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あなたは帰る場所を知らない  作者: KYSK


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監視

「ただいまー」


マンションのドアを開け、誰もいない玄関に向かって声をかける。静まり返った室内。カナはすでに仕事へ出かけた後のようだった。


靴を脱ぎ、リビングに入ってボストンバッグをソファの脇に降ろす。


部屋の中を見渡してみるが、出かける前と何も変わっていない。綺麗に整えられたクッションも、俺が家を出たあの時のままだ。


出張先の居酒屋での大騒ぎも、ホテルの部屋でリホと肌を重ねた濃密な熱も、すべてが遠い世界の出来事だったかのように、ここには静かで穏やかな「日常」だけが広がっていた。


バッグから洗濯物を取り出し、黙々と片付けを始める。


夕方、静かな部屋でパソコンに向かっていると、カチャリと玄関の鍵が開く音がした。


「ただいまー!」


カナの声だ。パタパタと慌ただしい足音が廊下に響き、リビングのドア勢いよくが開く。デスクに座る俺の姿を認めた瞬間、カナの顔が一気に華やいだ。


「おかえりー!」


カバンを床に放り出すやいなや、カナはそのまま俺の首元に飛びつくように抱きついてきた。香水と外の風が混ざったカナの匂いが一気に鼻腔を突く。


「ちょっと、カナ……?」


声をかける間もなく、カナは俺の手を強く引っ張り、そのまま吸い寄せられるように寝室へと引きずっていった。ベッドに押し倒され、上から覆いかぶさってきたカナの瞳は、これまでに見たことがないほど熱く潤んでいた。


「もう無理、無理っ。充電切れですよっ!」


溢れ出る感情を抑えきれないといった様子で、カナは必死に俺のシャツのボタンを外し、服を乱暴に脱がせていく。出張中の数日間、俺に会えない時間が彼女の中で限界を超えさせていたようだった。


自らの服も惜しむように脱ぎ捨てると、カナは一切の猶予も与えず、貪るように俺を求めてきた。


激しく肌を重ねながら、俺の頭の片隅には、昨夜リホと交わした静かで背徳的な熱がかすかに渦巻いていた。けれど、目の前で必死に俺を求め、呼吸を荒くするカナの熱量に飲み込まれるように、俺はただその激しい衝動へと身を任せていった。


荒い息を整え、ベッドの上でコロンと仰向けになったカナが、満足そうに深々と息を吐き出した。


「はぁー……落ち着いたー。これで充電完了したわ!」


すっきりと晴れやかな笑顔を浮かべると、カナはサッとベッドを抜け出し、服を羽織ってキッチンへと向かっていった。


「何か作るね!」


パタパタと準備する音が聞こえる中、俺も服を着替えてリビングのテーブルに腰を下ろした。


しばらくして出来上がった夕食を挟み、二人で向かい合って箸を進める。自然と話題は俺の出張のことになった。


「へー、そんなに打ち合わせ長引いたんだ。大変だったねぇ」


ビールを飲みながら、カナが労わるように微笑む。出張中のトラブルや仕事の大変さを適当に捏造して語る俺の言葉を、カナは少しの疑いもなく受け止めていた。


「まあな。でも、今度は向こうの担当者が仕事でこっちに来るから、その時はちゃんと接待しないといけないんだよな」


「ふーん、そうなの? じゃあ私も行こうかなー」


冗談めかして言ったカナの言葉に、俺は思わず箸を止め、努めて自然なトーンで返した。


「いや、仕事なんだからダメだろ」


「えー、ケチ。ちょっと顔出すくらい良いじゃん」


くすくす笑うカナを見つめながら、俺は胸の奥で冷や汗をかくのを感じていた。


「こっちに来る」と言ったのは、当然リホのことだ。


目の前で無邪気に笑うカナと、いつか訪れるであろうリホとの再会。二つの世界が交差する予感を隠しながら、俺は静かにグラスの酒を飲み干した。


罪悪感を隠すようにグラスを置き、俺はわざとらしく意地悪な笑みを浮かべてカナを見た。


「そういえばさ、俺がいない間、何もなかった?」


「ん? うん、いつも通り平常運転でしたけど」


カナはモグモグと料理を頬張りながら、素っ気なく答える。俺は少し身を乗り出し、探るような目でカナを覗き込んだ。


「本当か? 男連れ込んだだろ」


「はぁ?」


一瞬、カナの箸が止まる。俺は部屋の中をぐるりと見回しながら、からかうトーンを崩さずに続けた。


「だってさ、部屋が綺麗すぎるんだよ。俺が帰ってきた時、生活感が全然なかったぞ」


やましい気持ちを誤魔化すための、ただの冗談のつもりだった。だが、カナの表情が一気に引きつった。


「……はー? 意味わかんないこと言わないでよ」


パタン、と静かに箸が置かれる。


「なんなのそれ、帰ってきて早々、浮気疑うわけ?」


空気が固まったのを感じ、俺はさらに余裕を装うようにニヤリと口角を上げた。


「……ちなみにさ、この部屋にこっそり見守りカメラが仕掛けられてるの知ってたか?」


「え? うそ!?」


カナの目が丸くなり、一瞬で顔色が変わる。周りの壁や天井をキョロキョロと見回す姿に、俺は手元のグラスを軽く揺らしながら続けた。


「だから、全てお見通しなんだよ。」


カナはゴクリと唾を飲み込み、視線を泳がせながら呟く。


「ま、いいけどさ……何もなかったでしょ?」


その態度に手応えを感じた俺は、さらに意地悪く身を乗り出し、カナの顔を覗き込んだ。


「俺がいないのをいいことに、裸で歩き回ってたろ。で、リビングで1人で……激しかったな。全部スマホで見てたぞ」


「え……」


カナの顔が一瞬で真っ赤に染まり、そのまま完全に固まった。開いた口が塞がらない様子で、瞳だけが泳いでいる。


ただの当てずっぽうの冗談のつもりだった。だが、目の前で固まるカナのあまりにも真迫した反応…


「は、はぁ?ここでするわけないでしょ!?」


(ん?ここで?)


「なんてな! 嘘だよ! カメラなんてあるわけないだろ!」


赤くなった顔を伏せ、テーブルの下で拳を握りしめているカナ


「……ちょっと、最悪なんだけど!!なんなの!?」


「別にやってもいいんじゃないか?」


俺が軽々しく肩をすくめると、カナは憤慨したように眉をひそめ、激しく首を振った。


「やりません! やったことないし!」


(嘘つけw)「みんなやってることだろ?」


「知らないよ!」


本気で恥ずかしがり、プイッと横を向くカナの反応が面白くて、俺はさらにニヤニヤしながら追い打ちをかける。


「俺だってやってるよ」


「嘘でしょ!? どこで? 部屋で?」


カナは目を丸くし、心底信じられないといった様子で俺の顔を凝視してきた。


「うん」


悪気もなく頷く俺を見て、カナは頭を抱えるように両手で顔を覆った。


「ちょっとやめてよ……」


「なんでだよ、いいだろ」


「よくないよ! なんで一人でそんなことするの!? 意味わかんない!」


完全にドン引きした様子で、大げさに身を引くカナ。


「いや、自分の家で1人でやるもんだろ? 2人でやるのか?」


俺が至極真面目な顔で問い返すと、カナは「はあ?」と言わんばかりに目を見張り、身を乗り出してきた。


「2人でやるんでしょ!?」


「は? 目の前で2人でやるのか? 変わってるな……」


想像して思わず眉をひそめた俺に、カナは顔を限界まで真っ赤にし、両手をブンブンと振って叫んだ。


「違うよ! 2人で、あれよ、えーと……合体でしょ!!」


「……合体」


カナの必死すぎる独特なワードチョイスに、俺は一瞬ポカンとした。


「そうよ、合体よ! だいたいね、私がいるんだからそういうの必要ないでしょ? 物足りないの?」


カナは腰に手を当て、プンプンと鼻息を荒くしながら俺を詰問してくる。俺は呆れ半分、苦笑い半分でビールグラスを弄んだ。


「それとこれとは別物だろ」


「別にさ、そういう動画を見るのは何も言わないよ。男だからね。そこはもう諦めてる」


腕を組んで、どこか物分りの良い妻のような顔で頷くカナ。


「寛容だな」


「でも、そういう行為を実際にするのは、私がいるんだから違うでしょ」


「いろんなシチュエーションがあるだろ?」


「どういうのがいいの? 教えてよ」


カナは急に身を乗り出し、興味津々といったキラキラした瞳で俺の顔を覗き込んできた。


「いや、それは……プライベートなとこだろ」


流石に自分の嗜好を面と向かって暴露するのは恥ずかしく、俺が言葉を濁すと、カナはニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の腕にしがみついてきた。


「なんでよ? 教えて。ね、今度それやってあげるから」


「お、おう、ありがと。エグいの考えとくわ」


頬杖をつきながら、カナがふと考え込むように呟いた。


「やっぱりみんないろんなことしてるのかな?」


俺はビールグラスを置き、ごく自然なトーンで返す。


「そりゃそうだろ。マンネリ防止のためとかさ」


「へー、マンネリかー……」


カナは感心したように、あるいは自分のこととして置き換えるように呟いた。


「そういうのは2人だけの秘密だろ? 他人に言わないだろ。カナの友達だって影ではいろんなことやってるだろうけど、普段は知らん顔して普通の顔してるだろ」


「えー、そうなのかなー」


半信半疑といった様子で、カナは首を傾げている。俺は彼女の反応を微笑ましく思いながら、食卓越しに優しく語りかけた。


「だから、俺もカナのフェチに応えてやりたいから、なんでも言ってな」


そう言って笑いかけると、カナは少し照れくさそうに「えー、急に言われてもなー」と身をよじらせながらも、嬉しそうに表情をほころばせた。

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