第21話:コールセンターの地獄と、魔王のハンドパワー
「そういや、有給にしてたけど久しぶりに会社に顔出すかぁ。こりゃ退職も考えなきゃなぁ」
俺は、スーツ姿で護衛についてきているザラと並んで歩きながら、のんびりと呟いた。
目的地である俺の勤め先に向かう道すがら、神子神社の仮設拠点として建てられたプレハブ小屋の前を通りかかった時のことだ。
「センター長ーっ! 千葉で暴れている神子は『狐憑き』らしいんですけど、どういう意味ですか!?」
「センター長! 神子を処理した時の清掃代は神社が持ってくれるのかと、3番ラインにブチギレの問い合わせが!」
「センター長! うちの息子が反抗期で暴れてるんですが、神子じゃないかとの問い合わせが!」
プレハブの中から、怒号と悲鳴が入り混じった地獄のような声が響いてきた。
扉を開けると、そこにはすっかり痩せこけて頬がこけた安倍課長が、両手に受話器を持って白目を剥いていた。その横では、彼が使役している式鬼が、一生懸命に書類を運んだりお茶を淹れたりしているが、見るからに毛並みが悪くなり、やつれきっている。
「おい、大丈夫か?」
俺が声をかけると、安倍は首をグルンッとあり得ない角度で回してこちらを見た。
思わずザラが空間収納から大剣を出しそうになるほど、その全身からはドス黒い邪気が纏わりついていた。
「た、大変そうだな……」
「大変、大変ですか……? 松本さんからは、この状況がその程度に見えますか……?」
安倍は虚ろな目で笑った。
「こういうのは『地獄』って言うんですよ。……そうだよな、鬼?」
安倍が振り返ると、横で書類を抱えた式鬼が、涙目でブンブンと首を縦に振った。
俺は苦笑しながら、式鬼の頭をポンと叩いた。
「すまんなぁ。また誰かの指でも食うか? あ、そうだ、今度は女の指にしてやるよ!」
俺が爽やかにサイコジョークを飛ばすと、式鬼は「ヒッ」と短い悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら安倍の後ろに隠れてしまった。
解せぬ。労ってやったのに。
「……そうだ!」
俺はポンと手を打った。
「今日、会社に行くからさ! うちの会社も人材派遣やってるし、大手物流のコールセンター業務を完璧に回してたスゴ腕の女性がいるから、引っこ抜いてきてやるよ!」
俺の頭の中には、『ちえちゃん』の顔が浮かんでいた。俺の下に配属される前、新卒でコールセンター管理の部署に配属され、あっという間に業務を改善して大手物流からの特大契約をもぎ取ってきた伝説の女傑である。
「……貴方、会社員だったんですか?」
「うん、課長だよ。安倍よ、課長同士でお揃いだな!」
俺がウインクをすると、安倍は全く嬉しくなさそうに虚空を見つめ直した。
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ちえちゃんをスカウトすべく、俺とザラは会社へと向かった。
「いいかザラ? 俺が上司や同期に呼び捨てにされたり、『お前』呼ばわりされたからって、いきなり殴ったりするなよ? ……絶対に、斬るなよ?」
「大丈夫さ。痛くないように綺麗に斬るから」
「そうじゃねえよ!」
そんなコントを繰り広げながら会社のエントランスに到着すると、何やらロビーが騒がしかった。
「や、やめてください!」
受付嬢が、柄の悪い男たち数人に囲まれて揶揄われている。
その男たちの一人は、右手が異形の『金棒』のように変形していた。周囲には、止めに入ったであろう男性社員たちが何人も手足を折られて呻き声を上げている。
一目で分かった。最近調子に乗っている神子と、その一味のチンピラだ。
俺はゆっくりと歩み寄り、声をかけた。
「なぁ君たち。彼女が嫌がっているし、やめないか。それに、そこの社員たちは君たちの仕業かな?」
「松本課長!?」
「松本さん!!」
俺の姿を見た社員たちと受付嬢が、安堵と同時に「なんで来ちゃったの!?」という焦りの声を上げた。
俺は普段から枯れたおっさんとしてお菓子を差し入れたりしていたため、下心がなくて安全な上司として好かれていた。それが最近、少し(魔王の威圧で)イケオジ風になったことで、受付嬢たちはすっかりファン化してくれていたのだ。
「あぁ!? なんだテメェ、すっこんで――」
「はいドーン」
イキって胸ぐらを掴もうとしてきたチンピラの腹に、俺は無造作に前蹴りを叩き込んだ。
ドグシャッ。
チンピラは『くの字』どころか完全に半分に二つ折りになり、壁まで吹き飛んでピクピクと痙攣した。
静まり返るロビー。
「て、てめえ……ッ!!」
さっきまで右手が金棒だった男が、その腕を鋭利なグルカナイフのように変形させた。
「神子様に逆らうとはいい度胸だ! 死ねッ!」
男が俺の首元にナイフを向けた、その瞬間。
スパーーーンッ。
涼やかな音と共に、男の右腕が根元から宙を舞った。
ザラが、空間収納から抜き打ちで大剣を閃かせたのだ。
「ぎゃああああああああっ!!? うで、俺の腕がああぁぁッ!?」
絶叫して転げ回ろうとする神子の顔面を、俺は片手でガシッと掴み上げ、空中に吊るした。
「人の会社でうるせえよ。どうせ死ぬけど、大人しくしてるなら痛くしないでやる」
俺が『魔王の威圧』を薄く流し込むと、神子はガタガタと震え出し、そのまま白目を剥いて泡を吹き、失神した。
残ったもう一人の手下が、恐怖でへたり込みながら必死に首を横に振っている。
俺はそいつの右足を掴んで吊り上げると、そのままボキッと折った。続いて左足もへし折り、最後に両手をいっぺんにへし折った。
「あぎゃあああ……っ」
両手両足を綺麗に折られた手下は、痛みの限界を超えて気絶した。
「大丈夫?」
俺が笑顔で振り返ると、受付嬢は顔を真っ赤にして頷いた。
「あ、はい! 松本さん、ありがとうございます!」
「いいのいいの。君たちにはいつも元気貰ってたからね」
俺が爽やかに笑う横で、ザラがジトォォ……っと呆れたような冷ややかな視線を向けていた。
「ザラ、三木さんに連絡して『回収チーム』を回させて」
俺はそう指示を出し、骨折して倒れている男性社員たちの元へと歩み寄った。
その中には、俺の元の部下である二木君の姿もあった。大人しく、積極性に欠けるという評価を受けていた青年だ。
「二木君、大丈夫かい?」
俺が屈み込むと、同じく骨折している別の社員が口を開いた。
「松本課長……彼が身を挺してくれなきゃ、課長が来てくれる前にアイツらに酷いことをされてました。神子だと分かってて飛び出していったんです。大した男ですよ」
「いや……そんな、いいもんじゃ……イタタ……」
謙遜して顔を歪める二木君。
俺は、姿を消して背後についてきているスーを呼んだ。
(スー、ここにいるみんなを治してくれないか?)
(りょうかーい! じゃあ行くよ!)
スーの超高度な治癒魔法が発動する直前。
俺は、いかにもそれっぽいポーズで両手を前に突き出し、全力で叫んだ。
「ハァーーーッ! ほっ!!」
ピカァァァッ! と淡い光が社員たちを包み込み、ボキボキに折れていた骨が、数秒で完全に元通りに繋がった。
「えっ……!? 痛くない! 治ってる!」
驚愕する社員たちを前に、俺は満足げに頷いた。スーの存在をバラすと厄介なので、俺の力で治したように誤魔化したのだ。
「……課長。課長も、神子だったんですか?」
二木君が呆然と尋ねてきたので、俺はニッコリと答えた。
「うん、最近目覚めたんだけどね。『神子が傷つけたものだけ治療できる』って権能なんだよ。神子神社ではよくしてもらってるよ」
二木君たちは、「傷が一瞬で治るなんて凄すぎる……!」と感動しつつも、「でも、あの『ハー!ほっ!』って掛け声はめちゃくちゃダサかったな……」という絶妙に複雑な表情を浮かべていた。
そんな中、すっかり元気になった受付嬢が目を輝かせて近づいてきた。
「じゃあ、さっきの綺麗な女性って、ひょっとして……」
「うん、神社からつけてもらった護衛だよ」
「良かったー! じゃあ課長、今度わたしと――ひいっ!」
受付嬢が食事に誘おうとした瞬間、彼女の背後にザラがピタリと立っていた。
一切の感情を消した、極寒のジト目である。
「三木はこちらに向かうそうですよ、《《松本課長》》?」
ザラが威圧感たっぷりに告げると、受付嬢は「ヒッ」と引き攣った笑いを浮かべて後ずさった。
「あ、ああ、そうか。じゃあ上に向かうか」
「あ、課長! 3課のあるフロアにも、神子と思われる人たちが向かいました! 下の人たちはその手下です!」
二木君の言葉に、俺は少し目を細めた。
「……なるほど。分かった、ありがとう」
3課。ちえちゃんがいるフロアだ。
「行こうか、ザラ」
俺は、災厄の女帝と共に、騒動の中心である上階へと歩みを進めた。




