第24話:ボンボヤージュと、運命のプロポーズ
賢人は、壁にめり込んでいるトクリュウのトップの襟首を掴み、ズルズルと引きずり出した。
「おい、お前。体を装甲にできるんだろ?」
「が、はっ……な、何を……」
賢人は、男を中庭に面した巨大なガラス窓のそばまで引きずっていくと、のんびりとした声で呼んだ。
「ザラー、このガラス斬ってー」
「ん? 良いの、斬って?」
ザラが嬉しそうに大剣を構えた。
「いいのいいの。どうせ今日で辞めるし」
ザラが軽く剣を振るうと、28階の分厚い強化ガラスが音もなく円形にくり抜かれ、ヒュウウウッと外の冷たい風が会議室に吹き込んできた。
「……そういや、さっきの糸使いの女はどうした?」
「あれ? どこだっけ? あ、いたいた」
ザラが指差した先では、あの子供のような女が、両足を綺麗に斬り落とされて血の海の中で虫の息になっていた。大型犬のように神子たちを無双した際、ついでに斬られていたらしい。
「あらら、死にそうじゃん。……スーいる?」
賢人が虚空に声をかけると、見えない妖精の治癒魔法が発動し、女の両足が一瞬で元通りに繋がった。
「ひっ、あ、あ、足が……治ってる……!」
「ほら、感謝するなら働け。こいつの権能、使えなくして?」
賢人が冷酷に命じると、女は土下座せんばかりの勢いで泣きながら糸を出し、トクリュウのトップの手首に巻きつけた。
「や、やめろ……ッ!!」
トップの男は抵抗しようとしたが、糸に触れた瞬間、身体から力が抜け、硬化の権能が完全に封じられてしまった。
賢人は、会議室にあったLANケーブルや電話線を力任せに引き千切り、トップの男とその女を背中合わせにして、蓑虫のようにぐるぐる巻きに縛り上げた。
「さて」
賢人は、二人をぶら下げたまま、ポッカリと開いた28階の窓の縁に立った。
「おい、全身鎧で耐えられるかどうか、頑張れよ?(笑)」
「待て、待ってくれ! 権能が使えないのに、この高さから落ちたら無理だ!!」
トップの男が、ついにプライドも何もかも捨てて泣き叫んだ。
「その女に、権能戻してもらえよ」
「デ、出来ません!! 私は一度封じたら、一日経つまで戻すことはできないんですぅぅっ! それに私には硬化の権能がないから、落ちたら死んじゃいますぅぅぅっ!!」
女も鼻水と涙を撒き散らしながら絶叫する。
賢人は、そんな二人の無様な姿を冷たい目で見下ろした。
「……あのさ。てめえら、さっきの口ぶりだと今まで何人も脅して殺してるよな? その中で、一人でも命乞いを聞いて許してやったのかよ?」
「そ、それは……ッ!」
「まあいいや。君たちの新しい旅立ちに幸あれ。ボンボヤージュ!」
「ぎゃあああああああああああああっ!!?」
魔王の手から放たれた二人の悪党は、綺麗な放物線を描いて、28階の窓から真っ逆さまに落ちていった。
数秒後。
遥か下の地上から、巨大な肉叩きで生肉を全力で叩き潰したような、鈍く重い音が微かに響いてきた。
「さてっと」
賢人は、埃を払うようにパンパンと手を叩き、会議室を振り返った。
そこには、死体と内臓の山の中で腰を抜かし、完全に呆然としている社長や専務たちの姿があった。
「営業部第三課長、松本賢人。一身上の都合により、本日付けで退職します」
賢人は、血塗れの会議室のド真ん中で、爽やかに『退職届(物理)』を口頭で叩きつけた。
「それからな。てめえらが会社――いや、自分の保身のために、ちえを神子の人身御供にしようとしたことのケジメはこれからだ」
賢人の目が、極寒の零度に冷え込む。
「俺は『神子神社』の関係者だ。この会社は、神子の犯罪者と結託し、我々に逆らったと見なす。……覚えとけよ?」
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」
ただのブラック企業だと思っていた自社が、よりにもよって『神子神社』という国家をも凌駕する暴力組織のブラックリストに載った。その絶望的な事実に、役員たちは泡を吹いて次々と気絶していった。
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「あのさ、ちえちゃん」
賢人は、すっかり呆気にとられているちえの元へ歩み寄り、頭を掻きながら言った。
「会社もこんな感じだし、せっかく課長になったのにすまないけど……『神子神社』の立ち上げ、手伝ってくれない?」
ちえは、ジッと賢人の顔を見つめた。
「……私が必要ですか?」
「うん? ああ。そりゃもう、ちえちゃんが来てくれりゃコールセンターも回るし、助かる」
「必要ですか!? 本当に、私を『欲しい』と思ってくれてますか!?」
ちえが、一歩身を乗り出して賢人に詰め寄った。その瞳には、かつてないほどの熱がこもっている。
その瞬間、後ろで見ていたザラが顔を引き攣らせた。
「旦那ーっ! 駄目だ、そりゃ女の『罠』だ!!」
災厄の女帝の直感が、全力で警鐘を鳴らしていた。
しかし、社畜上がりの鈍感魔王は、ザラの警告の意味を全く理解していなかった。
「? ああ、ちえが欲しいよ。絶対にウチに来てほしい」
無自覚なプロポーズ(確信犯)。
その言葉を聞いた瞬間、ちえの顔に、この世の春を迎えたような満面の笑みが咲き誇った。
「わかりました。……松本さん。末永く、よろしくお願いしますね?」
「おお、よろしく頼む!」
こうして、魔王軍(偽)に、新たな恐るべき頭脳が加わったのである。
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その後。
流出したデータは神子神社によって完全に回収され、原因を作った裏切り者の社員は、神子専用刑務所の『一生無給の雑用係』として飼い殺しにされることになった。
そして数日後。
ちえを筆頭に、会社での一件で賢人に心酔した二木や受付嬢たち、さらには多数の優秀な人材が、葵商事を見限ってこぞって『神子神社』へと転職してきた。
彼女たちの圧倒的な実務能力によって、地獄だったコールセンターの業務は劇的に改善され……。
沙織(三木ちゃん)と安倍課長の胃の粘膜は、無事に守られたのだった。




