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あなたは帰る場所を知らない  作者: KYSK


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再々燃

カナとの生活も平穏を取り戻しまったりと進んでいく。


デスクの上で、スマホがブブッと短く震えた。


画面を見やると、通知欄に表示された名前に一瞬息が止まる。


『リホ』


心臓の跳ね上がりを抑えながら画面をタップすると、簡潔なメッセージが届いていた。


『元気? 来週仕事でそっちに行くことになった。夜、会える?』


液晶画面に浮かぶその文字を、俺はただじっと見つめていた。


胸の奥が、ドクンと嫌な音を立てて跳ねる。


断るべきだ。今の俺にはカナがいるし、つい先日、彼女の新しい一歩を二人で祝ったばかりだ。だけど――スマホを握りしめる手にぎゅっと力が入る。


(……会いたい)


断れるわけがなかった。大阪で再会して体を重ねたあの日から、俺の中でリホの存在は消えるどころか、日増しに大きくなっていた。大学時代からずっと胸の奥に燻り続けている、リホへの特別な感情。カナと一緒にいる時間の穏やかさや愛おしさに嘘はない。けれど、リホの名を見るだけで心臓を掴まれるようなこの高鳴りも、紛れもない本物だった。


指先が画面の上を滑る。


『久しぶり。もちろん大丈夫。楽しみにしてる』


送信ボタンを押すと同時に、リホから『よかった! 会えるのすごく楽しみ』とすぐに返信が届いた。


画面越しのその言葉に、胸が熱くなると同時に、痛むほどの罪悪感がジワジワと押し寄せてくる。二人の女性への感情に挟まれながら、俺は深く息を吐き出し、伏せたスマホの上にじっと目を落とした。


その日の夜、夕食を終えて寛いでいるタイミングを見計らい、俺は努めて自然なトーンでカナに切り出した。


「あ、そうだカナ。この間、関西に行っただろ? その時の担当者が来週こっちに来ることになってさ」


「あぁ、前言ってた接待のやつね」


ソファでテレビを見ていたカナが、こちらに顔を向けて頷く。


「そうそう。で、そのタイミングで一緒に大学時代の同級生も来るんだよ」


「えー、すごいタイミングだね」


疑う様子もなく、純粋に驚いてみせるカナ。その真っ直ぐな瞳が見つめ返してくるのが痛くて、俺は手元のマグカップに視線を落とした。


「うん。だから……結構遅くなると思う。朝までコースかもな。ほら、関西人のお祭り気質みたいなのあるだろ?」


「あぁ、うんうん。わかった、来週ね」


カナは事もなげに笑って受け入れてくれた。


攻め立てられるよりもずっと堪えるその素直さと信頼に、胸の奥がチクチクと痛む。リホに会えるという期待と、カナに嘘をついている罪悪感。二つの相反する感情が胸の中でぐちゃぐちゃに混ざり合いながら、約束の来週へとカウントダウンが始まっていた。


◇


当日。


リホは仕事の講習やら何やらで21時頃までかかるらしく、俺はその終了時間に合わせて彼女のいる最寄り駅へと向かった。


改札を出て少し歩くと、人混みの中でキョロキョロと周囲を見渡しているリホの姿が目に飛び込んできた。


「お待たせ」


声をかけると、リホはパッと表情を明るくしてこちらを振り返った。


「あ、恭介ぇ。元気してた?」


どこかのんびりとした、心地のいい関西弁のイントネーション。その声を聞いた瞬間、一気に大学時代の記憶と大阪での夜が鮮明に蘇ってくる。


「おう、迷子にならなかったか?」


「ふふ、大丈夫やで。ちゃんと着けたわ」


「飯食った?」


「うん、さっき会食があってな、結構お腹いっぱいやねん」


「そっか。じゃあ、飲みにでも行くか」


「うん、行こ行こ。恭介とゆっくり話したかったから、めっちゃ嬉しいわ」


リホは嬉しそうに目を細めると、ごく自然な動作で俺の隣へと並んだ。街灯の光に照らされたその横顔を見つめながら、俺は胸の奥が熱く跳ねるのを抑えきれずにいた。


駅から少し歩き、路地裏にある落ち着いた雰囲気の小洒落た居酒屋へリホを案内した。


カウンター席に通され、周りを見回したリホが目を輝かせる。


「なに? めっちゃオシャレやん? さすがは都会やなぁ」


「普通だろ。恥ずかしいからあんまりキョロキョロすんなよ」


「ええやんかー、ほんまに雰囲ええ店やなぁ思って」


クスクスと楽しそうに笑うリホ。


生ビールで軽く乾杯を交わすと、リホは今回の出張のことや最近の仕事の出来事を、独特のおっとりとした関西弁でぽつりぽつりと話し始めた。大学時代から変わらないその柔らかい口調と楽しそうな笑顔に、俺の心は一瞬で毒気を抜かれていく。


けれど、話を聞きながらも俺の視線は時折、彼女の胸元へと吸い寄せられてしまっていた。


薄手のニットの上からでもはっきりとわかる、リホの豊かな爆乳。


カウンターで少し身を乗り出すたびに、その迫力ある胸のラインが嫌でも強調される。大阪の夜、その柔らかな重みを手に受け止めた感触が脳裏をよぎり、喉の奥がカラカラに乾いていくのがわかった。


「……なぁ恭介、聞いてる?」


「あ、ああ、聞いてるよ。仕事、順調みたいでよかったな」


ごまかすようにビールを口に含みながら、俺は胸の奥の鼓動がどんどん早くなっていくのを必死で隠していた。


一通り話を聞き、小腹も満たしたところで、俺はグラスを置いた。


「よし、次行こう」


「うん、行こか」


せっかくの機会だし、少し気取った場所に連れて行きたくなった俺は、何度か使ったことのある超絶オシャレな隠れ家風ワインバーへとリホを案内した。


重厚な木製の扉を『ギギギ……』と音を立てて開ける。


「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」


「はい」


「こちらへどうぞ」


店内は照明がぐっと落とされ、ジャズが静かに流れる大人の空間。ふとリホの様子を見ると、あからさまに肩をすくめて緊張しているのがわかった。


奥のテーブル席に向かい合って座ると、リホが身体を乗り出し、小声で話しかけてきた。


「ちょ、恭介……ここ、なに? ヤバない?」


「はは、なんだよ、緊張してんのか?」


「してるわ! なんか凄いとこ連れてこられたやん」


「堂々としてろよ」


俺がくすっと笑っていると、すっと店員が注文を取りにやってきた。


「ご注文はお決まりでしょうか」


「さっぱりした赤をグラスで」


俺が頼むと、リホは少し背筋を伸ばし、ぎこちない標準語で口を開いた。


「私も、同じのを……」


語尾の発音にめちゃくちゃ気をつけているのが丸わかりだった。


「あと、チーズとドライフルーツを」


「かしこまりました」


店員が離れたのを見届けてから、俺は耐えきれずに吹き出した。


「なはは! なんで急に標準語で喋ってんだよ」


「いやっ……だってこういうお店、気遣うやん! 浮いたら恥ずかしい思って……」


顔をほんのり赤くして恥ずかしそうに抗議してくるリホの仕草が、たまらなく愛らしかった。


店員が静かにグラスを置き、深紅の液体にろうそくの灯りがゆらゆらと反射する。


「じゃあ、乾杯な」


「うん、乾杯」


カチンと小さなグラスの音を響かせ、ふたりでワインに口をつける。


「わー、美味しい……! やっぱり都会のワインは違うなぁ」


「いや、ワインはどこで飲んでも一緒だろ」


俺がツッコミを入れると、リホは「またそういうこと言うー」と楽しそうに笑った。


それから俺たちは、大阪で久々に再会したあの夜のことや、お互いの近況についてポツリポツリと話し始めた。アルコールが回るにつれて、店内の雰囲気も相まって、会話の温度が少しずつ上がっていく。


ふと、会話が途切れた一瞬。


リホがグラスのフチを指先でなぞりながら、少し揺れる瞳で俺をじっと見つめてきた。


「……あの後、恭介のことがずっと気になっててん」


ストレートな言葉に、胸の奥がどくんと大きく跳ね上がった。ワインのせいだけじゃない熱が、一気に顔へ昇ってくる。


「……俺もだよ」


嘘偽りのない本音を返すと、リホは愛おしそうに目を細め、静かに吐息を漏らした。


「旦那にバレなかったか?」


「うん、全然。恭介のほうは?」


「俺も全然。だから今日もここに来てんだろ?」


「ふふ、うちに会いたかったんやろ?」


「ははは、そうかもな」


照れ隠しに笑いながら、俺たちはその後も色々な種類のワインを4〜5杯ほど重ねただろうか。時間が経つにつれて、リホの瞳はトロンと潤み、頬は赤く染まっていった。


「よし、そろそろ出よう」


「うん……」


お会計を済ませて店の外へ出ると、冷たい夜風が火照った身体に心地よかった。


隣を歩くリホが、少し千鳥足で俺の腕にすがりついてくる。


「この後、部屋来るんやろ?」


上目遣いで覗き込んでくるリホに、俺は胸の鼓動を早めながら頷いた。


「うん。そこで飲もう」


途中のコンビニで追加のお酒と軽食を買い込み、そのままタクシーに乗り込んでリホが泊まっているホテルへと向かった。


エレベーターを降り、部屋のドアを開けて入った瞬間——。


カチャリと鍵が閉まる音と同時に、リホが正面から抱きついてきて、いきなり熱い唇を重ねてきた。


「んっ……もう、我慢できひん……っ」


首筋に回される手に力がこもり、豊かな胸の柔らかさがダイレクトに俺の身体を圧迫する。リホの吐息は完全に熱を帯びていた。


「ちょ、落ち着けよ。ちょっと飲ませてくれよ」


俺が少し身体を離すと、リホは「えー……」と不満そうに唇を尖らせた。


「……うん、しゃーないなぁ」


ベッドの縁に腰掛け、コンビニで買った缶チューハイのプルタブを開ける。


「あ!先にお風呂入ろう。このままだと飲んで寝てしまいそうだ」


「えー、今からぁ?」


「じゃあ、お風呂借りるな」


「あ、ズルい! 私も入ろーっと」


脱衣所で服を脱ぎ、シャワーを浴びていると、ガチャっと扉が開いてリホが入ってきた。


「なんでだよ」


「ええやんか、減るもんやなし。狭いから手際よく行こ」


湯気の中、二人で順番にシャワーを浴びる。引き締まった細いウエストと、そこから豊かに実った爆乳のコントラストが、濡れた肌に眩しい。俺はリホの華奢な背中に泡を滑らせ、その身体を洗ってやった。スレンダーな体に似合わない柔らかい弾力が手に伝わり、手元がどうしても怪しくなってしまう。


「よし、いいぞ。上がって待ってて」


「はーい……先出てるなぁ」


身体を拭き、胸元にバスタオルを巻いた状態でベッドルームへ戻る。


「改めて乾杯!」


「かんぱーい!」


缶をカチンと鳴らし、ゆっくりと喉を潤す。


だが、飲みながら話しているうちに、リホが巻いていたバスタオルがじわじわとズレ落ちてきた。はだけた胸元から圧倒的な迫力の胸が露わになっていく。


リホはぐびっと缶を傾けながら、手元で何度もタオルを引っ張り上げていたけれど、やがて「ふぅ」と柔らかい溜息をついた。


「……もう、ええわぁ。めんどくさい……」


そう言って、タオルを持ち上げるのをすっぱり諦めてしまった。


「大胆だな」


「ええやん、前も見せたやんか。今さら隠すような仲ちゃうやろ?」


「ちょっと垂れてきてないか?」


意地悪くそう突っ込むと、リホは目を見開いて俺の腕をぽかぽかと叩いてきた。


「ちょっと! 気にしてんねんから言わんといてよ! ほんま意地悪やなぁ……!」


ふにゃりと頬を緩めながら甘えるように言われ、俺は胸の奥がぎゅっと締め付けられるような愛おしさを覚えていた。


「もう、飲まんでええやんか……」


リホの手がスッと伸びてきて、俺が持っていた缶をサイドテーブルに押しやった。


いつもはおっとりとして落ち着いているリホだが、瞳には熱っぽい光が宿り、まるで獲物を前にした肉食動物のような目つきになっている。完全に酒の勢いも相まって、タガが外れているようだった。


「ゆっくり飲ませてくれよ」


「もうええやんかぁ……」


言いながら、リホは俺の身体にすり寄るようにピタリと密着してきた。濡れた髪から漂うシャンプーの香りと、タオル越しに押し付けられる柔らかな体温。彼女の華奢な手が俺の胸元から太ももへと滑り、じわじわとあちこちを撫で回してくる。


「どうしたんだよ? 飲みすぎたのか?」


「うん……普段はな、こんな女ちゃうで?」


どこか甘えるような、けれど挑発するような低い声。


「あはは、俺のことが好きすぎて我慢できないのか?」


冗談めかしてそう聞くと、リホは撫でまわしていた手をピタリと止め、まっすぐ俺の目を見つめてきた。


「そうよ……気づいてくれてるん?」


すがりつくような真剣な眼差しに、息が止まりそうになる。いつもはおっとり包み込んでくれる彼女が見せる、剥き出しの執着。胸の奥が激しく揺さぶられる。


「ははは、はいはい。ちょっと話しようぜ」


理性を保とうと苦笑いを浮かべて身体を少し引こうとすると、リホは不満そうに眉をひそめた。


「えー……なによぉ」


拗ねたように唇を尖らせながらも、リホの瞳は俺を離す気などさらさ有らんばかりに、怪しく揺らめいていた。


「旦那とはやってんのか?」


俺がそう尋ねると、リホはあからさまに呆れたような顔をして、ふぅと小さく息を吐いた。


「はぁ……そんなん、やるわけないやんか」


「じゃあ、どこでやってるんだよ」


「誰ともそういうことはないなぁ……」


「欲求不満なのかよ」


「そうなのかなぁ……」


おっとりとした口調に戻りつつも、リホは少しだけ遠くを見るような瞳になった。そのスレンダーな体躯と、はだけたバスタオルから溢れ出そうな爆乳を見つめながら、俺は思わず言葉を漏らす。


「スタイルいいのにもったいないな」


「ふふ、みんな見る目ないからなー……恭介だけよ。……なぁ、恭介はうちのこと、どう思てるん?」


上目遣いで覗き込んでくるリホの瞳に、吸い寄せられそうになる。


「ん? 可愛いなぁ、と思ってる」


「ほんま……? 嬉しいわぁ」


リホは満足そうに目を細めると、俺の胸元にぽてんと頭を預けてきた。


「恭介のほうはどうなん?」


「俺? 俺もやってないなぁ」


カナとの関係を隠すように嘘をつくと、リホは恭介の胸に顔を埋めたまま、くすくすと笑った。


「はいはい。ま、ええけど……他の女とやってたら、怒るよ?」


「ははは……」


乾いた笑いを返す俺の首筋に、リホの温かい吐息が吹きかかる。カナへの罪悪感が頭をよぎりながらも、目の前で自分だけに向けられるリホの執着と熱に、俺の理性がじわじわと削られていった。


「やっぱ胸でかいな」


はだけたバスタオルから零れ落ちそうな迫力を改めて見つめ、俺がぽつりと呟く。


「こんなん……男が嬉しいだけやろ?」


リホは少し困ったように眉を下げながら、どこか恥ずかしそうに頬を染めた。


「そうかもな」


「恭介も……嬉しい……?」


おっとりとした声で、覗き込むように聞かれる。


「うん、嬉しいよ」


「ほんま……? 触らせるのは、恭介だけやで……」


「ははは、ありがとな」


茶化すように返したものの、俺の喉はすっかりカラカラに乾いていた。そんな俺の様子を察したのか、リホの瞳に再び熱い肉食の光が宿る。


「なぁ……もう、ええやんかぁ。早くきて……」


「リホ、ちょっと待っ——」


制する間もなく、リホは俺の首の後ろに手を回すと、力任せにぐっと引き寄せた。


「んむっ……」


目の前が一瞬で視界いっぱいの柔らかさに覆われる。


甘いシャンプーの香りと、湯上がりの熱気を孕んだ圧倒的な胸の感触が、俺の顔全体を包み込んだ。息が詰まるほどの弾力と温もりに、頭の芯が痺れていく。


「ふふ……恭介ぇ……」


胸元に顔を押し付けられたまま動けない俺の髪を、リホは愛おしそうに優しく撫でさすっていた。


「他の誰とも……やらんといてな……」


胸元に顔を埋めた俺の耳元で、リホが切ないほどに熱い吐息を漏らす。その言葉を合図にするように、彼女は自らバスタオルを完全に押し開き、俺の身体に激しく覆いかぶさってきた。


昼間のおっとりした雰囲気は跡形もなく消え去り、そこにあったのは剥き出しの欲望だった。


スレンダーな腰をくねらせながら、リホは貪るように何度も唇を重ねてくる。濡れた髪が俺の頬を撫で、圧倒的な存在感を放つ豊満な胸が、俺の胸板にしがみつくように押し潰される。


一度火がついた彼女の熱量は留まることを知らず、呼吸を整える間すら与えてくれない。押し寄せる甘い快楽と、彼女の身体から伝わる狂おしいほどの執着。背徳感すらも塗りつぶす激しい交わりに、俺はただ翻弄され、何度も何度も身を委ねるしかなかった。


……ふと我に返り、暗闇の中でベッド脇のサイドテーブルに目をやる。


スマホの画面に表示されたデジタル時計は、すでに午前4時を回っていた。


隣を見れば、嵐のような時間を終えたリホが、満足しきった表情で俺の腕に抱きつき、穏やかな寝息を立てていた。火照った身体に残る感触と、静まり返った部屋の空気。俺は天井を見つめたまま、重い溜息を一つ吐き出した。


「ここで寝ると終わりだ……絶対に起きられなくなる」


頭のどこかで理性が警鐘を鳴らす。カナに「朝までコースかも」と言ってはあるものの、ここでリホと一緒に朝を迎えてしまえば、完全に抜け出せなくなる予感がした。


俺は重い身体を起こすと、散らかった缶チューハイの空き缶やコンビニのゴミを手早く袋にまとめ、テーブルの上を片付けた。


ふとベッドへ視線を向けると、リホがバスタオルも掛けずに、スレンダーな体を丸めて心地よさそうに寝息を立てていた。その胸元では、あの圧倒的な爆乳が無防備に露わになっている。


(……ほんと、でかいな)


名残惜しさに耐えかね、思わず手を伸ばしてその柔らかさを鷲掴みにした。吸い付くような弾力が手に伝わる。


「ん……もうぅ……わかったからぁ……」


リホは寝ぼけた声で眉をひそめ、身をよじらせた。


「リホ、リホ? 俺、帰るよ」


肩をゆすると、リホはトロンとした目を薄く開けた。


「ん?……うーん。一緒に寝ようよぉ……」


「うん、また今度な」


「うん……絶対な……」


ぎゅっと俺の手を一度強く握り返すと、リホはそのまま満足そうに瞳を閉じた。


「じゃあな。起きたらLINEしてくれよ」


「はいはーい……」


語尾を溶かすような返事を聞届け、俺はそっと部屋のドアを閉めた。


静まり返ったホテルの廊下を抜け、通りに出て流しのタクシーを拾う。後部座席に深く身体を沈めると、リホの甘い香りと激しい熱の余韻が肌にしっかりと残っていた。窓の外で白み始める街並みを眺めながら、俺は自分の部屋へと戻っていった。


◇


カチャリと静かに鍵を回し、ドアを開ける。


朝の冷たい空気が漂う廊足を静歩で進み、カナの部屋のドアをそっと開けた。ベッドの中では、カナが規則正しい寝息を立ててぐっすりと眠っている。


(よかった、起きてない……)


ホッと胸を撫でおろしつつも、同時にチクリとした罪悪感が胸を刺す。俺は急いでバスルームへ向かい、リホの匂いと熱を洗い流すようにシャワーを浴びた。


髪を乾かす間もなくベッドに潜り込むと、どっと疲労感が押し寄せてくる。


まぶたを閉じると、暗闇の中にリホの解き放たれた表情や、手の中に残る圧倒的な爆乳の感触、甘く囁かれた「絶対な」という声が、鮮明に蘇ってきた。


罪悪感と胸の高鳴りが混ざり合う妙な余韻に包まれながら、俺は深い眠りへと落ちていった。


まぶたの裏に残る熱の余韻を断ち切るように目を開けると、まだ2時間ほどしか経っていなかった。


重い身体を引きずるようにしてベッドから抜け出し、リビングへと向かう。


「あ、おはよう」


キッチンで朝の支度をしていたカナが、いつもの穏やかな笑顔で声をかけてきた。朝の光を浴びるその姿は、あまりにも眩しく、そして生活感に満ちている。


「おはよう……」


少し掠れた声で返すと、カナは手を止め、こちらを振り返って首をかしげた。


「昨日、何時に帰ってきたの?」


真っ直ぐに向けられる瞳。


「ん? 2時ぐらいだったかな……?」


あくびを噛み殺しながら、できるだけ自然なトーンで嘘を吐く。


「あら、早かったんだね」


カナは拍子抜けしたように目を丸くした。


「お、おう」


「盛り上がった?」


「うん、それなりにな」


「へー、良かったね!」


カナはそう言って、嬉しそうにニッコリと笑った。何の疑いもなく、ただ俺が無事に帰ってきたことを喜んでくれている。


そのあまりにも屈託のない笑顔と温かい言葉が、ナイフのように俺の胸を鋭くえぐった。


ほんの数時間前まで、リホの豊かな胸に顔を埋め、激しく求め合っていたこと。肌に残る感触と、脳裏に焼き付いた背徳の快楽。


カナの真っ直ぐな信頼に直面すればするほど、自分のみっともなさと罪悪感が重くのしかかり、俺は上手く笑い返すことすらできなかった。


罪悪感の重さに耐えきれなくなった俺は、衝動的にカナの手首を掴み、そのままリビングのソファへと押し倒した。


「え、ちょっと……なに? なになに?」


突然のことに目を丸くするカナ。だが、俺は返事も焦燥感も飲み込むように、カナの唇を強引に塞いだ。


リホの甘い残像を消し去りたいのか、それともカナへの後ろめたさを塗りつぶしたいのか、自分でも分からない。俺はカナの身体にすがりつくように、衣服をはだけさせてその肌を貪った。


「なに……?、どうしたの……?」


戸惑い混じりの声が漏れるものの、俺の必死すぎる熱量を感じ取ったのか、カナはやがて優しく俺の首に腕を回してきた。彼女の華奢な体温と柔らかさが、ゆっくりと俺を受け入れていく。


求められるままに身を委ね、応えてくれるカナ。激しい息遣いがリビングに響き渡り、俺は逃げるように、ただ夢中で彼女を抱き続けた。


……静寂が戻ったソファの上で、呼吸を整える。


乱れた服を整えながら、カナが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。


「……どうしたの? 急に」


ほんのり頬を赤くしたカナにそう聞かれ、俺は壁に視線を逸らしながら言葉を絞り出した。


「いや……見てたら、我慢できなくなった」


「うふふ、変なの……」


カナはくすっと愛おしそうに笑うと、俺の胸にぽんと頭を預けてきた。


その穏やかなぬくもりに包まれながらも、俺の胸の奥に残る歪んだ罪悪感は、結局消えてはくれなかった。


「朝から幸せ! 早く用意しないと遅れるよ!」


ポンポンと俺の肩を軽く叩きながら、カナがソファから身を起こす。


乱れた服をサッと整え、どこか嬉しそうな笑顔を浮かべてキッチンへ向かう彼女の背中を見送りながら、俺は大きく息を吐き出した。


カナの真っ直ぐな言葉が、胸の奥にどこまでも優しく、そして痛く突き刺さる。


「……そうだな」


重い身体を起こし、洗面所へ向かう。鏡に映る自分の顔は、寝不足と複雑な感情が混ざり合って、どこかくたびれて見えた。


冷たい水でバシャバシャと顔を洗い、歯を磨きながら、頭の中で今日のスケジュールを整理する。


リホとのあの濃厚で背徳的な時間と、今ここにあるカナとの穏やかで愛おしい日常。二つの世界の境界線が、頭の中で曖昧に揺れていた。


靴を履き、鍵をポケットに押し込んで玄関のドアを開ける。


朝の冷たい空気を吸い込んだ瞬間、ズボンのポケットでスマホが短い振動を知らせた。


画面を見ると、リホからのLINEだった。


リホ:『昨日、飲みすぎたわぁ……』


恭介:『あぁ、大胆で激しかったな』


リホ:『それだけ好きなんよぉ』


少し画面を見つめ、指を止める。カナの「朝から幸せ!」という声が、まだ耳に残っている。俺は息をひそめるようにしてフリック入力した。


恭介:『本気で言ってるのか?』


リホ:『もちろん』


恭介:『気をつけて帰れよ』


リホ:『恭介は? 返事ないけど……?』


畳みかけるように送られてくるメッセージ。逃げ場を塞がれていくような感覚の中、画面の向こうで期待に目を輝かせているリホの顔が浮かぶ。


ここで突き放せば、どうなるか分からない。カナとの日常を守るため、波風を立てないための嘘を、またひとつ重ねる。


恭介:『俺も好きだよ』


リホ:『嬉しい。帰ったらまた連絡するね』


恭介:『うん、気をつけて』


画面を伏せ、ポケットに突っ込む。


吐き出した息が白く濁り、朝の街に消えていく。カナへの変わらない愛と、リホへの愛。両方を抱えたまま、俺は仕事場へと向かって歩き出した。

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