第26話:悪魔の集金計画と、正義の値段
「……というわけで、これが当神社の『持続可能な』資金調達プランとなります」
本殿の大広間。
水を打ったように静まり返る空間で、ちえはタブレットを操作し、背後の巨大モニターに恐るべき集金計画の全容を映し出した。
「まず、日本政府。彼らにはこれまで我々が肩代わりしてきた治安維持費の事後請求として、即金で五百億円を納めさせます。さらに、来月以降は国からの定額委託費として月額二百億円を請求します」
「……ぶふっ!?」
下座に座っていた安倍課長――いや、今は神子神社の『権禰宜』となった男が、飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。
「続いて、各地方自治体。こちらは非常にリーズナブルです。住民一人当たり『月額たったの百円』。これを治安維持協力金として自治体の予算から拠出させます。日本の総人口から計算して、これで月額約百二十億円」
ちえは眼鏡の位置を中指でクイッと押し上げ、さらに画面を切り替えた。
「そして最後が、富裕層および法人です。全国の企業から、神子による情報漏洩や物理的破壊からお守りする顧問料として、『経常利益の〇・一パーセント』を頂戴します。日本の法人全体の利益から算出すれば、控えめに見積もっても年間千三百億円以上の継続収入となります」
モニターの端に、最終的な年間予測収益がデカデカと表示された。
――『年間推定収益:約五千億円』。
「……なぁ、ちえちゃん」
玉座に座る賢人は、引き攣った笑いを浮かべた。
「それ、ただの『第二の税金』じゃねえか? いくらなんでもヤクザよりエグいぞ」
「あら、ご不満ですか? 松本さんの老後資金である百億円、利子をつけて回収しなければならないのでしょう?」
ちえは悪びれもせず、氷のように冷たい笑みを浮かべた。
「神子の暴走から国を守る。それには莫大なコストがかかるのです。タダで平和が買えると思っているこの国の甘ったれた連中に、きっちりと『正義の値段』を分からせてあげましょう」
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数日後。
神子神社は、マスコミ各社や各自治体の首長、経団連の幹部たちを招集し、大規模な記者会見を開いた。
会見の壇上に立ったのは、実務トップであるちえと、胃薬を限界まで服用して顔面蒼白になっている安倍の二人だ。(賢人は面倒くさいと言って、裏のモニター室でザラたちとお菓子を食べながら見物していた)
ちえの口から年間五千億円規模の『協力金』の請求が発表されるや否や、会場は案の定、怒号とフラッシュの嵐に包まれた。
「ふざけるな! そんなヤクザのみかじめ料のような要求が通ると思っているのか!」
「これはテロリストによる国家への恐喝だ! 我々自治体は、絶対にこんな不当な要求には屈しないぞ!」
「警察機構がある以上、貴様らのような私兵集団に払う金など一円もない!」
マイクを握りしめ、正義感に酔いしれた記者や、プライドの高い自治体の知事たちが、口々に神子神社を非難した。
彼らは高を括っていたのだ。いくら圧倒的な武力を持っていようと、世論を敵に回して、表立って契約を強要することなどできはしないと。
しかし、ちえはそんな怒号の嵐を前にしても、涼しい顔で微笑んでいた。
「……ええ。一向に構いませんよ」
ちえがマイクを通して静かに告げると、会場の騒ぎがピタリと止まった。
「誤解されているようですが、我々は強制など一切いたしません。支払いを拒否される自治体や企業様には、無理に契約していただく必要など全くありません」
「な、なんだ、脅しだと分かったらすぐに引っ込めるのか」
一人の知事が鼻で笑った。
だが、ちえの言葉には続きがあった。
「ただし」
ちえの瞳の奥で、冷酷なビジネスの刃がギラリと光った。
「支払いを拒否された企業や自治体には、今後一切、当神社から人材は派遣いたしません。もし野良の神子たちが貴方たちの街で暴れ、建物を破壊し、資産を奪おうとも、我々は指一本動かしません」
「なっ……!?」
「現在、日本で神子の異能に対抗できる組織は、我々『神子神社』しか存在しないのは皆様もご存知の通りです。……そして、ここからが重要です。よくお聞きください」
ちえは、会場の全員を見据え、ゆっくりと、はっきりと宣言した。
「当神社には『組織が関与する前の犯罪は不問とする』という絶対のルールがあります。つまり……今回支払いを拒否した自治体や企業が、野良の神子に蹂躙され尽くした『後』に、泣きついて当方に契約を依頼してきても、我々は『遡及しての処罰は一切行わない』ということです」
会場の空気が、一瞬にして凍りついた。
それはつまり。
契約を渋っている間に、神子に街を焼かれ、会社を潰され、社員の命を奪われたとしても。
後から「やっぱり金を払うから、あいつらを処刑してくれ!」と神子神社に頼んでも、絶対に復讐はしてくれないという宣告だった。
契約前の犯罪はすべて『セーフ』として見逃される。神子たちにとっては、契約していない街や企業は、何をしても神子神社から報復されない『狩り放題のボーナスステージ』になるのだ。
「な……っ、貴様ら、それでも人間か! 目の前で市民が襲われていても、金がないなら見殺しにするというのか!」
一番前列にいた正義感の強いベテラン記者が、真っ赤な顔をして立ち上がり、ちえに向かって唾を飛ばすように叫んだ。
「人命より金が大事か! 力を持つ者なら、無償で弱者を助けるのが当然の正義だろうが!!」
その偽善に満ちた叫び声が響き渡った直後。
ちえは、一切の感情を排した、絶対零度の冷たい声で言い放った。
「では、貴方は今、タダ働きをしているのですか?」
「……え?」
記者が間の抜けた声を漏らす。
「貴方は今、自らの生活を削り、無給で、完全な無償のボランティアとしてその正義感あふれる記事を書いているのですか? 貴方の会社は、広告費も購読料も取らずに報道を行っているのですか?」
「そ、それは……仕事、だから……」
「我々も仕事なのです。自らの命を懸け、血を流して神子を制圧する彼らの人生を、我々は金で保障しなければならない」
ちえは、マイクを強く握り直し、会場のすべての人間を睥睨した。
「仕事で報酬をもらわない人間以外は、我々に口をきくな」
ぐうの音も出ない究極の正論。
現代社会の『やりがい搾取』と『無責任な正義の押し付け』を真っ向から両断するその言葉に、記者も、知事たちも、完全に沈黙するしかなかった。
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それから、半年後。
ちえの恐ろしい宣言にも関わらず、「ヤクザの脅しには屈しない」「我々には優秀な県警がある」と強気な姿勢を崩さず、最後まで支払いを拒否し続けた某巨大自治体があった。
プライドが高く、豊かな財政を誇っていたその都市は、半年後――見事なまでに『リアル・ゴッサムシティ』と化していた。
神子神社の庇護がないと知れ渡った瞬間、全国から野良の神子や、半グレと結託した異能犯罪者たちが、まるで甘い蜜に群がる蜂のようにその都市に殺到したのだ。
警察の拳銃など、彼らの異能の前には子供の玩具にも等しかった。
銀行は白昼堂々と襲撃され、高層ビルは炎上し、夜になれば異能者同士の縄張り争いで街が吹き飛ぶ。
治安は完全に崩壊し、怯えた市民と優良企業はこぞって隣の『神子神社の契約県』へと逃げ出した。隣の県では、深夜に女性が一人で歩けるほど平和な日常が保たれているのに、境界線を一本越えただけで、そこは暴力と破壊が支配する世紀末の無法地帯だった。
そして今日。
神子神社の本殿にある大広間には、額を床に擦り付け、ボロボロと大粒の涙を流して土下座する男の姿があった。
「も、申し訳ありませんでしたぁっ……! どうか……どうか、我が県と契約を……! このままでは、街が完全に滅んでしまいますぅぅ……ッ!」
半年前、記者会見で最も声高に神子神社を非難し、支払いを突っぱねた、あのプライドの高い知事だった。
彼の顔は過労と絶望で土気色になり、もはやかつての傲慢な面影は微塵も残っていなかった。
「ふむ」
玉座に深く腰掛けた賢人は、冷たい目で知事を見下ろした。
その隣で、ちえが新しい契約書をスッと差し出す。
「契約の締結、承知いたしました。……ただし、現状の御県はあまりにも汚れきっていますので。通常の『月額協力金』と『半年間の延滞損害金』に加えて、街を元の状態に戻すための『特別清掃費』として、別途一千億円を上乗せで頂戴いたしますが、よろしいですね?」
「は、はいぃぃっ! 払います! 払わせてくださいぃっ!!」
知事は、震える手でペンを握り、ひったくるようにして契約書にサインを書き殴った。
「毎度あり。……ザラ、セリーナ、レナ」
賢人が背後を振り返ると、最強の巫女たちが、ぞっとするような嬉しそうな笑みを浮かべて武器を手にした。
「久しぶりの大掃除だ。……あの街で調子に乗ってるバカどもを、全員ミンチにしてこい」
かくして、見せしめとなった自治体の完全降伏をもって。
神子神社は、日本という国家から合法的に莫大な富を吸い上げる、完全無欠の『超ブラック・ビジネス帝国』として君臨することになったのである。




