第13話:宮内庁の精鋭と、空虚な拍手
宮内庁の地下深くに存在する、広大な訓練施設。
そこには、日本の裏社会を管理する陰陽師たちや、国家に飼われた強力な異能者たちが集められていた。
沙織の決死の土下座と必死の説得により、事態はひとまず「対面による交渉」という形に落ち着いていた。
施設に足を踏み入れたケントたち四人からは、いっそ不気味なほどの余裕と自然体が感じられた。その底知れない威圧感に、宮内庁の大多数の人間は警戒心を強め、沙織の言う通り「下手に刺激してはいけない相手だ」と本能で理解して交渉を受け入れる姿勢を見せていた。
だが、どこにでも自分の力を過信している愚か者はいる。
宮内庁がお抱えにしている、特に戦闘力の高い三人の異能者たちだ。
「野良の神子など、俺の拳で一捻りにしてやるよ」
身長二メートルを超える、ステロイドで膨れ上がったようなシュワルツェネッガーもどきの巨漢が、レナを見下ろして鼻で嗤った。
「……女か、ガッカリだね。どうせ大したことないんでしょ」
全身からチロチロと炎の揺らめきを放つ女が、セリーナを完全に無視して吐き捨てる。
「おいおい、いい女じゃねえか。斬られたくなかったら、俺に一発やらせろ。そうすりゃ上の連中にも口利いてやるぜ?」
自分の背丈ほどもある斬馬刀を肩に担いだ男が、下卑た笑みを浮かべて三人を舐め回すように見つめた。
沙織が「馬鹿なことはやめて!」とオロオロと止めに入ろうとした、その時だった。
「ボッ」と。
本当に、何の前触れもなく。
火を噴く女の服と肌の表面が、いきなり激しい炎に包まれた。
「ぎゃああああああああっ!?」
女自身が火を噴いたのではない。セリーナが指一本動かさず、ただ視線を向けただけで、女の身体がいきなり『人体発火』を起こしたのだ。
突然の事態に、周囲の人間たちが言葉を失う。
女は床を転げ回り、「熱い! 熱い!」と絶叫しながら自分の体を叩いたが、炎は一向に消える気配がない。セリーナはわざと表面だけを燃やし、女が苦しむ様を冷たい目で見下ろしていた。
「……これからよ?」
セリーナが薄く微笑むと同時に、炎の温度が跳ね上がった。
赤かった炎が、一瞬にして青白く変わる。
「あ、ぎっ……あぁぁぁ……ッ!!」
叫んでいた女の声帯が焼け焦げ、声が音にならなくなる。高温に晒された手足の筋肉が異常な速度で収縮し、女の身体は蜘蛛のように奇妙な形に丸まっていった。
さらに温度が上がる。
数秒後、女だったモノは完全に燃え尽き、床には真っ白な灰だけが崩れ落ちた。
その直後、天井の火災報知器がようやく異常を感知し、スプリンクラーが作動した。
冷たい雨のような水が、室内に降り注ぐ。
水に濡れたセリーナは、ゆっくりと天を仰ぎ、両手を広げて魔女のように哄笑した。
「ふふっ、あはははははっ!」
その姿は、あまりにも美しく、そして圧倒的だった。
人の命を塵のように消し去った残虐な行為の直後だというのに、濡れた金髪と妖艶な笑顔に、室内にいる男女問わず全ての人間が完全に魅了され、心を奪われてしまっていた。
賢人だけが、「あちゃー」という顔で額に手を当てていた。
誰もがセリーナの美しさと恐ろしさに気を取られ、息を呑んでいた、その瞬間。
「オラアアアアアッ!!!」
空気を切り裂くような怒声と共に、シュワルツェネッガーもどきの巨漢が、ボールのように壁際まで吹き飛ばされていた。
ドゴォォォンッ!! とコンクリートの壁にヒビが入り、男はうつ伏せに跳ね返って床に落ちる。
「ガハッ……!?」
大量の血を吐き出す男に、ゆっくりと近づいていく影があった。レナだ。
「お前、アタシ達にケンカ売っといて暢気にしてんなよ?」
レナは、先ほどまでのフワフワした美少女の面影を微塵も残さない、本職のチンピラ顔負けの柄の悪さで男を見下ろした。その右手には、空間収納から取り出した巨大なメイスが握られている。
「ま、待て……っ!」
男が恐怖に顔を引きつらせて制止しようとするが、レナは一切の躊躇なくメイスを振り下ろした。
グシャァッ!
男が咄嗟に防御に出した太い腕ごと、胸部が嫌な音を立てて陥没する。
「ぎゃあああああああっ!!」
「うるさい」
レナは無表情のまま、今度は男の足のつま先から、メイスで念入りに潰し始めた。
バキッ、メチャッ、グチャッ。
骨と肉がミンチになる音が室内に響き渡り、巨漢の男は子供のように泣き叫び、自身の血と汚物で床を汚していく。
周囲の人間たちは、セリーナの時のような魅了など一切なく、ただただ純粋な恐怖とドン引きの表情でその凄惨な光景を見つめていた。
「で、お前反省したのか?」
レナが男の耳を掴んで顔を近づけると、男は狂ったように首を縦に振った。
「そう。まあ、どっちでもいいや」
レナは男をゴミのように床へ放り出した。
男も、周りで見ている宮内庁の人間たちも、一瞬だけ「助かった」という安堵の空気を流した。
――ドンッ。
次の瞬間、スイカをハンマーで叩き潰したような音が響いた。
男の頭があった場所の床がすり鉢状に砕け、頭部そのものが完全に破裂して、赤と白の血溜まりが扇状に広がっていた。
「あー、スッキリした。死なないように手加減したほうが殴り辛いんですよねー。やっと本気で殴れました!」
つい数秒前までのサイコパスな姿はどこへやら、レナはメイスについた血を払いながら、いつものフワフワした笑顔で賢人たちに話しかけた。
室内の空気は、もはやどうしようもないほどに凍りついていた。
三人のうち、二人が瞬きする間に肉塊と灰に変わった。
誰も言葉を発することができない中、ザラが面倒くさそうに首を鳴らして前に出た。
「……あー、そんなわけで、アタシはアンタとやるらしいよ? かかってきなよ、おそらくアタシが一番優しいから」
ザラは空間収納から自分の身の丈ほどもある大剣を取り出し、ドスンと肩に乗せて構えた。
その後ろでは、レナとセリーナが「ザラが一番野蛮ですよ!」「貴方には言われたくないわねぇ」と呑気にブーイングを飛ばし合っている。
斬馬刀の男は、動けなかった。
目の前で起きた二つの圧倒的な処刑劇を見て、完全に腰を抜かし、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。
カラン、と。男は持っていた斬馬刀を床に放り出し、そのまま勢いよく土下座をした。
「すいませんでしたぁっ!! 俺が調子に乗ってました!! 命だけは、命だけはお助けをぉぉっ!!」
その見事な土下座っぷりに、沙織や周囲の宮内庁の人間たちはホッと胸を撫で下ろした。
(よし! そうだ、それでいいんだ! 流石に裏社会の修羅場を生き残ってきただけあって、空気が読めるな!)
しかし、賢人たち三人の反応は全く違った。
「……バカだなあ」
「バカね」
「ザラ、怒ってるだろうなあ」
三人は一様に呆れた顔で、深くため息をついていた。
もしあの男が、一度でも剣を交え、その上で死なずに土下座をしたのなら、戦闘狂のザラは「まあ、アンタもそこそこだったよ!」と笑って許したかもしれない。戦士としての矜持を見せれば、ザラはそれなりに相手を尊重するからだ。
しかし、戦う前から武器を捨て、命乞いのために地べたに這いつくばる行為は、ザラの『誇り』の逆鱗に火をつけるだけの愚行だった。
案の定、ザラの声は地を這うように低く、冷え切っていた。
「……ほう。じゃあアンタは、剣士としてアタシの前に立たないんだな?」
「そ、それはもう!! 私ごときが、あなた様のような御方の前に立つなどございません!!」
許されたと勘違いした男が、必死に頭を床に擦り付ける。
ザラは氷のような瞳で男を見下ろし、言った。
「じゃあ、ここに居るのは『虫』だな」
ザラが大剣を軽々と振り上げる。
そして、剣の刃ではなく『腹』の広い部分を男に向け、ハエ叩きのように無造作に振り下ろした。
ボッ! という空気が圧縮される凄まじい音。
直後。
グシャッ。という、分厚い肉の塊を無理やりプレスしたような嫌な音が響いた。
ザラが大剣をスッと持ち上げた後、そこにあったのは。
土下座の態勢のまま、大剣の幅と同じ数センチの薄さにまで均等に潰された、人間らしき『何か』だった。
完全な静寂。
三体の原型をとどめていない死体を前に、宮内庁の人間たちは誰一人として呼吸すら忘れたように硬直していた。
そんな地獄のような空間で、賢人がコツコツと靴音を鳴らして沙織に近づいた。
「あれだね、三人しか死んでないなら、三木さんのお手柄だよね!」
「えっ……」
茫然自失としている沙織に、賢人は爽やかな営業スマイルを向ける。
「だって、三木さんが最初に止めてくれなきゃ、たぶんここにいる皆も死んでたしね! ほら、皆も三木さんに拍手!」
賢人はパンパンと手を叩き、会社で培った『凹んでいる部下をとにかく褒めて伸ばす』という中間管理職のスキルをいかんなく発揮した。
しかし、床には焼け焦げた灰と、頭の弾けた肉塊と、ペチャンコにされたシミのような死体が転がっているのだ。完全に状況とマネジメント手法がミスマッチを起こしている。
パチ……パチ……パチ……。
死の恐怖に支配された宮内庁の人間たちから、機械のように義務的な、まばらで空虚な拍手の音が、血の匂いが充満する室内に空しく響き渡っていた。
【完結】『嘘告のおかげで、最期に彼氏ができました。』夏休み明けに死ぬ予定の私と、嘘だったと泣き崩れる君~さよならのためのアオハルを、君と。(最高のざまぁをして、絶対に幸せになります)
魔法も無いチートも無い現実の高校生の切ない夏を書いてみました
作者初の恋愛ものです
徹夜のテンションで8話一気に書いて投稿で完結しちゃいました
良ければ読んでやってください




