贖罪と温もり
一度芽生えた罪悪感は、冷たい現実となって俺の胸をじわじわと侵食していた。
頭に浮かぶのは、朝、まぶしい光の中で笑っていたカナの姿だった。あの屈託のない笑顔と、弾んだ声。俺を100%信用しきっている瞳。
それなのに俺は、リホの豊かな肌と快楽に流され、朝方にコソコソと逃げ帰り、カナの身体を抱いて罪悪感を相殺しようとした。さらに、玄関を出た瞬間にリホへ「俺も好きだよ」と吐いたのだ。
自分のずるさ、醜さ、底なしの愚かさに、胸がむかむかと吐き気を催す。
自分が犯した裏切りの重さが、逃げ場のない鉄塊のようにズシリと心臓にのしかかってくる。嘘を重ねてしまった現実が、俺の首をゆっくりと、けれど確実に締め上げていた。
仕事が終わると、俺はどこにも寄らず、一直線に家へと足を向けた。
「ただいま…」
「おかえりー!」
ドアを開けると、香ばしいパン粉と揚げ物の匂いが漂ってきた。キッチンではカナが楽しそうに夕食の準備をしている。
食卓に並んだ出来立てのコロッケを口に運ぶものの、味などほとんど分からなかった。胸の奥に溜まったズシリと重い泥のような感情が、喉の奥を塞いでいる。
思わず、カナの顔をじっと見つめた。
「ん? なに?」
コロッケを頬張りながら、不思議そうに微笑むカナ。その何の疑いもない、あまりにも綺麗な表情が鋭く胸を刺し、俺は耐えかねてギュッと目を閉じた。
「どうしたの? 何かあった?」
心配そうな声に、ゆっくりと目を開ける。カナは首を傾げながら、まっすぐ俺を見つめていた。
「愛してる」
「え? なに? 急にどうしたの?」
突然の言葉に驚きつつも、どこかうれしそうに目を細めるカナ。恭介はその顔を見つめたまま、もう一度噛み締めるように口を開いた。
「愛してる」
「え、うん、知ってるよ。私もだよ」
カナはそっと箸を置くと、椅子から立ち上がり、恭介の膝の上にちょこんと座ってきた。
「なーに?」
恭介の首に柔らかく腕を回し、顔を覗き込んでくる。
「いや……なんでもない」
「なんか変だよ? 大丈夫?」
「あぁ、大丈夫……」
誤魔化すように呟く俺の顔を、カナはじっと見つめ、優しく微笑んだ。
「ご飯は後にして、一緒に寝よっか。ね?」
「あぁ……」
二人でベッドに潜り込み、横になる。カナは恭介の胸に寄り添い、小さな手で背中を優しく撫でてくれた。
「どうしたの…? 私はずっと一緒にいるよ」
「うん……ありがとな」
「何があっても、一緒にいるからね」
その言葉は、恭介の罪をすべて見透かした上での許しのようにも、逃れられない愛の鎖のようにも感じられた。
胸を押し潰すほどの罪悪感と、カナの大きすぎる愛の温もり。
恭介はカナの身体を強く抱きしめ返しながら、静かに目を閉じた。
カナの穏やかな寝息が、暗闇の中に規則正しく響いている。
抱きしめる彼女の腕は温かく、その手肌から伝わる熱はどこまでも純粋だった。だが、その優しさに包まれれば包まれるほど、恭介の心臓は締め付けられ、息が詰まりそうになる。
罪悪感が、もう限界を超えていた。
『何があっても、一緒にいるからね』
さっきカナが言ってくれた言葉が、頭の中で何度も何度も反芻される。
彼女は俺を100%信頼している。俺が自分だけを愛していると疑いもしないで、こんなにも大きな愛を注いでくれている。
カナの真っ直ぐな愛は、恭介にとって最大の救いであり、同時にどんな激痛よりも残酷な「罰」だった。
暗闇の中、静かに目を閉じ、逃げ場のない罪の重さにただじっと耐え続けていた。
◇
カナを起こさないよう、ベッドから静かに抜け出した。
薄暗いリビングへ向かい、冷蔵庫からウイスキーのボトルを取り出す。グラスに注ぎ、氷も入れずにそのまま喉へと流し込んだ。
カッと胸が熱くなり、重苦しかった頭が徐々に痺れていく。 二杯、三杯と重ねるにつれて、あれほど俺を苛んでいた強烈な罪悪感の波が、酒の強い酔いに任せて少しずつ薄れていくのを感じていた。
パタっ。
静かな廊下に、軽い足音が響いた。
「寝れないの?」
寝ぼけ眼のカナが、パジャマの袖を少し引っ張りながらリビングに顔を出した。
「うん」
「私も一緒に飲んでいい?」
「あぁ」
カナは俺の隣に腰掛け、小さなグラスに一口だけ酒を注ぐと、ちょこんと首を傾げた。
「明日どうする?」
明日は二人とも休みだ。特に予定は入れていない。
「何も考えてない…」
グラスを弄びながらそう答えると、カナはじっと俺の横顔を見つめてきた。
「やっぱり、なんか変だよ?」
「……ちょっと疲れてるのかもな」
曖昧に濁すと、カナは膝に手を置き、覗き込むように顔を近づけてくる。
「何がしたい?」
「何もしたくない」
ぽつりと吐き捨てるような俺の返事に、リビングには少し重い沈黙が流れた。
「カナがいてくれるだけでいい」
下を向いたままポツリと漏らすと、カナはふっと表情を緩め、俺の腕にそっと自分の腕を絡めてきた。
「いるよ。ゆっくりしよう? ね」
その声はどこまでも優しく、俺を包み込もうとしていた。だが、その瞳の奥には、俺の異変を感じ取った微かな戸惑いと、必死に場を盛り上げようとする健気な気遣いが透けて見えた。
極めて明るく振る舞おうとしてくれているカナ。 その優しさに甘え、暗い顔で雰囲気をぶち壊している自分の惨めさに、ハッと頭が冷める。
これ以上、カナに余計な心配をかけるわけにはいかない。罪悪感を抱えてウジウジしている姿を見せることこそ、一番の裏切りだ。俺は一度強く目を閉じると、溜め込んだ重い空気を吐き出すように、大きく息を吐いた。
「よし、飲もうぜ!」
グラスを少し高く掲げ、努めて力強い笑顔をカナに向ける。
「うん!」
カナはパッと表情を輝かせ、自分のグラスを俺のにカチンと重ね合わせた。
酒の力を借りて罪悪感を強引に胸の奥底へ押し込め、俺は愛するカナとの時間を取り戻すように、グラスを煽った。
「ソーダ割じゃなくてミルク割にしてくれよ」
グラスの氷をカランと揺らしながら、少し意地悪く笑ってみせる。
「え? 牛乳?」
予想外のリクエストに、カナは目を丸くした。
「いや、カナのミルク割な」
一瞬の間を置いて意図を理解したカナは、ぽんと俺の肩を叩いて弾けたように笑った。
「え? もう出ないよぉー。出たらやってあげるんだけどね!」
「なんだよー」
「飲みたかったの?」
「いや、不味そうだから、いいや」
「はぁ? 世界で一番美味しいですけど!?」
頬を膨らませてぷんぷんと怒るカナ。いつものバカバカしいやり取りが戻ってきたことに、カナの表情が心底ホッとしたように柔らかく綻んでいく。
「ちょっとやってみようぜ」
「いや、出るわけないでしょ!」
呆れたように笑いながらも、カナは俺のノリに合わせて胸元を少し気にする仕草をする。
「恭介さんって、そういうのが好きなの……?」
上目遣いで、どこか面白がるような、からかうような視線を向けられた。
「そんなわけないだろ!」
「ふふ、照れなくてもいいのに。そういうのが好きなら、やってあげるよ?」
「……全然違うし」
「じゃあ、どういうの?」
カナは悪戯っぽく微笑みながら、顔を覗き込んできた。
いつもの他愛もない、少しくだらないやり取り。だが、こうして笑い合えている瞬間だけは、胸を押し潰しそうだった罪悪感が少しだけ遠のいていくような気がした。
「あ! 巨乳ね! 好きだもんね」
カナがニヤニヤしながら、俺の胸元を指さしてくる。
「それは、フェチというか普通だろ」
グラスの氷をカランと揺らし、平然を装って酒をあおる。
「えー、じゃあ、なに? まさか、若い女の子……?」
「ないないない! それだとカナと一緒にいないだろ」
「は? どういう意味? あ! おばさん好きってこと!?」
「まぁ、若い子よりかはな」
「私はおばさんじゃないけどねっ!」
ソファの上で膝を乗り出し、頬を膨らませて抗議してくるカナ。その健気な姿に少しだけ心が軽くなる。
「おばさんだろ!」
「はぁーー? 違いますけどー!?」
「胸だってお尻だってだんだん垂れてきて、じゅうぶんおばさんだろ?」
俺がニヤリと笑って追い打ちをかけると、カナの目がすっと据わった。
「あ?」
一瞬で表情を変えたカナが、ガシッと俺の胸ぐらを掴んできた。
「なに?」
カナの鋭い視線に気圧され、俺は速攻で降参の手を上げた。
「……いや、お姉さん、な」
「よろしい」
パッと胸ぐらを離し、満足そうにフンと鼻を鳴らすカナ。
冗談を言い合って笑うこの時間が、たまらなく愛おしい。
「でも、実際、胸やお尻だって若い頃に比べると垂れてきてるだろ? 地球には重力があるんだから」
カナの身体がぴくっと強張った。
「言われなくても自覚してるよ!」
顔を背け、ポツリと溢す声が少しだけ小さくなる。
「そうだよな」
いつものノリで笑い飛ばそうとした瞬間、カナがパッとこちらを振り向いた。その瞳には、冗談を跳ね返す明るさではなく、本気の苛立ちと傷ついた色が浮かんでいた。
「……それが嫌なら、若い子と付き合えば? 勝手にすればいいじゃない!」
完全に踏み込んではいけない地雷を踏んだ。
「嫌とは言ってないだろ? それがいいんだよ」
焦りを必死に押し殺しながら、俺は慌ててカナの肩を強く抱き寄せた。
「もっと垂れてもいいぐらいだ。この先が楽しみだなー」
「はぁ? 垂れませんけどね!」
プイッと横を向くカナに、俺は思わず苦笑いした。
「そ、そうだな」
これ以上怒らせないよう優しく頭を撫でながら、ふと気になっていたことを口にする。
「カナって、若い頃から巨乳なの?」
「え? うーん、高校生ぐらいからかな」
カナは顎に指を当てて、遠い目をして思い出している。
「お、男子の注目の的じゃん」
「まー、見てるのは薄々気付くよね」
「だろうな」
想像通りの答えに頷くと、カナはニヤッと悪戯っぽい笑みを浮かべ、俺の顔を覗き込んできた。
「恭介さんもたまに見てるの、気付いてるよ?」
「見てねーよ」
「はいはい、見てるでしょ」
図星を突かれてそっぽを向く俺の腕に、カナは嬉しそうにぎゅっと抱きついてきた。
「俺は胸よりお尻派なんだよ」
「え? そうなの? 初めて知ったけど」
カナが驚いたように目を丸くする。俺はグラスを置き、熱弁を振るうように手をかざした。
「お尻こそアートだよ!」
「いや、よくわからないけど……私のはどう?」
カナはどこか試すような目つきで、少し照れくさそうに聞いてくる。
「うーん、まぁ、普通かな」
「普通かよっ!」
すかさずツッコミを入れるカナの腰を掴み、くるりと後ろに向かせた。そのまま部屋着の短パンをぐっと下に滑らせる。
「え、ちょっと!」
抵抗する暇も与えず剥き出しになったのは、Tバックの細いラインが食い込んだ、プリっと丸みの残るお尻だった。
手でそっと触れ、じっくりと吟味するように眺める。
「うーん、85点」
「え? それって高いほうなの?」
お尻を向けたまま、カナが首だけをこちらに振り返らせて尋ねてくる。
「高得点だよ!」
「あと何が足りないの?」
「ボリュームだな」
「若い子に比べたら大きいほうだと思うけど?」
胸を張るようにして主張するカナに、俺はニヤリと笑ってその臀部をポンと叩いた。
「まだまだだよ」
「へ、へぇーーー」
悔しそうに納得のいかない声を漏らすカナ。
「ねぇ、実際、私ってどうなの?」
カナがお尻を隠しながら振り返り、真剣に尋ねてくる。
「んー、歳の割にはスタイルいいんじゃない?」
「そうだよね?」
「ムラムラする体だよ」
「それって褒めてるの?」
呆れつつも、嬉しさを隠しきれずに頬をゆるめるカナ。俺は彼女のウエストを掴み、そのまま引き寄せて耳元で低く囁いた。
「今すぐ抱きたいって思う」
「え……うん……いいよ……?」
カナの顔がカッと赤くなり、瞳が潤む。俺の首にそっと手を回し、素直に身を委ねてきた。
その健気な反応に、胸の奥でまたあの罪悪感がチクリと痛む。
「思うだけな!」
「……は!?」
期待に胸を膨らませていたカナが、ハッと目を見開く。
「でもさ、そんなに体型を維持してどうするんだよ?」
ソファの背もたれに深く体重を預け、カナの顔を見上げる。
「んー、綺麗でいたいじゃない?」
少しはにかみながら、カナは自分の髪を耳にかける仕草をした。誰のためでもなく、いつまでも可愛くいたいという素直な乙女心。
俺はゆっくりと手を伸ばし、彼女の柔らかい頬に触れた。
「太ってもカナはカナだろ? 俺はそれでもいい」
心の底から出た言葉だった。外見がどう変わろうと、俺が愛しているのはカナという存在そのものだ。
「……っ」
予想外にまっすぐな俺の言葉に、カナの顔が一瞬で林檎のように真っ赤になる。気恥ずかしそうに視線を泳がせ、モジモジと裾を引っ張る姿が、たまらなく愛おしかった。
「でも、カナの体型って暗いとこでしか見たことないからなぁ」
「いい体してるよ、うふふ」
誇らしげに胸を張るカナを見て、俺はニヤリと笑った。
「脱いでよ、今」
「はぁ?」
「いいからいいから」
呆気にとられるカナをよそに、俺は手早くシャツのボタンを上から順に外していく。抗議の声を上げる間も与えず、ズボンとパンツを一気に膝下まで引き下ろした。
「え、ちょっと!」
慌てて手で隠そうとするものの、完全に間に合っていない。リビングの明るい照明の下、全裸になったカナが顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに固まっていた。
俺は腕を組み、頭から足先までじっくりと眺めてから、わざとらしく頷いた。
「うん、70点な」
「はぁぁぁぁぁ? 脱がせておいてそれ!?」
絶叫したカナは、足元に溜まっていた服を引ったくるように拾い上げ、ものすごいスピードで服を着直し始めた。
「ひどい! 絶対絶対、もう見せてあげないから!」
プンプンと怒りながら服を整える姿を見て、俺は腹を抱えて笑った。
くだらない戯れと、素直な感情のぶつかり合い。 明かりの下で恥ずかしがるカナの姿を目に焼き付けながら、俺の胸の中にあった冷たい罪悪感は、いつの間にか温かい日常の愛おしさに塗り替えられていた。
服を着直し終え、まだ少し不機嫌そうに隣へ座り直したカナの横顔を眺める。
「カナって体毛がないよな? 脱毛したんだろ?」
「うん、そうだよ。それでも、うっすら生えてくるけどね」
カナは自分の腕を撫でながら、ふぅと息を吐いた。
「なんで?」
「なんで?って……剃るのも面倒じゃん」
「いや、剃ればいいだろ?」
「あと、衛生面とか。蒸れたりするでしょ?」
当然のように答えるカナを見て、俺は改めて感心したように頷いた。男にはあまり縁のない世界だが、陰でいろんな苦労をしているらしい。
「女の子は大変だな」
「そうだよ。この体はお金掛かってるんだから」
カナはドヤ顔で胸を張ってみせた。
「俺も脱毛しようかな」
「うんうん、いいと思うよ。あ、まず、私が剃ってあげるよ。それで試してみよ」
「いや、恥ずかしいだろ?」
「大丈夫だよ。盲腸とかだって剃るでしょ?」
カナは思いついたようにポンと手を打つと、楽しそうに笑った。
「ちょっと待ってて」
パタパタと足音を立てて洗面所へ向かうカナ。
俺の制止も聞かず、すぐに戻ってきたカナの手には、シェービングクリームとT字カミソリが握られていた。
「さ、服脱いで! 綺麗にしてあげるから!」
ノリノリで準備を進めるカナの笑顔に押し切られ、俺は思わず苦笑いを浮かべながら、覚悟を決めるようにパンツに手をかけた。
「ちゃんとやってくれよ?」
「大丈夫よ。失敗しても他の子が見ることないでしょ?」
カナはカミソリを構えながら、じとーっと疑いの目を向けてくる。
「ま、まぁ、そうだな……」
俺は冷や汗をかきながら、意を決してパンツを膝まで脱ぎ捨てた。
ブシューーーーッ!
容赦ない勢いで、カナがシェービングクリームの白く冷たい泡を豪快に吹きかけてくる。
「うわっ、冷たっ!」
「じっとしててねー。じゃあ、上のほうからね」
カナは膝立ちになり、真剣な顔つきでT字カミソリを当てると、躊躇なく手を動かし始めた。
ジョリ、ジョリジョリ……。
静かなリビングに、毛が刈り取られていく豪快な音が響く。
「うーん、濃いなぁ」
「いちいち実況すんなよ……」
「だってさぁ、普段こんなじっくり見ることないし。なんだか外科医にでもなった気分」
ニヤニヤしながら手際よく剃り進めるカナ。その無邪気でまっすぐな瞳に見つめられていると、気恥ずかしさと同時に、こんな馬鹿げた真夜中のイベントすら愛おしく思えてくる。
「ちょっと邪魔だな」
カナが作業の邪魔になる恭介のアレを、何の気なしに手で軽く押さえて横へ避けた。
「っ……」
温かく柔らかいカナの手の感触が直接伝わり、恭介は不覚にもゾクッと背筋が痺れるような興奮を覚えてしまう。
「え……ちょっと……」
少しばかりの異変に気づいたカナが、目を丸くして恭介の顔と手元を交互に見た。
「し、仕方ないだろ……!」
顔を真っ赤にしながら、恭介は思わず声を荒らげて弁明する。
「なんでよ……もう……」
カナは呆れたように苦笑しつつも、作業を続けるためにそれを手で押さえたまま、その周囲の毛を慎重に剃り進めていった。
だが、カナの指先が触れるたび、皮膚を滑るたびに、恭介の意思とは裏腹にアレは徐々に熱を帯びていく。
「いやいや……恭介さん?」
大きさを増していく手応えに、カナがニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「カナが触るからだろ!」
「敏感だなぁ」
クスクスと笑いながら、カナは呆れ半分、面白がり半分といった様子で、丁寧にカミソリを動かし続けた。
「ちょっとこのままじゃ危ないよ」
膨らみ続ける熱を手に感じながら、カナがふとカミソリの手を止めた。刃先が触れて怪我でもしたら大変だ。
「お、おう……」
「しばらく待とう」
「う、うん……」
泡まみれのまま、パンツを脱いだ無防備な格好で固まる恭介。リビングの気まずい沈黙のなか、アレの熱気だけが主張を続けている。
カナはそんな恭介の顔を覗き込むと、ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを深めた。
「鎮めてあげようか?」
「いや、今はいいから!」
恭介は慌てて首を横に振った。ここでカナの手にかかってしまえば、勢いで最後まで行ってしまう。
必死に頭のなかで別のことを考え、理性を総動員して興奮を鎮めようと格闘する恭介。その必死な横顔を、カナはどこか愛おしそうに楽しげな目で見つめていた。
「遠慮しないでいいから」
「いやいや、待て待て! いいからっ!」
恭介は慌ててカナの手首を掴み、カミソリを安全なテーブルの上へと遠ざけた。
「ちぇっ、なんだよー。せっかく助けてあげようと思ったのに」
カナは恭介のお腹の上にポンと手を置いたまま、不満そうに口を尖らせる。
「いいから一回離れろって」
「いやだ。このままじっと観察してます」
必死に般若心経を唱える勢いで理性を保とうとする恭介。
泡まみれで情けない格好のまま天井を仰ぐ恭介と、ニヤニヤと様子を伺うカナ。
罪悪感も何もかも、このアホらしくも愛おしい時間の中に、少しずつ溶けていくようだった。




