第9話:魔王の愚痴と、裏路地の処刑
薄暗い裏路地。
助けたはずの女性から、真っ直ぐに眉間へと銃口を向けられ、俺は思わず戸惑いの声を漏らした。
「……えっと?」
「お、おい! 旦那に銃向けるとかヤバいって! ほら、セリーナが……ああっ、レナ! お前そんな物騒なので殴ったらダメだって!」
ザラが慌てて女性と俺の間に割って入ろうとする。
見れば、レナがどこから取り出したのか、人間の頭ほどもある巨大な鉄の塊がついたメイスを握りしめ、今にも女性の頭をカチ割ろうと凄まじい形相で殺気を放っていた。
「あー……」
俺は大きくため息をつき、ボリボリと頭を掻いた。
「とりあえず、君の敵ではないと思うんだが。それ、仕舞ってもらえないかな。というか……いい加減にしないと、お前らも、あそこで倒れてるアイツらも全員『消しちまう』ぞ?」
その言葉は、脅しではない。
本気の、ただの愚痴だった。
「……よく考えたら、なんで俺が手取り四十五万でタワマンにも住めないのに、他人のこと考えて真っ当に生きていかなきゃいけないんだろ」
「だ、旦那?」
「もうさ、銀行とか襲ったり、勝手にタワマンの最上階に住み着いて、文句言われたらビルごと壊せばいいんじゃないのかな。半グレとかヤクザとかギャング襲って、金と首でも取ってこようかな。そして誰かに文句言われたら、そいつらも殺しちゃおうかな……。でもなあ、お尋ね者じゃあ日本を満喫できないしなあ」
ブツブツと、暗い瞳で呟く俺。
ザラは「あちゃー、旦那のストレスが爆発しちまった」と顔を覆い、セリーナは「ふふっ、実はいい国だけど平和すぎて退屈だと思っていたの」と、国を滅ぼす気満々でウンウンと楽しそうに頷いている。レナはいまだにメイスを構え、銃を降ろさない女をミンチにしようとギリギリと歯を鳴らしていた。
「で、だよ」
俺は、銃を構えたまま固まっている女性を真っ直ぐに見据えた。
「あんな変な能力を持った奴らに襲われて、助けた相手に銃を突きつけるお前は、どこの誰だ? 銃を持ってるし、なんとなくアイツらとは毛色が違うから国関係か? ……んー、まあどうでもいいや」
俺は一歩、女性へと近づいた。
「返答が気に入らなかったら、もう我慢はやめる。この国でも俺たちの基準で動く。それが気に入らなきゃいつでも来い。国会議事堂なんざ三分で壊して、皆殺しにしてやるし。……どうするんだ?」
魔王としての威圧。空気が凍りつき、女性はガタガタと震えながら一歩も動けなくなっていた。
そこに、俺の頭の上からスーがフワリと姿を現し、女性の額にピタッと小さな手を当てた。
「三木沙織。宮内庁正倉院事務所、第二課陰陽師。正四位下で殿上人、だって」
あっさりと記憶を読み取ったスーの報告に、俺は眉を上げた。
「ほー。内閣府か警察の公安辺りかと思ったが、宮内庁ねえ」
俺は、恐怖で完全に硬直している沙織の手から、スッと銃を抜き取った。
「まあ、どうでもいいや。さっきのは八つ当たりだ。日本で暴れてやろうなんて思ってないし、触んなきゃ何もしないから、二度と関わるなよ」
俺は手慣れた動作で銃から弾を抜き取ると、鉄の塊である銃身を素手でグニャリと折り曲げ、沙織の足元にポイと放り投げた。
「じゃあ、帰ろうか」
俺が背を向けた、その時だった。
「ケント、ちょっと……これ見て」
スーに呼ばれ、俺は気絶している男の懐から転げ落ちていたスマートフォンに目を向けた。
画面には、録画された動画ファイルが再生されていた。
そこに映っていたのは、半グレたちが今までに攫ってきた女性たちを凌辱している地獄のような記録。そして、『神子』と呼ばれていた刃の腕を持つ男が、嗤いながら生きたままの女性を切り刻んでいる凄惨な映像だった。
俺は無言でスマホを握り潰し、背後でへたり込んでいる沙織に問いかけた。
「……こいつらは、どうなるんだ? あんな異能があるのに、普通の裁判にかけるのか?」
沙織は少しためらった後、震える声で答えた。
「たとえ人を殺していなくとも……神子の力を使った犯罪や、それに加担した人間は、法ではなく我々の手で『処理』されるわ」
「そうか」
返事と同時だった。
俺は気絶して倒れている神子の男の顔面を、一切の躊躇なく踏み抜いた。
グシャッ!! とスイカが弾けるような音を立てて、男の顎から上が跡形もなく吹き飛ぶ。それと同時に、男の胸に手のひらをかざし、『極小爆鳴気(魔法)』を叩き込んで心臓を消し飛ばした。
「じゃあアタシはこっちをもらうよ」
ザラが、顎を握りつぶしていた男の残っていた上顎を鷲掴みにし、首ごと背骨を引き抜こうと力任せに引っ張った。
ブチブチィッ! と嫌な音を立てて、しかし首の骨が抜けるよりも早く、上顎から上だけがちぎれ飛んだ。
「うるさい、このクズが」
レナが冷酷な声で吐き捨て、痙攣して動く男の死体を、巨大なメイスで何度も何度も叩き潰す。肉と骨が泥のように混ざり合い、裏路地に血の海が広がっていく。
「ふふっ。起きなさい」
セリーナは、ハンドルに突っ伏して気絶していた運転手の男の髪を掴み、無理やり引きずり出して目を覚まさせた。
「ひっ!? あ、あああ……っ!?」
凄惨な光景を見て悲鳴を上げる男の耳元で、セリーナは天使のように優しく囁いた。
「お前、生きてる資格ないね」
そして、男の頭を片手でつかみ――ゆっくりと、回し始めた。
「あ、が……っ、や、やめ……たす、たすけ……っ!」
男は泣き叫び、股間を濡らしながら、ありとあらゆる命乞いをした。
しかし、セリーナは微笑みを崩さず、メキメキと骨が悲鳴を上げても、ゆっくり、ゆっくりと頭を回していく。
頭が一週する頃には、男の声帯は千切れ、声は完全に失われていた。
そして二週する頃には、首の中の骨は完全に粉砕され、ただ『シャリシャリ』という、肉袋の中で砂利が擦れ合うような絶望的な音しかしなくなっていた。
セリーナがパッと手を離すと、男の首は糸の切れたマペットのように、あり得ない角度でダラリと垂れ下がった。
数分前まで生きていた暴漢たちは、文字通りただの『肉の塊』へと処理された。
俺は、恐怖で声も出せずにガチガチと歯の根を鳴らしている沙織を見下ろし、淡々と告げた。
「こいつらは生きてても害しかないから、こっちで『処理』しといた。あとは任せていいのか?」
沙織は、ただ無言で何度も頷くことしかできなかった。
「じゃあな。今日の事はお互い忘れるって事で」
俺はヒラヒラと手を振り、血溜まりを避けて歩き出す。レナとセリーナは、俺に銃を向けた沙織のことがまだ許せないのか、通りすがりに射殺すような鋭い視線で彼女を睨みつけてから俺の後を追った。
最後に残ったザラが、腰を抜かしている沙織の肩をポンと叩いた。
「……良かったよ。旦那やアイツらが、本気でキレなくってさ」
「え……?」
「あれ、冗談じゃなくて本気で本当だからな? 次に旦那に変な事したり言ったりしたら、本気でこの国ヤバいから。……まあ、アンタには一瞬とはいえ庇われたし、出来れば死なないでな。じゃあな!」
ザラもあっけらかんと笑い、一瞬にして姿を消した。
静まり返った血まみれの裏路地に、一人取り残された国家の陰陽師・三木沙織。
彼女は、三体の原形をとどめていない惨殺死体を呆然と見つめながら、震える手でスマートフォンを取り出し、上司へと電話をかけた。
「……あれでキレてないって……あの人たち、おかしいわよ……」
受話器の向こうのコール音を聞きながら、沙織は誰に言うともなく、ひきつった声でそう呟くのだった。




