第12話:宮内庁の無知と、死と隣り合わせの「さん、ハイ!」
シャリ、シャリ、シャリ……。
肉袋の中で、砕けた骨と砂利が擦れ合うような、絶望的な音。
人間の顎から上だけが、スイカのように吹き飛ぶ光景。
そして、それらを「ただのゴミ掃除」とでも言わんばかりの、一切の感情がこもっていない冷酷な瞳――。
「……っ!!」
三木沙織は、ビクッと肩を震わせて浅い眠りから跳ね起きた。
全身は嫌な汗でぐっしょりと濡れ、心臓が早鐘のように激しく打ち鳴らされている。
(また、あの夢……)
宮内庁正倉院事務所、第二課。陰陽師として、主に反体制の『神子』と呼ばれる異能者たちの処理を担当してきた沙織だったが、あの夜の路地裏で見た光景は、彼女の精神に深いトラウマを刻み込んでいた。
あれから数週間。
沙織はあの三人の惨殺死体を「神子同士の抗争によるもの」として上層部に報告し、自身は精神的なショックを受けたという名目で、第一線を退いてリハビリに近い軽作業だけをこなしていた。
あんなバケモノたちに関わってはいけない。あれは、国家権力や陰陽師の呪術などでどうにかできる次元の存在ではないのだ。
しかし、運命は残酷だった。
最近、裏社会やオカルト業界の界隈で、奇妙な噂が立ち始めていた。
『凄腕の、謎の祓い屋グループが現れた』と。
彼らはどんな特級の悪霊や呪いであろうと、いとも簡単に(しかも物理的な聖なる光で)浄化してしまうらしい。そのせいで、本来ならば宮内庁や懇意の裏組織が請け負うはずだった高額な除霊案件が、次々とその『謎のグループ』に奪われているというのだ。
事態を重く見た宮内庁上層部は、リハビリ中の沙織に「現場への復帰がてら、その目障りなグループの正体を調査してこい」と命じた。
沙織は気乗りしないまま、裏社会と繋がりのある不動産業者たちを回り、聞き込み調査を開始した。
そして、ある中堅の不動産会社の応接室。そこで担当者から聞かされた『凄腕の祓い屋グループ』の特徴に、沙織は全身の血の気が引くのを感じた。
「いやぁ、本当に凄い方々ですよ! バチカンも真っ青のエクソシスト一族です!」
興奮気味に語る不動産屋の担当者は、そのメンバーの容姿を事細かに描写した。
「一人は、浅黒い肌をした、大柄で筋肉質の外国の美女。もう一人は、金髪でスタイルの良い、モデルのような外国の美女。それから、フワフワッとした可愛らしい美少女。……そして、その三人をまとめているのが、渋くて色気のある、落ち着いたイケオジのリーダーです。彼らが拳に聖なる光を纏わせると――」
ガタンッ!!
沙織は、出されたコーヒーをこぼす勢いで立ち上がった。
「あ、あの! 三木さん!?」
「ご、ごめんなさい、急用を思い出したわ! 今日はこれで!」
不動産屋の担当者を置き去りにし、沙織は逃げるようにビルを飛び出した。
間違いない。あの夜、路地裏で『処理』を嬉々として行っていた、あの異常な四人組だ。あの冴えない中年サラリーマン風だった男が『イケオジ』に変わっているという点だけが引っかかったが、美女三人の特徴は完全に一致している。
ビルの陰に隠れ、沙織は震える指でスマートフォンを取り出し、上司へと電話をかけた。
『どうした、三木。調査の進展はあったか?』
「か、課長……っ! 調査を打ち切って、今すぐ帰還してもよろしいでしょうか!? この件は、これ以上深追いしてはダメです!」
沙織の必死の懇願に対し、電話の向こうの上司は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
『何を馬鹿なことを言っている。相手の正体は掴めたのか?』
「正体というか……彼らは、以前私が報告した、路地裏で三人の神子を惨殺したグループと同一人物の可能性が高いです! 彼らに関わったら、本当に命がいくつあっても足りません! お願いですから、調査はここで――」
『ほう、あの残虐な未登録の異能者どもか。ちょうどいいじゃないか』
上司の口から出た言葉は、沙織の予想を遥かに超える『無知と傲慢』に満ちていた。
『引き続き調査を行い、身元と拠点を特定しろ。我々宮内庁の傘下に入るよう交渉し……もし敵に回るようなら、迷わず『処理』を手配しろ。精鋭の神子部隊をいくつか向かわせる』
「む、無理です!! 触っちゃダメです! 絶対に勝てません! こちらが処理されるだけです!!」
『おいおい、三木。最近休んでいたからといって、臆病風に吹かれたか? 我々第二課の異能と神子たちの力を舐めるな。たかが野良の祓い屋ふぜい、いざとなれば塵も残さず消し去れる』
「違います、そういう次元の話じゃなくて……ッ!」
『……お前がやりたくないなら、他の人間にやらせるだけだ。下がっていいぞ』
ツーツー、と。
無情にも電話は切られた。
「あ、ああ……っ」
沙織は、冷たくなったスマホを握りしめ、その場にへたり込んだ。
逃げたい。今すぐこの街から、いや、日本から逃げ出してしまいたい。
だが、このまま上司が『他の人間』をあのバケモノたちに差し向けたらどうなるか。
交渉の席で、少しでも彼らの機嫌を損ねたら。あの金髪の美女が、宮内庁の神子たちの首を笑顔で『シャリシャリ』と回し、あの美少女が巨大な鉄塊で肉をミンチにし、あの筋肉質の美女が背骨を引き抜くのだ。そして、あの男が「面倒だから国会議事堂ごと潰すか」と本気で動き出せば、宮内庁どころか、日本の首都そのものが火の海になる。
同僚たちが、あんな無惨な肉塊に変えられるのだけは、絶対に見たくない。
「……行くしか、ない……っ」
沙織は、ガタガタと震える両脚を平手で強く叩き、無理やり立ち上がった。
意を決した彼女は、先ほどの不動産屋へと引き返し、土下座せんばかりの勢いで彼らの現在の居場所を聞き出した。
「ええと……松本さんたちなら、さっき『六本木の雑居ビルの案件が終わったから、帰りに焼肉でも食べて帰る』って言ってましたけど……」
不動産屋からの情報を頼りに、沙織は六本木の繁華街を走り回った。
そして。
夕暮れのネオンが灯り始めた大通りの交差点で、その『四人組』はあまりにも目立つ姿で信号待ちをしていた。
パリッとしたハイブランドのスーツを着こなし、雑誌の表紙から抜け出してきたような色気と大人の余裕を漂わせる、高身長の細マッチョなイケオジ。
その両腕には、世界トップクラスのスーパーモデルすら霞むほどの、絶世の外国美女が二人、楽しそうに笑いながらしなだれかかっている。さらにその後ろを、フワフワとした髪の愛らしい美少女が、綿飴を頬張りながらついて歩いていた。
誰が見ても、ただの『富豪のイケオジと、愛人たちのパパ活(?)風景』にしか見えない。
だが、沙織の目には、彼らが『人間の皮を被った歩く大災害』にしか見えなかった。
「あ……あ、あのっ……!!」
沙織は、決死の覚悟で歩み寄り、声を絞り出した。
その瞬間。
和やかだった四人の空気が、ピタリと止まった。
「……ん?」
イケオジ――松本賢人が、怪訝そうな顔でこちらを振り返る。
そして、沙織の顔を認識した瞬間、隣にいた筋肉質の美女、ザラが「あちゃー」という顔をして額に手を当てた。
反対側にいた金髪の美女、セリーナの優雅な微笑みから一切の感情が消え失せ、スッと……ただ静かに、両手の拳を強く握り込む。いつでも首の骨をへし折れるように。
極めつけは、綿飴を食べていた美少女、レナだった。
バサァッ!!
沙織が瞬きをした次の瞬間には、五メートル以上離れていたはずのレナが、沙織の目の前に立っていた。
「ひっ!?」
「……お前、死にたいんだな?」
絶対零度の声。
レナの左手が、沙織の髪の毛を乱暴に鷲掴みにする。そして右手には、いつの間にか虚空から取り出された、人間の頭ほどもある巨大な鉄のメイス(戦棍)が、脳天をカチ割る軌道で振りかぶられていた。
「ていうか、死ね」
「いやぁぁぁぁぁぁっ!?」
ブォンッ!! と、空気を切り裂いてメイスが振り下ろされる。
沙織が死を覚悟して目を閉じた、そのコンマ一秒前。
「だーーーーっ!! お前らはもうーーっ!!!」
ガシィッ!!!
賢人が横から飛び込み、レナのメイスを持つ腕を全力で掴み止めた。
「あ、ちぇっ」
「ちぇっ、じゃない! お前、初手からフルスイングで殺しにいく癖をやめろって言ってるだろ!」
賢人は頭を抱え、大きなため息をつきながら、周囲の嫁たちをぐるりと見渡した。
「いいか? 何回も言うぞ? 俺たちの日本での生活を守るための、大事なルールだ」
賢人は、幼稚園児に言い聞かせるような優しい、しかし有無を言わさぬ声で言った。
「『すぐ殴らない』」
「……ちぇっ」
「『すぐ焼かない』」
「……つまんないの」
「『すぐ斬らない』」
「……わかってるよ」
「そして、一番大事なのは! さん、ハイッ!」
賢人が指揮者のように手を振ると、絶世の美女三人が、不満そうな顔をしながらも声を揃えて復唱した。
「「「『すぐ殺さない!』」」」!!!
「うん! よく出来ました! 頑張ろうな、俺たち!」
賢人がパチパチと拍手をして褒めると、レナはようやく沙織の髪から手を離し、メイスを空間収納へと仕舞い込んだ。
圧倒的な死の淵から、理不尽なギャグのようなテンポで生還した沙織は、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。
ガタガタと震え、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている。
「はぁ……。まったく、こいつらが血の気が多くてすまんな」
賢人は苦笑しながらしゃがみ込み、沙織の目線に合わせて優しく問いかけた。
「……ところで、アンタ何しに来たの? わざわざ自分から俺たちの前に出てきたってことは、死にたいわけじゃないんだろ?」
その穏やかな声の奥にある、底知れない威圧感。
もしここで「処理しに来た」などと馬鹿な真似を口にすれば、今度こそ本当に、一秒後には自分の頭が粉砕されているだろう。
沙織は、涙をポロポロとこぼしながら。
ただひたすらに、首がもげそうなほどの勢いで、ブンブンと縦に頷き続けるのだった。
【完結】『嘘告のおかげで、最期に彼氏ができました。』夏休み明けに死ぬ予定の私と、嘘だったと泣き崩れる君~さよならのためのアオハルを、君と。(最高のざまぁをして、絶対に幸せになります)
魔法も無いチートも無い現実の高校生の切ない夏を書いてみました
作者初の恋愛ものです
徹夜のテンションで8話一気に書いて投稿で完結しちゃいました
良ければ読んでやってください




