第14話:無限の拷問と、手のひらドリル回転の魔王
三人の惨殺死体と、空虚でまばらな拍手。
地獄のような訓練施設で、賢人は沙織を元気つける上司ムーブを繰り出し見事に滑っていた。
ザラたち三人も「あーあ、ドンマイ」と言わんばかりの生温かい視線を向けており、賢人はいたたまれなさに冷や汗を流していた。
その時だった。
「き、貴様ぁっ! 我々を敵に回すつもりか!」
静まり返った室内に、甲高い男の怒声が響いた。
声の主は、安部晴也。宮内庁で陰陽師たちを束ね、警察や公安、内調などにも太いパイプを持つエリート中のエリートだ。歴史ある土御門家の庶子の末裔を自称しており、近世以降、常に宮内庁内で強い権力を持ってきた家門の『おぼっちゃま』である。
自身の管理下にない強大な力など、彼のちっぽけなプライドが許すはずもなかった。
(……おっ)
賢人は、顔を真っ赤にして喚く晴也を見て、内心でガッツポーズをした。
(こいつを上手く使えば、さっき俺が滑った空気も消えるのでは?)
姑息な中間管理職の打算が働いた。
「これはこれは、初めまして。私は松本賢人と申します。以後、お見知りおきを」
賢人は大仰にお辞儀をし、慇懃無礼な笑みを浮かべた。
「ふざけるな! 私の管理下に入らないと言うのなら、貴様らなどこの場で『処理』してやる!」
喚く晴也に対し、賢人はやれやれと首を振り、ニヤリと嗤った。
「一つ質問なんですが。どなたが、私達を『処理』されるんでしょうかね?」
「なにいッ!?」
賢人は、ゆっくりと周囲の人間たちを見回した。
「どなたか、私達の処理をしたい方はいらっしゃいますか? 今なら、その勇気に敬意を表して『楽に殺して』あげますよ?」
魔王の威圧を孕んだ、絶対者の笑み。
当然ながら、先ほどまで一方的な虐殺を見せつけられていた宮内庁の人間たちが、前に出てくるはずもない。全員が顔を伏せ、息を殺して後ずさった。
「おや? どなたもいらっしゃらない様ですが。他に精鋭がいらっしゃるなら、早めに呼んだ方が良いですよ?」
賢人は肩をすくめてみせた。
(くくく……完璧だ。皆、俺の『魔王ムーブ』に見惚れて、さっき滑った空気は完全に消え去ったな! 計算通り!)
賢人は内心でドヤ顔をキメていたが――。
「旦那、自分が滑ったの誤魔化せたと思ってるね」
「完全にバレバレなんですけどねぇ。ふふっ」
「ケント様は、ああいうところが可愛いんですよ!」
後ろに控える嫁三人のコソコソ話は、静まり返った室内では丸聞こえだった。
「〜〜〜ッ!!」
賢人の顔が一瞬にしてカァァッと朱に染まる。
一方で、自分だけが完全に蚊帳の外で馬鹿にされていると感じた晴也は、怒りで全身をブルブルと震わせていた。
「貴様あああああっ! この私を愚弄するか!! 殺してやる、そこの生意気な女どもは全員、ウチの神子たちの慰み者にしてやる!!」
「課長!! やめてください、本気で死にます!!」
沙織が必死に晴也にすがりついて止めようとするが、逆上した晴也は彼女を乱暴に振り払った。
――ピキッ。
室内の温度が、急激に下がった気がした。
「……あ?」
賢人の声は、地を這うように低かった。
コツ、コツ、と。賢人がゆっくりと晴也に向けて歩みを進める。その全身から立ち上るどす黒い殺気に当てられ、晴也は腰を抜かしてドスンと尻餅をつき、目を見開いた。
パンッ。
乾いた破裂音がした。
いきなり、晴也の『右足首から先』が内部から爆ぜたのだ。
「…………え?」
細かな肉片と骨片が、赤い霧のように室内へと降り注ぐ。
「きゃあっ!?」
近くにいた沙織の顔にも、上司の足だった肉片がベチャリと張り付いた。沙織は悲鳴を上げ、必死にハンカチで拭き取ろうとするが、口に入ってしまった肉片の強烈な血の匂に耐えきれず、その場で胃液を嘔吐した。
「あらあ、飛び散って汚いですわね」
レナたち三人は、当然のように風魔法の障壁を展開し、服に血の一滴もつけずに涼しい顔をしている。
「決めた。お前は殺さない」
賢人は、晴也を見下ろして冷酷に告げた。
「楽にはしない」
パンッ。
今度は、左の足首が爆ぜた。
「ぎゃあああああああああああああああああっ!!? 痛いぃぃっ! あああああっ!!」
ようやく痛覚が追いついたのか、晴也が発狂したように絶叫する。
パンッ。右手首が爆ぜる。
パンッ。左手首が爆ぜる。
パンッ。右足の膝から下が爆ぜる。
手足を失ったダルマのような姿になり、晴也は白目を剥いて痙攣を始めた。あまりの激痛と凄まじい出血量。数秒待たずして、ショック死するか失血死するだろう。誰もがそう思った。
――シュゥゥゥ……ッ。
突如、淡い光が晴也の体を包み込んだ。
次の瞬間、晴也の肉体はビデオの巻き戻しのように『完全な状態』へと再生していた。賢人の頭の上で姿を消している妖精のスーが、異世界でも規格外の妖精の『治癒魔法』をかけたのだ。
「え……? あ、あれ……?」
爆ぜたはずの手足が元通りになり、壊れかけていた精神までクリアに治癒された晴也は、自分の体を見て呆然とした。周囲の人間たちも、死の淵からの完全復活という神の奇跡に言葉を失う。
沙織が「まさか、許して……」と安堵の声を漏らしかけた、その時。
バンッ!!
「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!?」
より大きく、くぐもった音と共に、治ったばかりの晴也の足首が再び『爆ぜた』。
のたうち回る晴也に近づき、賢人はその出血する傷口を革靴の底で容赦なく踏みにじった。
「慰み者だって? 俺の女を? ……いい度胸だな。俺もオマエで、殺さないでいつまでも『遊んで』やるよ」
バンッ! バンッ! バンッ!
晴也の右腕が、指先から手首、肘、肩へと、数センチずつ順番に破裂していく。
「ひぎぃっ! あ……がぁぁっ!!」
あまりの激痛に晴也が気絶する。
するとスーの光が降り注ぎ、肉体が完全に再生され、意識が強制的に浮上させられる。
そしてまた爆ぜる。
気絶しては再生。
再生しては破裂。
絶対に死ぬことが許されない、地獄の無限拷問。
「ま、松本さん……っ」
降り注ぐ血と肉片を浴びて震えることしかできなかった沙織が、意を決して賢人に声をかけた。
「ああっ!?」
殺意に満ちた賢人が、酷く機嫌の悪い顔で睨みつける。沙織はヒィッと涙目になったが、そこで後ろからザラが口を挟んだ。
「旦那。まあ、話だけでも聞いてやったらどうだい?」
「……チッ」
賢人が舌打ちをして拷問の手を止めると、レナとセリーナが「貴女、以前ケント様に銃を向けたこと忘れてませんからね?」と言わんばかりの冷ややかな視線を沙織に突き刺した。
沙織はガクガクと震えながら提案した。
「こ、今回の事は、本当に申し訳ありませんでした……っ」
「……で?」
「もう二度と、松本さんたちに私達が何かするという事はさせません。絶対に出来ません!」
「だろうな。……それで、今回の落とし前はどうするんだ?」
「そ、それは上司と掛け合って出来る限りの補償を……」
「あ?」
「ッ!! いえっ! 絶対に松本さんが納得するものをお持ちします!!」
賢人の目が細められた瞬間、沙織は床で呆けている晴也の胸ぐらを掴み、ガクガクと激しく揺さぶった。
「課長!! なんでもしますよね!? すると言いなさい!!」
「あ、あああ……っ、ひぃっ、し、しますぅ……っ!」
その言葉を聞き、賢人の頭にある閃きが走った。
「なあ。それなら一つ、お願いがあるんだけどさ」
賢人の声のトーンが、スッと常識的なものに戻る。晴也と沙織はビクッとして「は、はい! なんでしょうか!」と背筋を伸ばした。
「ちょっと事情があってな。こっちの三人、戸籍が無いんだよ。そっちの権力でそれを作ってくれるなら、今回の事は水に流すけど」
「こ、戸籍ですか……っ」
晴也は脂汗を流しながら、必死に頭を回転させた。
「あ、あの……私の力とコネでも、いきなり海外の戸籍を用意するのは難しいのですが……その、『ご両親が帰化した日本人』という扱いで、日本の戸籍を新造することなら、すぐに手配できますが、それでもよろしいでしょうか……?」
「おお! 構わないよ! いやぁ、本当に助かるよ安部くん! 流石は宮内庁のエリートだ、カッコいい!」
「えっ」
つい数秒前まで四肢を爆破し続けていた魔王が、いきなり揉み手で「ヨッ、社長!」とでも言うようなご機嫌なサラリーマンに戻ったのだ。
あまりの情緒の落差に、沙織は完全にリアクションに困っていた。
だが、この機を逃すまいと、沙織はダメ元で一つの提案を口にした。
「あ、あの松本さん。私達が皆さんを管理するなんて身の程知らずな真似は絶対にしませんが……例えば、私達の手に余った事案が発生した時に、不動産会社との契約のように、正式な『依頼』としてお仕事を頼むのは……OKですか?」
賢人は少し考えた。
「そうですねえ。相手の強さと、代金にもよるのですが……どのくらい出せます?」
「そうですね……今日皆さんが倒したくらいの強さの神子クラスを相手にしていただけるなら、一回の依頼で、三桁億(数百億円)くらいは……」
「――やらせていただきますよ!! 宮内庁に協力するのは、日本国民の務めじゃないですか!!」
三桁億。その言葉を聞いた瞬間、手取り四十五万の社畜課長は、見事なまでの手のひらドリル回転を見せた。
「いやぁ、素晴らしい! 日本の平和を守るため、共に頑張りましょう! おや、服が汚れてしまっていますね。今綺麗にしますよ!」
賢人は満面の営業スマイルを浮かべると、指先を弾いて『生活魔法』を発動した。
サーッ……!
魔法の風と清らかな水が、晴也や沙織、そして周囲で震えていた宮内庁の人間たちの身体の表面を這うように包み込み、こびりついた血や肉片、汚れを一切のダメージなく完璧に洗い流した。
「ほら、スッキリした! 今後は味方ですね! よろしくお願いしますね!」
愛想笑いを振りまく賢人。
しかし。良かれと思ってやったこの『生活魔法』が、彼らをますます深い絶望と恐怖のどん底に叩き落としたことを、賢人は知る由もなかった。
(……ひぃぃぃぃぃっ!!)
突然、自身の身体の輪郭に寸分違わず這い回るように水と風を操作されたのだ。
それは地球の異能者たちの目には、「いざとなれば、お前たちの身体の表面をこうやって撫でて、一瞬で首を切り落とすことも、細切れにすることもできるんだぞ」という、圧倒的な力を見せつける『無言の死の宣告』にしか受け取れなかったのだ。
「よ、よよよ、よろしくお願いしますぅぅぅっ……!!」
かくして。
絶対に逆らってはいけない魔王の脅迫(ただの親切)の前に、宮内庁は完全に平伏した。
賢人たちは晴れて国家公務員直属の超VIP協力者となり、ザラ達三人も念願の日本の戸籍を手に入れる事となったのである。




