第17話:血に塗れた復讐と、闇に蠢く『第四課』
土煙が晴れた後、教習所の固いアスファルトの上に血だまりが広がっていた。
大剣で肺を貫かれた神子――久保は、もはや自分が助からないことを悟ったように、自嘲気味に笑って目を閉じていた。
「アンタは、他の狂った奴らとは毛色が違う気がするな」
俺は、血の海に倒れる久保を見下ろして静かに問いかけた。
「……こいつらじゃなく、誰かに誘われたか?」
「ああ……アメリカにな」
久保の口から出た言葉に、後ろにいた沙織が息を呑んだ。
「嘘でしょ……!? 我々とアメリカの間には日米安保があるのに……!」
「そんなもん、アイツらが本気で信じてるわけねぇだろ……」
久保は口から血の泡を吹きながら、嗤った。
「アイツらはな、黄色い猿どもが『神子』だの『陰陽術』だの、得体の知れない力を持ってるのが気に入らねえんだ。……いつか、宮内庁ごと日本をコントロールしたいのさ」
「お前はなんで、そこまで分かっててアメリカに協力した?」
俺が重ねて問う。
「そういうの、一番嫌いなタチだろうが」
「……ああ、アメ公なんざ反吐が出るほど嫌いさ。だがな、それ以上に……そこの第二課がキライだっただけだ」
久保の視線が、俺の後ろで青ざめている安倍課長を鋭く射抜いた。
「何があったのさ?」
ザラが静かな声で促すと、久保は濁った空を見上げながら、感情の抜け落ちた声でぽつりぽつりと語り始めた。
「三年前に……俺の妹が、トラックに突っ込まれて死んだ。お腹には子供がいて、翌週が予定日だった。一緒に死んだよ」
交通事故。だが、話はそれだけで終わらなかった。
「助手席に乗っていた妹の旦那は、かすり傷一つない軽傷だった。……そして葬式の時、妹の顔にはぐるぐると包帯が巻かれていた。病院で見た時は損傷なんてなかったのに、旦那は『少しでも傷があるなら、隠してやりたい』と泣き崩れてみせた」
久保の瞳に、どす黒い怨念の火が灯る。
「そして、骨を拾う時だ。妹の右の鎖骨には、昔骨折して入れたボルトがあった。だが……右の脛に入っているはずのボルトが、どこを探しても無かったのさ」
「……遺体が、すり替えられたか」
俺が呟くと、久保はゆっくりと頷いた。
「俺は旦那を問い詰めたが、しらばっくれた。おかしいと思って相手のトラック運転手を探したが、会社も住んでいたアパートも、煙のように消滅していた。近所に聞いても『そんな会社は知らない』の一点張りだ。……そして、妹の旦那も消えた」
途切れた糸を繋ぐため、久保は宮内庁の犬になることを選んだ。フリーランスの神子として第二課に出入りし、手がかりを探したのだ。
そして、ある日。
「俺は……二課の関連施設で、妹の旦那を見た。アイツは、二課の神子だったんだよ。捕まえて、右手を穴だらけにしてやったら、すぐに吐いた」
久保はギリッと歯を食い縛った。
「二課はな……『神子の血縁は神子として覚醒するのか』、そして『神子同士の間にできた胎児はどうなるのか』に興味があったらしい。……その絶好のサンプルが、俺の妹と、姪っ子だったってわけだ」
背筋が凍るような胸糞の悪い話に、レナとセリーナの表情からスッと感情が消え去った。
「……旦那は二課の神子か。妹さんと赤ちゃんは、殺されて研究機関に送られたのか」
「ああ、そうだッ!!」
久保が血を吐きながら絶叫する。
「吐かせたラボに行ってみれば……妹と姪は死体を細かく刻まれて、動物に移植されたり、培養液に漬けられたりしていたよ!! ……だから俺は、アメリカの犬に成り下がってでも、二課の連中を全員殺すと誓ったんだッ!!」
凄まじい殺気が、俺の後ろに立つ安倍に向けられた。
しかし。
その殺気を一身に浴びた宮内庁の陰陽師トップ・安部晴也は、血の気のない顔で後ずさりし、ガクガクと首を横に振っていた。
「な、なんだそれは……!? 待て、私はそんな非道なラボなど、一つも知らないぞ!?」
「とぼけるなッ! お前がトップの第二課の仕業だろうが!!」
「違う! 我々第二課は、ただの現場対応だ! 神子の解剖や実験など、そんな権限も予算も……ッ!」
安倍のパニックは、演技には見えなかった。本当に、心の底から怯え、心当たりがないという顔をしているのだ。
その時、横にいた沙織がハッとして震え出した。
「課長……まさか、噂に聞く『第四課』……?」
「なんだそりゃ」
俺が尋ねると、沙織は自分の腕を抱きしめながら、震える声で裏の歴史を口にした。
「宮内庁正倉院事務所には、表向きは三つの課しかありません。一課が正倉院の管理、二課が神子対応の現場、三課が経理や事後処理。……しかし、極秘の機密として『第四課』が存在するという都市伝説があるんです」
「機密の部署が、非道な実験をやってるってことか?」
「……はい。安倍課長は、有名な土御門家(安倍家)の血筋ということでトップに担がれていますが、それはあくまで『表向きのピエロ』です」
「なっ……!?」
安倍が絶句する中、沙織はさらに踏み込んだ。
「裏で四課を牛耳り、政治家と癒着して神子の人工作成やキメラ実験を行っているのは……かつて、安倍晴明に陰陽道を教えた『賀茂家』の子孫だと言われています」
「馬鹿な! 賀茂家は江戸に断絶してる!分家の幸徳井家も、明治の維新時に断絶したはずだ!」
「でも、それなら辻褄が合います……! 久保さんの言うような大規模な隠蔽や戸籍の抹消、人道無視の実験なんて、現場の私たちにできるわけがありません。それをやれるのは、国家の中枢に根を張る四課の連中だけです!」
静寂が落ちた。
久保は、目を見開いたまま宙を見つめていた。
「俺は……ずっと、踊らされていたのか……? 真の黒幕の姿すら見えず、目の前のピエロを恨んで……」
絶望。
だが、久保はすぐに口角を歪め、凄絶な笑みを浮かべた。
「……まあ、いいさ。俺はアメリカの犬になっても復讐すると決めたんだ。お前らが二課だろうが四課だろうが関係ない。どうせ全部ぶっ壊すつもりだった」
「な、何を……」
「さあ、これからは混乱の時代だ。せいぜい足掻け。……宮内庁の悪行と人権無視の実験データは、本日この時間、ネットを通じて全世界に公開されるようにセットしてある」
安倍と沙織の顔が、さらに青ざめた。
「神子の協力者なんていなくなるだろうし、C国や北も、混乱に乗じて日本を狙ってくるだろうな。……ザマア見ろッ」
ゴボッ、と。久保の口から大量の血が溢れ出し、いよいよ命の限界が近づいていた。
久保は、目の前で大剣を持って立つザラを見上げた。
「……アンタ、いい女だな。最後に、アンタみたいな美人さんに介錯されるとは……俺にしちゃあ、上等だ……」
力なく微笑んだ久保に、ザラは小さく息を吐いた。そして、俺の方を振り返る。
俺は、静かに頷いた。
「あばよ。アンタの無念は、アタシたちが預かってやるよ」
ザラが大剣を振り下ろす。
痛みを感じさせる暇も与えない、美しく、そして静かな一閃。
久保の首が落ち、教習所を包んでいた張り詰めた空気が、ふっと途切れた。
沈黙が支配する中、残されたのは、ネットに拡散された国家の闇と、諸外国が牙を剥くという最悪の置き土産だった。
安倍と沙織は、日本の未来に絶望し、その場にへたり込んでいる。
しかし。
魔王・松本賢人の歩みは、そんなことでは決して止まらなかった。
俺はコツコツと革靴を鳴らして安倍に近づくと、その胸ぐらをガシッと掴み上げて、ニッコリと微笑んだ。
「で? なんだかお家騒動が大変みたいだけど……俺たちはちゃんとテロリストを鎮圧して、アンタの命を救ったぞ?」
「ひっ……!?」
「約束の機密費『100億円』、キッチリ払ってもらおうか」
世界の混乱も、国家の危機も知ったことではない。
俺たちの日本での平和な生活を脅かす奴らは、四課だろうが他国だろうが全員物理でぶっ飛ばすだけである。




