第23話:魔王vs トクリュウの大神
静まり返った会議室の中で、トクリュウのトップの男は、額に青筋を立てて賢人を睨みつけていた。
「……お前、私に喧嘩を売るとはいい度胸だな。その理不尽な速度とパワー……さては、お前も神子か?」
男の問いに、賢人は退屈そうに小指で耳をほじった。
「どうせ死ぬんだから、てめえに関係ないな」
「フッ。お前みたいな威勢のいい奴は今までも沢山いたがな……俺たちには勝てねえよ」
「俺たち?」
賢人が眉をひそめた、その時。
背後の死角から、見えない『糸』のようなものがスルスルと伸び、賢人とザラの手首にフワリと触れた。
「はーはっはっは! これでアンタたちも終わりね!」
トクリュウのトップの横に立っていた、まるで子供のような小柄な女が、勝ち誇ったように嗤った。
トップの男は、ニヤリと下劣な笑みを深めた。
「こいつの糸に一度でも触れるとな、神子の権能は一日完全に消えちまうんだ。この会議室で俺たちは権能を使えるが、お前らはただの無力な人間に成り下がったってわけだ」
勝ちを確信した男は、見せつけるように両腕を前に出した。
ギリギィッ! と金属が軋むような音を立て、男の両手が黒光りする『鉄の拳』へと変化していく。
「神子と普通の人間は比べ物にならん。こんな風にな」
男は鉄の拳同士を打ち合わせ、火花を散らした。
「その気になれば、全身を装甲にすることもできるんだよ。拳をナイフにしちゃすぐに殺しちまうからな。……どうだ? お前たちが俺たちの仲間になるか、それともここで死ぬか、選ばせてやる」
身体が硬化するというのは、神子の権能の中でもかなりポピュラーな部類だが、その硬度や硬化できる範囲で脅威度は劇的に変わる。
この男の硬度と範囲を見る限り、レベルで言えばBといったところだろう。
だが、この男からはただの硬化だけでなく、常人離れした身体強化のオーラも感じられる。複数の権能を持つ『大神』と呼ばれる上位の神子。それならば、評価はA、いやA+には届くかもしれない。
うーん、複数権能か。こりゃ少しは骨があるかなぁ。
などと、賢人が暢気に相手の戦力を分析していると。
「ふーん。……いや、断るわ」
「……何故だ! これだけの実力差を見せられて、命が惜しくないのか!」
「だって、テメエさ、口が臭いんだよ」
賢人は心底嫌そうな顔で、鼻の前でパタパタと手を振った。
「ドブの臭いがする。その口開けんな、カス」
「て、てめえッ……!! ぶっ殺してやる!!」
激怒したトップの男が、会議室の床を蹴り砕くほどの踏み込みで突進してきた。
速い。複数権能による、人間の限界を軽く超えた神速の踏み込み。そして、頭蓋骨など容易く粉砕する質量の、鉄の拳のフルスイング。
「賢人っ――!!」
横からちえが悲鳴を上げた。
「はいはーい」
賢人は欠伸を噛み殺しながら、男の渾身の鉄の拳を、片手で『パシッ』とあっさり受け止めた。
「な、ナニッ……!?」
トクリュウのトップが、信じられないものを見るように目を剥いた。
「何故だ!? なぜ権能が使える! 糸で封じたはずだぞ!」
「いや、だから俺、神子じゃないもん」
「嘘だ!! じゃあなぜ俺の全力を止められる!!」
「いやほら」
賢人は、どこかの少年漫画の主人公のような爽やかな笑顔で言い放った。
「俺、メチャクチャ強いから」
ドゴォォォォォォンッ!!!
賢人が振るった拳で、男の巨体はボールのように会議室の端まで吹き飛び、壁に深々とめり込んでピクピクと痙攣した。
相手が弱すぎて拍子抜けした賢人が、ふと後ろを振り返ると。
ザラが、空間収納から取り出した大剣を片手に、ニコニコと微笑んでいた。
その足元には、つい数秒前まで威圧的に立っていたトクリュウの護衛たち5人が、綺麗な断面で真っ二つに斬られ、物言わぬ肉塊へと変わっていた。
「ん? どうかした、旦那?」
ザラは、大剣についた血を振り払いながら、小首を傾げた。
「こいつら神子だから、斬っていいんだよね? ね? だから褒めて?」
その背中には『大型犬がブンブンと千切れんばかりに尻尾を振っている幻影』がハッキリと見えた。ノキア時代を超える剣の極意を手にした災厄の女帝は、ただ褒められたい一心で神子たちを一瞬で解体したのだ。
コイツが犬なら、可愛いけどおバカなレトリバーだなぁ
「……ああ、うん。よくやったぞ、ザラ」
「えへへ」
一方、そんな血みどろの地獄絵図を目の前で見せられた葵商事の専務や役員たちは、初めて見る人間の死体と散乱する内臓に、完全に顔を引き攣らせ、泡を吹いて腰を抜かしていた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 血、血が……っ!」
「た、助けてくれぇ……!」
賢人は、震える上司連中を冷ややかな目で見下ろした。
「ちえちゃんを人身御供として売ろうとした罰だ。少しそこで反省してろ」
ガンッ、ガンッ!
賢人は容赦なく専務や役員たちを蹴り飛ばし、ザラが作った『死体と内臓の山』のド真ん中へと突っ込ませた。
「ぎゃああああああああっ!!」
血まみれの肉塊の中にダイブさせられたクズ上司たちは、恐怖と吐き気で発狂し、会議室に絶叫が響き渡った。
「さてと」
賢人は、ちえに向けてニッコリと笑いかけると、壁にめり込んでいるトクリュウのトップの元へ、ゆっくりと歩みを進めたのだった。




