ立つ巨大なガラス張りのビル――日本最大の部数を誇り、先陣を切って神子神社叩きを煽動していた『大同新聞』の東京本社を見上げて、ふう、と短く息を吐いた。
「着いたな。……レナ、やれ」
「りょーかい、旦那様!」
その瞬間、報道陣が信じていた平和な日常は唐突に、そして永遠に終わりを告げた。
レナが収納魔法から顕現させた重量二十トンの戦車メイスを、無造作に、野球の素振りでもするかのように横薙ぎに振り抜いたのだ。
空気を圧壊するような、鼓膜を破る凄まじい轟音。
大同新聞社の正面玄関の分厚いガラスと、それを支える巨大な鉄骨の柱が、飴細工のようにぐにゃりとひしゃげ、次の瞬間には内側から爆発したかのように四散した。
「え……?」
報道陣の一人が間の抜けた声を漏らす。
だが、惨劇はすでに始まっていた。レナはそのまま完全に崩れ落ちた入り口からロビーへと踏み込み、逃げ惑う大同新聞の社員たちごと、黒鋼のメイスを大車輪のように振り回し始めた。
人体が潰れる音など聞こえない。ただ、コンクリートが砕け、大理石の床が粉砕される凄まじい破壊音の合間に、赤い霧のようなものがプツプツと空中に弾け飛ぶだけだ。
命乞いをする時間も、悲鳴を上げる隙すらも与えられない。ただ純粋な『圧倒的質量』による工業的な蹂躙。
二十トンの鉄塊が通り過ぎた後には、原型を留めない肉と臓器の絨毯と、崩れ落ちる瓦礫しか残らない。
「お、おい……! やめろっ!!」
すぐそばでカメラを回していた系列局のテレビ記者が、パニックに陥りながら賢人の肩を強く掴んだ。
「あんたたち、狂ってるのか!? 中には一般の社員が――」
賢人が、ひどく冷たい瞳で横目で記者を見下ろした。
水魔法で生み出した水を即座に分離し、水素と酸素が完璧な比率で混合された気体――『爆鳴気』。ゴルフボールほどのサイズに高圧縮したそれを、賢人は記者の胸腔内へ直接『座標指定』で生成し、何の感情も交えずに起爆した。
パァンッ!!
乾いた破裂音。
記者の正義感に満ちた叫び声は発声されるより早く、首から上の頭部と上半身が完全に消し飛んだ。
残された下半身が、糸の切れた操り人形のように数歩ふらつき、ドサリとアスファルトに崩れ落ちる。首の断面から、間欠泉のように鮮血が吹き上がった。
賢人の頬に赤い血の飛沫が飛ぶが、彼は瞬き一つしない。
「……で? なんだって?」
「ひっ……!」
「あ、あああ……っ! 嫌だ、嫌だぁっ!!」
先ほどまで正義の代弁者気取りでマイクを突きつけ、安全圏から彼らを糾弾していた報道陣が、一斉に腰を抜かし、機材を放り出して後ずさりする。アスファルトに漏らした尿の臭いが広がる。彼らはようやく理解したのだ。自分たちが安全な場所にいるという前提が、いかに浅はかで傲慢な驕りであったかを。
「あー、スッキリした!」
崩壊しつつある新聞社ロビーの奥から、レナが極上の笑顔を浮かべて戻ってきた。
その全身は、返り血を霧のように浴びて赤黒く染まり、メイド服のあちこちからポタポタと粘り気のある液体が滴り落ちている。戦車メイスの先端には、誰かの衣服の切れ端と肉片がこびりついていた。
「旦那様、一階から三階までの人たち、全部砂利に混ぜときましたよ? 次はどうします?」
「ご苦労さん。……じゃあ、後は俺がやる」
賢人は、阿鼻叫喚の地獄と化した大同新聞ビルの隣にある、同じく彼らを非難し続けていた『大同テレビ』の巨大な社屋へと向き直った。
大同テレビの上空の空間が、陽炎のように歪む。
現代の科学知識と規格外の魔力を持つ彼だからこそ可能な、極めて悪辣な魔法の構築。水魔法で出力した水を即座に水素と酸素に分離して圧縮し、最も危険な混合気体である爆鳴気を超大規模で生成する。
さらにそれを、社屋を覆うように上空から円錐状に展開していく。
火薬の爆発力を一点に集中させ、分厚い装甲をも貫く極太のエネルギー波へと変換する『ノイマン効果』の完全な再現。
「消えろ」
賢人が指を鳴らした瞬間。
閃光。
すべてを白く塗り潰すほどのまばゆい光。音は、一拍遅れてやってきた。
大同テレビの社屋を上空から捉えたそのエネルギーの槍は、鋼鉄の骨組みも、分厚いコンクリートの壁も、その中で逃げ惑っていた数百人の人間たちも、すべて等しく分子レベルで蒸発させた。
ドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
大気を切り裂く衝撃波が、爆心地から円形に広がっていく。
隣接するビル群の窓ガラスが一斉に吹き飛び、逃げ遅れた一般人や、遠巻きに見ていたマスコミの人間たちが、嵐の木の葉のように吹き飛ばされ、瓦礫の下敷きとなって次々と絶命していく。
だが。
賢人とレナを中心とした半径十メートルほどの空間だけは、不可視の強固な『障壁』に守られ、そよ風一つ吹いていなかった。
その障壁の『内側』に偶然取り残された数名のカメラマンと記者だけが、無傷のまま、外で同僚たちがゴミのように死んでいく様を呆然と見つめている。
内側と外側。
たった一歩の境界線で生と死が分かれた。それは彼らが選ばれたわけではなく、ただ魔王の気まぐれによる偶然の産物に過ぎない。
血の雨と、粉塵が降り注ぐ中。
賢人はゆっくりと歩み寄り、恐怖で腰を抜かしながらも奇跡的に無事だった一台のテレビカメラを覗き込んだ。
レンズの向こう側にいる、数千万人の日本国民に向けて。そして、極東の出来事を監視しているであろう、海の向こうの超大国に向けて。
「――あー、マイク入ってるか」
マイクを通して全国に響くその声は、この地獄の中心にいるとは到底思えないほど、平坦で、面倒くさそうな響きを帯びていた。
「日本国民、並びに俺たちを叩いて気持ちよくなってるマスコミの皆さんに、一つ言っておきたいことがある」
周囲では、未だに建物が崩落する轟音と、燃え盛る炎の爆ぜる音、そして瓦礫の下で助けを求める人々の悲鳴が響き続けている。その絶望的なBGMを背に、賢人は冷酷に告げる。
「お前ら、なんか根本的な勘違いをしてないか?」
首をコキリと鳴らし、賢人はカメラのレンズを、いや、その向こうにいるすべての視聴者を射抜くように睨みつけた。
「俺たちは、正義の味方でもなけりゃ、公共の機関でもない。お前らから搾り取った金で、勝手に気に入らねえ奴を殺してるだけの、ただの暴力装置だ。……俺は、知り合い以外の人間は、ただ『気分で生かしてやってる』だけなんだよ」
カメラを持つ男の手が、ガチガチと激しく震え、レンズが小刻みに揺れる。
これが、彼らが安全圏から石を投げ、糾弾していた相手の正体。
社会のルールも、倫理も、法律も、国家の権力すら及ばない、純粋で絶対的な暴力そのもの。話し合いなど一切通じない、理不尽な災害。
「だから、俺の身内に手を出した奴は、会社だろうが国だろうが皆殺しにする。そして……俺たちのやり方に外野からグダグダと口出しする鬱陶しい連中も、今日の俺の『気分』にひどく障る」
賢人は、返り血に濡れて極上の笑顔を浮かべるレナの頭をポンと撫でながら、最後にひどく冷たい声で、全国民に向かって死刑宣告のように言い放った。
「――明日からのニュースは、少しは静かになることを期待してるよ」
プツン、と。
全国の放送電波に乗っていた中継映像が、そこで途切れる。
平和な日常のバラエティ番組や、無機質なカラーバーが画面に戻ってくる。
しかし、それを見つめる日本中の人間は、誰一人として言葉を発することができなかった。
テレビの前の一般人も、官邸の政治家たちも。
彼らは、骨の髄まで理解したのだ。日本という国家が、もはや取り返しのつかない『絶対的な支配者』の足元に完全に平伏したという、覆しようのない事実を。
*新作が明日より投稿予定です
『妹と死んで異世界に転生したら、妹が200歳のエルフのお姉ちゃんになっていた ~交換チートで、二度目の命を使い切る~』
明日20時より投稿です!初回は一挙3話掲載です!




